下駄箱まで何とか辿り着いたところで、芙爾は得意な後悔をした。

「(今日もサボれなかった…)」

芙爾は前にも述べたが、学校自体は大好きだ。
ただ、勤勉意欲に欠け、おまけに根が物臭で面倒臭がり屋。
鬱病の気さえある…なのに、一方でそれに反して目立ちたがり屋という側面も持ち、意外な人気がある。
噛ませ犬としての人気だが。

「オ−ッス!」

妙に景気の良い挨拶が聞こえたので、芙爾は上履きへと伸びていた手を止め振り返った。
そこには、クラスメ−トの夢前 夏実がいた。

「ウィ〜ッス…」
「どしたの?今日はいつも以上に暗いわねぇ…」
「いやぁ〜川上の大将にやられまして…俺、もう駄目ッスよ〜」

芙爾は乾いた…それでいて心からの自嘲で夏実に応えた。
クラスの男子から“姐さん”と呼ばれている夏実はそれに対して軽く笑って云った。

「アンタ、またやられたの?そろそろ記録更新した?」
「あと二回で月間記録更新ッス」

芙爾もつられ笑いしながら、MD没収記録を云った。
そろそろ、個人的には洒落にならない数字をマ−クしている。
おまけに、ペ−スは過去最速だったりする。

「どうすりゃいいッスかね?」
「イヤホン外して学校来なさいよ…いい加減、川上の方が飽きるわよ?」

冷静な意見を述べてから、夏実も下駄箱の中へと足を踏み入れた。
夏実は芙爾と一年の頃から一緒のクラスだ。
決して美人とは云えないかもしれないが、芙爾にとっては話しやすい相手だ。
あまり髪を伸ばしていない…肩まで届くかどうか微妙なラインでいつも夏実は髪を切ってしまう。
校則違反を覚悟の上で付けているピアスは、画一的な学校の集団から抜け出したいという強い欲望の表れだろう。
かくいう芙爾も、その為にいつだって帽子を被るかタオルを巻くかしている。
そういったところで、性格云々を抜きにして二人は気が合った。
ちょっとした同胞意識である。
互いに入学時から目立った為、目を付けられ、からまれた。
その時、芙爾は夏実に助けて貰っている。
それ以来であるが、芙爾は夏実に頭が上がらなかった。
周囲の見解では『鹿嵐 芙爾=夏実のパシリ』という定説が出来上がっているが、どう弁明しても五十歩百歩な現状だ。
姐御肌で行動力のある夏見には、いつだって芙爾は引っ張られるのである。
文化祭の時や体育祭の時などに、特に夏実の主人っぷりは発揮され、ついでに芙爾のパシリっぷりも発揮される。
身長すら夏実の方がうんと高い。
芙爾が小柄な所為もあるが、それ以上に女子にして170cm近い夏実は長身だ。
もしかすると、もう既に170cmの壁を夏実は超えているのかもしれない。
兎も角、夏実はそんな感じだが、それでも頼りにしてくれているのは分かるのでついついパシリに甘んじてしまう自分が芙爾は情けなくもあり、また、好きでもある。

「いや〜出来ねぇッスよ。だって、あれは俺の美学であって…そう、魂やね」
「いや、訳分かんないから」

夏実はキッパリ云った。
夏実も矢張り、芙爾の意味不明な虚言のかわし方を知っている。
心に穴が空いて万物の営みが漏れそうです…と、更に意味不明な愚痴をこぼした芙爾の頭を軽くはたいてから夏実は校舎の中へと入っていった。
いつの間にか靴を履き替えていたのか、何だかんだ素早くて器量良しな御仁だ…と、芙爾は感心しながら自分はのんびりと上履きに履き替えた。
その時、突如、後頭部に衝撃が走る。
毎朝、馬場チョップで挨拶をしてくれるろくでなしを芙爾はこの世で一人しか知らない。

「よう」
「その挨拶止めろよな、都馬…」

不満気に云った芙爾を都馬と呼ばれた大柄の男は笑い飛ばした。

「気にすんなよ。ちょっとしたスキンシップみたいなモンだからよ」
「柔道部のお前にやられてると…いつか、うっかり死にそうな気がして怖ええんだけど」
「そん時は、お前がヤワだっただけよ」

都馬は悪びれる様子もなく、芙爾を横切って自分の下駄箱を開ける。
都馬 永輝も矢張り一年からの腐れ縁だ。
そもそも、そうじゃないと二年の一学期早々にこういう挨拶の遣り取りが出来るモノではない。
永輝の身長は190cmの大台に乗るほどで、芙爾とは対照的である。
柔道部の部員で角刈りという時代に逆行した頭髪、正方形の形状をした顔、熊のような幅の広さ。
街中を歩けば、きっと泣く子も黙るだろう。
そんな永輝と芙爾は、校内でもちょっと知られた存在だ。
都馬の『馬』と鹿嵐の『鹿』を取って『馬鹿コンビ』と呼ばれている…悪友の一人である立花 重文も見事なまでのあだ名を付けてくれたものである。
まあ、実際には永輝は『馬』というよりも断然『熊』であり、相棒の芙爾も『鹿』なんて生易しいモノではなく、どっちかというと『狐』なんだが…
事実はあだ名以上に奇である。

「相も懲りずにチンタラやってんなぁ…」
「おうよ〜」

いつの間にやら、芙爾を抜いて永輝は上履きに履き替えていた。
こいつも素早いな…と感心してから、芙爾は自分のとろさに気付いた。
なかなかに伝統芸の領域にまで達してしまっている。

「早く来いよ」
「おうよ〜」

永輝の言葉に軽く会釈をしてから、芙爾はのんびりと上履きに履き替えて校舎に足を踏み入れた。


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