「え…?」
目を見開いた彼女の前に、血まみれの男が立っていた。
彼女にとって、まだ名も知らない男…ブレーダである。
ブレーダは新たに攻勢に出た別の兵士達も一気に叩き斬る。
「…次に死にたい奴は?」
ブレーダは敵兵達に脅しをかけた。
敵兵達はひるんだ…ブレーダはそこを突く。
敵兵達は完全に恐怖を植え付けられた。
「す…凄い…」
逃げるのも戦うのも忘れ、レミナの口からはただその言葉だけが漏れた。
そんな彼女の首筋に、太い男の腕が伸びる。
「キャッ…!」
敵兵の一人が、彼女を羽交い絞めにし、首にナイフを突き付ける。
ブレーダはそれに気付き、その敵兵の方を向いた。
「と…止まれッ!!」
レミナを人質に取っていながらも敵兵には余裕がなく、まるで神にすがるかのようにブレーダに対して叫んだ。
「ち、近付いたら…この女を殺す!」
その兵士にはそうとしか言えなかった。
冷静に考える暇はない…何とかブレーダを倒さなければならない。
さもなければ、自分が死ぬ。
ブレーダはそんな兵士を冷やかに睨みつけている。
「け、剣を…」
「その女が人質になるとでも?」
ブレーダは兵士に対して、冷徹に言い放った。
その声は、レミナが森で彼と遭遇した時の声ではない。
明らかに殺気が込もっていた…レミナにはそれがハッタリだとは思えなかった。
兵士も同様である。
彼はそれでも信じるコリーアにすがった。
「いいから剣を捨てろッ!!」
「…」
ブレーダは、やはり無言で剣を捨てた。
兵士は勝利を確信した…他の兵士達はその兵士の号令を待った。
だが気が付くと兵士の喉下には小型のナイフが刺さっていた。
ブレーダがいつも木彫り細工を作る時に使う…小刀である。
「え…?」
兵士には自分の死の実感すらもなかった。
ブレーダはすぐに剣を拾いなおすと、死んだ兵士の周りで呆然としていた他の兵士達に斬りかかる。
そしてレミナの方を振り向いて
「逃げろッ!!」
と叫んだ。
刹那、ブレーダに恐怖を抱かない一人の剣士が、彼に斬りかかった。
銀髪で褐色の肌の男だ。
最初のつばぜり合いで、ブレーダは、その男が一般の兵士達を遥かに凌ぐ実力を持っていることを悟った。
男は豪快な剣筋でガードの上からブレーダをはじき飛ばした。
「(強い!?)」
ブレーダは体制を崩した…男にとっては千載一遇のチャンスである。
しかしそこにレミナが割って入り、男の剣を止める。
男はレミナを確認すると、バックステップで距離を取ってから言った。
「レミナ…お前は死んだハズ!!何故ここに居る!?」
「シュダン…!」
レミナは男を知っていた。
同じコリーアの民の武将であるシュダンである。
コリーア教に対する信仰心、コリーアに対する忠誠…誰よりもそれに厚い男である。
「どうして…?」
レミナはシュダンに問い掛ける。
「どうして、こんな事をするの…?」
「これはコリーア様の命令だ」
シュダンは即答した…レミナが一番聞きたくなかった答えを。
「俺はここに巣くった邪教徒共を一掃するだけだ」
悪びれる様子もない…寧ろすがすがしいほどにハッキリと、シュダンは言った。
ブレーダには狂信的な戯言にしか聞こえない。
レミナはそんな彼を、きっと睨んで言った。
「ここはただの難民キャンプよ!彼等は邪教徒なんかじゃない!!」
「黙れ!コリーア様が嘘を言うハズがない!!」
シュダンはそれを激しく否定する。
ブレーダはそんな二人のやりとりを冷やかに見つめていた。
聖神コリーアの民が、何故、八眼蟲を攻撃したか?
その理由を一番知っているのは、この中ではブレーダである。
簡単な理由だ…新生シンバ帝国に陣取られた以上、コリーアの民はそうそう西方に進出できない。
故に最初に攻めるとしたら東方…つまりフリージィのネコ達かうちである。
資源不足の新生シンバ帝国と何か密約があった場合も考えられる。
八眼蟲は少々派手にシンバ帝国の輸送隊を襲い過ぎた…そこでコリーアの民と手を結び、名目上の盗賊狩りをやらせる。
だが実際、やる事はただの虐殺だ。
まぁどうであれ…所詮はこの程度の理由であろう。
ブレーダがそんな事を考えている内にも、二人は激しく言い争う。
「…だとしても!彼等はこうする事により悪しき生から解放され…コリーア様の下で救われるのだ!!」
シュダンの口調はどんどん激しくなる。
一方のレミナは涙声になりながらも必死で訴えかけている。
「違う…こんなのは違う!こんなの、救いじゃない!!」
「黙れ邪教徒!!」
「!?」
とうとうシュダンはレミナを一喝した。
彼の頭はレミナを邪教徒と認定したらしい。
しかしそう叫んだシュダンの瞳は、驚くほどに真っ直ぐである。
ブレーダは彼を純粋な男だと思った。
だが、その純粋さは危険な純粋さである。
純粋すぎる故に、簡単に他人に利用されてしまう…かなり危険なタイプである。
話は通じそうにない。
「レミナ…何を言っても無駄だ」
ブレーダは剣を構える。
レミナも…仕方なく剣を構えた。
「フン…」
それを見てシュダンも剣を構えた。
 
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