月夜の烏 〜お侍 習作の4
 


          




 決戦の日を待っての準備は着々と進んでおり。だが、そうだということは、侍たち一行が身辺にぎやかになっていた虹雅渓から脱出してのち、それなりの日数が経ってもいるのも明らかで。いつ相手が襲い来ても不思議ではないがため、哨戒の人数が増え、外への監視がより綿密になった。かつての大戦に於いて、誤報や偽情報による現場の混乱や撹乱によほどのこと懲りたのか、それとも…広域における電気的通信回線の寸断が、あまりに甚だしいまま復旧が間に合っていないのか。野伏せりたちの機械の擬体は残っているのに、彼らや街の機巧への動力“蓄電筒”もつつがなく生産され続けているのにも関わらず、遠い土地との通信手段は、直接伝令を走らせるか、動物や飛脚などの仲介を経た書状にてやり取りするという、最も原始の形へと戻っているのが何とも微妙。まだまだ不安定な世情であり、都による統率とやらも不完全だということか。それとも…大戦艦を浮遊させたほどもの科学の力も、暴走した情報の恐ろしさには敵わないことを暗に認めているということか。ともあれ、そんなおかげでこちらの状況があっと言う間に相手へ知れるという恐れはないが、それを言うならこちらも同じ。相手が実際に迫って来た足音でもせぬ限り、合戦の始まりはいつとも知れず。だからこその警戒を怠らないよう、マメな警邏と哨戒にと務めていた彼らだったのだが。


 そんな中で起きたのが、今宵のちょっとした騒ぎであり。小さなアクシデントとして一部の人々にだけ降りかかった“それ”は。動揺を招くからと、素早く箝口令が敷かれたそのせいで、知る人も少ないまま収拾し。小さな村は依然として静かな夜陰の底にある。





            ◇



 各所で“野伏せりへの対抗措置”の下準備に必要な作業へと取り掛かっている面々とは別に、昼の間は村人たちへ弓の扱いを指導しているキュウゾウではあるが、いくら何でも陽が落ちてしまった後まで延々というのは、まだ初心者の彼らに強いるには早すぎる条件だったがため。まだまだ危なっかしい手合いの多い今のうちだけは、深夜を過ぎて未明へと至る直前にも解散とし、村人たちは交替で休養をとりつつ別の作業へ回ることを優先された。そして、彼らを指導していたキュウゾウの方はというと、食事や休息もそこそこに外へと戻ると、村の外縁や深い森の中なぞを、単独で哨戒して回っていたらしい。怪しい気配を嗅ぎ取る感応力も鋭敏な彼であり、その上、あのずば抜けた身ごなしをもってすれば。闇に紛れて忍び寄る存在へ、逆に音もなく接近してしまうのも容易だったので。万が一にも相手側の…野伏せりの斥候と鉢合わせた場合でも、それを難無く倒せよう。生け捕ったところで、
『どうせ置き去りにされた現地班の口でしょうからね。捕まえたところで情報は大して持っちゃあいませんよ。』
 派手な騒ぎへと発展させては、まだどこか動揺が残っていなくもない民に不安ばかりを与えかねない、そんな微妙な段階にあったから。本来ならば、いくら腕を見込んでいようと単独行動は慎ませた方がいいところなれど、彼に関しては…あのキクチヨとは全く逆の意味合いからの“構いなし”とし、好きに行動を取らせていたのだが。

  ――― それが、今度ばかりは裏目に出た。

 そやつらは、奇しくもシチロージが断言したその通り、今回の流れの全て事情を把握した“本殿”からの先駆け斥候などではなく、恐らくは以前から此処へ詰めていたクチの単なる“張り役”であったらしく。何だかただならぬ気配と熱気を帯びている村人たちだということへと気づいたものの、自分たちへと直接の指示を出していた、此処での上官格の人間は、いつからだろうか行方不明。本拠への連絡も彼が担っていたから、局所的な情況のみならず、情勢的な状況の変化とやらも全く伝わって来ず。本拠からこんなにも遠い土地へ、下っ端ばかりが取り残されたのだと気がついたその動揺は、もはや限界に近かったに違いない。戦場にあって末端の人間に一番恐ろしいのは、前線で本部との連絡が取れなくなることだそうで。自己への確固たる自負があるなら、まだ何とでもなろうが、そうでない場合…誰かの権威という他人の持ち物を自分の威勢だと勘違いしていた場合。その絶大なる権威が手の中から音もなく消えるのだから、こんな悲惨などんでん返しはない。浮足立ったその末に、周囲の何もかもが脅威的な悪意や敵にしか見えなくなり、あっと言う間に恐慌状態に陥ってしまう。とっとと逃げ出せば良かったものを、躊躇したまま、村の外縁の森に潜んでいたところ、
「…誰だ。」
 キュウゾウの感情薄い語調による誰何の声や、戦闘態勢へと切り替わればあっと言う間にその痩躯にまといつく、分厚い威勢と殺気の冷たさを突きつけられて。多少なりとも修羅場の場数を踏んでいるものならば、すぐにも格の違いに気づけるだけの存在感を帯びていると気づけたものが、
「ひっ!」
 中途半端に武装していたその上、心臓だけが途撤もない縮みようを呈していたものだから始末に負えない。闇の中から突然かけられた声と、それが持つ冷然とした気配とに、問答無用で斬りかかる、無慈悲な死神にでも出会ったような錯覚を起こしたのだろう。数人のうちの最も殿
(しんがり)にいた、まだ若い男が、仰々しくも肩から提げていた機関銃を抱え込んだまま振り向いて来、それをそのまま乱射しそうだとあって、
「…っ。」
 こんな暗い中でそんな物騒な音が立っては、村中がパニックになりかねない。仕方がないかと瞬断し、背から引き抜いた刀での一閃、最初からそんな仕掛けになっていたかのように、気持ちいいほどの分解状態、銃身をこま切れにしてやったところが。目の前に銀色の瞬光が走ったと同時、急に手元が軽くなったことから、もんどり打って背後へ倒れ込んだ侵入者Aは、ますますのこと怯えたようで。しかも、そんな無音の格闘が、その物音で今やっと全員へと伝わって、
「ど、どうしたんだ、お前っ!」
「だ、誰か居やすぜっ!」
「村の奴らの助っ人か?」
 ざわざわっと浮足立った残りの連中が、だが、まだ多少は落ち着いていたのに比べて、
「ひぃいいいぃ〜〜〜〜っっ。」
 最初に虎の尾を踏んでしまったところの哀れな青年Aだけは、腰でも抜けたか尻餅をついたまま、いざるように後ずさりしつつも。自分へと進んで来る、そりゃあ恐ろしい“何か”への決死の対抗処置を探して探して…。
「おい。」
「ひぇええぇぇっっ!!」
 ただ声をかけただけ。それを振り払うような所作にて、腕を払った彼のその手から、夜陰の中へと振り撒かれたは、

  「…っ!」

 覚えのある匂いが仄かにしたことから、素早く眸を伏せたキュウゾウだったが、基本を守って風下から近づいたことが徒になった。
「何だ、いきなり目潰し使う奴があるかよっ!」
 そいつの仲間なのだろう罵倒の声がして、ああやはりと合点がいった。

『白兵戦や接近戦用の小道具で、乱戦の中で使えば味方までもが巻き添えになりますからね。そんな時のことを考えてか、正規のものなら微妙に“安全”に留意して出来てんですよね、これ。しかも。微かに匂いがついているのですが、その成分は…。』

 後にあの槍使いが口にするのがそんな解説で。しかも、皮肉なことには…キュウゾウがいた南軍仕様のもの。だからこそ、匂いで気がつき、反射も早く働いたとはいえ、
「つ…っ。」
 少しばかりはかぶってしまい、たちまち視覚が激痛と共に奪われる。どうせ暗闇だったとはいえ、痛みを伴ってのこの視覚の欠落は随分な喪失。不覚を取った悔しさに血が昇るタイプではなかったから、依然として冷静に、周囲の気配を視覚以外でまさぐる方へ、気持ちを素早く切り替えたものの、
「何だよっ! 誰か居んのかっ!」
「知らねぇよっ!」
 闇雲のデタラメこそ、御しにくい相手もないもので。ぶんっと突然、前触れもなく顔の間際へと振られた、短刀だろうか、刃の冷ややかさには、冗談抜きの反射にて身を躱して避けていた。これは思った以上に素人が相手だったらしい。だったらもっと、大っぴらに近づいた方が良かったな。それこそ、情報が引き出しやすかったかも知れぬしな、などと。これまでの彼には柄にもないこと、こっそりと思ってみたがもう遅い。思わぬ方向から複数の足音が乱れもって近づいて来たのへと、
「…っ!」
 どうせ。峰打ちなんてお上品な対処を取るつもりなんてなかったから。襲い来る激痛を何とか意識から引き剥がし、闇を重ねた瞼の下から耳や肌目で気配を探ると。夜気を掻き回しつつあたふたと近づいて来る気配へ向けて、

  ――― 斬っっ、と。

 左右に構えた細身の双刀による、容赦のない剣戟をくれている。それはなめらかな秋の夜陰を撫でるよに、静かな夜風のような一閃は、抵抗なく躍り出た鋼のしなりを辺りへ微かに響かせただけ。
「あ…?」
「かは…っ。」
 斬られたことにさえ気づかぬまま、通り過ぎ行き交った相手が4人、そのままぱたぱた、糸の切れた操り人形のように力なく倒れ伏す。後には耳なりがしそうなほどの静寂が押し寄せて来て。それと同時に、
「…っ。」
 頭痛までしそうなくらいに、焼けつくように眸が痛む。気のせいだろうか手足の動きも鈍くなり、体が重くて動けない。そうこうするうち、

  「〜〜〜っか?」
  「いや、こちらのようだったが。」

 こんなささやかな、されどしっかり殺気立ってもいた気配をいち早く嗅ぎ取った誰かが駆けつけたのは、さして間合いを置かぬ頃合いのことで。

  「…っ! キュウゾウ殿っ!」

 時間が経てば多少はマシになるかと思い。接近者の気配をうるさいほど伝えよう、笹の茂みへ身を寄せていると。じっと動かずにいたところへまで、迷いもせずの真っ直ぐ駆け寄って来た誰かが、鋭いが押さえた声で呼びかける。一瞬まぶた越しに目の前が赤くなったのは、その誰かが持っていた松明の明るさがよぎったからだろう。この状況を見て声を低める心得を出せたということは、
「あたしが判るかね? シチロージだ。」
 さすがは機転を利かせるところを心得ている。覚えのある気配が寄って来て、間近へと屈み込むと…キュウゾウが蹲
(うずくま)っていた原因へと気づいたか、一瞬息を引いてから、
「触れますよ? いいね?」
 先に声をかけてから肩に触れ、それから、そぉっと目元を検分する気配。しばらく声がしなくて。
「…いいかい? まず、他所もんは全員…4人いるのがコト切れてる。それと、あたしもこの匂いには覚えがあってね。目潰しを…喰らったね?」
 問いかけへと頷けば、腕を取って立ち上がらせてくれ、背後にいたのだろう、もう一人の気配へと声をかけた。
「ゴロさん、済まないが…。」
「ああ、判っている。今はまだ内聞にしといた方がいいだろうし。遠すぎて使えないと見切った塹壕跡があったから、そこへ始末をしておこう。」
 本人をよそにしてのそんな会話があってのち、夜陰に紛れて詰め所まで。結構力持ちな槍使いに抱えられ、運ばれるに至ったキュウゾウであった。






            ◇



 白兵戦や接近戦用の小道具で、乱戦の中で使えば味方までもが巻き添えになりかねないからと。そんな時のことをまで考えてか、正規のものなら微妙に“安全”に留意して出来ている…という、その目潰しへの講釈をしたシチロージがそこへと足したのが、
『しかも。微かに匂いがついているのですが、その成分は、かぶった相手に、短い間ですが麻痺状態までくれやがる、何とも性分
(たち)の悪い逸品でしてね。』
『…っ、なんと。』
 それは初耳だったので、カンベエさえもが思わず目を剥いた。どこか他所の話ではなくて、間違いなく目の前の仲間がこうむったものの仔細なだけに。そんな厄介なもので傷つけられたとは、気持ちの痛手もまた小さなものでは済まないというもので。
『完全に代謝されるのに、小一時間はかかりますね。』
 南軍製造っていう“正規のもの”であるのならですがと付け足して。土間に据えられてあった甕
(かめ)へと汲んであった清水を手桶へ取ると、まずはとキュウゾウの目許を丁寧に手際良く洗ってやったシチロージであり。あらためての確認ののち、さして擦ってはいなかったようだから、炎症はさほど起きないとは思いますがと所見を述べて。薄い衾を延べてやり、これもまた用意してあった白い小袖に着替えさせたが、さして逆らわなかったのは…その薬剤が効いていたからではなかろうか。もっとも、一番最初に例の赤い長衣を脱がすため、背に負うた刀へ触れた時だけは。さすがに、
『…っ!』
 何とか力を振り絞って顔を上げ、これもまた無理をしてのことだろう、痛む眸を見開いて。鋭い眼差しでもって、あれこれと手をかけていた、カンベエとシチロージとを睥睨して来たキュウゾウでもあって、
『すみませんが、言うことを聞いてくださいな。』
 視覚が働かなくなってからこっち、他の五感がフル活動しているの、ご自分でも判っておいでだろうに。いくら気丈夫なキュウゾウ殿でも、消耗の度合いは大きいはずだ。せめて身体の痺れが抜けるまで、今宵のところはどうか、此処でゆっくりと休んでいて下さいな。立て板に水とは正にこのことを言うものか。甘いクセがあって伸びやかな声を、今は静かに低めての、真摯なお顔で説得にかかったシチロージであり。刀からは手を離したが、二の腕へは触れたままにての声かけは、此処へまで抱えて来てくれた人間の温みだということも手伝ってか、何とかキュウゾウの警戒をほどけたらしく。生身の方の手を伸べて、そぉっと目許を覆っても、
『…。』
 今度は何とも抗わず。それじゃあ先に手当てをと、化膿止めの硼酸水を染ませた綿を瞼へ当てて、頭を巡らすようにして包帯を巻いたのへも、邪険な振り払いは見せなかった。ただ、刀だけは自分の手でベルトを外して装備を解いてから、その後は二人がするまま身を任せ、何とか衾の中へと落ち着いてくれて。そうなると、やはりただならぬ緊張にあったせいだろうか、肩から力が抜けたそのまま、たちまちすうすうと寝入ってしまった彼であり。先程の凄まじい殺気を放った同一人物とは到底思えぬ穏やかな寝顔へ、
『………。』
 言ってはならぬ詮無いことと、思ったこちらの胸中を察したか、

  『…手負いの野獣みたいでしたな。』

 こそりと。先に故意に言ってのけ、それから。ねぇとやんわり、小首を傾げて見せる呼吸は、カンベエの立場からでは言いにくいだろうよと案じてくれてのものなのが、相変わらずに心憎くて。そんな古女房がこの後も看取っておりますよとまで言い出したのを、何とか固辞しての“寝ずの番”だったのだが。寝かしつけた時と大差なかったかも知れない、一悶着があっての目覚めを迎えたあたり、平生は静粛にも楚々としている態度を裏切り、本質は過激な青年だってのは、こちらさんもまた相変わらずで。
「…。」
 目許を白晒布の包帯にて覆っているため、寡黙な彼だと起きているやらまた寝付いたやらが、こっちには少々判りにくかったが、
「結構な暴れようだったが、それでも儂の手で引き留められたとはの。まだ痺れは取れておらぬな。」
 直接傷めたは眸だけ。動きが鈍かったのは体内へと取り込まれた麻痺剤の薬効によるものであり、そちらは時間が経てば代謝して消え、後は何ともない五体へ戻るはず。だってのに…と、そんなことを尋ね聞けば、
「…さてな。」
 短く応じて、ただそれだけ。弱っていようこと、わざわざ口にする奴もおるまいということかと、遅ればせながらそこへと気がついたカンベエが苦笑する。苦そうな笑みにはもう一つほど理由があって、

  “まだまだ警戒されてはいるか。”

 それだけでもなかろうが、この自分を斬るためにというのを主眼目としてついて来た彼なのだから、そんな相手と馴れ合ってしまうつもりまではなかろうて、と。そこはカンベエも納得し、
“となれば、儂がおっては大人しく眠ってはくれぬかの。”
 警戒していて、だがもう回復しているのなら。制しても聞かず、とっとと寝間から立ち上がって此処から出て行く。恐らくはそんな気性をしている彼である。それがちと果たせない、起き上がるのは難儀な身であるとして。ならば、警戒を解けぬままの相手がおっては、おちおち眠れぬというものではなかろうか。さっきは疲労とそれから麻痺の作用に負けたとしても、今は微妙に違おうし。
「…。」
 黙ったままの白い顔が、じっとこちらを見やっている。いや、目許は覆われたままなのだから“見やっている”とは 訝
(おか)しな言いようか。とはいえ、
「…。」
 気配が、する。こちらへと真っ直ぐ そそがれたままな、意識の気配。そんな彼との、奇妙な、だが妙に視線を外しがたい睨めっこをしていて、
「…お。」
 ふと。気づいたものがあり、身を起こしてそちらへと、近づいてみるカンベエであり。
「?」
 特に意識をして“気”を殺してなぞはいなかったので、近づいたという身じろぎ、そのままに伝わったことだろう。だからこそ、なんだどうした?という、薄いが怪訝そうなそんな気色を、包帯の上へわずかに覗く白い額に浮かべたキュウゾウだったが、
「少し、削がれておるな。」
 やや覆いかぶさるようになって、それから。武骨な手が伸びて来て、そぉと摘まんだのが、その額髪。さっきのささやかな乱戦の中で、避けたつもりのあの一閃が、隅の方でわずかに彼の金の髪を削いでいたらしく。小筆ほどの束だけが爪ほど短くなっている。彼ほどの腕のものが、こんな後れを取ろうとは。もしかせずとも、眸をやられてからの切り結びだった何よりの証拠。シチロージの報告では、相手は4人で、しかも いちどきの一閃で、斟酌なく まとめて斬られていたということだったから、
「大したものだな。突然の暗視でよくも斬れる。」
 人差し指に掬い取ったる髪の一房。残りの指が包帯へと触れる。ああ、これでは落ち着けまいかと、これまた遅ればせながら気がついて。手を引こうとしかけた間合いへ、
「そのくらい、お主でも出来ようぞ。」
 聞こえたが応じを返すまでもないと。やり過ごされるかと思っていたものが、おや。相手をしてくれるらしいなというのが、カンベエには意外で。声は相変わらずに単調で、面倒そうにも聞こえたが、だったら流しおくのがいつもの彼ではなかったか。それと、もっと意外だったのは、顔の上へとかざされた手を払いのけようとしないこと。顔というのは急所の塊。現に今、彼は眸を傷めて侭には動けない。だってのに、持ち前の警戒が、鋭い反射が働かないのはどういうことか。
「………。」
 試しというと聞こえが悪いが、包帯へと触れるか触れないかという高さにあった自分の手。それをそっと、もう少しほど下げてみて。薬指と小指の背の側でそぉっとそぉっと、綺麗に通った鼻梁の峰、するりと撫でてみたけれど、
「…。」
 やはり。嫌がって眉を寄せたり口元を歪めたりするでなく。むしろ、子供の悪戯を受け入れているかのような静かな顔つきで、するに任せている…彼ではなかろうか。

  「キュウゾウ?」
  「…なんだ。」
  「影さえ見えぬか?」
  「今のは、それも関係なかろうよ。」

 ふっと小さく息をついたは、小さく笑ったその証し。
「………。」
 彼がかぶった目潰しには、麻痺作用の他にも何か良く判らない成分が混じっていたものか。それとも、時間つぶしにカンベエを、からかってやろうぞとでも構えたキュウゾウなのか。怪訝に感じた感触を、だが。素直に解釈したならば、別な…意外な答えが見えて来て。
“…ぴりぴりとしては おらんようだが。”
 それってすなわち、

  “警戒しておるのでは、なかったか?”

 静かな夜陰の底に二人きり。果たして答えは何処に転がっているのやら…。







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 *もちょっと続きますvv
  それにつけましても、
  なんかカンベエ様、早くも尻に敷かれてしまいそうな気配ですね。
(苦笑)
  私が書く話って、何でどのCPも攻め側が尻に敷かれる話ばっかなんだろ。
  今のところ進さんだけだもんね、免れてるのって。
(苦笑)