来訪者 〜閑話 その6 A
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

          




 それはそれは暑さの厳しかった盛夏から季節も移って、今は実りの秋を迎えており。堅牢な城塞に囲まれた商業都市である王城キングダムの首都城下にも、朝市への商売にと荷車を引いて訪れる近郊の農民たちの、生き生きとした笑顔や声がそこここにあふれて、それは賑やかな活気に満ちており。城に間近い大通りからは ちと離れた往来の一角、宿屋や露店などが居並ぶ、少しばかり場末の此処いらでも。朝の早い商店の人々や、時節ものや珍しいものなどの買い付けにと、やはり商いに来たらしき旅人などが行き来を始めているそんな中にて、

  「よく判らん言い掛かりをつけてくんじゃねぇよ。」

 自分の肩に乗っけて連れていた、ペットだか相棒だかだった大トカゲが、不意に殴り掛かられた攻撃を避けた弾みから、突如…荷車ほどにも大きくなってしまったがため。それは穏やかに周囲を往来していた善男善女からザザザッと身を引かれてしまい、思いもよらぬこととして目立ってしまったじゃあないかと、精悍な面差しの目許を迷惑そうに眇めた旅の青年。そうは言うが…そもそも此処いらにはまず見かけない生き物なだけに、巨大化する前の仔犬ほどもの体長があった時点で既に、人目はさんざん引いていたのだが。
(苦笑) そんな風な苦情を突きつけられたお相手はといえば、

  「お前、誰かを探しにこの城下まで来たんだろう?」
  「はあ?」

 話の流れを完全に無視しての勝手なお言いよう。一体 何が楽しいのか、この場にお仲間の桜庭くんがいたならば、訳もなく嫉妬に燃えて不機嫌になったろうほど…妙に機嫌の良さげな笑顔のままでいる、黒魔導師さんこと、蛭魔であり。くどいようだが見ず知らず、この土地自体からして初めて来た場所なのにと、こちらは依然として怪訝そうな表情のまま、ちょいとボサボサな長いめの黒髪を乗っけたお顔の上にて、ぐぐっと眉を顰めていた旅の青年だったのだが、

  「………あれ?」

 生まれたての朝日が新湯
さらゆのような瑞々しさで降りそそぎ、辺りに目映く弾けているそんな中。向かい合ってる青年の頭に乗っかった、きらきらと綺麗な金の髪へとその視線を留めた彼には、それへと何かしらの“思うところ”があったらしくて。
“こいつ…。”
 間違いなく初見の人物である筈だが、この思わせ振りな物言いといい、見慣れぬ生き物だろう大トカゲが、しかもいきなりデカくなったことへも てんで動じてはいない豪胆さといい、彼の側からの何らかの予測というか準備というかが、しっかとあっての対応や反応としか思えなくって。だとすれば…。
「お前、まさか…。」
 やっとのこと、理解が追いついた“現状”を、こんな乱暴な手筈ながらもわざわざ自分の元へと運んで来てくれたらしい金髪痩躯の青年へ、それを確かめようと口を開きかけた旅の男だったのだけれども、

  「な〜んだ、こりゃ。」
  「あ、俺、南の方で見たことがあんぜ。トカゲだ、大トカゲ。」

 いきなり巨大化しはしたものの、暴れ出すでない大人しそうな生き物だというのが伝わってか。いつの間にか、お騒がせな彼らの周囲を行き交う人の波も元通りに戻りかかっていたそんな往来。ワニっぽく這っていた姿勢から、少し上体を起こして後足で立っている大きなトカゲへ、怖くないことへ図に乗ってだろう、ペタペタと馴れ馴れしくも手を出している輩たちがあって、
「へぇえ〜、見かけによらず大人しいじゃねぇかよ。」
「ワニなら牙もあろうがよ、こういうトカゲは大きくても大概が草食だってっから、人に慣れて大人しいんだぜ。」
 いやに詳しく知ったかぶりを並べる辺りは、本当に外地とやらで見聞きしたことだからだろうが、見ず知らずの者らに断りもないまま気安く弄られて、気持ちがいいことである筈はなく。
「おい。」
 大トカゲくんの飼い主たる青年が、制止を兼ねての低い声をかけたものの。二十前後くらいの砕けた恰好の若い男ら、聞こえていない筈がないにも関わらず、聞く耳がないのか やめようとする気配はない。それどころか、
「人に慣れてんならよ。芸の1つも仕込めばそれで大儲け出来んじゃねぇの?」
「おお、それは言えてるよな。」
 まるで既に自分たちのものでもあるかのような言いようまで始めるに至って、こりゃあ言って聞くような行儀のいい手合いではないかと断じ。チッと舌打ちをした青年だったが…それより先んじたのが、

  「他人のものへ勝手に触ればよ、
   その時点で“泥棒”扱いされても文句は言えねぇんだぜ?」

 それはキツく目許を眇めているところを見ると、そちらも多少はムッとしたらしき、金髪頭の黒装束の君。無頼の若い衆たちへ、これが聞こえないとなると間違いなく腰抜けだと解釈出来そうな、一種絶妙な“売り言葉”口調にて、そんな言いようを投げつけている。挑発的だが、まだどこか、こっちに余裕があるというよな高飛車な語調の言いようをされて。そういう“言い掛かり”には過敏な若者たちなのだろう、旅の男の方に比べれば…きちんとした装束とお綺麗な容姿をしている行儀のよさが脆弱そうに見えたのか、それとも…恰好ばかりで権力にのみ頼っている、官吏関係の優男だと思ってか。

  「ほほぉ。別嬪さんに叱られちまったぜ、おい。」
  「本当だよ。こ〜れは参ったなぁ。」

 言いようとは裏腹、トカゲくんの周囲からやっと離れて。十人近くいる数を笠に着てじわじわと。その輪を縮めるようにしつつ、暴言を吐いた綺麗さんの方へと歩みを進める無頼ども。こういう見るからにお上品なお役人や貴族階級の人間は、型通りの偉そうなことを言いはしても、言葉や大声で威嚇するだけで腰を抜かすもんだとでも見て取ったのか。だとしたら…あんたら相手を見誤ってるよとばかり。モニター画面のこっち側では、少なくはない方々が、恐らくは妙にわくわくと
(笑)固唾を呑んで見守っているだろうそんな中、

  「そういう言いようは、もちっと腕っ節が…っ!」

 腕っ節がある奴でないと言っちゃあいけないとか何とかと。もしかしたら続けたかったんだろうかねぇ。大声でがなりつけながら、フェイク半分。ぶっとい腕を振り上げて、すらりとした美丈夫へ殴り掛かろうとしかかっていた、鋲のついた勇ましい装束を着ていた大男が、
「…っ!」
 真っ直ぐ突っ込んだそのままの勢いにて。ドガッという鈍くて生々しい音と共に、巨体の足元、爪先を少しばかり宙に浮かせて。真上へ顎を上げて空の高みを見上げた姿勢になったかと思うや、その重そうな体を浮かせ…そのまま背後へ“ずでん・どうっ”と倒れて来たりする。
「お、おいっ。」
「どうしたよっ。」
 こういう時にはいつも先陣を切る役どころの、血気盛んな景気のいい奴なのだろうに。それが…啖呵の半分も並べ切らぬうち、見るからに細っこい青年に掴みかかった筈が、逆にあっさりと伸
されたものだから。身長差を生かして真下から、凄まじい威力のアッパーカットを、だぶついてた顎へと がっつりお見舞いしたらしき、黒装束の美麗な青年へ、
「てめぇっ!」
「この野郎がっ!」
 不幸にも伸された仲間の敵討ちだという勝手な理屈から、残りの面々それぞれの頭にも一気に血が昇ったのだろう。判断力は皆無でありながら、瞬発力だけはいいらしく“おおうっ!”と吠えつつ一気に掴み掛かってゆくのだが、

  「はがっ!」「ぐえっ!」「ぎゃっ!」「ぐあっ!」

 面白いように次々あっさり。しぱぱぱ・ぱんと、鋭いパンチの連打によって、悪漢たちが片っ端から殴り倒されている小気味のよさよ。繰り出しては引くを力強く繰り返した綺麗な拳を胸元に揃えて、低いお声でありがたいお言葉を一言。

  「別嬪さんだと? そりゃあ一体、どこの誰のことだ、ああん?」

 …お怒りの根源はそこかいな。
(苦笑) まま、それなりの矜持を持つ男性相手には、一番言ってはならんことでもあるんでしょうけれど。いかにも無頼な連中が、しかもしかも見るからにお綺麗な青年の細腕で。こうまで鮮やかに軽やかに薙ぎ倒されると、見ている側には何とも痛快というもので。

  「へぇ〜〜〜。」

 こいつは やるもんだなぁと。そもそもは自分もまた、この青年に突っ掛かられて喧嘩腰になりかかったということさえ忘れて、感心し切って見ていた旅の青年だったが。これもまた そもそもは、そんな彼の持ち物であるトカゲが発端な騒動なのだからということか、

  「てめぇっ!」

 こっちの男はさして腕っ節も強くはなかろう、何せ彼もまたこの美人さんに殴られ掛かっていたのだからとでも思ってか。…ということは、金髪の青年の仲間ではないということにならんか、おいと。何とも無茶苦茶な理屈の下、矛先を変えた数人が妙に力んで…もしかしたらば“八つ当たり”からか、殴り掛かって来たものへ、

  「…おっと。」

 先程と違って、特に大仰に避けもせず。大きな手のひらを顔の前へとかざし、その中へ相手の拳をすぱんと受け止め。恐らくも何も、きっと全力を込めて来たに違いない渾身の一撃を、片手だけにて易々と掴み止めた黒髪の青年。それで片手は封じたと、これまた勝手な解釈したらしい別の男が横合いから突っ込んで来たのへ、
「ほら。」
 片手の握力だけで。ぐぐいと最初に襲来して来た男の体ごとを引っ張り、振り回して。横手から飛び込んで来かけていた次の手合いへと、真っ向からぶつけてご対面させてやる剛力ぶりの物凄さ。しかもしかも、
「おっとと。」
 その動作で体勢に…脇にすっかりと隙が出来たと思ったのだろう。まだ居たんですよという、彼の側へと照準対象を乗り換えていた悪たれが、
「死ねやっ!」
 簡単に口にした者にこそ呪いを招くぞと、敬虔な人間なら眉を寄せそうな言いようを吐き捨てつつ、脇腹へ構えた短刀を閃かせて飛び込んで来たのだが、

  「哈っ!」

 体をくるりと回したその滑らかな動作を縁取って。肩から背中へとまとったままだった厚手の生地のマントの裾が…真っ直ぐの水平に持ち上がり、彼の身の周囲にぶん回される。年季の入った汚れようは伊達ではないのだよという証明のように。妙に重みがあったらしきその裾が、ぶんと飛んで来て賊の手元から短刀を弾き飛ばし、それへとはっとする間もあらばこそ。ざっと上体を低くして地面へ片手をついた彼の脚が、体勢の入れ替わりに合わせて高々と跳ね上がったそのまま、

  「あがっ!!」

 踵で腹をとらえた刃物男を、数メートルほども後方へと一気に吹き飛ばした蹴技のお見事さ。たった二人で十人近く、しかも結構場慣れしていそうな連中をバッタバッタと叩きのめしている一方的な大喧嘩。いい加減、力の差に気がついて、捨て台詞の1つも吐き捨てつつ引き上げればいいのにねと、周囲のやじ馬さんたちまでもが呆れて来始めたそんな間合いへ、

  ――― きしゃあっ!

 割り込むように響き渡ったのが…その場に居合わせた人々の大半に、聞き覚えのない物音。ただ一人だけ心当たりがあったのが、黒い髪をした旅の青年で。

  「あ、やばっ!」

 どうしたもんかと妙に焦って周囲を見回したのも一瞬。傍らに寄って来ていての背中合わせ、そちらはそちらで悪漢どもを叩き伏せていた急造の相棒さんへ、
「伏せろっ!」
 言いながら同時に腕を伸ばして掴みかかっており、
「何だよっ。」
「いいから、聞けっ!」
 両手でがっしと掴んだ細い肩。それをそのまま引き寄せて、自分の懐ろへと掻い込んだ、丁度そのタイミングへ、

  ――― かっっ!

 タンギングの利いた短い鳴き声と共に、ぼっと宙を飛んだものがある。大トカゲくんの口から鳴き声と共に飛び出したものは、まだしぶとくも性懲りなく、なけなしの戦意を絞り出しつつ奮戦中だった無頼の輩たちへと襲い掛かったのだが、

  「ひっ!」
  「ぎゃああぁぁっっ!」
  「熱い熱いっ!」
  「助けてくれっ!」

 いくら何でも、大人しいと思い込んでた大きなトカゲが…その口から炎の玉を吐き出してはね。隠された攻撃能力がもっと他にも発動されてはたまらないと思ったか、とうとう泡を食って無様にも逃げ出した彼らには目もくれず、

  「落ち着けっ、カメっ。」

 旅の青年が、蛭魔から離れ、飛びつくようにして大トカゲの頭を懐ろへと抱え込む。興奮状態になったからこその攻撃だったらしいのを、何とか静めようとしているようなのだが、

  「……………亀?」

 どう見てもトカゲでは? そうと突っ込みたいらしき、さっきまでの相棒へ、急を要するあまり構ってられない様子ながらも、
「名前だ、名前っ。カメレオンとかいうトカゲが外海の島にいるそうなんで、そっから付けたこいつの名前だ。」
「ああ、成程。」
 いちいち応じて下さるところはなかなか律義かも。
こらこら
「いい子だ、もう大丈夫だから。気を静めな。」
 どうどうどう…と、ざらついてそうなトカゲくんの肌を大きな手のひらで何度も何度も撫でてやり。いい子いい子と呪文のように、低めの落ち着いた声音で囁いてやっている彼の手並みに、トカゲの方でも興奮状態は収まったらしい。ふかーっと鼻息を1つつき、擡
もたげかけていた頭を降ろして大人しくなったと同時、

  「…お。」

 ひゅんっと、風を切るような音がしたかと思ったら。ほんの瞬きの間にも満たない瞬間に、元のサイズに戻っている剽軽者だったりして。まるで手品のような見事さと不思議であったがために、

  「おーっvv
  「凄い凄い♪」
  「芸達者じゃないか、お兄さんたち。」

 周囲をいつの間にやら取り巻いてたやじ馬の方々から、拍手喝采やおひねり、投げ銭などが雨あられと飛んでくる始末。
「…俺ら、大道芸人か?」
「さてな。」
 特に愛想を振り撒くでなく、とはいえ、蹴散らすには罪のない人々が相手。どうしたもんかと衆人環視の中にて立ち尽くしていた二人へと、

  「そこのお騒がせコンビ、大人しくしなさい。」

 やや居丈高なお声が、人垣の後方から凛然と掛けられた。おややと人々が振り返り、そのままザザッと道を空ける。そこには略式の武装を装備した上で整然と居並ぶ衛兵たちが揃っていたからで。そこまでの関わり合いにはなりたかないと、見物の人々もさかさかとその場から離れて行く模様。彼らのそういった態度には、もっともなことと思いこそすれ、特に言い分もなかった蛭魔だったが、

  「…なんで近衛隊長のお前が、市中警邏の衛兵を率いているんだ?」

 さっきのお声を掛けて来た隊長格、衛兵たちの先頭に立つ男へと、怪訝そうに目許を眇めたのも無理はない。そうだよねぇ。高見さんは王室内宮所属の近衛部隊を率いてるお方ではなかったか。管轄が違わんかと訊いた蛭魔へ、

  「何を仰有ってますか。」

 苦笑混じりに肩をすくめる高見さん。
「真っ黒な道着姿の魔導師様が旅のお人を庇って暴れていると聞いて、ああこれはあなただなと思い、わざわざ駆けつけたんですのに。」
「…ほほお。」
 そんだけの情報で、あっさり該当人物だと見越されてしまう導師様って 一体…。


   「話に聞いてはいたが、都ってトコは怖いところなんだな。」
   「どういう意味だ、そりゃ。」


 こらこら、旅の方。せっかく意気投合出来てたのに話をぶり返さない。
(笑)







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  *活劇中の“ケル・ナグール”の割り当てが
   蛭魔さんと“誰かさん”と、逆なような気がしたんですが、
   成り行きというか展開上のこととて、どか ご容赦下さいまし。
(笑)