君のために 出来ること 〜明日の話をしましょうか D
 



   
第一章  ナイト・メア 〜nightmare




       
X



 研究所側の大本営…もとえ、 作戦本部は管理棟の中央管制室に設けられ、指揮を執るのは三杉副所長とマンフレート=マーガス警備部長のダブル・キャスト。
「亨さんのワンパターンな話運びのお陰様とはいえ、このシリーズでは君が一番苦労が絶えないんだねぇ。」
「ええまあ…仕方がないですよね。」
 マーガスさん、貧乏くじ引かせて すびばせん〜。MCはともかく、問題の修羅場の現状は監視カメラでモニターされていて、実戦部隊とはインカムマイクでやり取りが出来る。大型船舶用のドックとしての併用も可能なくらい、天井の高い広々とした収穫倉庫は、セラミック・コンクリートを打ちっ放しにしてある敷地に特殊鋼材のがっちりした支柱を立てて組み上げられた、どちらかというと簡易型の代物ではあるが、それでもその頑丈さは素材工学部自慢の逸品で、キャッチフレーズは"象が降って来ても壊れない"。余程の自信があったのか、それともそんな事態がまずは起こる筈はないからという単なるお茶目から出た一言だったのかは定かではないが、そのご自慢の隔壁や支柱を見事なまでに粉砕されている今、素材工学部の部長は佐野博士の帰還を待って新しい鋼材の研究スタッフを募ることとなるのは必至だった。敵の編成はというと、先程垣間見えた小型の自己推進ロボットの群れと…もう一人。
「背は高いが…。」
「女の子みたいだねぇ。」
 背中をおおう直毛の長い黒髪に、すんなりと伸びた手足。革のジャケットと木綿のセーターに、つるつると光る素材の細身のパンツといういで立ちのプロポーションは…どう見ても女性の体型をした人物が一人、すっくと立ってこちらと真っ向から対峙する姿勢を示している。どうやら彼女が、足元に群がるロボット・メカを統率しているらしい。
「あの髪型ってことはサ…。」
 岬が何を言わんとしているのかは察しがついたが、
「同一人物と判断するのは早くないか?」
「だって…ほら。」
 自分の身長と同じくらいの細長いスチールパイプだろうか、棒状の武器を数本手にしていて、凍るような無表情のままに"ヴンッ"と風を切ってそれを振るうと、支柱と支柱の間にX型に張られてあった補強用の細目の鋼線がすっぱりと断ち切られている。
「いくら"斬鉄剣"並みの業物
わざものの棒だって、あの鋼線はそうそう切れっこないもの。」
 すなわち、それだけの腕力の持ち主だということにならないかと言いたい岬であるらしく、
「やっぱり…あれって、若林さんが問い合わせて来た"謎の力持ちの怪盗"なんじゃないのかなぁ。」
 今回のお話の初っ端。いきなり『科学と学習』になだれ込むその前に、三杉がTOKIO-CITY中央警察署の若林警部補から照会があった通達として聞かせてくれた、この辺りのあちこちに出没している謎の怪盗のお話を、皆様覚えていらっしゃるだろうか。数人のグループのその中に、パトカーを軽々と引っ繰り返すほどの強力
ごうりき者がいたとかいうのが、気にならはったらしいが故の照会だったのだが、
「何が俺かゼロじゃないのか、だっ! どう見たって女じゃねぇかよっ!」
 若林警部補の大マヌケ〜…っと、そこまで怒鳴ると後腐れがありそうだったし、何より若林本人はご対面してはいなかったのかも知れないので遠慮したが、
「髪が長くて、筋肉質でもないのに尋常じゃない力持ち。これだけの条件だけでポンッと具体的に脳裏に浮かぶキャラクターが身近にいりゃあ、誰だってつい重ねちゃうもんなんじゃないの?」
 すらすらと並べた岬には思わず怒鳴り返している。
「良い迷惑だっ!」
 まったくである。
「…ともかく、とっとと片付けようぜ。」
「うん。ロボットの方は僕が引き受けるから、健はあのお姉さんの方、よろしくね?」
「あっ、おいっ!」
 勝手に決めてずるいぞ…っと掴まえようとしたその腕を素早く擦り抜けて、頭上に掲げた掌へ念を込めると、
「哈っ!」
 数十体は居ようかという小型ロボットたちの群れの只中に、岬が1発目の電撃波を放っている。空中を走った閃光が襲い掛かった途端にバチバチバチ…ッという目映い放電
スパークの火花が飛び散り、ショートを起こしたらしい何体かが弾け飛んで腹を上に向け、やっと停止して見せたが、
「う〜ん。床がセラミック系だから一遍に全部は無理か。」
 チッと残念そうな舌打ちをする岬へ、
「それが出来とったとしたら、俺たちまで放電のあおりを喰らっとるわいっ!」
 地続きですもんね。つくづくと床が濡れてなくてよかったねぇ。いきなり考え無しな攻撃を放った岬へ若島津が唸るように言い返し、
【…岬くんの方は、まだまだ指示に従っての行動取ってた方が無難なのかも知れないねぇ。】
 インカムから聞こえて来たのは三杉の声だ。
【とりあえず…岬くんはあんまり無茶をしないように。特に破砕振動波は厳禁だからね。
 建物の中だって事を忘れるんじゃないよ? 全員が建材の下敷きになってしまうからね? それと、姫ねえさま…もとえ、 若島津くん。岬くんに先取りされて不本意かも知れないが、君はそっちのお嬢さんを頼むよ。】
 三杉の声は淡々とした冷静なもの。
"姫ねえさまってのはなんなんだ?"
 あっはっはっはっ。(ネタが古すぎってか?) 余談はともかく、
「…なんでだよ。」
 こちらは流動的な現場に身を置く以上、ついついどこかアナログ的に…波
ムラのある対応になるのに反して、
【女性に手を上げにくいのは判るが、なればこそ岬くんがお相手するのはやっぱり不味いし、寄ってたかってはなお不味い。】
 向こうの判断と来たら、バリバリに効率重視のすっぱりとデジタル仕様なのだから噛み合わなくって始末に負えない。彼の言う"寄ってたかって"というのは警備部の面々が一斉に掴みかかる段取りのことだろう。ということは…と、肩越しに振り返ると、
「………。」
 さっきまで同一線上に居た筈の警備部一同が、いつの間にかその防衛ラインを50mほど後方に下げているではないか。こちらと目が合うと課員全員が一斉にICPOの小旗をパタパタ…と振ったから、
「あんたらな〜っ!」
 お茶目な人たちである。
【君らだって、さっきピエールくんに"生身では危ない"と言ってたんだろう? 彼らだって生身なんだ。】
「俺たちも生身だぞ?」
【………で? 引き下がりたいってかい?】
「……………。」
 管制室でVサインを掲げているのだろう三杉の顔が浮かぶようだと、その時の若島津は思ったそうな。こんなのっけで脱力していても始まらないぞ〜。
「…まあ良い。」
 右手にセットしたスチールスティックの先をパシッと自分の左手の掌へ叩きつけて、それを踏ん切りの"キリ"にする。
「雑魚を平らげたらお前も加勢しろよっ。」
 岬にそう言い置いて、ジャンプ一番、小型ロボットたちの溢れる海を若島津は高い跳躍で飛び越えた。人間相手なら尚のこと、岬の電撃や衝撃破による"空拳"の方がよっぽど手っ取り早い。女性に手を上げるということへの倫理感やら罪悪感やらを、幼い岬ではまだまだ割り切れなかろうと判断した三杉なのだろう。
"頭上からストレートの一閃。"
 まずはたいそう判りやすい攻勢を仕掛ける。こちらの動きを目線だけで追った相手は、束ねたまま持っていた数本の細槍
スピアをくるくると回すと掌の中で一本ずつ指の間に挟み込むように持ち替えている。それぞれの細槍に角度がついて…まるで要かなめの部分から上下に同じだけ長さがある扇のようにX字になったそれを頭上に構え、
「くっ…!」
 何かしら防御するだろうと判っていての一直線な一撃だったのだが、だからこそ振り下ろしたスティックに手加減はしなかった。だが、ガツッという衝撃は叩きつけた側のこちらにも殊の外響いて、
"力が逃げないって事は…。"
 相手も引いてはいないということ。がっちり固定されてあるか、向こうからも押しがあるということ。それも細腕一本で…というのだから、
"これは…甘く見てるとこっちが散々な目に遭うかもな。"
 槍の射程距離を測った上で、若島津はぎりぎりの間合いへと降り立った。空中から勢いよく降り下りた彼を、頭上にかざした骨だけの傘で防御したお姉さんは、
「………。」
 やはり無表情なままで細槍をぐるりと回す。チアリーディングのバトン捌きに似てもいたが、ほんの一瞬とはいえ自分より大柄な青年が体重のみならず加速までつけて叩きつけた加重は、一体どこに吸収されたのだろうか。
"…ちょっと待てよ。"
 何かが変だ。怖いくらいに冷たく整った彼女の顔は、間近に見ても人種や年齢が判定しにくい無気質なそれであり、
「…っと。」
 ぶんっと振り下ろされて来た三、四本まとめての槍の連打を躱して、若島津もスティックを構える。それを水平方向に払うと、相手は顔の手前すれすれの空
くうをよぎった切っ先を実に冷静に視線だけで追った。
"当てるつもりはないと読んだのか?"
 顔…それも眸は、人間でなくとも生き物なら一番に庇う場所だ。だというのにこの冷静な対処ということは…。
「…っ!」
 不意になめらかな体さばきで二、三歩踏み込んで来て、左右両手に振り分けた槍で続けて薙いでくる。こちらが後ずさりすることで生じる間合いの誤差まで的確に読み取った攻勢は、ザクザクと風を千切るような音と共に若島津に襲い掛かって来たが、
「悪かったな。俺の運動数値は"一般人のデータ"では追っつかないぜ?」
 あっさり躱して再びスティックを自分の胸元へ引き付ける。右手を左肩近くまで引き上げ、スティックの切っ先を肩先から斜めに天へと向け、まるで剣士の挨拶のように構え直すと、
「哈っ!」
 今度はこちらも思いっ切り踏み込んで相手の間合いの中にすべり込み、相手の右肩口辺りから斜め下へと容赦のない袈裟がけに薙いだ若島津だったから、
「げ…っ!」
「なんてことを。」
 警備部の方々が自分たちの眸を疑い、
「健…?」
 ダンゴ虫ロボットを電撃で駆除…もとえ、 退治していた岬も呆然とした。いくら達人のようでも、若島津の人間離れしたスピードでかかられてはそうそう躱せまい。そして、そのくらいは基本として判っているだろうに、人間の…それも女性相手に手加減の気配のない、ためらい躊躇さえない動きを見せた若島津だっただけに、皆してギョッとしたのだが、
「…え?」
 ガチィ…ンという金属音がして、若島津が足元へと切っ先を降ろしたスティックが大きく曲がっている。
「やっぱりな。」
 確信を得たという言いようをしつつ、その降ろしていた手を左手で押さえる若島津であり、
「そんなに頑丈なボディアーマーを着とるのか?」
「スティックの替えなら幾らでもあるぞっ!」
「違うってっ!」
 スペアの山を抱えて来ようとする警備部の方々からのお声にやや憤慨気味に応じてから、
「岬、冷却波は使えるか?」
「あ…うん。出せるけど?」
 ガサガサ ワサワサ…と足元に蠢く小型ロボットたちを掻き分けて、岬が寄ってくる。今の一撃のせいなのかどうか、このロボットたちの動きもなんだか緩慢になったような気がする。という事は、どうやら彼女が…率いて来たというだけでなく、この連中の動きまで直接制御していたのだろうか。
「このお姉さんに叩き込んでみろ。」
「え? でも…。」
「いいから。遠慮なく凍らせちまえ。」
 肩を引き寄せ、自分の前に岬を立たせる。真正面から向かい合う相手は、先程の若島津からの容赦ない一撃を受けた肩から胸元にかけて、ジャケットが大きく引き裂かれて何とも痛々しい姿になっている。…だが、
「…あ。」
「判ったろ? "あんな姿"してっから やりにくくてしようがない。冷却波じゃなくてもいいが、ここいら一帯を火の海にしちまうのも剣呑だからな。」
「うん。」
 岬にもようやく若島津が気づいたことへの合点がいったらしい。バッと両手を頭上近くの前方に掲げ、その手と手の間に青白い雷光を放電させると、
「フリーズっ!」
 気合い一喝。途端に宙空へフォログラム映像の蒼い竜のような稲妻が走って、次の刹那には向かい合う相手へ襲い掛かっている。バチバチッという弾けるような衝撃音は、絡みついた対象ものをたちまち凍りつかせる冷却作用のある電磁波の余剰エナジーが空中へ放出される音。
「岬くんまで…何を。」
「相手は野獣や暴走する機体じゃないんだぞ?」
 最冷設定の攻撃だった。よって、胴の真ん中に叩きつけられた冷却波はそのまま肩先や腰、頭部や手足へと広がってゆき、相手の全身を凍りつかせる筈…だったが、
「………。」
 ぎし…っと軋む音がして"彼女"の全身から冷気のそれではない湯気が上がり始める。ギシギシ・ギチギチという堅い音と共にゆっくりと腕が上がって、その動作がまだ凍りついたままな衣類や…皮膚をメリメリ・パキパキと粉々に砕いてゆく。

   「……………え?」

 ざらざらと砂のようになって剥がれ落ちてゆく表皮の下から現れたのは、鈍い銀色に光るメタル製の肌だ。…という事は。
「ヒューマノイド?」
「そういうこと。…おいっ、三杉っ!」
 後の怒声は管制室でモニタリングしている三杉に向けてのもので、
【あ、ホントだね。記録映像のデータにも生体反応が出てないや。】
 おいおいおいおい。赤外線センサーだとか色々と揃ってるんだろうに、今頃気づいてどうするよ。
"…ったく、どいつもこいつもっA"
 怒り心頭という体ていの若島津だが、誰もがすんなり人間だと信じ込めるほど、あまりに滑らかな動作を見せていたのだから、これは仕方がないというものだろう。二足歩行の動作再現といえば本田技研の「P3」もしくは「アシモ」が有名で、まるで誰か人間が"かぶりもの"のように中に入っているのではないかと思うほどスムーズに歩き、階段を上ったり斜めに歩いたりも出来るという。いやぁ、とうとうそこまで来たんですねぇ。
【君はなんで気づいたんだね?】
 自分さえうっかりしていたのが癪だったのか、それともそれだけ余裕で任せっ切りにしていたのを今更迂闊だったと反省したか。あらためて若島津へと訊いてくる三杉であったが、
「瞬きをしないからだよ。それと呼吸もな。間合いを読もうと思ったんだが、瞬きもしないし肩も動かんわなんで"これは…"と思った。幾ら丈夫なアーマーを着込んでたって、生身の人間ならそんな自然現象まで押さえ込むかい。」
 大威張りで言ってのける。そんな彼に、
"でもなぁ。達人ともなるとそのくらいの消気もやっちゃう人がいるんだが。"
 三杉は苦笑が絶えない様子。でもまあ、そこまで出来ちゃう達人なら、幾らハジメちゃんの尋常じゃない攻撃でも多少は躱せるのでは? ともあれ、ここで揚げ足を取るのは余計な混乱の素だし…と、三杉もその辺は自重した。
【だが…。】
 三杉の声は怪訝そうな色を隠し切れない。
【これはどういう余興なんだろな。】
 先日の"怪力強盗"の話の時にもちょろっと触れたが、ヒューマノイドなどという精巧な代物、科学系の秘密組織が勝手に適当なものを作って使っているのでもない限り、一般的にはまだまださほど世に登場してはいない。(…先進技術の進行があれこれと微妙な進度で前後している"近未来もの"でごめんなさい。) 実際問題として、あそこまで人間並みに機能するものを、一通り研究して実物を作って稼働させてというのにどれだけの技術と費用がかかるかを考えると、手軽に安く代用が利くものは幾らでもあるのに…と、先日の会話でジノやピエールが言っていたようにやっぱり不審が先に立つ。例えば…手古摺らされた腹立ち紛れにと、若島津が容赦なくげしげしと踏み潰している小型ロボットたちを、この倍ほども投入した方がよほど効率は良いからだ。
「こいつらの制御に必要なアンテナ代わりじゃないのか?」
【それにしたって大層すぎ…っ!】
 三杉の声が途切れたのは、メタルの肌を剥き出しにされたヒューマノイドが再び動き始めたからだ。
【若島津くんっ!】
「判ってるっ!」
 てっきり岬の冷却波で使いものにならなくなったと油断していたが、相手の動きはさして落ちてはいなかった。銀色のマネキンのようになった肢体が風を切って宙を跳ぶと、若島津目がけて体当たりを仕掛けてくる。
「チッ!」
 岬を抱えて素早く宙へと回避する。最初の突撃は難無く躱したが、その動きに間髪入れずに追従して来たところを見ると、若島津の動作に於ける数値とやらをICU…じゃなくって(それだと集中治療室@)、CPUが検算し直したらしい。一気に冷却されたことでボロボロになった細槍は捨てていたが、横薙ぎにされた手刀がそれに匹敵する鋭さで若島津の着ていた特殊スーツの襟を切り裂く。
【皮膚があった分、機体への冷気のダメージ影響が少なかったか。】
「じゃあ…。」
 若島津に抱えられたままな岬が再び冷却波を放とうとしたが、
『そんなもんは無駄だ。』
「…へ?」
 どこやらからかインカムへ混線して来た声がある。鍵括弧の多用は物によって印刷された時の見分けに限度があるので、あまりややこしい乱入は遠慮してほしいんだが。
おいおい
『さすがはICPOの総合工学研究所だな。携帯型の武器を色々と用意してるトコなんざ、周到なもんだ。』
 岬が放った冷却波をそういう特別仕立ての機器を使った攻撃だと思ったらしい。だが、それをそうと解釈したということは、
"どこかでモニターされてる?"
 モニタリング、つまり…ライブ映像、もしくは音声やセンサーなどによるリアルタイム情報で観察しているということになる。余計なことを言ったもんだわね、お兄さん。三杉がカタカタ…と端末機のキーボードを操作し出したため、現場の観察 及びアドバイスは、マーガス警備部長が受け持つこととなった。
【君は誰だ。】
『どうだね、この特殊装甲の威力は。 限りなく軽量だのに衝撃に強く、シールドの多重構造により絶対零度さえフォロー出来る耐久力っ。そしてこの機体こそ、人類が夢にまで見た万能ヒューマノイド"ビューティ・クィーン"だっ!』
【……………日本人のネーミングセンスにはついていけませんね。】
 警備部長の思わずの呟きに、
【日本人って括り方はしないでくれたまえ。】
 三杉がこちらもまた思わず抗議してたりするから…これこれ、マーガスさんも三杉さんも。
【大層な機体だってのは判ったが、採算は取れるんでしょうか?】
【だから必死なのかも知れないね。】
 こらこら、何を呑気なことを…。 インカムでの交信に割り込んで来たくらいなのだから、こちらのこういう うじゃじゃけたMCもまた相手には充分しっかり聞こえているのだろう。
『何とでもほざくが良いわ。この"ビューティ・クィーン"に惚れた俺は、彼女に姉妹を作ってやろうと思ってな。』
【ほほぉ。】
『こいつにもっと伸び伸びと行動出来るよう、完全な制御装置を付けた上で、量産したいと思っているんだよ。ここはその作業には打ってつけだ。これ以上の被害が出ぬうちに、おとなしく降参して関係者と生産ラボを引き渡してもらおうじゃないか。』
【案外と即物的な賊だったみたいですよ、副所長。】
【…だねぇ。】
 まったくだ。これまでの騒動みたく…R計画に絡んだり、それを知ってて尻馬に乗ったりっていうよな、ややこしい背景でもあるんじゃなかろうかと、亨までもが案じていたのに。おいこらA
"若島津くんに似せたと思い込んでたのは、こっちの勝手な先走りだったようだねぇ。"
 館内の電気信号を一通り探査してみたが、今のところ怪しいライン回線をこっそり増設したような形跡はない。既存の回線信号をどこやらかでキャッチしての、所謂"盗聴"という形でのモニタリングなのだろうか。この混信されている声の発信源も、移動しながらのものなのか着信部分が何だか曖昧で、
"これでは逆探知は無理か。"
 う〜ん…と眉を寄せる三杉である。こちら側のそんな果敢な対処も知らず、
『悪の心を自己制御出来る"ビューティ・クィーン"が量産されれば、冷徹にして地球最強の一大軍団になるっ。どんな国の政府だって俺様の前にひれ伏すのだ。そんな偉業のお役に立てるのだから、おまえらも光栄とわきまえるのだな。』
 酔いしれているらしい乱入者の言いたい放題が流れて来たもんだから、
【…何か変なもんでも喰ったのかねぇ。】
「"木の芽どき"は既とうに過ぎたが。」
 三杉のみならず、若島津までもが思わずながらその目を座らせてしまった。
「でも…あんな機体が集団で攻撃して来たら、普通の機動隊や軍隊では手古摺るかも知れないよ?」
 岬が素直な想いを述べたものの、
【ルーチン・ワークならともかく、彼らが求めたい"悪の心"とやらってのは画一的なそれではないんだよ。】
 三杉さん、もうちっと簡単に…。
【恐らく…彼らが手を染めたいっていう犯罪は、人類全てを滅ぼしたいとか、当たるを幸いにあらゆるものを踏み潰しての破壊の限りを尽くしたいとか、そういう世紀末の覇王っぽいもんじゃないんだろうよ。ちゃちな強盗に引っ張り出してたくらいだから、そこんところは間違いない。また、万が一そんな"破壊の女神"をホントに作りたいんだとしても、だ。自分たちまで薙ぎ倒されちゃあたま堪んないだろう?】
 ははぁ…。
【つまり、彼らが手足として使いたいっていう前提付きの"自律装置"ってのは、単純に悪行だけを行使するようにセッティングすりゃあ良いって訳じゃない。自らの判断で社会的に悪いことでもそれぞれに臆さずこなせて、尚且つ、支配者である自分たちやそれに参与する味方だけは見分けて傅
かしずくようにという我儘な融通を身につけさせたいっていう、所謂"悪の心の自己制御"がご希望なんだろうから、逆手を取れば…指揮する人間が取っ捕まれば手も足も出なくなるってのに、そんなお勝手なもののどこが"冷徹にして地球最強の一大軍団"なんだか。】
 ああ、それで"何か変なもんでも喰ったのか"と。…確かになぁ。





          †



 古くは手塚治虫センセーの『メトロポリス』や、スタンレー=キューブリック監督の『2001年 宇宙の旅』、シュワちゃん主演の『ターミネイター』シリーズのシチュエーションに、コンピューターやロボットが異常をきたして勝手な行動をとったり人間を襲うようになる…というのがありますが、亨の個人的な見解というか解釈から言えば、それって…彼らが意思をもっていて暴走、もしくは逆襲したというよりは、人間の側の入力ミスなんじゃないのかと思えてなりませんのですよ、はい。
コンピューター内蔵とか電子頭脳、人工知能装備なんていうと、人間の能力を遥かに越えたものとか何にでも"万能"なもののように聞こえるかも知れないが、実のところはそうでもない。例えば、いつぞや『ディープ・ブルー』という大容量コンピューターが、人間のチェスの世界チャンピオンを打ち負かしたと話題になったことがあって、とうとうコンピューターが人知を越えてしまったと取り沙汰されもしたが、これが実はちょっと違う。これは単に記憶力の差が出ただけで、『ディープ・ブルー』くんはデジタライズされた記憶をいつでも入力したそのままに引っ張り出せるシステムだったからこそ勝てたのであって、じゃあ"詰め碁"や"○×ゲーム"なんかをさせたら勝つかというと、小学生相手にあっさり負けてしまうかもしれない。これだとちょっと極端で意地悪な例えだが、コンピューターというのはとどのつまり"そういうもの"なのだ。誰かに教わって身につけるもの、ルールが条文化出来るもの、既に名人がいてその所作が分析出来るもの、過去のデータが有るものならば、その技術や記憶の引っ張り出し方、表現力・実現能力を洗練させさえすれば人間を上回って当たり前。むしろ、人が意識せずに出来ること…何度も転んで歩けるようになったり、叩かれて痛みを覚えたり、人込みの中ですれ違う他の人をナチュラルに避けたりといった、理屈抜きに身についてしまったものの方が再現させにくい。覚えさせる前段階の作業として、伝えるための様式データを作成せねばならない訳だが、人間自体の動作や反射の仕組みをあらためて綿密に解析・分析しなければならないため、その研究を長い歳月をかけた観察でもって手掛けねばならないからだ。("二足歩行における身体バランス"なんてその最たるもの。このシリーズにおいてはくどいかも知れないが"ロボット研究"からして、そもそもは人間の動作・反射の研究のために始まったものなんですからねぇ。)




          †



 そして、面倒で繊細なプログラムは、複雑になればなるほどバグも増えれば論理矛盾から来る暴走の危険性も増える。そんな相反することへの"自己判断"回路を植え付けたりすれば混乱は目に見えているからで、ああまで頑丈な装甲だけを有効利用して鎧か何かを作って、それを身にまとう逞しくて忠実な人間の部下を育成した方が早いかも知れんて。
「いっその事、モーション・トレーサーつけて自分でコントロールすれば、意志の疎通も確実でしょうにね。」
【おや、ピエールくん。君もそこに居ちゃあ退屈だろうから、こっちへこないか?】
 あんたたち…。モーション・トレーサーというのは、CG処理などでお馴染みの"動作取り込み"に使う入力方式
インターフェイスの一種。例えば…手袋のようなセンサー付きの装置だったりして、それを自分の手にセットして動かすとコンピューター処理された画面の中でアニメーションの手が同じ動きをする。その動作を解析しデータとして管理しておけば、ロボットアームに寸分違わぬ同じ動作を再現させることだって出来る。アニメや映画への制作技術としてや、工場の生産ラインへの職人芸移植という応用だけではなく、手話の再現や入力などへも研究がなされていて、これもまたSFじゃなくなりつつある先進技術ってやつなんでしょうね。
「だけどそれじゃあ、リアルタイムでは一人につき1つの動きしか再現出来ないから…。」
 あんまり効率が良いとは言えないかも…と言葉を濁した岬であり、
【確かにね。全員が同じ動きで良いって訳じゃないんだから、ヒューマノイド軍団の一糸乱れぬ盆踊りでも見たければともかく、それでは全く意味をなさない。】
 …三杉さん。せめて"パラパラ"くらい言ってあげたら? (ゑ? これも古い?)
"あれって、以前まえに阪神タイガースが優勝した年にも流行はやったんですよね。"
 85年ですね。一応、まだ学生だったなぁ。
しみじみ そ〜れはともかく…はっきり言って犯人を舐めまくっている人たちである。こうまでおちょくられては、さすがに自分の夢の世界にひたってもいられなかったか、
『くだらない御託を並べているんじゃない。潜在意識操作であんたらを自在に操ることだって出来るんだぜ?』
 具体的な脅し文句とやらを口にした犯人ではあったが、
"…おや?"
 その一言へはピエールが眉を寄せて見せる。
"あれもこいつの手によるものだったのか?"
 ピエールに妙な夢を見させ、ジノを寝不足状態に追いやった不審な音波。今もって何処に何を仕掛けてのそれなのかは判明してはいないのだが、そうだとすると随分と念入りな下準備を施していたことになりはすまいか? 怪訝そうな顔付きのまま辿り着いた管制室のドアを開けた途端、
【そんな形で無理矢理"何か考えろ"だの"言うとおりに働け"だのと操作されて、
 その通りに新しい研究が進んだりてきぱき動くことが出来れば苦労はしませんて。】
 三杉のそ〜れはきっぱりした返事がピエールをコケさせた。それはそうには違いないが、子供の喧嘩じゃあるまいに何もそこまで極端なことを言っている相手でもなかろう。ピエールがそれと気づいたように些細ながらも影響が出ている事実をネタにしたかったに違いないのに、こんな突拍子もない躱され方をしては…犯人が逆上しかねないというもので、
"もしかして、この交渉を楽しんでるな。"
 だとしたら…凶悪なことをする。
【第一、それでは埒があかないと気がついたからこそ、こういう強硬手段に出たんでしょうに。】
 おっと。これは鋭いスマッシュが決まったぞ。対する犯人はといえば、
『………。』
 これこれ、あっさり言い負かされててどうするよ。 さすがはディベートの魔術師…というほどでもない、こんな初歩のやりとりでグウの音も出なくなるとは、押し出しこそ派手ではあったが一皮むけば何だか頼りない相手であったらしい。
【そうなんですよね。そこんところがどうにも納得がいかなくて気になってるんですよ。】
 あれれ? この声は?
【おや、おはよう。】
 おいおい、三杉さんも。 管制室の出入り口でコケたままでいたピエールを助け起こしつつ、そのまま中へと入って来たのは、この騒動の初っ端に呑気にもぐうぐうと寝入っていたジノだった。
「どの段階から聞いていたんだい?」
 鍵括弧が変わったのはインカムマイクへの声ではないから。音声を一旦切って"眠り姫"の方へと向き直った三杉であり、
「交渉が始まったくらいからだよ。あんまりうるさかったもんでね。」
 そう応じてジノが手のひらの中に包み込んでいたものを見せる。ラジオなどを聞くインナータイプのイヤホンのような、小さな補聴器のような機器で、
「こんなものを残しといてくれたのはお前だな?最初は耳元で虫が飛んでるのかと思って振り払おうとジタバタしてたもんだから、傍に居てくれたらしい青葉さんに思いっ切り笑われてしまったぞ?」
「なに、一人だけ蚊帳の外では寂しかろうと思ってね。」
 にこやかに応酬する三杉にジノも小さく苦笑っただけ。この人たちの半端ではない手配りは今更な話で、もしもジノが目を覚まさなかったならだとか、こんな騒がしい音を聞かされたことで妙な夢でも見て魘うなされでもしたらだとか、そういった懸念は…結果オーライということで処理するところがご愛嬌。
おいおい それはともかく、
「どうにも…辻褄が合わない賊だと思わんか?」
 ジノが"納得がいかない"と感じたのはその点であるらしい。室内の中央、コンソール管制盤などが設置されてはいないテーブルの前に置かれたソファーへと陣取って、彼はその論拠を並べた。
「首尾一貫してないというか、道具と実力が噛み合ってないというか。一応は警戒も厳重な此処へ突入して来れた手際や、あのなかなか良く出来たヒューマノイド。前もっての小細工だったらしい"安眠妨害装置"だとか
おいおい、テクニック的には結構高度なものを見せてもいるっていうのに、総仕上げだろう締めくくりの交渉の段取りが悪すぎる。」
 怒涛の実力行使ですもんねぇ。しかも、条件というか脅迫材料というかを出す手際が不味すぎる。
「いくら亨さんの書く話だからったって、今回の辻褄のなさは凄すぎますよね。」
 人をどういう引き合いに出すのよっA
「まあそこまで言うとキリがないとしても…だ。
こらこら そのギャップが何処から来たものなのかが問題だよねぇ。」
 そう呟いてからおもむろにクルリと椅子を回して管制盤の方へと向き直り、三杉はマイクのスイッチを入れた。
【施設がほしいというのなら、差し上げても良いんですよ? これでなかなか管理が面倒で、自分の研究もろくに捗らないことですしね。我々の引っ越しに何ヶ月か猶予をいただければ…。】
『あんたらが居なきゃ意味がなかろうがっ!』
 う〜ん、なんて本末転倒。 博士たちごと欲しいって辺り、こりゃやっぱり随分と調子のいい段取りを構えてたとしか言いようがないような。



←BACKTOPNEXT→***