お手をどうぞ…vv A
 

 

          




 秋も深まると涼やかな風も立ち、大気もからりと乾いて、過ごしやすい気候になり。いきおい、体を動かしやすくなるし、落ち着いての集中もしやすくなるなるせいか、スポーツに励むに良し、精神修養を兼ねてお稽古ごとに打ち込むのも良し…と、行楽に足を運ぶ以外にも色々と行事が増える、静かなイメージにかぶさって正反対に、結構"活動的"なシーズンでもある。

  「………。」

 秋と言えば"読書の秋"というのもあるけれど、これははっきり言って…その昔、出版関係の団体がこじつけたものなので念のため。過ごしやすい夜長になるとはいえ、日本には"月見"や豊饒を感謝するお祭りといった古くからの恒例行事があるせいか、実は秋が一番"書籍の売上げ"が悪かったのだそうな。それで"秋の夜長は読書に親しみましょうよ"なんてキャンペーンを打ったのが定着したのだそうで。まま、筆者の相変わらずの余談はともかく。

  「………。」

 名門私立の王城高校は、その校舎もなかなか荘厳な作りになっており、一体どこの教派の大聖堂だろうかと思うような、尖塔つきのゴチック様式。勿論その構内も外観同様に古風な建築様式によって構成されていて、高い天井は廊下が交差するところどころが優美なアーチで支えられているし、窓なんて…増築された新校舎や部活長屋は今時のサッシだが、旧の校舎のそれは左右に開く"観音開き型"のフランス窓だったりするから徹底している。ちなみに、筆者が通ってた高校も古かったので、旧の校舎の窓は何と…上に引き上げて開くタイプのだったが、それもともかく。

  「………。」

 秋の昼下がりの透き通った陽光が、金色のベールのように斜めにすべり込んで来ている窓辺の席。その陽溜まりの中に、鋼の芯棒でも呑んだかのようにピンと真っ直ぐ背条を伸ばして座し、机の上へと広げた…何かしらのテキストだろうか、いやに活字のたくさん並んだ単行本サイズの本を黙々と読んでいる。武骨で恐持てのする雰囲気のいかにも似合う、肩幅のがっちりとした強靭そうな体躯やら、真っ直ぐ真っ直ぐな眼差しを紙面に貫けと言わんばかりの勢いでそそいでいる横顔の、何とも無機的で余所余所しいことよ。無言で本を読み耽っているというだけで、十分に人を寄せつけない厳然とした風情をたたえることが出来るとは相変わらずに大したものだが、
「…素敵よねぇ♪」
「物静かで、きりっとしてて。」
「うんうんうんvv 何てったって頼もしいし。」
「ああしてるだけで凛々しいんですものねvv」
 このところ。注意して見ていると、相変わらずの"そんな彼"を見やる女性陣の反応が少々変わりつつあるような。中学生時代は、ただただ寡黙で融通の利かない男だと、下手に接すれば怒らせてしまうかも知れない、何とも読みづらくて気難しそうな人だと、敬遠して遠巻きに避けるばかりだったものが。高校生にもなると女性の心の奥行きというものも深くなるのか、表情が乏しいほどに静謐なところがまた、他の男どもにはない"大人びた魅力"だと感じるようになるらしく。
"それだけでも無いんだろうけれどもね。"
 例えば、無心に活字を追っているばかりな横顔の線が、厳
いかついどころか…案外と端正なことだとか。深色の瞳の視線の見せるちょっとした表情が意外に柔らかいということや。何かの拍子、さりげなく手を貸してくれたりする、思いがけない優しさを持つ人だということが。少しずつ少しずつ、彼女らの眸にも留まるようになって来て。そして、そんな彼の意外なあれこれ。間違いなく、とある人物との交流から身について育まれたものたちであり。
"恋心ってやっぱり偉大だよなぁ…。"
 例えその相手と遠く離れていたとしても、その人のことを想うだけで、切なくなったり、何だか楽しくなったりしてしまう。信じられない勇気や力をくれもするし、心が豊かになって、その結果、思いがけない変化を与えてくれもする。この年齢になって新たに誰かに心を開くなんて、これまでは"弱みになるだけだ"なんて思い込んでて、自分でも気づかないままに警戒ばかりして来たのにね。まだちょっとは"興味本位"で、知りたい近づきたいって思ってた人が招き入れてくれた、ビックリするほど優しかった腕の中。こちらからも怖々と"本音"を見せたらね、深いところでちゃんと受け止めてもらえたの。すっかりと依存するでなく、でも、何かを分かち合ってるような充実感があって。何よりも…大好きな人から理解されてるんだっていうのが温かくって。こっちからも頼りにされるように、もっと一杯頑張ろうって凄っごく思ったし、他へまで色々と目を配れるくらい心豊かになれたけど、その反面。今、一番怖いのは、その温かさを取り上げられてしまう事かもしれないな…と。自分の胸の裡
うちの"想い"に耽って、ついつい顔を緩ませてばかりいてもしようがない。居住まいを正して、こほんと一つ、咳払いをしてから。

  「…進。」

 幼なじみくんの座しているすぐ前。教室移動で空いていた席に横向きに腰掛けて、後ろの偉丈夫へと声をかける。やや傾いた上背の、少しほど伸びた前髪の陰になって顔がよくは見えなかったが、
「どうかしたのか?」
 気遣うような声を重ねて掛けると、石づくりの像のように微動だにしなかった青年の顔が…何かしらの封印でも解かれたかのようにゆるやかに息づく。小さく瞬きをし、顔を上げて。傍らに寄った友の顔を見やりつつ、
「分かるのか?」
 短く、そんな言葉を返してくるから、
「ま、ね。」
 苦笑混じりに こそりと返事をする。随分と省略され合ったやりとりだったが、そこには幼なじみ同士なりの"問わず語らず"という、お互いへの理解というものがあって。何かしら物思う彼であるのを見とがめて声をかけてくれた桜庭春人くんであり、相変わらず表情の乏しい進清十郎くんは、小さく小さく吐息をついて。

  「そうか。やはり顔に出てしまうのだな。」

 そんな とんでもない一言を、ぽそりと呟いたものだから。

  "…いや、全然出てないって。"

 内心でブンブンブンっと、思い切り首を横に振っていた桜庭くんだったのは言うまでもない。
(笑)お約束の"前振り"はともかくも。
「もしかして、セナくんのこと?」
 それ以外にこの男が物思いに気を取られるなんて有りえはしないと。聞きようによっては結構失礼なことを根拠に訊いて来た桜庭くんへ、
「………。」
 言葉にはしなかったが、それでも…こくんと頷いて見せるから、
"…分かりやすい奴だよな。"
 慣れてる人に限定、だけれどもね。
(笑)





            ◇



 まるで玻璃のように透明な陽射しや、どこまでも覗き込めそうなほど高い空、名も知らぬ鳥のか細い声が遠くまで響く澄んだ空気…といった、どこか物寂しいムードの中で感傷的な気分に耽ったり、夜長に灯火の下で何ごとかしんみりと物思うのもまた、秋ならではな風情だが…。
「…あ。」
 公園の中、どこやらから聞こえて来たのは、長く伸びて軽やかなホイッスルの音。それに続いて、おーう、そーれなどという、複数のそれが綺麗に重なったエールの声も聞こえて来て、どうやらどこかで体育祭か何かの応援の練習中をしているらしき気配。それを聞きつけたらしく、うふふと小さく笑った少年が、傍らにいる連れの青年を見上げ、
「ウチは今週末の土曜日なんですよ?」
 だから"泥門高校の体育祭"が、という事なのだろうなと、そのくらいの省略はちゃんと察することが出来た上で、
「そうか。」
 短く一言を返す。こちらさんの簡潔な言いようは、瀬那くんが使って見せた"省略"とは…恐らくはちょっとばかり別物で。何とも素っ気ないというか、取り付く島もないというか。これでは話が続かないではないかと、桜庭くん辺りが同座していたなら間違いなく ぎゅむっと足を踏み付けて窘
たしなめているところだが、
「ボクは徒競走と綱引きに出るんですよ?」
 そこはセナくんの方でも慣れたもの。ちゃんと会話
(?)は続いていて、少年は朗らかにお話を続ける。まだ衣替え前で、お互いに着ている制服は夏の半袖開襟シャツ。ちゃんとサイズは合っているのだろうに、いやに袖口が広く見える…細っこい二の腕が少々寒そうだったので、カバンに入っていた王城高校のジャージを肩に掛けてやると、
『…/////。』
 びっくりしつつも、やわらかそうなその頬に さぁー…っと朱を散らしてから。大きくてぶかぶかなその上着、それは嬉しそうに、余った合わせを胸に抱くようにしてそのまま羽織ってくれた愛しい人。
「徒競走ということは…。」
 アメフトのフィールド、その端から端までを全力疾走するケースはあまりないとはいえ、その約半分にあたるだろう50ヤード近くを、一発逆転、独走することもザラな彼のこと。そんなセナの途轍もない脚力、速さをもってすれば。50mだか 100mだかは知らないが、結構な順位につけるのではなかろうかと問えば、
「それがそうもいかなくて…。」
 大きなジャージのせいでホントの位置が非常に分かりにくくなった、小さな小さな肩に提げ手を引っ掛けたスポーツバッグを、ひょいと揺すって抱え直し、
「スタートダッシュだけが速かった中学生の頃よりずっと持久力はついたんですが、そうなるととんでもない記録を残しかねないでしょう? だから、体育の授業中も、勿論、体育祭でも、本気で走るなよって蛭魔さんから言われてて。」
 そうしないと"アイシールド21"の正体があっさりとバレてしまいますからね、あはは…と小さく笑った彼だったが、せっかく自信がついたことなのに、それを堂々と発揮出来ないなんて。
「大変なんだな。」
 ぽふって。大きな手のひらで頭全部を撫でてくれる。その温かさへあらためて"ふふ…"とそれは嬉しそうに笑って見せて、
「いいんです。知ってるって人がちゃんと居ることだから。」
 セナは、どこかちょっとだけ…微妙な言い方をした。んん?と小首を傾げた進さんへ、
「ホントはもっと速いんだぞって、進さんやモン太くんや、桜庭さんや栗田さんや蛭魔さんはちゃんと知ってるから。好きな人や特別な人にはちゃんと分かってもらえているから、だから別にいいんです。」
 キチンと細かく言い直し、うふふと小さな肩をすくめながら微笑った愛らしさよ。こんな小さな子だのなのに、そんな大人のような割り切りというか、解釈というのか。きちんと噛み砕いて納得しているらしきところもまた、偉いことだよなという深い感慨に耽ってしまう進さんだったらしいのだが。………だから、この瀬那くんは、あなたと1つしか違わない高校生なんだってば。ちゃんと判ってる?
(笑)





            ◇



 丁度その日は王城高校でも行事があって、観に行けないのが残念だが頑張れよと、そんな話をしたのが最後となった。それから今日までの何日かほど。何だかクラスの仕事で忙しいらしく、帰りも遅くなるとかで、逢う約束を取り付けられないままに…気がつけば1週間もの日数が過ぎゆきていて。
「連絡も取れないの?」
 話の内容が内容なのでと、放課後まで待ち、現役部員たちが練習にと出てった後の、無人のアメフト部の部室に場を移していた二人。パイプ椅子に座って向かい合い、ぽつぽつと紡がれる話に耳を傾けていた桜庭に訊かれて、
「いや。メールはやり取りしている。」
 ゆっくりとかぶりを振った進ではあったが、
「だが、何だか様子が訝
おかしいのだ。」
「訝しい?」
 うむと頷き、携帯電話を取り出して、
「先週と今週とで、随分と様子が違ってな。」


【 From:小早川瀬那
    進さんへ。
    いよいよ明日は体育祭の本番当日です。
    ボクなりに頑張ります。
    そうそう、言うのを忘れていましたが、
    応援合戦というのでは、ボクも詰め襟制服を着ます。
    でも、進さんみたいに決まらないかも知れませんね。
    帰ったら結果をメールしますね?
    おやすみなさい。】

【 From:小早川瀬那
    進さんへ。
    今日から衣替えですね。
    詰め襟ってお昼間はまだ暑いかも知れませんね。
    進さんはキチッと着付ける人だから、
    尚のこと、大変かも知れませんね。
    汗を冷やさないように気をつけて下さいね。
    帰ったらまたメールしますね?
    行って来ます。】


  ――― さて、ここで問題です。
      セナくんから進さんへ届けられた、この2つのメール。
      内容はともかく、どこがどう、様子が違うというのでしょうか?



  「………。」


 桜庭くんがつい…黙りこくってしまったのは、どこがどう"様子が違う"のかが分からなかったから。毎日こんな細やかなメールをやりとりしてるんだ、セナくんて感受性が豊かと言うか、本当にちょっとしたことでもお話ししてくれてるんだなぁ…と。ついついそんな方向へと感心していた春人くんだったのだが、
「何だか訝
おかしいだろう?」
 そんな沈黙を、彼もまた文面に違和感を読み取ったからだと思ったらしい進さんであるらしく。
「どこか、何と言うのか。上の空という感じがしてな。ただ忙しいというだけなのなら構いはしないのだが、もしかして何かあったのではなかろうかと思うと。」
 ここからそんなことを読み取れてしまうとは。それも、この…どこか、センシティブなことへは なかなか気の回らなさそうな進さんが。それを併せて慮
かんがみると…恋って凄いなぁとこらこら、自分だって実はそんなに蓄積はないこと、心からの感心をしてしまいつつ、

  「…うん。確かにね。忙しいんだよ、セナくん。」

 断言するような言いようをする桜庭くんで。

  「???」

 セナに関して自分が知らないことを、この男は知っている。それが…全くカチンと来ない訳ではなかったが、彼の付き合っている相手もまた、セナと同じ泥門の生徒だから。そちらからの情報を得ているなら、それは出し抜きでも何でもない自然なこと。ちらりと揺らめいた眼差しの瞬きの中に、そういう一連の納得を見た上で、


  「あのね、………。」


   桜庭くんが語って聞かせたことというのは………。







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   *長らくお待たせいたしました。
    ようやっとお話が進みます。
    間を空けた分、季節が追いついてくれたような気も…。