語らずとも…  (お侍 習作127)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


辺境には珍しくもない、宿のない土地では、
州廻りの役人から預かった身上書を見せることで、
里の外れの小さな杣家などを一晩貸してもらうのが通例で。

 『このように身分のしっかりしたお武家様がたなれば。』

何でしたら母屋にお泊まりをと、
長老などから勧められることもあるけれど。
そうなると…今度は連れが窮屈がるものだから。
どんな拍子で乱暴な口利きや振る舞いを為すかも知れぬ粗忽者ゆえと、
それこそ折り目正しい言いようで丁寧にお断りするのが、
考えようによっては十分に妙な運びではあるのだが。

 「…。」

ぱちり、と。
囲炉裏にくべた炭がはぜ、
膝元や身の前面がじわじわと温もりつつある。
今宵も 道程の半ばにて、思わぬ日没迎えてしまったのでと、
とある村での世話を受けてる彼らであり。
秋の夕陽はあっと言う間に山の稜線へと沈んで、
わずかばかりの残照が、
寂しい色合いで辺りを染めていた名残りさえ もはやなく。
夜具を延べればもう居場所はなくなろうほど、
小さな小さな古家の炉端に座して。
心づくしの夕餉もいただき、
されど まだ眠くはならぬからと、
こうして何を語るでもないまま、連れの青年と向かい合っていたりする。

 「…。」

山々がそれは見事な秋麗の錦に色づくそんな中にあって、
その華麗さの中、やっとのこと、その身の彩りが馴染む青年。
淡い色合いの金の髪を冠のように戴き、
すべらかな頬の白に映える、双眸は紅蓮。
遊里でもこうまでの傾城はなかなかにいなかろう、
飛び抜けた級の美貌をし、
しかもしかも均整の取れたしなやかな痩躯、
それが最もよく映える、深紅の衣紋で包み込み…と、
役者のような見栄えに恵まれている身であるにもかかわらず。
冷たい美貌を微かにもほころばせることなく、
用のない場では置物のようにいる様は、

 “目立つのだか目立たぬのだか。”

当人が覇気をほとばしらせていれば別だが、
それ以外の場では…これほどの風貌の青年が、
そりゃあ見事に隅に置かれっ放しとなっているのの多いこと。
まま、金満家の座敷遊びのように、
麗しい姿を愛でるだけでいいのならともかくも。
対話を交わし、眼差しを交わし、
思うことのいくらかを受け渡しし合うのが、
普通一般の人と人との交流の基本であろうから。
何を訊いても口数少なく、しかもにこりともせぬ無愛想。
取り付く島がないとはこのことで、
純朴な人々ばかりな村であればあるほど、
娘らの関心もすぐに遠のいてしまうのも常のこと。
とはいえ、物心付いたころから刀扱いと戦さ場しか知らず、
人付き合いというものへの免疫が薄い彼に、
そんな如才まで求めるのはむしろ酷なことと言う他はなく。
そこは当人も判っているものか、
残念がる気配は微塵もないまま、
泰然と相部屋の他人のような顔をさらしているばかり。

  そして

そんな青年が、自分にだけは真っ直ぐな眼差しを向けて来るのが、
包み隠さぬ意志を突きつけて来るのが、
勘兵衛には何とも小気味がいい“悦”でもあって。
他との区別をこうまでくっきりつけられる優越と、
それが、他でもないこの剣豪からの求めであるという特別と。
鋭い視線に込められたのと、同じだけの熱情を返さねばと感じ取ってのこと、
枯れたはずの、死んだはずの身の裡
(うち)へ、
やすやすと熱を煥されてしまうから、難儀なことこの上ない。

 『何でそれが“難儀なこと”なんですよ』

古女房は呆れたものの、そこが不器用な男の“もののふ”たる難儀さで。
侍がその生を実感したければ、真剣な刃のやり取りに行き当たる。
久蔵がそれしか知らなかったのは、
戦さ場ではそれさえ全う出来れば十分だったから。
生き残るか討ち殺されるか。
何とか命永らえてもそれは、目こぼしをもらったことと通じ、
後の脅威にさえならぬとの、最低の評価をされたに過ぎぬこと。
決して死を誉れと思ってはいない。
ただ、練達であればあるほどに、
一旦仕合えば、その末に待つのはどちらかの死だ。

  究極なればこその、全てか無か。

もはや戦さは終わったのにと、一般人には信じ難いことだろう、
そんな感覚が身から抜けぬが侍であり。
そんな危うさ 持て余すような、
真の侍なぞ もはや生き残ってはないだろう、
安寧安穏の世にあって。

 『お主、侍か?』

まさしく“奇縁”による邂逅を成した身同士であるがゆえ。
相手への愛しさがつのるほど、
だが、真の練達を嗅ぎ取れるがゆえの蠱惑も消せず。
相反した想いの狭間にいることが、
幸せすぎてか、苦しくてだか、胸を焼いたり頭が煮えたり。
これでなかなか難儀なのだと、

 “判り合えるのも恐らくは、当人同士のみだろて。”

そんなやくたいもないことを思っておれば、
ふと。久蔵がぽつりと呟いた。

 「…戦さ場で。」

単調で乾いたその声音は、
丁度 外を吹き行く風の間合いだったこともあって、
勘兵衛の耳へもようよう届き、

 「?」

いかがしたかと先を促す勘兵衛の目顔に、
少し距離のある向かいにいる久蔵が、
珍しくも戸惑うように視線を泳がせる。
人一倍 寡黙な分、口を開いたからにはそのまま言い切る彼が、
言いかけて躊躇するとは滅多にないこと。
だが、勘兵衛が 七郎次ほどには気の利かない男だというのも、
それこそ重々承知している久蔵だったので、
間合いをおくことで、
じゃあその話はナシですねと
気を利かせて棚上げしてはくれないことは見えており。

 「………。」

続きの言いようを身のうちに持て余し、
どうしたものかと、視線を泳がせる態がまた。
ほんに微妙な揺らぎでしかないというのに、
勘兵衛には…何とも愛らしい戸惑いにしか見えやしない。
訊きたいことがあって、でも、他愛ないこと過ぎないか。
いやさ、笑われるくらいなら構わぬが、困惑されたらどうしよか。
それより何より、言いたいこと、ちゃんと表し切れるのだろか。
そんなこんなに揺れてる動揺が、
日頃の鉄面皮からはずんと掛け離れているものだから。
それこそ大人げないかも知れないが、
もじもじと膝の上、
小ぶりな手を開いたり閉じたりし始める判りやすさへさえ、
ああ何と稚
(いとけな)い君だろかと、甘い感慨、禁じ得ず。
そして、

 「…っ。」

そんな風に堪能がてらで眺めていること、どこまで届いているものか。
それとも単に自己暴発した末か。
何かしらを思い切り、顔を上げてのわしわしと。
ほんの数歩をなのに膝立ちでは済まさず、
わざわざ立ち上がっての回り込んで来。

  「………。」
  「…ああ。」

お膝に乗せてと目顔で訴えるのだけ、
すこぶる上手になったこと、果たして彼は気づいているものか。
苦笑混じりに開かれた懐ろへと上がり込めば、
裳裾を囲炉裏へこぼさぬようにと、
深く抱え込んだ細い背中のその向こう、
大雑把にだが、それでも当人に代わって、
手を掛けてくれている勘兵衛で。
そんな気配を、
頼もしい胸板の躍動で察するのが心地いい。
外套代わりの砂防服やら内着やら、わさわさあれこれ重ね着しているが、
それらを押し出す充実した筋骨のうねりや熱が、
そこへ頬をふせたこちらをよしよしと撫でてくれるようで心地よく、
だから この場所が一番好きな久蔵で。

 「で?」
 「?」

なに?と見上げれば、
訊きかけたのはお主だろうにと、柔らかな苦笑が降って来たのへ、
さあ知らないと、埋まり直して。
言わないものとの素知らぬ素振り。


  ―― 戦さ場で出会えなかったのが、良かったのか悪かったのか、と。


それこそ今更言ったってしょうがないこと。
それに、答えは既に出ていると、
いい匂いのする懐ろに埋まった瞬間に気づいたし。

 「久蔵?」
 「……。」

何のことだか我は知らぬと、
猫にでも成り切って、誤魔化す術を覚えつつある供連れの、
ささやかな魂胆に壮年の側が気づくのは、さて、
どのくらいこんな他愛ないやり取りを繰り返してからのことなやら……。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.12.04


  *前半が堅苦しかった割に、結末は“何だこりゃ?”ですいません。(笑)
   12月3日は“妻の日”だそうでと日記に書きましたところ、
   何名かの方々から萌えな反応をいただきましたので、
   言い出しっぺとしては何か書いた方がいいかしらと、
   脳裏に浮かんだ腐女子ネタを少々、さらさせていただきました。
(大笑)
   まずは看板の勘キュウで一席vv
   ……直前の『
晩秋深遠』の方が甘いかな?という出来ですが、(こらこら)
   某F様、見てますか?
   こんなでよろしければ進呈させて下さいませですvv
   新妻は相変わらず、どっか融通が利かないところが可愛いです。
   そうやって子供っぽい駄々をたんと捏ねてやればいいぞvv

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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