来訪者 〜閑話 その6 B
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

          




 町角に掲げられてあった、この国で先年起こった騒動の顛末縁起を綴った看板前にて。無頼の者たちにからまれていた側だとはいえ、とんだ騒動を繰り広げていたのが…今のところは一応“王宮関係者”であり、今朝早くから姿を消していた黒魔導師さんであったと聞かされて、

  「…そんなものが掲げてあるのですか?」

 おいおい、まずはそっちかい、セナ殿下。
(苦笑) 傭兵崩れの無頼の者が多く出没していると聞かされて、ここ一番というよなものへは冷静な人だのに、それ以外の方面へはすぐに挑発に応じそうな蛭魔さんのことだから。からまれて怪我でもしてはいないかと心配していたのではなかったか?
「だって、あの騒動は…。」
 国の治世の根幹を成すべき王宮の、主要な人々の間に涌いた混乱やら、邪霊の跳梁をうかうかと許してしまった不見識や情けなさやらを、失態として非難されかねないよな出来事でもあったのにと。…いや、そこまで具体的にも鮮明な、辛辣極まりない言いようをしたのは蛭魔さんだったんですがね。
どきどき 国の内外を問わず、詳細というところまでをあまり公表すべき事情ではないでしょうにと案じたセナだったらしいのだが、
「安心しな、微に入り細に入りってまでの仔細ってのは すっ飛ばされてる。陽白の眷属、光の公主様ってのが現世に降臨なさり、王宮に滞在なさっておられるってことの方を強調している文章だからな。」
 箱入りのセナと違い、時々は街歩きもこなしている蛭魔はとうに気づいていたらしき縁起の看板。結構人々には信じられており、その看板自体に御利益があるかのように、拝む人も少なくはないのだとかで、
「どっから漏れ聞き出したものやら。情報通たらいう奴らが、そんなにも間違っちゃあいない辺りの顛末ってやつを、近からず遠からずの物語り風の読み物にして掲げてるんだとよ。」
 何しろ、唐突に始まって唐突に収拾した内乱だったし、国民全てが結構大変だったのに、肝心要な真相は…セナくんが案じたような事情から伏せられたまま。せめて、納得が行くような顛末話をと皆が求めて、無難なところに落ち着いた逸話がそれであるらしいと、かい摘まんでそうと説明してやって、

  「………で。気に入ったのか? そいつ。」

 ちょいとばかり眉尻を上げて見せ、蛭魔さんが訊いた“そいつ”がいるのは、ソファーにちょこりと腰掛けたセナ王子のそのお膝の上。尻尾の先まで加えたら1mはありそうな大トカゲくんを抱えて、いい子いい子vvと背中を撫でてやっているセナだったりするもんだから。その場に居合わせていた面々が一様に…少々面食らっていたのは言うまでもない。蛭魔と一緒に城までやって来たあの青年が、肩に乗っけたまま此処まで持ち込んだのを目に入れて。悲鳴を上げるほど怯えはしなくとも、どこか怖ず怖ずと及び腰になって怖がるのではないかと危ぶんだものが。姿を見るなり、

  『あっvv ドウナガリクオオトカゲだっ!』

 小さな子供が特撮ヒーロードラマに出てくる怪獣の名を口にするかのように。
おいおい 屈託のない、わくわくっと弾んだ口調でそう言って、一番ノリという…彼には希少な積極性まで披露して傍らまで駆け寄って来て。そうして、
『あのあの、触ってもいいですか?』
 ドキドキしつつ訊いたセナへは、飼い主の青年も微笑ましいものを感じたのだろう。まずはどうかお風呂をお使いくださいと侍従の方に言われていたものだから、その間を頼むよと手渡したところが。うきゃ〜〜〜vvと頬を真っ赤に染めて、それは喜んだセナくんであり。その、あんまりなほど意外な取り合わせに、少々呆れたようなお顔になった蛭魔から訊かれて、

  「はい、なんか懐かしくってvv

 語尾に“vv”がついておりますことよ? 奥様。
こらこら
「…お前、こんっな小さいアオムシでも大騒ぎしとったろうによ。」
 そういや そうでしたね。あわや、モスラ VS 大魔神になるとこでしたっけ。
(笑) 白い人差し指と親指で作った“C”の字が、今にも“O”になりそになってるほど、いかにも小さい小さいものを表して見せている蛭魔さんのお言いようへと“てへへvv”と照れ笑いを見せながら、
「だって全然違いますもん。」
 腕へと乗っけた頭の方をそぉっと掲げるように抱え上げ、自分の小さな顎先をくっつけて、
「可愛い〜いvv
 表情をすっかり緩めて“スリスリvv”しちゃうほどだから、これは相当に本気で“お好き”なセナくんである様子。ふかふかな毛並みの仔犬とかつぶらな瞳の仔猫、手のひらに収まるほどのジャンガリアン・ハムスターならともかく…う〜んう〜ん。これはビジュアル的にも困った絵面
えづらだと思います、はい。(笑)
「ボクが住んでた村の近くの…って言っても、辿り着くのに半日くらいかかるトコなんですけれど。南向きの海岸の岩場には、こういう大トカゲが沢山居たんですようvv
 家で飼うほどの“愛玩動物”ではさすがになかったのらしいけれど。それと、まもりさんがさすがに嫌がったので、あんまり堂々とは“可愛い〜vv”と振る舞えなかったらしいのだけれど、
「野良の中には人懐っこいのも結構いましたから、何か思い出しちゃって。」
 飽きもせず“可愛い可愛いvv”と撫でてやってる笑顔の、これまた幸せそうなこと。

  「野良のオオトカゲ…。」
  「そういうのは“野生の”って言わないか? 普通。」
  「犬猫やカラス扱いなんだね、きっと。」

 インドでは“野良”の牛や猿が市街地に堂々と居るそうですしね。(しかも、堂々と神様の化身だそうだし。)

  “そやつが巨大な別の翼竜もどきへ変身することまで、
   こいつってば知ってやがるのかな?”

 そこのところを案じた蛭魔はともかく、

  “そっか。セナくんが進に懐いているのは、
   表情薄いトコにトカゲとの共通項があったからか。”

 こらこら誰です、そんな恐ろしいことを言っているのは。
(笑) そんな言われようをしている当の進さんも、どこか困ったような…いつも“真顔と笑顔とどう違うんだ”と思われているよな、それは冷静な無表情でいるのからすれば、多少は分かりやすいお顔になってるのが何とも印象的であり。彼にとっても セナ様の意外な一面だったんでしょうな、これは。

  “まあねぇ。
   男の子がマニアっぽくハマる最初のものってのは、
   昔っから昆虫か恐竜か、飛行機や電車や働くクルマだっていうからねぇ。”

 飛行機や電車やってのは、あんたらの世界にはまだなかろうが。
(苦笑) ちなみに、最近はアニメ関係(デュエルカードとか)や特撮ヒーローものの侵食が激しいそうで。どっちにしたって、このお話には接点ない筈なんですが…それはともかく。
「何を食べるのかなぁ。」
 近衛隊長が連れて来た“黒魔導師様のお客人”という珍しいものを見に…もとえ、逢いに来ていた雷門陛下も、セナと同じくらいにこの珍しい生き物へは興味を示していて、
「確か、海岸にいたのは岩についた海草とか食べてたけれど。バナナとかも好物の筈だよ?」
 南国が原生地みたいですからね。セナからそうと聞いて、卓に常備されてある瑞々しい果物を盛った籠の中から、レモンイエローも鮮やかなバナナを1本引き抜いた雷門陛下。皮を剥いたその先っぽを口元にかざしてやれば、じ〜っと見つめてから“ん・ぱくっ”と噛みついたトカゲくんに、
「あ、食った。」
「良かったねぇ、美味しい?」
 はぐっはぐっと無表情のままに食べるのがまた可愛いと、すっかり夢中になってるセナくんたちで。とんだ玩具扱いかもです。
(笑) お子様たちが“可愛い、面白いvv”とはしゃいでいると、お廊下からの扉が開いて、

  「お、良いもん貰ったな。」

 借り物らしきこざっぱりとした装束に着替え、きれいに洗われたせいで艶の出た直毛の黒髪を真ん中で分けて軽く撫でつけて。先程の青年が湯浴みから戻って来た模様。相棒を預けたところの、ソファーのお子たちの傍らまでへと、まずはの歩みを真っ直ぐ運んで、
「南の果物なんて滅多に食えんからな。御馳走なんで喜んどるぞ。」
 間近にひょいと屈み込んだ、ざっかけない態度の精悍そうなお兄さんから、にっこしと素朴な笑顔を向けられた王子たち。褒められたのを喜ぶように“わぁ… //////”と嬉しそうなお顔で頬を染める。なかなかに子供あしらいが上手な人であるらしく、それはふんわり、和気藹々と盛り上がってる一角だったが。

  「…おい。」

 窓辺近くという部屋の奥向き。一通りの御用が済むまで待っていた格好の蛭魔が、その青年へと声を掛けた。何しろ今回は、蛭魔の側がこの青年を町角から一本釣りにてナンパして来たような案配。彼らの間で交わされていた問答は、まだ他の面々へは伝えられてはいないものの、

  『お前、今朝方、俺の夢に出て来た奴だ。』
  『お前、誰かを探しにこの城下まで来たんだろう?』

 何となく…彼の側から一方的に何かしらを知っていたような言いようを、こんな風に並べてはいなかったか? そして、

  『お前、まさか…。』

 彼の側からも何かしら気づいたようだったのだけれど。そんな間合いへ件
くだんの無頼の輩どもが割り込んで来て、そのまま なし崩し的にああいう騒動になってしまったので、お互い様で何も確かめ合っては無いままで。

  「………。」

 どこにも手を添えないでの中腰になったままという不安定な姿勢なのに、かすかにも揺らがないままな足腰の強靭さ。上背のあるその上に、ガッツリと良い体格をしていて、短めの襟の立ったシャツとシンプルな型のベストに、ゆとりたっぷりなハレムパンツのようなボトムという格好に包まれた肢体は、町でのあのお見事な乱闘から考慮しても…恐らくは相当ほど鍛え抜かれた代物なのだろうことを易々と偲ばせる。そこからすっくと立ち上がった彼は、やや心配そうに自分を見上げて来たセナの視線に気づくと、その柔らかな髪を大きな手のひらでくちゃっと撫でてやってから。蛭魔へとおもむろに…ますはこうと訊ねた。

  「お前、一体 何者なんだ?」

 そういえば。蛭魔さんたら名乗ってなかったわね。おいおいと呆れ半分、でもなぁ、あり得ることだよな、何せ強引だからこの人…と。周囲の皆様がさして違和感を覚えなかった青年からのこの一言へ、
「俺様はこの王城キングダムを悪霊の手から救った、畏れ多くも有り難い偉大な導師、蛭魔様だ。」
 細身の上体をぐんと反らし、居丈高の等身大見本…といった体にて、そうと言い放った蛭魔さんであり。そうして こちらからもおもむろに………。


  「お前こそ、一体どこの何者だ。」

   ……… はいぃい?


 ちょぉ〜っと待って下さいな。くどいようだが、あなたの側から盛んにモーションを掛けてた相手でしょうが。街角で最初に声を掛けたそのまま殴り掛かったりしたのも、何かを知ってると言わんばかり、思わせ振りなフレーズをしきりと吹っかけていたのも。しかも王宮なんてトコへ無造作に連れ込みまでしたその人の、素性を全然知らないって?

  “………おいおい、おいおい。”

 この場に居合わせた人々の殆どが、何とも言い難い表情になって見つめやることとなったこの対峙。だがだが、不思議と…そんな言われようをしたにも関わらず、旅の青年の側は、精悍にして男臭い表情を崩しもしないままでおり。あくまでも冷静な眼差しと表情と。それらを凛然と保ったままにて、

  「俺はアケメネイの隠れ里の族長
おさの息子で、葉柱ルイ。」

 やっとのこと、自分の名と素性を口にした。それを聞いて、
「アケメネイ? あそこに里なんて…。」
 自分たちが居た庵房があった泥門の村に程近い、峻烈な尾根が神々しいまでに美しい山岳地帯の地名。だが、何しろ険しい山だということでも有名で。人が住める場所なんてないと、ついつい言いかけた桜庭だったが、
「隠れ里だと言ったろうが。」
 葉柱はさして動じもしないで応じていて。そうと断じられることが、きっと先んじて分かっていたのだろうと思われる。それから、
「お前はこれまで、大地の気脈を読んだり出来なかったろう。」
「ああ。」
 蛭魔の身の上の“特別な事情”を知っていることへと。本人はさして動じもしないで是と頷首したものの、

  “…え?”

 桜庭の驚きと言ったら、背中に冷たい汗が“つつつ…”としたたって落ちたほどの代物で。何せそれはというと、咒を操り、時に邪妖という負の存在と戦うこともある導師の身としては、補完の利かないばかりではない、まずはあり得ないほど究極の欠陥であるからで。蛭魔の名前さえ知らなかったこの青年が、それでもあっさりと見ぬいただなんてと、その鋭利な感覚へ冷たい悪寒を感じた次第。だがだが、それはちと早計なことであり、人知れず嫌な汗をかいていた桜庭には気づかなかったか、葉柱が何げない口調で付け足したのが、

  「俺の親父が封じたからだ。」
  「………。」

 けろりとした一言の余韻が、室内の空気の中へと消え切らない内に。


  ―――
カカッ、と。


 室内なのに落雷があって、部屋の真ん中、大理石の床を抉って大穴が空いたものだから。まあ、皆さんで驚いたのなんの。特に、一番間近にいた葉柱の驚きようは格別で、
「な、何しやがるっ!」
 当たってたら命だって危なかった危険で唐突な攻撃に、避けた弾みでたたらを踏んでしまい、そのまま床へと尻餅をついたほど。あの乱闘の場での見事な体さばきを思えば、いかに途轍もない代物だったかも知れて。そこでとついつい声を荒げた彼だったのだが、
「それはこっちの台詞だってんだよ。」
 自分で友好的に連れて来といて、いきなりこうまで怒り出すから相変わらずに恐ろしい人だが、今回の反射は近来まれに見るという素早さであり。
「…気脈を読んだりって、そんなに大事なことなのか?」
 あまりのお怒りぶりへ雷門陛下からこそりと訊かれて、セナが小さな肩をすぼめた陰からこそりと応じた。
「うん。咒っていうのは大地の気脈をエネルギーの元にするものだし、それを借りないにしても、自分が唱えた咒によってどんな影響が出るかを考えとかないと、その気脈を伝わって他へとんでもない作用が出ちゃうかも知れないし。」
 思わぬ共鳴が起こるかも知れないということだろう。
「それに、蛭魔さんの場合は、どういう訳だか聖なる気配も魔物の気配もずっと読めないままだったんだって。」
「それって…。」
 咒を専門に扱い、それでもって邪悪な気配を払拭したり陰の悪鬼と戦ったりする魔導師にとっては、どれほどのハンデキャップであることか。それを思って陛下もついつい口を噤んだのだけれども、

  「やったのは親父で…。まあ、怒ってんのは判った。」

 自分がやったのではないと言ったところで彼の憤懣は収まるまいと断じたか、葉柱は大きな肩をすとんと落として見せると、ちょこっとお行儀は悪かったが、その場に胡座をかいたまま、
「弁解も混じることとなるけれど。先の話を聞く気はあるか?」
 あらためて そうと言い足した彼へ、
「聞いてやろうじゃねぇか。」
 こちらさんも多少は落ち着いたのか、胸高に腕を組んで見せ、話の先を促した魔導師さんであったのだった。









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  *はいっ。この方が今話のおゲスト様でした。(笑)
   強くて精悍で、子供あしらいがうまい純朴な人。
   …はっきりいって、ワタクシ、
   総長にドリーム持ちすぎなのかもしれません。
(こらこら)