ルクソールを通り過ぎて

 先の『 タクシードライバーの休日 』や本編の『 エジプトの詐欺師 』において、エジプト人の悪い面ばかりをピックアップしてしまったが、 エジプト人の名誉のために違った一面も紹介しようと思う。

 アレキサンドリアから戻ってきた後も実はいろいろあったのだが、もうそれはいいだろう。
 口論にもなったし、全身に100箇所以上も蚊に食われたし、とにかく凹凹状態であったことは間違いない。
 そんな中、今度は列車でルクソールに向かうことにした。

 カイロから列車に乗ったわけではなく、近郊のベニ・スエフを観光した後、最寄の駅からルクソール行きを目指した。
 時刻表というのが当てにならなく、いつくるともわからなかったが、数時間してようやく乗り込むことができた。
 安心したのもつかの間、今度は座席でトラブル。自分の番号のところにすでに人がいる。

 『また面倒臭いやり取りがここで始まるのか・・・』

 そう思うとちょっとブルーになったが、今回は周りの客が自分の味方になってくれて、先に座っていた人はどっかに追いやられてしまった。
 うーん、なんだか観光地を離れると人間が違って見える。みんなおおむね親切(無償)だ。

 普段からジロジロ見られるが、この日はさらにひどかった。
 まず蚊に刺されたところを笑顔で観察し、最後は靴を観察する。
 特に女性陣はチラチラ覗き見したと思ったら、キャッキャと笑い声を上げる。
 確かに蚊に刺されてボコボコしてた。でも、そんなに面白いか、俺の顔?

 やがて日も暮れ、いつの間にか寝てしまっていた。
 やがて誰かに起こされた。それは車掌さんで、検札しに回ってきたらしい。
 俺の切符を見て一言。

 『もうルクソールは過ぎたよ』

 うぉー、やってもうたぁ。
 このままアスワンに向かってもいいが、計画が乱れるので次の駅で降りて、ルクソールに戻ることにした。
 ルクソールを過ぎたばかりの検札で不幸中の幸いといったところだ。

 『ARMANT』という駅に到着し、車掌さんがそこの駅員さんに事情を説明してくれた。
 すると、ルクソール方面行きの列車が朝7時に来るからと、駅のベンチに座らされた。

 車掌さんは列車に戻り、そして列車は去っていった。
 静寂が辺りを包む。
 時計を見れば午前4時。
 あと3時間も待たないとダメなのか・・・。

 30分経った頃、さっきの駅員さんと地元の人らしき老人が話をしながらこちらにやってきた。
 『列車はしばらく来ない。ビジョー(乗り合いの小型バン)はどうか?』

 待つよりはいいかなと思い、その乗り場に向かった。
 小さなベンチで老人と腰をかける。
 持ってきていた佐久間のドロップをカンカンから取り出し、手渡す。
 無言の二人。瞬く星空。

 やがて一台のビジョーが来た。30分待っただけだった。
 そこからルクソールまでたったの50ピアストル。老人は親切にもルクソールの駅前まで案内してくれた。

 そして私は身構えた。今までのパターンだとここで必ず『金くれ』だったからだ。
 しかしこの老人は違った。軽く手を上げ、何事もなかったかのように去っていた。

 今思えば乗り過ごして正解だったのかもしれない。
 なぜなら定刻どおりについたら駅前は『勧誘の嵐』だったろうし、なによりもエジプトで初めてといっていいくらいの本物の親切、いわゆるホスピタリティに出会うことができたからだ。

 エジプトの観光地周りの、特に観光を生業としている人間のほとんどは病んでいる。これは間違いない。
 ただ、ちょっと郊外に出ると、見返りを求めない、本物の親切心を持った人間がいることをその人が教えてくれたのだ。