教室に入ると、まだ生徒数はまばらであった。
八時十五分…学校生活のエンジョイの仕方を熟知してしまった高校二年の学生は大胆不敵にも遅刻ギリギリの登校を敢行したがる。
その結果、結局そうした殆どの学生が校門及び階段で渋滞になり、哀れにも遅刻という憂き目を見る。
それでも、学習しない彼等は同様の愚行を繰り返すので、教員連中はさぞかし頭が痛かろう。
何はともあれ、こんな時間に来ている奴となると大体、人が限られてくる。
真面目な奴か変わり者か…しかも、毎日同じ連中だ。
教室に入り机に鞄を放置すると、さっそくそんな変わり者の一人が声をかけてきた。

「何だよテメェ…今日は随分早いじゃねぇか」
「よう重文。元気かぁー?」

のったりした口調で芙爾が応えると、重文は彼を小馬鹿にしたように云った。

「元気だ馬鹿野郎」
「そりゃいいわ…」

それを聞いた芙爾からは溜息が漏れた。
立花 重文は携帯のメ−ルを打ちながら、興味があるのかないのか芙爾と他愛ない雑談を始めた。
重文は中肉中背、前分けの髪と軽く出た出っ歯が特徴だ。
芙爾はこの男に今まで何回『馬鹿』と『死ね』を云われたかカウントしておけば良かったと後悔している。
重文のそれは悪意はないのだが、乱発されると出会った当初は随分と凹んだ。
今では、彼なりの挨拶代わりだろうと勝手に納得して、自己満足で何とか切り抜けているのだが。
善い奴ではあるが、貸した物をなかなか返してくれないのが玉に傷だ。
不図、教室にいつも早く来る馬鹿が一人欠けている事に芙爾は気が付いた。

「裕一郎は?」
「知んね。休みじゃねぇの?あいつが遅刻するのは考えられね」

その時、教室のドアが開いた。

「裕ちゃん遅かったじゃん」
「かっ…川上に捕まった」

入って来た細谷 裕一郎は息を切らせながらどもり声で云った。
茶髪なので、春の頭髪検査強化週間に引っ掛かったのだろう。
わりかしモテそうな顔付きをしているが、性格言動はモテる類のモノではない。
通称『挙動不審の裕一郎』…悪い意味での天然だ。
いつも要所要所で周りのテンポから外れる…しかも、芙爾とは違ってさり気なく自然に。

「俺もMD取られたぞー」
「冗談じゃねぇよ、あいつ…」

芙爾と裕一郎は愚痴を語り合った。
芙爾は兎も角、裕一郎が愚痴りたくなる気持ちは分からなくもない。
今時、茶髪じゃない高校生の方が珍しい。
それでも、単純にシステムとしての役割を果たそうとする旧体制の組織は若き世代の新しい価値観を『違反』というレッテルを貼って排除しようとする。
移ろい続ける不完全な法の下に、完全という名の虚栄を張るのはこの国を永久のジレンマだ。
それは、学び舎なる組織の時代から既に機能している悪徳だ。
二人は熱く愚痴り合った。
その横で、重文がただ一言…

「お前等、ただの馬鹿」

と、言い放った。
それで、友情の愚痴り合いは終焉した。

「もっと要領良く生きろろなぁ…」

お前に云われたくないな…と、芙爾と裕一郎は不平家の重文を睨んだ。
重文はそれを見て見ぬ振りで受け流す。

「よう、全員揃ってるな」

そこへ永輝が割り込んで来た。

「あれ?どこ行ってたん?」

芙爾は怪訝そうに永輝に尋ねた。
ちょっとな…と、永輝はサラッと答える。
その後、四人はいつものように雑談を始めた。


学校という退屈だが居心地良い空間があって、授業という眠たくなる義務がある。
漠然としたイメ−ジだけの夢があって、馬鹿な話しを笑い合える悪友がいる。
乾いた笑いでもいい…それでも心は満ちるのだ。
世間は暗いニュ−スを流す、歌人は後悔を嘆きに乗せて歌う。
ただ、自分の幸せを守る分には不自由しない世界だ。
鹿嵐 芙爾はそれだけで幸せだった。
そうして、移ろいゆく一日が過ぎていく…


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