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駅前で落ち合うようになってからは、ここで"じゃあ"とお別れするのも何だからと、
『近くに公園があるんですよ?』
と持ちかけて緑苑を歩いてみたり、進の帰る方向へ一駅戻って、ショッピングモールのある街なかを歩いてみたり。むしろ以前よりも何だか伸び伸びとしながら、少しほど長めに過ごせるようにもなったと思う。とは言っても、さして大した会話もなく、やはり大して盛り上がりもしない奇妙な逢瀬ではあったのだけれど。それでも、そんな中で少しずつ少しずつ。見えてくるもの、判ってくることがあって。進清十郎という青年が、見た目から受ける印象とは随分掛け離れた要素も一杯持っているというのが、セナには何とも意外で…微笑ましくて。
『読んでくれと渡されたんだが』
悠然としている男ではあるが、実は結構物知らずな朴念仁で。女の子からのラブレターらしき封筒を街頭頒布のチラシと勘違いし、こういうかわいい関係のものはセナの方が向いてるだろうとばかり"ほい"と手渡そうとしたり。そうかと思えば、
『お前も芸能人だったのか?』
セナのポケットで着メロが鳴ったのへ、そんなとんちんかんなことを訊く。これには答えが出るまでに数日ほどかかった。彼のチームメイトである桜庭春人が、やはり携帯電話でよく芸能界の方面での仕事の打ち合わせをしていて。電話としての基本的な電子音でなく音楽で呼び出す工夫があるのは、彼がそういう方面の人間だからだと、ずっと長い間そう思って疑わずにいた進であったらしい。(ちゃんと教えといてやれ、桜庭。/笑)とはいえ、
『お前があの21番なんだろう?』
最初の内は、自分のことを"主務"だと思っている彼だと決めつけていたセナだったのだが、何かの折…確か初めて二人して入った喫茶店にて、進は事もなげにそう言ってのけた。アメフトに関わることへはさすがに鋭く、
『最初のあの日は、確かめに行ったのだからな。』
『でも…。』
日頃はあのごっつい装具もつけてないし、逆に言えば、あの試合中は顔だってよくよくは見てなかったでしょうにと…もしかして"問うに落ちず語るに落つる"というのか、いささか"墓穴"っぽい言いようで切り返したセナへ、
『そうそう見間違えるような、ボケた眸はしとらん。』
時々高校生とは思えないような口調が多いのは、これも後に判ったことだがお祖父さんからの影響を強く受けている彼だからだそうで。あっさりすっぱりと言ってのけ、ちょっと自慢げに口許を薄く笑う形にして見せたお顔が…何とも男臭かったので、
『あ…。/////』
見顕みあらわされたことよりもそっちへと、何故だかどきんと胸が騒いだ、それが初めての"そういう"反応でもあったセナだった。…まま、それはともかく。(笑)
『あのあの、ウチの夏休みの練習は随分とアトランダムなんだそうです。』
夏休みに入って最初のうち、7月中は補習授業との兼ね合いもあって日頃の延長のような"時間割"で過ごせてもいた彼らだったが、8月に入ると本格的な夏催もよいのタイムテーブルに突入する。長期休暇だからということで、いよいよ本格的にきっちり計画的なプランが示されるかと思っていたところが、
『いきなり昼に上がったり、逆に夕方に招集なんてこともあったそうで、たいそう不定期なので、あのあの…。』
そんなことが出来るのも、本雇(やと)い…もとえ、正式部員が極端に少なく、融通が利き過ぎるせいなのだそうだが。そういうチームに苦戦した王城って一体、とか、そういう余談はさておいて。(笑) そんな訳で、これまでのように大体決まった時間に待ち合わせて会っていたものが、まるきり噛み合わなくなるのは明白で。別れ際、あのあのと、言い辛かったのを頑張って伝えると、
『そうか。』
進はやはり、あまり感情を乗せない声で短く応じただけだった。そして、いつものように…と言ってもこれはかなりの大進歩、片手を挙げての会釈を見せて、渡線橋を登る自分を見送ってくれた。
――― そして。
夏休みの後半本番は始まって。そのままぽっかりと、9月になるまで。進とは全く逢えないままに時は過ぎた。練習にも宿題にも追われたし、思いつきでとんでもないことをやらかす先輩さんにも振り回されたし。だがだが、それなりに楽しかった、高校初めての夏休みだった。……………けれど。
"……………。"
何だか。緊張感みたいなものが一本ほど抜けていたような気がする。油断するとえらいことになる練習三昧だったのは、次元が別な話なのでひとまず脇に置くとして。季節も季節だしと、気が抜けたまま少々だらだらと過ごした日も多かったような気がする。
"…今頃は何してるのかなぁ。王城だと練習だって厳しいんだろうな。"
気がつけば…進のことを考えている。そんな自分だと気づいてハッとする。そんな日も少なくはなかったような気がする。
"……………。"
寡黙で物静かなやさしい人。恐持てがするという第一印象も、いつの間にか消え去っていた。近寄り難かったなんて嘘みたいに、こっちからパタパタって駆け寄るのが常になってた。練習帰りの駅前で、少しでも大きな人の姿を見かけると何だかドキッと落ち着けなくて。だけど、当然"人違い"なものだから、その後の落胆も大きくて。
"………逢いたいなぁ…。"
◇
そんな夏休みが、何となくやって来た秋の気配…をまるで感じさせない9月に突入することで終わりを告げて。2学期というと、学園祭だの体育祭だの、何かと華やかにぎやかな行事が多くって。また、スポーツイベントも多く、真夏のインターハイが終わったばかりだというのに次に控えしは、国体と様々なジャンル別のユース大会と、
「秋季大会ですか?」
大柄で力持ちで、根は熱血漢だが性格は極めて温和な先輩が、にこにこほこほこといつもの笑顔で教えてくれた。
「そうだよ。そしてそれこそが、全国大会最終バトル。あの、クリスマスボウルに続く道がいよいよ始まるんだよ?」
高校アメフト界もまた、何だか気勢が高まるシーズンへと突入するらしい。
*………すいません。
筆者、高校生アメフトの年間大会日程とか、よく知りません。
高校サッカーだったら、
全日本ユースとかあるとか何とか、まだ何とか判るんですが…。
(それもまた懐かしいなぁ…。/笑)
『わぁ〜。凄いね、セナ。』
『うんっ♪』
ワクワクと高ぶる気持ちは同んなじで、今度こそ、春の大会以上に頑張るぞという想いも十分すぎるくらいに沸き立つのではあるが。
"…あ。"
月刊の専門誌では、本場の情報や実業団のニュースに比べたら、せいぜいトピックスくらいの扱いだけれど、それでも注目校ということからか、夏の合宿なんかの特集が組まれていて、
"そっか。王城は毎年合宿するんだ。"
主力選手たちがハードな練習に励んでいる様子が、ほんの半ページほどだったが取材されていた。
"それじゃあ、逢いに来てなんてもらえないよな。"
それより何より。逢える確率が殆どなくなるからと、そんな言いようをしたのはこっちの方だ。はふぅ〜と大きな溜息混じりに、机の天板に突っ伏して、
"…もう。"
横手に見やったのはドアに貼ったNFLの大きなポスター。どこのチームなのか、いつも忘れるんだけれど。ボールを手に今にも駆け出さんとしている大写しになった選手のユニフォームが真っ白なので、王城のと一緒だからって、嬉しくなってつい買ったもの。それが誰かも知らない誰かさんへ、別な人の姿を重ねて、
"もう、どうでも良くなってたりしてな。"
思いたくはなかったことだけど、でも、十分にあり得ることだ。そもそもの、彼の側からの関心とかいうものも、まだちょっと計りかねてる自分だったし。泥門デビルバッツの隠し球、謎のアイシールド21がどういう奴なのかを知りたかっただけなのなら、もうもう十分データというのか正体は判った筈である。本当はたいそう臆病な、中学生より小さな小僧だということが。彼自身も言っていたではないか。どんな奴なのか確かめたくて来てみたと。
"………。"
何だか不思議なところが多くて、把握し切れていない部分の方がまだまだ多い人だったけれど。それでなくたっていよいよの大詰め、クリスマスボウルを目指すべく気合いも入るというこの時期。もうふらふらと遊んでなんかいられない筈である。好奇心から立ち寄って、何かと構ってくれてたその逢瀬も、もっとも優先されるべきことの前にはあっさり消し飛ぶことだろうから、
"お別れか…。"
ぽつりと呟いて、だが、
"………。"
なんか変だなと。小さな笑みが零れた。感傷的になるなんて変だ。優しい人だったから、もう逢えないのを寂しいと思うのはまあ良いとして。知れば知るほどに実は素朴で温かい人だと判るのが嬉しくて、一緒にいるだけで何だかお顔がほころぶほど………大好きになってた人。
"…変なの。そんなのって…おっかしい。"
笑おうとして、でも。何か何か自分が訝おかしい。喉の奥が苦しくて、鼻の奥がつんとして。
"変な奴〜〜〜っ。"
思いと想いは別物であるらしく。白いヘルメットのどこかのラインバックさんの姿が歪むのを、唇をきつく噛みしめながら、うぐうぐ堪こらえて見据え続けたセナだった。
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