「(多いな…)」

ブレーダは周りを見回した。
いつの間にか増員されている。
敵の本隊が来てしまったらしい…。

「あの…ところで、名前を…」
「そんなの後だ」

レミナの会話を遮断し、ブレーダは覚悟を決めた。
こりゃ死ぬな…と。
その時、救いの手は現れた。

「オイ!大丈夫か!!」
「ラジェット!?」

ブレーダは思わず叫んだ。
ラジェットが多数の兵士を連れて現れたのだ。
しかも、その兵士達は気が付かない内に、コリーアの民の兵士達を取り囲んでいた。
そしてコリーアの民の兵士達に八方から矢を放った。

「何ィ!?」

シュダンは絶叫する。
優勢が瞬時に劣勢に変わった。

「お前等が時間を稼いでくれて助かったぜ!!」

ラジェットは威勢良く叫んだ。
それから全兵士に命令を出す。

「野郎共!キッチリお返ししてやれ!!」

盗賊らしい豪快なかけ声だ。
それに呼応して、兵士達は戦闘を始めた。
勝敗は火を見るより明らかだった。

「シ、シュダン隊長…」
「チィ…」

シュダンは舌打ちした。
自分の失態である事は明白である。
しかし、だからと言って、こんな所でこれ以上、兵を消耗させる訳にはいかない。
全てはコリーア神の為に…彼を突き動かすこの理念が頭をよぎる。

「止むを得ん…撤退するぞ!!」

シュダンは兵士達に撤退命令を出した。
その後でレミナを睨みつけ言った。

「レミナ!コリーア様の裁きを待っていろ!!」

捨て台詞まで狂信的・妄信的である。
レミナはそれに対し毅然とした態度で言い返した。

「私は…貴方達を許さない!!」

決別宣言であった。
シュダンはもう一度舌打ちすると、先陣をきって撤退を始めた。
それを追おうとした兵達をラジェットが止める。

「止めな…深追いはすんな!現状維持だッ!!」

意外と指揮官姿が似合う男である。
コリーアの民の兵士達は、本隊の離脱を見て一目散に逃亡を始めた。
ラジェットはいきり立つ兵達をなだめる。

「それよりも負傷者の手当てをすんだよッ!!」

彼のこの一言で兵達は各所で救難活動を始めた。
聖神コリーアの民の最初の襲撃はこれで終わった。

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「いや、よくやった!ホント、よくやった!!」

ラジェットはそう言って、ブレーダの肩を何度も叩いた。
配給された酒を片手に、ブレーダはいつもの冴えない風貌に戻った。
異様な殺気を放っていたさっきまでとは、まるで別人である。
一方レミナは自分も負傷者であるにも関わらず、忙しく怪我人の治療に走り回っていた。
そういう性分なのだろう。

「ところでよ…」
「ん?」

レミナを見ながらラジェットは切り出した。

「あいつ…信用できそうか?」
「できるな」

ブレーダは素っ気なく言った。

「じゃぁ、そうアリーさんに報告するぜ?」
「ああ…」

ブレーダは、たるそうに言った。
実際、動きすぎて身体がだるい。
だるいというのにレミナは彼の方に向かってくる。

「あ、あの…お名前を…」

息を切らしながらも、レミナはブレーダに聞いてきた。

「こいつに聞け…」

ブレーダは後ろに居るラジェットを指差した。
言うのもだるい。
振られたラジェットは何か思い出したように、キョトンとした顔である。

「そういやぁ…」

ラジェットは頭を掻きながら言った。

「お前、何て名前だっけ?」
「…」

ブレーダは無言でラジェットを殴った。
疲れている分、腹立たしさ倍増だ。

「ぐはっ!?テメェ!命の恩人に何しやがる!?」

スマン、うっかり手が…そう謝る前に、ラジェットの拳は彼の頬にめり込んでいた。
ラジェットの馬鹿力に流石のブレーダも吹っ飛ぶ。

「…」

ブレーダ、口から流れ出す血を拭うと、何事も無かったかのように立ち上がった。
…こうなったら、とことんやってやる。

「テメェ…名前ぐらい覚えやがれ!!」
「知るかッ!!」

二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
周りの連中は、それをまくし立てる。
唯一人、レミナだけがオロオロしていた。

結局レミナはブレーダに名前を聞きそびれた。
ブレーダはレミナに名前を言い損なった。

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