君のために 出来ること 〜明日の話をしましょうか E
 



   
第一章  ナイト・メア 〜nightmare




       
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 犯人と首脳陣との和やかな?交渉が続く一方で、
「ホンットに頑丈だよねぇ。」
 描写こそ放ったらかされていても、爆音轟き、火花も飛び散り、流線の嵐にフラッシュが閃く
こらこら、激しい戦闘状態続行中だったんですよ…の、こちらは収穫倉庫の対戦現場。不審な点がどうのこうのなんてな問題はともかく、こちらは直接の敵を封じるという"現状打破"が急務な立場。甲虫並みの装甲が手ごわかったダンゴ虫ロボットたちは、それでも警備部班が破砕弾をバズーカ砲に込めて狙い撃つことで充分に対処出来ている。だが、ヒューマノイドの方はというと…隙を突いて再び岬が浴びせた冷却波がやはり効かなかった。ボディの表面が冷えると素早く発熱機能が働くかららしくて、
「こんだけの機能をこうまでコンパクトにまとめられたってのは凄いよね。」
 警備部班から借り出したセラミック・スチールの楯の陰から感心して見せる岬に、
「ああ、そうだ・よ・なっ!」
 ビゥ…っとばかりに風を切る音も鋭く、正拳突きに肘打ち、上段への蹴りから身体を旋回させての回し蹴りなどなどと、流れるように連綿と繰り出される攻撃に対して、こちらもその一つ一つへガツゴツと拳で弾き飛ばすように相対している若島津が何とか応じる。得物のスティックを短く縮め、ナックルのように拳に巻いての対処。ただ受け止めるだけでは、相手の…文字通り"鋼鉄の腕"の威力に押されてしまうから。
"何たってこっちは"生身"ですからね。"
 まあねぇ、あんなもんで直接ぶ叩たれりゃさぞかし痛かろう。それに加えて、とにかく対応反射が凄まじく速い。対手である若島津の途轍もない膂力や反射を早々と飲み込んで修正を施したのだろう攻勢は、僅かにでも気を抜けばたちまち手痛い連打に叩きのめされるのは必至という覚悟をこちらに易々と植えつけるほど、それはそれは的確にして鋭くて。片やの若島津もまた、スピードや反射では意地でも後れを取ったりなぞしないから、そんな二人?の撃ち合いは"バタタタ…"と果てしなく続いてまるで切れ目がない。丁度ボクシングのトレーニングに使われる"パンチング・ボール"の連打のようなもの。
【大方、こんな凄腕だって思わせないように、意外性を強調するために"女性型"にしたんだろうね。】
 言葉のそのまま"化けの皮をひん剥いた"おかげで、叩き伏せることへの抵抗感や遠慮は要らなくなったものの、停止させることへの解決策には程遠い。相手の素材は冗談抜きに画期的なほど頑丈で、殴りつけるナックルとして使っている特殊スチールの耐久性と若島津自身の集中力や持久力を考えると、あと十何分も保つことか。という訳で、
「のんびり交渉してないで、とっとと何とかしろ〜っ!」
 現場からの"至急対策を乞う"との叫びに、対する作戦本部の反応は、
【対人格闘みたいで、あまり気持ちの良いもんじゃなかろうな。】
 単なる機械を殴っている訳ではない錯覚を起こしそうで…という方向性でのダメージも考慮してやる辺りはともかくも、
【後でまた…生身の人間に対する手加減用のリハビリが必要になるんだろうね。】
「こら〜っ!」
 誰が"後で"のことを心配しろと言うとりますか。 そんな方へ気が逸れたか、それとも…足元に散乱していたキュウリやトマトの破砕屑をうっかり踏みつけてすべったか。
"………げっ!"
 当分は野菜サラダとか喰いたくないなぁと、いささか罰当たりなことを思った若島津だったが、それはともかく。身体のバランスを僅かに崩したそんな一瞬の隙を、
「…っ!」
 ヒューマノイドの鋭い手刀が薙ぎ払う。自分の間合いの中へザッと飛び込んで来た横殴りの白刃。
"…わっ!"
 素直に背条が凍って、思わずながら心臓が躍り上がるのを感じた。咄嗟の反射に助けられ、直撃させてなるものかと何とか避けはしたものの、
「健っ!」
 岬が悲鳴のような甲高い声を上げたのは、ほんの僅かに後ずさりが足りなくて…相手の揃えられた指先が若島津の顔近くへまで深く飛び込んだから。目の下の頬骨辺りの先をチッと掠めたそれは、冷たいような熱いような、強い疾風に弾かれたような感触の後、ひりひりとした熱い痛みをじくんと滲み出させた。ぐいっと擦こすった左の拳に掠れたような赤い色が移ったのは、そこからうっすらと血が滲んでいたからだろう。その朱色を見た若島津が、
「…貴様〜っ!」
 一気にお怒りのボルテージを上げる。裂帛の気を孕
はらんだ闘気が周囲に立ち込め、ただならぬ激昂により、すっきりと整った細面の顔が斬りつけるような鋭さを増した。
「顔は…顔だけはジノにも叩かれたことがないんだぞっ!」
 ……………おいおい。
「…健?」
 こんな時に何を訝おかしな方向で威張ってんですよ、あんたは。 岬と共に警備陣の方々が大いにコケている現場を、こちらはモニターで観戦しつつ、
"あれ? 寝ぼけてるのを起こす時に結構叩いてたけどなぁ。"
 こらこら、ジノさんも。 第一、それは"ぺちぺち"程度の代物でしょうが。…それもともかく。一気に上がった憤怒の勢いを得てか、若島津の攻撃に格段のスピードが増した。これまではどこか防戦一方だったのが、こちらからこそ圧倒するような勢いで"ガツゴツバキ…ッ"と激しい勢いで拳同士のぶつけ合いを演じ、鮮やかな開脚旋回で二段飛び蹴りを喰らわせて相手を一瞬突き放し、そこから不意にヒョ…ッと宙へ舞い上がって向こうからの追撃を誘う。こちらの動きを追って来たところへ、
「そらっ!」
 思い切り投げつけたのは、そこらに散乱している小型ロボットの粉砕された破片の山だ。足で蹴上げては手にする端から容赦なく叩きつけ続ける。全く同じではないにせよ、相当頑丈だった素材には違いなく、
『…っ。』
 ゴンゴンとぶつかる装甲片には、初めて…これまでは瞬きもしないほど平然と前方ばかり向いていた頭部が、避けるように背そむけられている。それが"人間のような"反射であるのなら、人間の頭脳と同じく、頭部に各種センサーの制御用CPUが集中しているからなのだろう。
"だとしたら…オリジナリティーが相当欠けとるな。"
 それってどういうことなんです? ジノさん。
"人間を初めとする生物の体構造に見られる合理性の素晴らしさは私も認めてますが、だからって何でもかんでもそれに倣ならう必要はない。"
 ははぁ…?
"わざわざ頭部に頭脳を据える必要はないって事ですよ。肺を使った酸素呼吸や、有機分解消化という形での食事をしないのなら尚のこと、胸や腹辺りにCPUユニットを据えた方が安定感もあるだろし、よっぽど守りやすいでしょうに。"
 背に腹は代えられない…という諺があるほどですもんねぇ。だからって…ニコちゃん大王みたいに足の裏に耳があるってのは不便かも知れないが。
こらこら
"それとも…あれほどの動きにはかなりの燃料を食うのかな?"
 そのタンクを腹に収納しているとか? そんなことをふと思った彼の様子に気づいたのだかどうなのか、
「材質には歯が立たないって事は…。」
 三杉もまた腕を組んだまま何事か考え込んでいたが、
「こうなるとソフトか制御システムに付け入るしか無さそうだね。」
 そう言ってモニター画面を指先でつついて見せる。
「相手の要望は自己制御システムの性能アップだが、ということは、この機体も完全な"自己制御"はこなせてないと思うんだ。物が飛んで来たら避けるというシステムを発展させたとしても、自身への攻撃にあれほどの内容バリエーションで対処するプログラムとなると相当な容量のソフトが必要な筈。」
 昔のコンピューターがいかに大きかったか御存知ですか? ほんの8桁の四則…加減乗除を計算するのに、八畳間いっぱいの機体が必要だったんですよ? 真空管がトランジスタになって、集積回路が登場して、どんどん小さくなって今現在のコンパクトなものになった。これは何も演算部分のCPUだけに限った話じゃない。駆動に必要な消費電力量が減ったのみならず電池や変圧系オプション自体も随分と小型化しましたし、パンチカードが何mも必要だったほど何やかんや打ち込まなくては起動しなかったインターフェイスも、どんどん どんどん簡便小型化しております。そのお陰様で今や…素人さんでも簡単に3D映像を作れちゃったりしますし、それで作った動画情報をやはり簡単にインターネットでやりとり出来たりもします。でも…これでもまだまだ発展途上なんですよねぇ。人間の欲が深いからこそ科学は発展するんですねぇ。…で、あれほどの滑か且つ的確な動作を"自律的に"…コンピューター自身のAIによる判断で稼働させるために必要なものとして、前もってのプログラムと、修正が可能な書き込みシステムつきの高性能CPUとを搭載しようと思ったら、
「大男、総身に知恵が回りかね…を警戒したのかもしれないが、それにしたって女性型という小型な機体を選択したのはまずかったね。どんなマイクロチップを使っても、あの身体の4分の1ほどを集積回路で埋めにゃあならなくなる。」
 そりゃまた…。
「しかも…いくら頑丈な装甲素材を着込んでいるとは言っても、その装甲の状態保持に備えた発熱装置なんてものを抱えてるって事は、そうそう繊細なソフトを搭載出来はしないと思って良いんじゃないかな。」
 大容量のメモリーを保持させたユニットを組み込むための容積的にも、高熱を発生させるシステムを同居させているという環境的にも無理があると言いたい彼であるらしい。ってことは、あれって…その場その場の反射速度や性能はともかく、戦うとか進むとかいう対応への"判断"の次元では、誰かの指示によって動いているということ?
「となると、どうやって遠隔操作しているんだろうって考えてたんだが。」
 先程もザッと館内の探査を手掛けてみた彼で、
「それらしい電波だのセンサーだのは探知出来なかったんだがね。」
 そうでしたよねぇ。それを聞いたジノは、傍にいるピエールへと声を掛ける。
「そういや、俺たちの部屋に妙な波長の音を流してた代物の解析はどこまで進んでたんだ?」
「…あ。」
 確か"あれ"も、どこに何が据えられて起こっていたのかはいまだ不明であった事。
「あれがこいつらのやらかした前工作だってのは判ったが、もしかしたなら…単なる"前工作"だけじゃあなかったのかも知れない。」
 訊かれたピエールがさっそく、モニタリングに使われていない別の端末に向かって館内ラインで解析を任せた部署へと問い合わせる。モニターに現れた白衣姿の研究員は、
【…ああ、あれですか。あれって複合音波ってやつだったんですよね。】
 けろりとした顔で解答を寄越して来た。
「複合音波?」
【ええ。夜中の室内の僅かな音…空調の音だとか人の寝息だとか、自動システム機器の制御の際に放たれてる電磁波やらの波長が干渉し合って作り出された音です。】
「じゃあ、自然に発生してたものだと?」
【いえ、違いますね。それらをまとうことで不自然な輪郭を隠してますが、基調っていうのかな、芯になってる音があります。たいそう微細な代物なんですが、その波長はヘルナンデスさんの部屋のと全く同じものでしたよ?】
 同じ音だが…部屋まで届く間の様々な条件や室内の音が微妙に違ったため、それぞれの部屋でもたらした効果が違ったということなのだろう。
「そうか。それがたまたまピエールには悪夢を誘う音に聞こえたって訳か。」
「…え?」
 ジノの呟きにピエールが怪訝そうな顔を見せたが、
「奴が言った"潜在意識操作"ってのはどうにも無理がある。三杉の言いようは極論だが、そう簡単に多くの人間を意のままに操れるような暗示をかけるってのは確かに難しいもんでね。そんなことへ…というよりも、この襲撃のために用意された何かではないかと思うんだよ。」
 にこりと微笑ってジノは現場を映し出している画面へ視線を投げる。
「どうやらあの声の主は、単なる傀儡…道化みたいな立場にある人物だろう。ここへの様々な下準備を整えた者から、それらの仕掛けだけを譲り受けた大馬鹿者さ。」
 おおっ、それはまた大胆な仮説ですのな。あれほど偉そうに"ビューティ・クィーン"
ぷぷっに入れ込んでらっさるようなお言いようをなさった方だというのに。とはいえ、
「成程ね。そうであるなら稚拙な段取りに見られる辻褄の不自然さにも帳尻が合う。」
 三杉もそのご意見には同感であるらしい。確かに…辻褄は合う。道具立ての立派さには不釣り合いなほどその使い方が甘いという不審さへも、お膳立てした者の足元にも及ばないくらい実行犯が馬鹿者だったというのが真相ならば問題なく帳尻が合う。
「けど、そんなものを計算するには、前もっての資料を取ったりサンプラーを作ったりっていう下準備が、それもこの館内で必要になるぞ?」
 ピエールさんの言いようがちょいと"はしょった"それになったのは、あの実行犯が大馬鹿者だという点へは是としても良いが
おいおい、ならば別口の"お膳立て班"がいるということになるのが解せないからだ。外部の人間が此処へそうそう侵入出来る筈はない。人の出入りへのチェック機構は万全で、あのゼロや森崎が"出て行く"のに苦労するほどなのだから、推して知るべしというところ。
「潜入は難しくとも、ちゃんと挨拶して入ってくる分には結構甘いんじゃないのかな? 見学エリアへはさほどややこしい手続きもなく入り込める。」
「見学エリアって…そことこっちの奥向きはきっちり仕切られてるぞ?」
 警備の厳重さでは随一というのが自慢な割に、これまでにも結構"侵入者"を突入させとる亨であり、マーガス警備部長をこれ以上困らせようとは、まったくもって根性がひねくり曲がってるオバさんであることよ。
おいこら そんな非難も含んでいるのだろうピエールの声に、いやん
「人は無理でも、こういうのは結構自由に行き来してるんじゃないのかな?」
 ジノがヒュッと宙へ投げたのは、胸元の内ポケットから摘まみ出したらしい…館内で使われているIDカード。トランプほどの大きさで、厚さにしても1mmもない代物だが、これ一枚に『現代用語の基礎知識』一冊分くらいの様々な情報が詰まった優れものであり、
「?」
 何もない筈の宙空に走ったそれが、何かに当たってパタッとテーブルへ落ちて来た。テーブルの上にはカードと、もう一つ。妙なものが落ちている。
「…蜂?」
 小さな透明な翅に大きな複眼と、フエルトのような起毛のある胴。カードで叩き落とされたらしいそれは、2pもなさそうな小さな蜜蜂だ。管制盤の前からそれを見やった三杉が小首を傾げる。
「おかしいねぇ。妙な生き物は精密機器への影響が出るから、研究棟や管理棟には入り込めないように処置が取られてる筈なんだが。」
「自然の蜂ならね。だがこれは…。」
 カードを元のポケットへとしまったジノが、それと入れ替えに取り出したボールペンの先で腹部をつつくと"カツッ"という堅い音がした。
「機械仕掛けのようだし、あのヒューマノイドが装備している発熱装置から推定するに、化繊の防虫ネット程度の障害物なら溶かせるような仕掛けも抱えているんだろうさ。」
 そして"蜂"といえば…。
「岬が"蜂の羽音が嫌いだ"なんて怒って見せてただろう?」
 そう。今回のお話の冒頭での談笑の場で、何気に持ち出されたフレーズ。
「此処には温室もあるし、果樹林では自然授粉の果実なんかも栽培しているだろうから、そこいらの街中なんかよりはよっぽど遭遇する可能性も高いんだろうが、あの坊っちゃんは滅多に温室には行かないからね。」
 それが聞こえたのか、
「うん…僕が羽音を聞いたのは診察室の前の廊下だったよ?」
 岬もそんな声を返すに至って…これはもしかすると、あっけなくも一件落着ってことなのかしらねぇ。
【急に黙り込んでしまった犯人さんはともかく、物騒なヒューマノイドさんの方はどうなったのかな?】
 マイクを通して現場を呼び出してみる。現場からは岬レポーターが
おいおい応対して来た。
「動きは止まってるけど、そっちのせいじゃなく…健が羽交い締めにしてワイヤーで縛ってるからなのかも。」
 おおお。 青果積載用のクレーンのワイヤーを荒縄代わりに、グルグル巻きにしとるぞ。これは…さっきのお怒りが遺憾なく発揮されたようですねぇ。
「あとは、このミツバチに装備されてた発信機の出してた音波なり電波なりの周波数を調べて逆探知すれば、良いようにかつがれた犯人さんの身柄確保が出来るってことでしょね。」
 でも、その蜜蜂マシン、今壊しちゃったんじゃないんですか?
"ちゃっちゃと直して対応感度やら何やらを分析すりゃあ良いんですよ。あと、この室内の記録を調べるって手もある。どんな波長の音が行き交ってたかってのをね。此処は伊達に"総合工学研究所"じゃありませんからね。"
 お後がよろしいようで…。







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