遥かなる君の声

     ~なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

          
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 先の国王直系の皇子であるセナ殿下が、選りにも選って王宮の奥の院、王家のプライベートな生活空間である“内宮”の一角に設けられた温室にて、得体の知れぬ者共に襲い掛かられた。相手の目的は殿下の略取誘拐であったらしく、お傍衆たちの働きもあって何とか難を逃れはしたものの。そこへと畳みかけるように伝わったのが、そんなセナ様を日夜厳重にお守りしていた特別護衛官、白き騎士こと進清十郎殿が、やはり正体不明の何者かにより、出先の城下で何処ぞへか連れ去られてしまったという信じ難い一報で。立て続けに襲い掛かった一大事に、王宮内はこっそりと、だが、相当に泡を食っての混乱状態に陥りかけた。まさかの侵入者の跳梁跋扈を許してしまった責任を取りたいと、各部署の担当者たちが申し出て来て、厳罰をと口々に求めたものの、
『皆様にそんな対処を取っては心苦しいと、他でもないセナ様が仰せです。』
 痛切に責任を感じるほどに、皆様がそれぞれの職務に誇りをお持ちだということが重々判りました。幸いにして自分の身は無事。此の上は、そのお心をますます大切にして下さることをお祈りし、傷心なさらず、いよいよ精励なさって下さいませと。お心根のお優しい皇子様からのありがたいお言葉が遣わされ、
「そんな配慮の言葉が出る辺りは、何とか気丈だよな。」
 高見さんからのご報告へ、昼頃に何とか眸を覚ました間違いなくご本人が、そうとお伝え下さいとの言を頼まれての国王陛下からのご通達。とはいえ、さすがに各人や陛下との直接の対面までは無理だったらしくって。すぐ傍らに交替でついていた葉柱や桜庭の言によれば、すっかりと気落ちしたまま、枕から頭も上がらず。そのまま、夕食もろくろく取らぬままに、自室にて休んでいる小さな殿下であったりし。

  “特効薬は進の野郎の顔なんだろが。”

 一体何処から手をつければいいのやら。まだ当日の半日後では、集まる情報だって知れている。進が訪ねたという不審な結界の名残りのあった師範の家とやらも、城下で葉柱が聞いた怪しい馬車の話にしても、追跡調査の者を一応出しはしたけれど、一通りを訊いて回って来た話が上がってくるのは明日以降と思われて。
“まあ、それは俺らが出張ったところでも、さして変わらないことだろうがな。”
 効率を考えれば、土地勘も人脈もある専従の公安関係者に任せた方が良いに決まっているという、そんな初歩の理屈も一応は判っているけれど。何もしないで待っているというのも、これで結構つらいもの。炎獄の民なんていう意味深な名前が出て来たものの、結果としてはそれが何物なのかは依然として不明なままだ。自分たちへと襲い掛かった例の襲撃者たちのことなのか、それとも、進の師範のことなのか。そもそも、そんな古めかしい存在、今回のこの騒動に関係があるのかどうかも彼らには判らないままだ。

  「つか、謎が増えたよなもんだよな。」
  「悪かったな、ややこしいもんを思い出しちまってよ。」

 アケメネイという山岳地帯の隠れ里にて長々と“聖域”を守り続けていたという、古くから続く封咒の権門の人間である葉柱だけが唯一知っていた存在だったものの、知っていた彼でさえ“滅んだ民”として把握していた一族だというし。陽白の一族の末裔であるとされているセナや蛭魔に、ある意味、関わりがあるらしいが、
“その“陽白の一族”ってのからして、今やどれほどの数の末裔たちが残存していることやら。”
 それもまた負界からの追跡から逃れる方策の1つだったのか、神話の中からでさえその名が忘れ去られようとしかかっていたほどで。加えて言うと、セナも蛭魔も、その一族とは血統的なつながりがある身ではないし。光の公主と金のカナリアという、最も象徴的な立場であったらしき彼らは、だが。その素養を血脈ではなく“魂”という形にて次代へと継いでゆく特殊な存在でもあったから。よって、関わりが深いと言われても、尚のことピンとなんて来ないのも無理はなく。

  「ま、それに関しては今は“保留”ということで。」

 セナのお傍衆と呼ばれている導師様たちや高見近衛連隊長様が顔を合わせておいでの此処は、日頃はちょっとした談話の場にと彼らが使っているリビングルーム。銘々が肘掛け椅子やソファーに腰掛けてはいるが、さすがに表情は硬いまま。何せ彼らは、セナ様を心身共にお守りする役回りを持つのみならず、今回は…そのとんでもない一大事の現場に居合わせた方々でもあり。ではと、彼らなればこそ持つ、純正の実際証拠の方から洗って見るならば。


  ――― セナを襲った賊らの行為には、一体どういう意味があるのだろうか。


 こんな難儀を敢えて手掛けるだなど、単なる盗賊や野盗の荒仕事とは到底思えない。いかにも用意周到な仕儀であり、しかも侵入した場所も場所。国の転覆を目論み、それでと手初めに皇子のセナを狙った、所謂“クーデター”を目論む一派の企みか、それとも…陽白の一族に何かしらの遺恨がある者たちなのか。
「えらく極端だな、その分け方は。」
「そうか?」
「だって。こういうのは考えられないの? セナくんの“光の公主”としての力の大きさだけを漏れ聞いて、それを手駒に加えて大きなことへ利用しようと企んだ、」
「それだって言わば“クーデター”一派…だろ?」
「あ…。」
 そっか、と。咬み砕かれてやっと合点がいったらしい桜庭がうんうんと頷いて見せる。
「王族を恨んでのお命ちょうだいとはならないけれど、王政の転覆を目的としているのなら、カテゴリー的には同じくくりになる。」
 王宮なんてトコへ忍び込んでの王族の誘拐。それ単独で“国家に対する反逆行為”と解釈されてもしようがない、こんな大それたことを構えておきながら、実は…大きな商店を襲いたいのでセナ様に参加してほしかった…なんてのは、物の勘定が合わなさすぎる順番だから有り得ない。
「そうだね。」
 負うた子に教えられて浅瀬を渡る…ではないけれど。魔神様にはまだまだ、人間世界の確執の構図なんてもの、馴染みがないままだったらしい。
(こらこら)
「ま、クーデターとばかり限らないってことはあるかもだがな。」
 国内に存在する反対勢力の胎動…のみならずと視野を広げれば、さすがにそれへは察しも及んで、
「他所の大国や外海勢力からのちょっかい…だってことかい?」
 訊いた声へ蛭魔が“まあな”と頷いたのとほぼ同時、
「まさか それはないですよ。」
 クギを刺したのは高見であり、
「手前みそな言い方になりますが、現在の国際状況下にあって、この国を狙おうとするような無謀な国家や組織はありません。」
「何で言い切れる。」
 言及しようとする蛭魔へと応じたのは、意外なことに葉柱で、
「だからさ。あの、みっともねぇ内乱の騒動さえ、きっちり隠し切れたほどの管理体制の物凄さだぜ?」
「みっともない、って…。」
 歯に衣着せぬお言いようへは、桜庭や高見がしょっぱそうなお顔になり、蛭魔でさえ“おやおや”と苦笑をしたほど。葉柱としては“そんな手ごわい国をどうこう出来るほどの国家や勢力は、今んトコないんじゃねぇのか?”と続けたかったらしかったが、

  「確かにみっとものうございました。」

 女性の凛としたお声が割り込んで来たことで、室内がシンと静まり返る。艶のある明るい色合いの髪を結い上げ、あまり華美ではないながら、それでもそれなりの格を思わせる豪奢な仕立てのドレスをまとい。少々気性の激しそうな勝ち気な面差しは、だが、責任を負った存在には頼もしい限りの闊達さ。間髪を入れずというタイミングで放たれた先程のお声に見合う、それは勇ましき女性の登場であり、
“おお、王妃様のご登場かよ。”
 肩書の上では“皇太后(国王陛下のご母堂、国母)”というお立場に引退なさってはいるものの、この王国の政権執務全般の、事実上の現在の最高責任者。そんな方には先程の葉柱の言いよう、皮肉でしかないような、ちと乱暴な言い回しでもあり。そんなつもりではなかったろうが、陰口を紡いだことになったようで。場の空気もまた微妙に凍ってしまったのではあったが。問題発言を放った当の導師・葉柱はといえば。絶句したかと思いきや、
「…ほら。」
 動じないまま、同座の面々へ同意を求めるような言いようをするもんだから。
“ほらじゃないって。”
 桜庭が胸中で思わず突っ込んだほど。
(苦笑) まま、悪意あっての物言いをした葉柱ではないというのは、王妃も含めて皆して分かっていたこと。
「忌憚のないご意見、しみじみと噛み締めさせていただきました。」
 あくまでも厭味にならない口調というので、さらりと流した皇太后様でもあり。それでこのやりとりは片付いたと見なして、さて。近衛である高見と、これでも年長者である桜庭、それなりの礼儀は里にて叩き込まれているらしい葉柱が、わざわざ席から立ち上がっての礼を見せ、そんな彼女の乱入を丁重にお迎えする。金髪痩躯の黒魔導師さんだけは“そんな場合じゃない”という心持ちをそのままに、目礼だけの会釈で済ませたが、さすがは器の大きい方で、王妃の側でも窘めるような気配はお見せにならず。恭しくも連隊長さんから勧められたる席へと着くと、早速のようにもお言葉を述べられた。
「今回の襲撃は、私どもにも屈辱の汚点でございます。」
 くどいようだが、最も警備が厳重な筈の王宮内部への不審者の侵入を許したその上、セナ皇子の御身を、正に危機一髪というほどのそれはそれは危険な目に遭わせてしまった。かつて、元はと言えば自分たち大人の力の足りなさから不遇の時を過ごさせてしまった、幸薄かった皇子でもあるだけに、日頃からも何につけ気に留めている彼女なのだろう。それに加えて、セナは“王族”であるというだけではなく、
「光の公主様という大切な御身であらせられますのに。」
 それを守り切れなかったは、自分たちの不行状。彼女自身への直接の非はなくとも、こうまでの奇襲を大胆にも実行に移した輩が出ようとは思わなかったとか、想定外だったでは済まない話で。皇太后様としてはその点が悔しくて悔しくてしようがないのだろう。確かに、今回の場合、セナ殿下ご本人が相手の態度や所業に怒り心頭に発し、ああまでの咒の力を発揮出来ないでいたらどうなっていたことか。
“どうもこうもねぇだろよ。チビ公主がまんまとあっちの手の内へ落ちてた…ってだけのことだ。”
 今更言っても詮無いことで、此処でそれを取り沙汰しても始まらない。とはいえ。そうと断じた蛭魔は、なのに…その細い眉を寄せて難しそうな表情でいる。それへの脅威がいまだ消えないからではなく、
「ホントに、連中には他にやりようがなかったんだろうか。」
「え?」
「だから…。」
 きょとんとする面々へ、険しい顔付きのまま、蛭魔は腹の裡
うちにて転がしていた不審点というものを掲げてみた。

  「何でまた あの連中は、
   こんな大それたことを、今日と日を切って敢行したのかってことだ。」

 彼がどうにも釈然としないのは、そこのところがどうしても腑に落ちないからに他ならない。ちょうど手元に寄せてあった小卓は、丁寧に使い込まれた逸品。その一枚板のテーブルの上を手入れのいい爪の先で、こつこつと堅い音を立てつつ弾いて見せて、
「考えてもみろよ。春を迎えた暦に沿った祭典や視察等など、これからどんどんと暖かくなるにつれ、内政補佐役のセナ殿下が城外に出る機会は一気に増える。そこを狙って攫った方が、よほどに手薄な隙をつきやすかったろうに。」
 だっていうのに何でまた、こんな…入るも出るも困難極まりなかったろう厳重なところに居る時を、わざわざ狙った彼らだったのか。あと数週間ほどという少しくらいを、どうして待てなかったのか。そんな点を怪訝に感じているらしい蛭魔だったらしくって。
「情報収集力の関係で仕方がなかったのかも知れませんよ? スケジュールが立て込んでくると、全ては追い切れない彼らだったとか。」
 此処に必ず居るという今でないと手が出せない、所帯の総人数が少ない一味だったのでは?と高見が妥当なところを取り上げたが、
「それを理由に持ってくるのは無理がある。」
 蛭魔としては、そんな“でも・しか”はあり得ないと踏んでいる模様。というのが、

  「あいつらはセナ本人へも“光の公主”と呼びかけていたそうじゃねぇか。」

 口惜しい話、自分たちは遅れを取ったので直には聞いていないものの、連中はセナを“光の公主”として掻っ攫いに来たのだと、その口で宣言していたそうで。
「あそこにいたチビがそんな大層な人物だと、くっきりはっきり名指し出来るほど、状況や何やを全て、きっちりと把握してやがったらしいが。」
 相変わらずの乱暴な口利きだったが、何を言わんとしている彼なのか、先を聞きたい皆としてはそんな不敬ささえ気にならない。それほどまでに、何かにいち早く気づき、それが糸口にならないかと先を見通している蛭魔であるらしく、
「さっき葉柱が言った“内乱勃発の事実への徹底隠匿”ってのは、そうそう簡単にこなせることじゃあない筈なのに。表向き・対外的には“側室様行方不明のための探索”が行われている…としか、公表されてはいなかった。同じ大陸を結構歩き回ってた俺らにもそんな事実は欠片だって伝わっては来なかったしな。」
 一番最初の発端とやらは王宮内での些細な確執だったらしいが、それでも なんと10年近くも前に端を発した騒乱で。彼らがやっと耳に出来たのは一昨年の秋口のことだったが、それにしたって…その内乱の規模が弾みをつけたように外へ外へと一気に拡大し、騒乱の範囲がいよいよ国境周縁にまで及ばんとしたからだ。そしてそんな頃合いというと、蛭魔も桜庭も、泥門にある師匠の庵房にずっとずっと籠もっていた訳じゃあない。例の“迷いの森”の探索で、彼らもまた、この広い大陸の隅々を何年も、隈無く探索していた時期であり。どんな小さな噂話でも聞き漏らさぬよう、不思議現象を追っていた彼らだったのに、王城の内紛なんてな一大事は全くもって聞いた覚えがなかったそうで。王妃を操っていた邪妖が一応は警戒したのか、それとも、こんな騒乱は外地勢力に付け込まれる要因だからと、元からあった内偵担当の関係部署がその点は厳重にと必死で周到な手配を打っていたからか。
「そこまでの情報管制がこなせていたのは、国民たちからの信頼も厚き王政だったからこそだ。安泰だった時期があまりにも長く、公序良俗やモラルってもんの基盤がしっかりしているからこそ、そんな…王位継承を巡っての諍いだなんて破廉恥なことが、まさかまさかウチの神聖なる王宮では起こりっこないと、国民の誰もが素直に純朴なままに信じて疑わずにいたのだろうからな。」
 こらこら。さっきの葉柱さんの発言よりも棘が多くないか? それ。でもまあ、遠回しでない言い方なお陰様で、彼の言いたいことはよ~く判る。この国で勃発していた“お家騒動”なんてな一大事が、されど国外へは一切洩れていなかったのは事実だし、王妃と側室と、どちらの陣営についた方々にしても、その大半は“何がどうしてこんなことに”と、困惑しもっての参加参戦だったに違いなく。
“ま、デカい組織や閨閥同士の“戦争”クラスの争いなんてもんは、得てしてそういうもんだがな。”
 直接の殺し合いをさせられる末端の人間ほど、何が原因の諍いなのかさえ聞かされないままの“駒”扱いにされるのはよくある話。そんな末端の人々もまた、直接仕えている上官や主人への信望や忠誠心から働くのであって。そのお方の判断によることなら、よくは判らないが従うとばかり盲目的な忠義を見せるもの。今回の騒乱も、善くも悪くもそういう効果が波及した結果、みっともない騒ぎだったという事実はなかなか外へは洩れなかったのだろうと思われ。
「それだからこそ“光の公主”っていう存在のことだって、今もあまり広まらないままに、ある意味、見事なくらいに隠し果
おおせてた来れてるんだぜ?」
 確かに国内に混乱はあったから、それを鎮めた事実は公表された。その際に、セナの実母で“行方不明”だったアンジェリーク様は、悲しいことながら旅先にて薨
みまかられたこと、ご子息のセナ皇子は無事に城へとお戻りになったことを限られた人々にだけ、形式的に伝えて“公表”とし。それと同時、これはあくまでも何者かが勝手に立てた落書・看板という格好にて、民衆にも広められたのが…以下の一文。

  ――― 内地における秘やかなる混乱の大元は、
       この大陸の恵みや豊饒に参与する、人外の力、
       聖魔の拮抗によるものであり。
       だがそれも、陽白の眷属という尊い方々のうち、
       聖なる公主様が覚醒あそばされ、邪妖悪鬼を調伏せしめた。

 その尊いお方は王宮に滞在なさっておいでで、二度と再び、この世が闇に呑まれぬようにと、日々皆を見守っていると。どこまでが真実なのやら、根拠はないが…そういえば城塞の外は、一時 物騒になってたっていうじゃないか。そうそう、その頃に化け物を見たって噂も聞いたっけよ? などなどと。風評も入り乱れての“都市伝説”もどきが、ぼちぼちと定着しかかっているという案配で。おかげで、それをこそ目指しての旅をしていた、光の公主というものを知っていた葉柱でさえ、その存在については…ぎりぎりのお膝下であるこの城下に入るまで耳目に出来なかったほどだった。ましてや、あんなに可憐で少々腰の引けたところも多々ある、それはそれは大人しげな少年が、そんな大それた存在の当人だと、誰が一瞥だけで察することが出来ようか。
“こらこら、もーりんさん。”
 だって、ご本人だって仰有ってたでしょうよ。

  『ボクが此処にいることすら知る人が少ない筈なのに。』

 なのに。見ず知らずの、しかも陽白の眷属を憎む邪妖でもない輩によって、名指しでの襲撃を受けたのがどうにも不思議でならないと。それが衝撃だったと口にしたセナの言を思い出す。厳重に隠していた訳ではないけれど、セナ皇子がそんな肩書までお持ちだということまでを知る者は、城内にだって限られているほどしかいないというのに、
「そうまでの細密な情報を得られるほどに周到な連中だ。しかも、二か所で同時っていう作戦執行をこなせる手合い。そんな連中なのに、何でまた…まだ警戒の厳重な“手間のかかる今日”をわざわざ決行の日に選んだのか。」
 進を掻っ攫ったのも同じ連中の仕業だったというのなら、彼を城下へ誘い出すための下準備、暗示の咒を込めた封管つきの例の包みを、今朝早くに彼の手元へ届けたことからして一連の計画の内だったことになり、
「大胆なことにも城内でそんなことまで こなせる連中だぞ? 進をその手で攫っちまったように、四方が開けてる城外で手を出した方が、セナの場合ももっと確実じゃあないのかよ。」
 だのに、今日を強襲の日としたのは、一体 何故なのか?
「…今日という日に何かしらの意味があったということでしょうか?」
「そうなるのかもな。」
 条件づけで思い出されるのは、セナを狙い、畏れ多くも皇太后の御身に取り憑いていた邪妖が諮った罠。この城の地下にあった聖域跡へまで自分たちを誘い出し、その身に咒力を持つ者から月夜に限って力を吸い取る泉へとセナと蛭魔を浸してしまわんとした、小賢しい手管にまんまと はまりかかったが、
“あれは…進の機転で事無きを得たのだったっけ。”
 その代わり、命を落としてしまった彼でもあって。そんな悲しみに打ちひしがれたセナが、選りにも選って泉に取り込まれかかかったという、正に絶対絶命のぎりぎりまで追い詰められた一幕だったのだが。
「今日が何かしらの意味がある日だから…なんてな、いかにも曰くがありそうな条件づけがあったとするなら。」
 向かい合うように座についている皆の視線が自然と向いたのが、部屋の中央、卓の上へ据えられたままになっている…進の忘れ物。

  「そんな曰くに“炎獄の民”とかいうのも、どっかで関わっているんだろうか。」

 曰くありげな紋章つきのデカい砂時計と、それとまで中身を知っていたのかどうかはともかく、荷の持ち主へ届けにと出向いて…結果として誘い出されてしまい、拉致されてしまった進。そちらの一件の手掛かりは、彼の師範とこの包みの2つであり、
「進の生まれとかいうのも関わってることなのかな。」
 外の大陸から逃れて来た難民だったというけれど、その祖先は?“炎獄の民”とやらは滅んだ民だと語り継がれていたと葉柱は言ったが、もしかして滅ぼされかかった窮地から逃げ延びた者がいたというのなら、それが外海で血脈をつないでいた可能性だって重々ある訳で。蛭魔は、師範はともかく進の方はどうだか判らないと断言を避けていたものの、
「進にも用向きはあったらしいってのは、もはや間違いないとみていいんだろうしな。」
 そちらはそちらで、やはり手の込んだ誘い出しを構えていたことと、進の抵抗を警戒してか、かなりの手練れを待ち受けさせていたことをして、護衛陣営の撹乱などというような、ついでの手出しではないと思われて。まだ関わり方が曖昧な“炎獄の民”そのものに関しては保留しておくにしても、
「光の公主を知ってたって線からも、陽白の一族には関係してるみたいだよね。」
 普通一般には知る人のない存在だが、それに鍵のある単語がこうまでびしばしと飛び交っては、それこそが重要な鍵だと見なすのも道理というものであり、
「陽白の一族に関わる存在だから、セナくんを必要としているとか?」
「何かしらの遺恨あってのことならば、あの場で殺しても良かったろうからな。」
「またそんな乱暴を言う。」
 ちょっとばかり非難されて、だが、ふんと鼻先で笑った蛭魔だったのは、そこまでの無体は誰よりもこの自分が許さなかったけれど…と暗に言いたい彼なのらしい。
「ともあれ、連れ出そうとしていたのは間違いないな。」
 物騒な例えだが、殺そうと構えるならば、乱暴な話、城自体を攻め落とせばいい。物理的に城を打ち壊すような策を構えるのは無理でも、例えば毒殺だとか爆破に放火。攻めようは幾らでもあるし、どうあっても彼一人に絞れずに複数ほど不幸な巻き添えが出たとしても、誰を狙ったものかが判らなくなって、犯人にしてみればむしろ一石二鳥だろう。ああまでの接近が何の前触れもなく警戒させぬままに出来るほどの手腕をもってすれば、食事に毒を入れることなぞ、もっと簡単だったのではなかろうか。
「ともあれ、今日という日に意味があるなら、向こうさんもその行動にはあまり日を置かないかもしれないな。」
 今朝の今夜ではいくら何でも再来襲はなかろうと踏んで、セナを落ち着かせてやりたい意味合いもあって、今はすぐ間際にまでは人を置いていない状態になっている。それを思い起こした面々の内、


  
「「「………っっ!!!」」」


 導師の3人が、見事なくらいに一斉に立ち上がった。
「これって…。」
「ああ。」
「来やがったっ!」
 忌ま忌ましげに舌打ちをした蛭魔を筆頭に、それぞれの所作でもって…印を切ったり指を鳴らしたりをしつつ、3人が3人とも、あっと言う間にその身を宙へと溶け込ませて消えてしまったから、
「これは…?」
 そんな不思議な現象へは、まだ慣れのない皇太后様が声を震わせるほど驚いてしまわれたものの、
「彼らの十八番、瞬間移動という咒でもって、セナ様の間近まで翔んでいかれたのですよ。」
 こちらはまだ多少は落ち着いた声音で高見が説明を申し上げ、
「私もセナ様の傍へ参りますが、陛下はどうか、途中で立ち寄ります近衛連隊の詰め所にてお待ち下さいませ。」
 何故そのような必要があるのかは、彼の真摯な表情と、いつになく真剣な…切れるほどにも鋭い眼差しとが示唆していた。


  ――― 何者かが、今度はあからさまに咒を駆使しての侵入を果たしたらしいと。










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  *ややこしい理屈こねはやっぱり苦手です。
   でも、暑くなる前に、土台の地均しくらいは終わっとかないと。
   頑張っております、はい。