雨に濡れても…
B

 

          



「ねぇ、セナ。あんた、他校の男子に待ち伏せされてるんですって?」
 さすが、耳が早いまもりに直接そうと訊かれて焦った。
「え? な、何の話?」
「だから。毎日じゃないらしいけど、王城の男子が待ってる時があって、あんたが出て来るとさして会話もしないまま、駅までずっとついて来るって。…もしかして苛められてるの?」
「…いや、あのその。」
 この言い方だと、実際に現場を見た訳では無さそうだが、見たとしたなら問答無用で庇いにかかる彼女かもと、妙なところで確信してしまったセナだった。


 あれからのずっと…毎日ではないものの。進清十郎は頻繁に放課後の校門前に姿を現し、三々五々というぽつぽつとした流れながらも部活帰りの生徒たちの出て来る中から、セナをきっちりと見つけては、気さくそうに手を振る訳でもないまま目礼を向けて来て。それでそのまま、さしたる会話もないままに、駅までを一緒に歩く…という奇妙な逢瀬がいつの間にやら始まっていて。それが今日まで延々と、2カ月ほども続いていたのである。


 セナが蛭魔先輩から苛められているんじゃないかと心配して、アメフト部のマネージャーとして入部した まもりには、それでもまだ…実はセナこそがあの『21番』だということはバレていなかったから。だから尚のこと思い当たるものがないらしく、いきおい"苛められているのでは?"という発想になったのだろう。
「そんなじゃないって。」
「でも。何だか、怖そうな人なんでしょう?」
 いつもは優しいお顔をちょっとだけきつく尖らせて、容赦なく訊いてくるまもりに"あわわ…"と焦って、
「あのあの…。そ、そう、あのっ、王城のアメフト部の主務の人っ。」
「主務の人?」
「そ、そう。あの、ほら、あの、21番が誰なのかって知りたいって。」
「じゃあでも、やっぱり問い詰められてるんじゃないの?」
 あたしが出てこうか?と言いたげなまもりに、かなりがところ焦ったセナだった。しっかり者のまもりだから、直接に会えばすぐ気がつく。進は主務なんかじゃないって。あの春の激戦でも目立ってた主力選手だってことに。そしたら何かしらまた問い詰められるだろうし、そんなところを蛭魔先輩に嗅ぎつけられたら…。
"ひえぇぇぇえぇぇ………。"
 自分の弱みとして計上されるのは、もう今更だから構わないが、(第一、言うこと聞かせるのに何かネタが必要な相手ではないと、そっち方面ではしっかり軽んじられてるし。/笑)そんなことが波及して、進さんにまで迷惑がかかってしまうかも知れない。
"それだけはヤだ。"
 ぎゅうっと握った制服のズボン。でも、あまりに咄嗟すぎて言い訳が出て来ない。
「ねえ、怖い人なんでしょう? 一言、言ってあげようか?」
「あの…っ。」
 いつだってまもりは自分を大切にしてくれる。男の子でしょう?しっかりしなさいって発破をかけつつも、見てられなくってと、手を出し口を出ししてくれる。優しいお姉ちゃん、大好きなお姉ちゃんだけど。
「あのね、良いんだ。」
「? 良いって?」
 咄嗟すぎて、自分でも何を言い出したんだか、ちょっと頭の中がグルグルしてたけど、
「良いんだ。あの人は…親切な人だから。」
「親切?」
「うん。とっても親切な人なんだ。大柄で無口だから誤解されやすいけど、優しくて親切な人だから。ボクとも友達になってくれたし…いい人だから大丈夫だよ?」
 大丈夫なんだと言いつつ、顔が強ばってないか?と眸を覗き込まれて、
「ホントだって。…ボクが言うこと、信じてくれないのっ?」
 こっちからもつい、じっと見つめ返してしまった。いい人なのはホントだし、何だか…いくらまもりでも、このことにだけは関わってほしくないって、どこかで思った。…そうだ。何でだか、まだよくは分からなかったんだけど、自分の中でも曖昧なままの"これ"に関しては、誰の口出しも指図も受けたくないって、そんな風に感じてた。すぐに流されちゃう逃げ腰な自分だってこと、また1つ数えられそうだったから? 好きな人に嫌われたり、好いてくれてる人を困らせたりがヤだったから? 違う、そんなじゃなくって。輪郭さえはっきりしない何か。進と出会うと…あの男らしい顔を見ると、胸の奥底で時々疼くように頭をもたげる何か。ああ今日は居たと、肩の線とか見つけて口許がついほころぶようになったのは何故なのか。その正体がなかなか分からなくって。でも、それって嫌な感触じゃないって、何だか育ててみたい"むずむず"だって、このごろ思えて来てた自分だったから、だから。たとえ まもりであっても…と、何だか意固地
ムキになってしまった。口出ししないでって抗いたくなった。こんなこと、今までに初めてだった。
「………。」
 そんなセナの様子へ、
「………判った。ごめんね。差し出がましいこと言い出して。」
 にこって笑ってくれたまもりだったけれど、それでも何だか落ち着けなくて、


   『あのあの、駅で待っててくれますか?』


 もう夏休みも近くって。梅雨の終わりの、今頃降るなんて詐欺だという感じの鬱陶しい天気が続いた7月の初め。開襟シャツという夏の制服が、泥門みたいにネクタイがない分もっと軽快な、颯爽としたいで立ちに見えるその彼は、王城は試験休みに入るからと、練習は午前からの一日中になるがその分、夕方の上がりは早くなるからと手短に言って、
「判った。これからはそうする。」
 彼はやはり短くそう言って、駅の中、向かいのホームまでの渡線橋の階段を上がるセナをいつものようにじっと見送ってくれたのだった。

『良いんだ。あの人は…親切な人だから。』
『うん。とっても親切な人なんだ。大柄で無口だから誤解されやすいけど、優しくて親切な人だから。ボクとも友達になってくれたし…いい人だから大丈夫だよ?』

 咄嗟に口を衝いて出た言い訳だったけれど、線路を挟んだ向こう側、他の男子たちだって結構大きいのに、それでも頭ひとつ飛び出すほど上背のある進を見やって、セナは何だかむずむずとする自分の胸元に、不審とかすかな不安とを覚えていた。
"…何でだろう。"
 別に怒ってなんかなかった進だった。でも、何だか"つきん"って胸が痛かった。自分があんなこと言われたら、きっと"ああ、迷惑がられてる"って思うからだ。そんなことを誰かに、それもあんな恐持てのする人に言えた自分も不思議だったけど、言えたっていう充実感なんか全然沸かない。ホントはそんなこと言いたくなかったのにって、嫌いにならないでって思った。………そうだ。嫌わないでって思って、悲しくて不安で。誰のためにと言ったことなのか、結局は自分の身がかわいくてそんな勝手なことを言った自分だったのが悔しくて。それで何だかざくざくと、胸の中が痛んで仕方がなかった。そしてそして、そんな自分を、こんなに醜い情けない自分を、だけど嫌いにならないでって、小さなその胸の中で、知らず慟哭してたセナだった。






 そんなほど思い詰めてたことだったから。


 翌日の放課後、泥門高校も期末考査が終わり、明日からは試験休みだけれど、しっかり練習はあるからな、さぼんじゃねぇぞと。不良なんだか真面目なんだか、相変わらずによく判らない先輩に"締め"のお言葉をいただいて上がった帰り道。まもりは英会話の教室があるからと、途中で別れて辿り着いた駅の前、
「………あ。」
 あの大きな肩や背中を見つけて、自然と足が止まった。こちらへと振り向いた彼が、いつもみたいに目顔で会釈したのが判って、何だか…強ばってた何かがふわ〜っと蕩けて、その場にへたり込みそうになったセナだった。


   「良かった〜〜〜。」
   「???」




 *これに転んだのがつい最近なせいで、冬場のお話が続いておりますが、
  原作を読めば、彼らが知り合ったのはなんですよね。
(どひゃあ。)
  という訳で、いささか泥縄ではございますが、
  彼らの馴れ初めと、現在に至るまでというものをちょこっとなぞっておこうかと。
  これで原作では目の敵にされる間柄になったら困ったもんですが。
(うう")

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