お手をどうぞ…vv B
 

 

          




 さて。泥門高校の文化祭は十月の半ば、ハッピーサンデーにより月曜日にずれた"体育の日"をからめた、三連休となる週末に催される。土曜日が準備日で、日曜と月曜が来賓を構内へと招き入れる本番。基本的には、在学生の父兄や卒業生、学校に縁のある方々、日頃お世話をかけている近隣の住民のみに開放されるお祭りなのだが、入り口での招待状チェックもさほど厳しいものではなく、色々な意味からよほど"危ない"お客様ででもない限りは、誰でもスムーズに入れる気さくな代物。催しの内容は、各教室、若しくは校庭で屋台を組んでの、喫茶店やアミューズメント系統(ex,お化け屋敷やゲームセンターなど)の模擬店やバザー、講堂での演奏や合唱、寸劇の発表、視聴覚室にての自主製作ビデオの放映などとなっており、その他、独自の催し物も多数。クラス参加や部活での参加が主で、ただし三年生は受験勉強の方を優先したい者もあろうからと、グループ単位の自由参加となっている。………というのが、大体のディティールなのだが。

  「…小早川くん、可愛い〜いっ!」

 各自の衣装の仮縫いの真っ最中という教室の真ん中、主役を取り囲んでいたグループが一際甲高い声を張り上げる。ふんわりと半球状に膨らむようにと幾重にも重ねられたペチコートを一番上で覆う、長い長いたっぷりとしたパールピンクのスカートは、膝辺りの高さに左右へ振り分けられて大きなリボンでそれぞれに摘ままれており。まるで…緞子
どんすのとレースのとが二重になった、古風でロマンチックなカーテンを思わせるような、いかにも中世のお姫様風のドレス。きゅうっと絞られた細い腰にも共布の緞子のサッシュベルトが回されていて、そちらは背中に大きなお花のようなリボンとなってくくられている。薄い胸元は、大きめに開かれた上着の襟端から…ケーキへの生クリームのデコレーションを思わせるようなレースフリルの海が、これでもかっという量で花束のように埋まっており、
「うんうん、このデザインなら、男の子みたいな胸でも誤魔化せる。」
 …ホントに男の子なんだってば。
(笑)
「腰がまた細いわよねぇ〜vv
「首条や肩や二の腕もよ。可憐だわぁvv
「ティアラの方は?」
「任〜かせてvv ビーズ細工で鋭意製作中よ。」
 好き勝手な評を口々にくれたクラスメートさんたちには、だがだが悪気なんてものは欠片
かけらほどもない。悪気がなけりゃあ何を言ってもいいという訳ではなかろうけれど、
「ウエストや胸、苦しくない?」
「キツかったら言ってよね、幾らでも調整出来るから。」
 そういったこと、本心から案じてくれているのだから、怒るよりも…力ない苦笑がこぼれるというところ。お針子さんたちが楽しそうに取り囲むのに圧倒されて、
「あ、えと…大丈夫だよ。」
 完全に押され負けまくっている小柄な少年へ、他の男子生徒たちはそれぞれの胸の中にて、

  『すまんっ。』
  『悪い、耐えてくれ、小早川っ。』

 決して"いじめ"などではなく、純粋に心の底から"どうか我慢してください"と、泣く泣く手を合わせている状態。というのが、この出し物…男女入れ替えの"シンデレラ"が決まった時に、ちょっとした悶着があったりしたからだ。ほんの先週へと逆上った9月の末に開催された体育大会にて、このクラスの男性陣はあらゆるレースでことごとく大敗を喫し、女子だけなら余裕で優勝していたところを学年最下位というとんでもない結果で終わってしまった。そんな大恥をかいて黙っているほど、昨今の女性たちは奥ゆかしくはなく
おいおい、あわや"クラス内 大喧嘩"にまで発展しかかったものの、そこは担任の先生が割って入って調停し、

  『文化祭ではあたしたちの好きなように仕切らせてもらいますっ!』

 ということで決着を見たのである。もともとは2学期が始まってすぐのHRにて、体育祭も挟まることだしと、無難に"合唱"という演目が何となく決まっていた筈だったのだが。男子の反対がないどころか"全面的に協力します"という約束を取り付けたことから…それならばと思い切り趣味に走ることに女子全員の意見が一致。コスプレ出来ちゃう喫茶店も、他校の男子と出会えるチャンスが生まれる"公開お見合い"系統の"カップルもの"の出し物も蹴り、実は秘かに"可愛いわよねぇvv"と注目を集めていたらしき とある男子に愛らしいいで立ちをさせての寸劇を企画した彼女らで。………もうお判りですね。その、とある男子というのが、我らが小早川瀬那くんであり、彼が着る"主役"のシンデレラの舞踏会用の衣装を、これでもかと気張った豪華なものとして、懸命に縫い上げているお嬢さんたちだったりするのである。
「じゃあ、この寸法で縫い上げるからね。」
 保健室から持って来たらしき衝立
ついたての向こうへと追いやられ、そこで制服へと着替えて、
「はふう…。」
 ついつい零れる溜息が一つ。いくら約束を取り付けたとはいえ、嫌がるセナくん本人の意思を踏みにじり、彼という"たった一人"への無理強いをする…というのは、さすがに彼女たちとしても気が引けるからということか。こういう衣装を着るのだということ以外へはかなりの融通を利かせてもらえていて。お芝居の練習最優先ということで大道具や小道具の製作は免除されているし、台詞は極力少なく削った上に、専属のプロンプター…カンニング用の後見役つきではある。
"まあ、当日の本番の一回だけを我慢すれば良いんだし。"
 これまでの蓄積のお陰様でか、結構諦めのいいセナくんは、衝立の隙間から腕だけ出して来たクラスメートに衣装を手渡し、襟元を直しながら自分も教室へと姿を見せた。シンデレラといえば他にも女性の登場人物はいる。継母に義理の姉たち。舞踏会のシーンに登場する沢山の貴婦人たちに、それから魔法使いさん…はというと、
「おう。どーだ、この衣装。」
 結構乗り気なモン太くんこと、雷門くんが、ずるずると裾を引き摺る魔女の衣装にて、タクトの先にクリスマスのオーナメントらしき星をつけた棒を振って見せた。
「う…☆」
 正直に"似合う"と言っても失礼には当たらないのかな、この場合…などと、ちょいと困惑しちゃったほどに、足元までのすとんとした型の、ラメの入ったロングドレスがなかなかハマっている名レシーバーくんだったりする。
「雷門くん、一応は"魔女"なんですからね。そんな大股で歩かないの。」
「おうっ♪」
 注意されてもエールだと思ってしまう辺り…こういう種類の試練や艱難ってのは、試練だと意識しない方が勝ちなのかもしれない。
おいおい



            ◇



 衣装合わせのみならず、台詞合わせや演技のお稽古の方も放課後や昼休みを使ってこなされている。題材自体があまりに有名なお話だから、台詞もそれほど正確でなくても支障はないし、演技の方も…眠れる森の美女のような"ドラゴンとの活劇"があるでなし、白雪姫のような"キスシーン"があるでなし、ロミオとジュリエットのような、来年の今月今宵のこの月を…云々という"バルコニーでの月への誓い"という睦言の応酬があるでなし。(あれ? 台詞が違ったかな?/笑)せいぜい どういう順番、どういう立ち位置で台詞を言うのかという、一種"段取り合わせ"みたいなものばかりなので、そんなに難しいところはない。
「魔法をかけるシーンはカーテン越しの"早変わり"だけど、モン太くんがアドリブで長い呪文を唱えてくれることになってるから、その間に落ち着いて着替えれば良いって。」
 女の子の役をするなんて、あんまり嬉しいことではないけれど、今回ばかりは女装を笑われるという趣向ではないようで。何より…皆して思い切り協力してくれているので、
「何だか皆からいっぱい応援されてるみたいね、それって。」
 教室には舞台装置だの小道具だのが一杯なのでと、部室でお弁当を広げているところへ、こっちへ行くのを見かけたからと まもりが顔を出し、雷門くんも一緒の3人でのお昼。内緒だよと前置きしてから、モン太くんと交互に話した"進行状況"に、まもりは優しく目許を細めて微笑ましげにそう言って、きっと観に行くからねと約束してくれた。
「まもりさんは何か参加するんですか?」
 モン太くんを始めとする、殆どの男子生徒たちにとっての"マドンナ"である まもりだから、手作りマスコットのバザーを企画した1年の時も、クレープ屋さんを切り盛りした去年も大盛況だったのはもはや伝説。三年生は受験も控えていることだしと、自由参加になっていて、
「うん。どうしようかなって迷ったんだけど、お友達とグループ参加で演奏をするの。」
 弦楽奏をバックに短いフォークロアを数曲歌うのだとかで、
「マンドリンとかケーナとか使う、綺麗な歌ばかりなのよ?」
「わわっ、俺、絶対聴きますっ!」
 普段の柔らかで甘い美声が一体どんな歌を紡ぐのか、モン太くんが今からうっとりして見せた そんな場へ、

  「おう、そこの白雪姫。」

 唐突にお声がかかる。それへと、
「シンデレラです。」
 反射的に応じてからハッとするセナだ。しっかりと自分の役柄を胸張って答えている辺り、
「嫌々だったんじゃねぇのか?」
 開けっ放しだったドアの向こう。金色の髪をツンツンに尖らせた、長身痩躯の先輩さんが立っていて、たいそう素早かったセナの反応へ、
「こりゃ見ものだな。」
 くくっと楽しそうに短く笑ってから、指先だけの滑らかな動作で"ぽいっ"と放って寄越したのが、
「…CD−R?」
 ケースに入った虹色のCD。ケースに同封されたカードには、聞き覚えのあるチーム名がびっしりと書き込まれてある。
「文化祭終わったらすぐにもプレーオフで、翌週にも全国大会が始まるからな。どこと当たっても良いように、各チームの特徴を全員にきっちり刷り込んどけ。」
「あ、はいっ。」
 まもりには相変わらず…セナのもう一つの顔は暴露されていないのだが、対戦チームの戦力分析と適切なアドバイスは立派な主務の仕事でもあるのだから、この伝言はさして不審なものではなく、校内上げてお祭り騒ぎに浮ついている只中でも、先をきっちりと見据えてくれているところは、さすが"アメフト部最強のご隠居様"である。いつもぎっちりと情報の詰まったデータを用意してくれる頼もしき先輩さんだったが、
"あれ?"
 彼の着ている制服のブレザーのポケットの端。見るともなく…セナの目に入ったものがある。ポケットの縁からちょろりと端っこが出ていたのは、硬質プラスチックらしき黒っぽいタグで。どうやら携帯電話のストラップらしかったが、
"珍しいな。"
 いつも幾つも使い分けている彼のこと、そんなややこしいアクセサリーなんて、これまでどれにも付けてはいなかったのにと、思ったその途端に。
"………あ。"
 虹色のフォログラム塗料で書かれたロゴが、ちらりと覗いていたのに気がついて。
"…桜庭さんのだ。/////"
 語尾が"…ba"となっていると気づいた途端に、何故だか…ほわわんと頬が赤くなるセナだ。いつだって極めつけに偉そうで凶悪粗暴。誰に対してでも決して引かない豪胆さと尊大さを合わせ持ち、女子が相手でも容赦せず、まもりとの睨み合いなんて日常茶飯事でもあった、そんな彼だと重々知っているからこそ。そんな些細で何げないことが、物凄い変化や特別なことのようにも思えてしまう。
「…どした。」
 急に熟れたような顔になったセナには、当の蛭魔本人さえもが怪訝そうなお顔になったが、
「あ…あっ、いえ、あのその…っ。」
 はっと我に返って、慌ててしどもど。落ち着こうと思ったその脳裏で、桜庭さんから話題を離さなきゃと思うのだが、人間の脳というのはなかなか素早く働くもので、

  "………あっ。"

 今頃になって、別なことへハッとした。あの、どこかお育ちの良い方々が通っていそうな私立の王城高校には、泥門の情報なんてそうそう届いてはいなかろうと思っていたのだけれど。例えば、この彼があの桜庭さんに話していたら? ご本人は出店にも発表にも舞台の演目にも参加してはいないが、それでも"来週、こんなことがある"なんて、あっさりと話題になることは重々考えられる。そして、桜庭春人といえば、王城高校で進の一番間近にいる人物であり…。
"…あやや。"
 今頃になってそれに気づいて。何だか"あわあわ"と、困ったぞうというお顔になった彼なものだから。
「………。」
 その変化の意味が…どうやら分かっているような溜息をこそりとついて見せた、金髪の先輩さん。
「ちょっと来い。」
 セナに向かって顎をしゃくると、早々と背を向ける彼であり、
「あ…えと、行って来るね。」
 途端に心配そうな顔をした まもりへ、出来るだけ笑って見せながら、その実、どこかあわあわとしたままに、席を立ったセナである。




 蛭魔さんがセナくんを誘
いざなったのは、半月ほど前のつい先日もここでちょろっと内緒話をした…部室からさして離れてはいない体育館の陰。ズボンのポケットに両手を突っ込んだままという、不敵な態度のまま、
「お前、奴には話してないらしいな。」
 先輩さんはすっぱりと問い質
ただし、
「えと…。」
 いきなりの単刀直入。何をとか誰にとか、主要なところが省略されまくっていたにも関わらず、そしてそして、そんな個人的な"ホントのところ"を他人の彼が知り得る筈はない…とかいう悪あがきさえ、脳裏には浮かばない素直なセナくん、
「だって、恥ずかしいですし…。」
 これが実は確証のない"誘導尋問"だったらどうするんだろうかと、訊いた当人である蛭魔が呆れたくらいにすんなりと、ホントのところを白状していたりする。
「あのな。」
「?」
 はい?と。大きな琥珀の瞳をくりっと瞬かせて見上げて来る、それは幼
いとけない表情が何とも愛らしくて。
「…お前なぁ。」
 ちょいと毒気を抜かれた蛭魔さんであったものの、見とれている場合ではない。額の隅っこを"かりかり…"と人差し指の先で掻いて見せ、
「見世物になりたかないって気持ちは、分からんでもないこともないが。」
 …どっちなんだ、先輩。
「学園祭の日程さえ、教えてくれてなかったって事が後から分かったら、進の奴、黙ってねぇんじゃねぇのか?」
「えと…。」
 確かに仰せの通りには違いなく、すっぱりと訊かれて"うう…"と唸ってしまうセナである。進が気の毒だという方向よりも、
「よくも隠し立てをしてくれたなと怒るんじゃないか。ああいうむっつりが怒ると後を引くぞ。」
 …と、勝手なことを想像して訊いている彼なのだなというのは、何となく察していたけれど。
(笑)
「だって…。」
 だってやっぱり恥ずかしい。変てこりんな仮装をすることも恥ずかしいが、それはそれは男らしい進さんは、女装なんかしちゃった自分を見てどう思うだろうか。いくら事情があるとはいえ、嫌なことなら嫌だときっぱり断れば良いのにと、そういうところの優柔不断さへも眉を顰められそうな気がして、それで何だか気が進まないまま、何も知らせないで今日まで来たのだが。黙っていたことを後から知られた方が、もっと酷なことなのかも知れないという理屈、さすがにストレートに胸へと響いた。しかも、

  「他の野郎には見せられても、進には見せられんのか。ややこしいことだよな。」

  「………っ☆」

 あああ、そういう解釈もあったんだ…と、ドキドキ・ズキズキ、罪悪感やら動揺やらに大きく揺れる小さなお胸を押さえてしまうセナであり。さすがは"策士"様、色々と思いつかれることである。



   ………という訳で。


【 From:小早川瀬那
    進さんへ。
    来週の日曜日から泥門高校で文化祭があります。
    ボクはクラス参加の出し物で、講堂で発表する劇に出ます。
    ずっと黙っていてごめんなさいです。
    今は頑張って練習しています。
    上演は日曜日のお昼過ぎくらいになる予定です。
    もしもご都合がよろしければ、観に来て下さい。
    それでは。】






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   *さあさ、次はいよいよの当日でございます。
    今から書きますので、
こらこら
    ちょこっと待ってて下さいませね?