13
眸を開けたままなことに疲れては緩慢な瞬きをする。視野に入るのは投げ出された自分の手。頬や夜着越しの肌へと触れるのは、清潔なシーツや柔らかな枕の感触。ある意味で物理的な消耗でもある、精神的な力パワーの消耗と。衝撃的な出来事が立て続いたことから受けた、少なからぬ消沈ぶりとから、安静にしていなさいと勧められ、それからのずっと、横になっている。
「………。」
大きな衝動を受けて跳ね上がった心。動揺したままの状態で、必死で進の気配を追いかけて。それは危険な次空転移を連続で繰り返すなんて無謀をしたこと、追って来て下さった葉柱さんから叱られて。それから後は…覚えていない。薄れてゆく意識の底で、どんどんと遠ざかってしまうあの人の気配を、まだ何とか、何とか微かには感知出来ていたのだけれど。引き留められたことで呆我状態がほどけてしまい、解放されていた力が…本来制御をする瀬那の意志に律されるためにと収縮を始め。そんなところへ莫大な疲労にも追いつかれもし、そんなこんなで集中力も束ねることが出来なくなっていたし。疲労困憊という状態へとかけられた回復の咒の作用によって、否応無しに深い眠りへと引き摺り込まれて。そこで立ち止まるしかなかったセナで。もう手も伸ばせなくなってたし、せめての声さえ出せなくって。胸を裂かれるような想いで、ただただ消えてゆくのを見送るしかなくて………。
“…進さん。”
皆さんは自分が無事であったことを何よりだと喜んで下さったけれど。セナ自身はといえば…あれからずっと、不甲斐ないなと気落ちしている。何が公主様かとさえ思う。大切な人、たった一人を守れなかった。追うことさえ出来なかったし、それよりも前の話として、どこか様子が変な進さんだったことにさえ気づけなかっただなんて。
「……………。」
ベッドに横になったまま、食事も喉を通らないことで、皆様に尚の心配をかけていて。もうもうボクなんかと、何度も何度も深い悲嘆に押し潰されそうになっては、止まらない涙に枕が濡れた。警備上の関係とそれから、間近にあって寒いだろうからと、寝台は離して据えてあるものの。それでも大きめの窓からは、すぐ外の春の初めの優しい光に照らされたお庭が望めて。そろそろ夕暮れなのか、冬場よりも色濃い陽光は、木々や茂み、向かいの別の棟の美しい外観などへ、まるで蜂蜜のカーテンをかけているみたいに、淡く黄味がかった色を添えていて。今朝見た時はこちら側はまだ少し陰っていたかな。けれど、緑がずんと鮮やかになって来ましたねって、そうと言ったら、進さんは…にっこり笑って下さって。
「………(くすん)。」
何を見ても、何を思っても、あの優しい寡黙な人へとつながってしまい、そこからまた新しい涙があふれ出してしまう悪循環。毎朝、このベッドの傍らまで来て下さったこととか、ガウンをかけて下さった大きな手。細かいことへは不器用なのに、そぉっとそっと髪を梳いて下さる指の何とも優しかったこととか、間近から覗き込んで下さった、深色の眸の冴えた色合いが何とも頼もしかったこと。頬骨の少し立った、凛としていつつも精悍な面差しの男らしかったこと、響きのいいお声、その懐ろへぽそんと受け止められると際限なく安心出来た温かな匂い。
“進さん…。”
とってもお強い人なのに。そんな進さんが連れ去られただなんて。どんな怖い目に遭っておられるのだろうか、そもそもどうしてあの方がそんな奇禍に襲われたのだろうか。まさかまさか…自分のせい? 秘めたる力を持つ“光の公主”になってしまった自分。簡単に言えば あらゆる邪悪から存在や心を浄化する絶対の力を持つのだとの説明を受けたが、そんなことをされては困る立場にある、負界から紛れ込んでくる“邪妖”という忌まわしきものから狙われることになりもするのだそうで。そんな得体の知れない次元の何やかやに、自分だけでなく周囲の人をも巻き込む立場になってしまった、ということなのだろうか。
“…こんな力なんて要らないのに。”
望んでなんかいなかった。でも、世界には必要な力、必要な存在なのだよと言われて。何より、そんなことは関係なく“セナを”と好いて下さった皆様に、やさしく囲まれている安寧と至福に酔ってしまい、本来からは不相応な幸いに浮かれていたのかも。
「………。」
止まらない涙にぐすぐすと息をすすり上げながら、手のひらや枕や、それでは足りずに潜り込んでたお布団の襟元なんかで目許を拭ってしまっていると、
―――(……………。)
かさりと。本当に本当に微かな物音がした。室内に誰もいないのは、お傍衆の皆様が気を遣って下さってのこと。お昼頃に一度目を覚ましたおり、何とか頑張って関係各位の皆様にお話ししようと構えたんだけれど、そんなセナがあまりに痛々しいからと、それからあのね? セナが他人へばかり気を遣うのが まずはの基本になっているような子だと、重々知っておいでの方々ばかりだったので。誰かが傍にいると却って休息にならないことを懸念して、まだ危険かも知れないから完全な手放しではないながら、せめてセナの視野には誰の気配も入らぬようにという方向で、警備の方々の配置をして下さっているらしくって、
“…じゃあ、何だろ。”
危険な乱入者…という気配ではないながら、僅かほどドキドキしつつも、そぉっと身を起こして音がした方を見やったならば。こんな時でなくとも表情の乗らない、堅くて一文字のそのお口にタオルの真ん中を咥え、時折自分の前足で端を踏んでしまっては二進にっちも三進さっちも行かなくなりつつ。それでも何とか頑張って、絨毯の上、ずりずりと這って枕元まで進もうとしていた小さなお友達の姿が見えて。
「あ……。」
また何か、胸がきゅんと痛くなる。あんな小さい子なのに、自分も小さくはない怪我をしたのに。それでも、セナを心配してくれてる可愛い子。ベッドからそっと足を降ろし、ちょっとふらつきながらも進行方向へしゃがみ込めば、こちらの姿が目に入ってか、お顔を上げて“きゅ〜きゅぅ〜ん”と精一杯に切なそうな声を上げる、オオトカゲのカメちゃんを。両手でそぉっと掬い上げると、ベッドに腰掛け直したセナであり。
「ごめんね。カメちゃんも心配してくれたんだね。」
お膝の上に載せられて、やはりまだ傷の癒えない彼ちゃんなのに、セナの気落ちを案じてか、しきりときゅうきゅう切なげな声を上げている。どうか涙を拭いて下さいと思ってのことだろう、引き摺って来てくれたタオルを手にすると、それを使ってお顔を拭って見せて、
「ありがとね? 優しいんだ、カメちゃんて。」
こんな小さい子までが、セナが大好きだからと精一杯に頑張ってくれている。心配だとウロウロおろおろするばかりじゃあなく、何かして差し上げられないかと考えて、大変なことへも体を動かして。
“そだよね。ダメな子だってしょげてるばかりでは、何にも始まらないんだよね。”
あまりに目まぐるしい一日だったから、翻弄されるばかりで何が何やらで悲しいばかりだったけれど。そろそろ落ち着いて、そう、ちゃんと事態と向き合って考えなきゃいけない。自分のせいかも?と思ったなら思ったで尚のこと、その自分が、自分こそが進さんのこと助け出して差し上げなきゃと、なんで発想が立ち上がらない?
「そうだよね。ボクは“お姫様”じゃあないんだし。」
お姫様だったとしても勇敢な方のお話は一杯残っている。他でもない、自分のお母様や皇太后様だって、国を蹂躙せんとした邪妖に敢然と立ち向かった勇ましい方々だったのに。その血を引き、命を懸けて守っていただいた自分が、男の子でありながらいつまでもメソメソしていてどうするか。小さなカメちゃんをお膝に抱いた重みや温みに、向かい合うべき“現実”の感触を僅かながら感じたか。取り留めなく悲しいばかりだった気持ちが、少しずつ少しずつ形を取って固まって来たような気がして来たセナであり、
「蛭魔さんたちにも“もう大丈夫です”ってお顔見せなきゃね?」
それからご飯食べて、捜査や調査のお手伝いもして。そうそう、咒を使いこなす実践練習もした方がいいのかな。だって、僕がいつまでも“守られる”立場でいると、それだけ皆さんの手間だとか注意力だとかが余計に必要になるから。そういう負担を増やさせてしまうのって心苦しいし、こういう時に働けなくて何が公主様だよね? ………って、最後の見解はさすがに“そりゃどうかしら”という代物でございましたが。蛭魔さんが聞いてたらきっと、
『…光の公主ってのは、盆と正月とかお引っ越し限定で大活躍する便利グッズじゃねぇんだから』
くらいは言ったかも。(何やそれ/笑) それでも、随分と心持ちが浮き上がって来られたのは吉兆。ご飯を食べなきゃなんてことまで思いつけた浮上ぶりが伝わったか、カメちゃんも見上げていたお顔を下げて、セナ様のお膝に小さな顎を擦りつけて甘えるような仕草。大好きなセナ様がお元気になっただけで、彼もまた幸せになれるのだろう。幻の聖鳥、スノウ・ハミング。すっかりと和んで元通りの“仲良しさん”へ戻った二人の様子は、さながら。今の姿からは想像さえ出来ない純白の鳥の、その美しい翼が大きく広げられ、セナ様の小さな肢体を包み込んでいるかのようで。さあ、それじゃあお部屋から出ましょうかと、ベッドの縁から立ち上がりかかったそんな間合いへ、
――― バチィッ、と。
部屋がビリビリ震えるほどにも大きな衝撃が一瞬だけ走った。大きな雷がさして遠くないところへと落ちた時のような。空耳や気のせいかと思えるほどの、弾けるような短さだったけれど。その一瞬に途轍もない大きな力が炸裂したというような、そんな振動。
「セナ様っ!」
「ご無事ですかっ!」
すぐさまという反応で、外から扉を叩く音と安否を気遣う護衛の方々の呼びかけがあって。ああ、これは気のせいなんかじゃないと我に返り、
「は、はいっ!」
お返事をしながら、特に何ともなかったよねと、辺りを見回し、ベッドから立ち上がったその時だ。
「………え?」
ベッドからは遠い、窓のない面の壁が。むくっと動いた、ような気がして。
“な…。”
なめらかに真っ直ぐで、陰ひとつ浮かび上がらないのは相当の腕前をした職人さんが塗った証拠か。堅い漆喰を分厚く重ねた、何層もの塗りの壁であるはずなのに。そこだけが塗り立ての柔らかさ、まだ泥みたいなんだと思わせるような、ふにゃりという感触で盛り上がり、すぐさま平坦さを取り戻す。
――― ドクン、と。
心音を思わせるような、何かの胎動のような動きだったと思う。目の錯覚かな、そうと思い込もうとし、もう一度眸を凝らしてみたセナの視界へ、
“………え?”
見覚えのあるものが飛び込んで来た。壁へと滲み出した、煤のような靄のような、黒い汚れのようなものが音もなく すすっと集まり、何かの形になってゆく。温室での急襲にあった時も、あんな格好で賊らは侵入して来なかったか? ざわざわと、背条を冷ややかな何かが這い上がって来る。手に手にギラギラと危ない剣を構えた賊らが温室へ侵入して来たあの時と同じだと、意識下に沈んでた状況が朧げながら少しずつ思い出されていて。頼もしい高見さんの肩越しに見えた何人かの侵入者たち、何が起こっているのかが最初の内は鮮明に伝わって来なかった。でも、鋭い意識が徐々に周囲に張り詰め始めて。本気での剣撃が激しく交わされて、それから。何か…そう、強い咒を発動しているような気配が届いて来て。正体を隠してか仮面に覆われていた相手の目元、殺気に並ぶほどの強い意志を感じて、咄嗟に見てはいけないと叫んだものの、間に合わなくて高見さんが倒れてしまって。
“あの時と同じだ。”
全く同じ種の気配というのではなく、カラーというのか匂いというのか、カテゴリーのどこかが同じトーンの何か。それが染み出して来つつあることがひしひしと感じられ、
“………あ。”
壁に浮いた怪しい影から視線が外せないまま、脚が強ばっていて動けない。でもね、立ち上がった時に腕へ抱え上げたまんまだったカメちゃんが、セナの不安を感じてか、ひくりと動いたことで我に返れた。あの時と…温室で高見さんに庇われてた時と全く同じ。でも、今は、分かったことがあるからね。決意したこともあるからね。全部が全部、同じじゃない。
「…っと。」
カメちゃんを傍らのベッドの上へと降ろすと、えっとえっとと思い出す。怖いに追いつかれる前に、体や気持ちが臆病さからの萎縮に搦め捕られてしまう前に。動き出さなきゃ、駆け出さなきゃ、前と一緒だ。焦らないで、でも速やかに、頭の中を掻き回す。緊張していて手が震え、本のページが上手くめくれないような もどかしさと戦いながら。何を思い出したい自分なのかさえ、緊張のあまりに飛んでってしまいそうな逼迫感を宥めつつ。壁に浮いた影、睨みながらやっと思い出したものを何度も胸の裡うちにて反芻し、右手の人差し指と中指だけを真っ直ぐ伸ばして額へ当てた。
《 精霊たちの宿りし繭よ。我の和子を守りたまえ。》
少しだけトーンや韻律の異なった言い回し。種類としては簡単な咒であるらしく、そんな短い詠唱だけで…セナの額から光の粒がぽわんと生じ。彼の指先へと移った“それ”は、額から離れて差し伸べられた先、ベッドの上のカメちゃんをふわりと覆う。それを見届けてにこりと笑ったセナであり、
「いい子だから、そこにいてね?」
これは気配を消して、他の者からの咒の影響をも弾き返す作用のある防御の咒。これから何が起ころうと、この子に危害が及んではいけないからと、まずはと取った対処がこれであり、
「えとえと、確か…。」
次に取る策はと思いを巡らし、相手のあの赤い眸を思い出す。一流の剣士である高見さんが最も油断なきレベルで集中させていたであろう意識を、睨むだけで易々と封じてしまった奇妙な赤い眸。けれど、
“…ボクは不思議と影響を受けなかった。”
進さんへと変化へんげしたカメちゃんも、意に介さず動いていたっけ。そんな偏りがあった魔性の眸。自分に効かなかったのは、危機に際して立ち上がった自己防衛本能か何かがあったのかな。普通の人へは危険だと察知したものの、自分には効かない何かなのかな。それとも、
“咒の心得がある者には影響しない?”
カメちゃんの“変化メタモルフォーゼ”がそういう作用からのものなのかどうかは知らないけれど、高見さんと自分たちを分ける要素というとそのくらいではなかろうか。だったら、怖じけることはないと、肩が持ち上がるほどに大きく息をつき、身構える。扉をたたいて安否を尋ねる、係官の方々の声がなかなか止まない。何かしらの力が働いていて、外から扉が開けられないのだろう。これはやはり間違いなく…警備が厳重な城内だというのにも関わらず、的確に強力に、この自分を目当てとする何者かが、咒によっての強引な侵入を果たさんとしているということだろう。進をどこかへ連れ去ったのも、もしかしたらそんな強い咒を操れる人たちだという。同じ人たちなのかは今のセナには分からない。けれどでも、
“そんな偶然が都合よく重なるものか?”
セナが温室で襲われたのとほぼ同時に、セナのお傍づきの進さんもまた出先で襲われて拉致された。しかも、あの進さんがアシュターの聖剣を抜いてみせた抵抗を封じるほどの、強い強い咒を扱える人によって。
“…考えるのは後だ。”
柔らかな髪をふるりと揺さぶって、何かを振り払うようにかぶりを振り、壁の染みへと意識を集中させる。少しずつ大きくなる怪しき影は、だが。またしても むくりと壁ごと持ち上がったが、それ以上には入って来られないらしく。温室で見た時よりも形を取るのに時間が掛かっている模様。
“そうか、これって…。”
万が一のことを考えて、蛭魔さんたちが強固な防御の咒を厳重にも張っておいてくれたのだろう。それで、手間取っているのだとすれば………、
「セナくんっ!」
「チビッ!」
「無事かっ!」
三者三様、けれど どの方もそれはなめらかに。裾の長い道着を翻し、中空から颯爽と姿を現して下さったのは、セナには頼もしき導師様たちで。
「…君って、よもや偽物じゃなかろうね。」
「ああ"ァ? この部屋の結界を張るのに手を貸したのを忘れたか、ごらァ。」
こらこら、身内で揉めない。葉柱さんも、街で拾ったばっかな影響を早速にも出さない。いくら自分たちが敷いた防御が有効だったからったって、そんな余裕のお茶目を披露している場合じゃないでしょうが。
「…ん?」
向かい合ってごちゃごちゃやってる桜庭と葉柱に背を向け、早速にもセナの間近に寄っていた蛭魔は蛭魔で、
「寝台の上に何かの気配があるんだが。」
「あ、それはカメちゃんです。」
気配は感じるのに…彼にも姿が見えないのか、ベッドを見回しながら怪訝そうに眉を寄せていた黒魔導師様。セナからの声へ…顔を上げると、
「もしかしてお前が、消気の咒をかけてやったのか?」
確かめるように訊いてやり。こくりと頷いた小さな教え子へ、その手を伸ばすと、
「はやや?////////」
もしゃもしゃと髪をいじくり、続いては首ごと回す勢いで、その頭をぞんざいに撫でてやる。素直な褒め方を知らない人。お勉強中の実習でも“出来て当然、出来なきゃ雷”というスパルタを貫き通してた先生が、いい子いい子と、これでも褒めてくれたらしい。セナ本人がそうと気づいた途端という間合いで、ふいっと手を離して…問題の壁へと向かい合う。
「せっかく隠してやったんだ。お前はそっちへ集中してな。」
見えないが故に敵から踏み潰されんように気を遣ってやれと、この咒の盲点をさりげなくも鋭く指摘して、きゃああとセナ王子をちょっぴり青ざめさせた辺りは、いつも通りの彼だという面目躍如。くるりと背を向け、向こうでもお茶目はとうに引っ込めて、壁を睨んでいたお仲間と合流する。
「4、5人。」
「だな。」
「自信があるのか、頭数が足りてないのか。」
迫りくる気配を読み取っての、手短な会話。壁に浮かんだ影の数がそのまま侵入者たちの数ではないらしく、しかも、四方へと視線を配っている彼らでもあり。
「さすがに天井や床からは無理だったらしいな。」
「遠隔転移では、厚さの予測が立てにくいからだろうよ。」
直に触れている壁を抜けてくるのではなく、遠いどこやらから一気に飛んで来るという“次空転移”を敢行しようとしている敵であり、厚さ云々というのはあくまでも蛭魔の思いつきから放たれた単なるジョーク。
「陽白の聖咒が満ちた遺跡を土台にした城だ。縦方向へほど結界抵抗力が強いからな。」
大地に流れる気脈を集めて、城の中枢部分を伝わらせ、そのまま天へと吹き上げさせるような。そんな噴水&シャワーのような作用が働くようにという、特殊効果を持った設計が、本来は為されてあった城であり。長き歳月を経ての増改築やら補修やらで途切れていた箇所があったのを、この2年できっちりと整備し直したので。いざ防御をと構えたならば、かけた咒は城自体と共鳴し合い、その効用を倍加させる。
“頭上や足元ってのは、間近なのにもかかわらず、最も予測をしない方向でもあるからな。”
まあね。人ならぬ存在や壮絶な修行を経て“人”を超越した者とかが、尋常じゃない能力を繰り出さない限り、唐突に出現出来る位置じゃあありませんからね。現れたならそれは途轍もない存在だってことであり。よって、より強く警戒して防御もしなきゃということからの対処でもあるのだろう。
「…来るっ。」
セナを取り囲むように背中を向け合い、3人がそれぞれに最も強い気配へと意識を向ける。時間稼ぎは十分に果たした結界がとうとう力尽きたのか、壁がそれまで以上に“めりめり…”と力強く盛り上がる。そんなものが埋まっていたのかと錯覚するほど、視覚的な存在感という強さをも発揮して。ゴムのような弾性のある網目の結界が、壁から漆喰をばらばらと落としつつも、侵入者の強引さを最後の抵抗でもって引き留めているのが判り、
「………凄い。」
搦め捕られた賊たちが、肘を張り、腕押しをし、と。気合いを込めた唸り声と共に、正に“力技”にて押し入って来た感があり。単なる布石、前以て張っていた防御の咒だけで、まずはこうまで侵入者たちを手古摺らせている物凄さ。とはいえ、
――― ………っっ!!
姿が見え出してからは、勢いづいての一気呵成。あっと言う間という突入を果たしてしまった相手陣営でもあり。
「なかなか手ごわい障壁張ってくれてたけれど、逃げもしないで待っててくれたとは嬉しいねぇ。」
突入して来たのは5人だけ。どれも屈強頑健そうな上背を思わせる男たちであり、頭に髪を隠すための布を巻きつけ、目許にはやはり顔を半分ほど隠す仮面。今朝方やって来た面々と違うのは、深色のマントをまとい、体をすっぽりと覆っていることであったが、自分の腕でそれをからげ上げ、胸から下げたプレートや異民族のものならしき装束をあらわにした彼らであり、
「誰かが触れたら発動する結界。でも、一度発動し始めたら、手掛けた術者でないと通り抜けは不可能。そんなとこだったんじゃないの?」
正面の壁からまず最初にと現れた男が、どこか相手を軽んじるかのような口調でそうと決めつけての言いようを並べ、
「可哀想にね。俺らの近づく気配を感じ取れても、ここから逃げ出せなくて怖かったでしょう? 公主様。」
口角のかっちりとした口許が、同情を込めて…こちらの構えた策への弱点をあげつらった上で、そんな風に言ってのけたが、
「余計なお世話だっ!」
………おおう。口を開きかかってた蛭魔さえもが、先んじられたことから思わずの反応で肩をすくめてしまったほど、間髪を入れずという間合いでの怒号が放たれて。
――― え?
と。その声に覚えがあった導師様たちが、自分たちが背中合わせになることで築いた新たな結界の中を、肩越しにそろりと振り返れば、
「ここにおいでの導師様たちは、侭ならないことは力で薙ぎ倒すような無法な行いをする無頼の者たちから、偉そうに軽んじられるような方々じゃないっ!」
だから信じた。全く全然怖くなかったかと言えば…それはちょっぴり嘘にもなるけど、彼らへの信頼と、それから。自分の中で立ち上がりつつある戦意とを、少なくともお前なんかに蔑まれてたまるかと。彼には珍しくも攻撃的に言ってのけたセナであり、
「よくも咬まなかったな。」
表情や眼差しこそ咬みつかんばかりに鋭いものの、罵倒にしては丁寧な物言いだったのが、お行儀のいい彼らしいことだとしょっぱそうな苦笑をした黒魔導師様。腕をわざわざ伸ばしてやって、もう一度髪をまさぐるように撫で繰り回してやってから、
「聞いただろ? 少なくとも、こっから逃げようだなんてこたぁ微塵も思わなかった、頼もしい公主様なんでな。」
恐らくは初めて見た、強気のセナとその怒号に、小気味いいものを感じたらしき金髪痩躯の術師殿。クククッと愉しげに笑って見せつつ、道着の背後へ手を回すとベルトに挟んであった銀の守刀を手に取り、半身になっていた体を戻すのに合わせ、前へと向き直りながら三日月型の鞘を取り去った。小刀サイズの小ぶりな剣だが、空いた左手で握った柄から刃先へ、触れるか触れないかという間隔のままに刃を一気に撫で上げたれば。随分と細身ながらも頑強そうな、鋼の剣へとその姿が変わってしまう。それを勢いよく薙ぎ払えば、片側だけがからげられたマントの残りの半面がプレートの上ですっぱり斜めに切り裂かれており、
「今度はこっちからも訊きたいことが たんとあるんでな。このままお引き取りをってことにはなんねぇ“歓待”をしてやっから、受けてくれるとありがてぇ。」
ただただ守りに回ってばかりの自分たちじゃあないのだと、宣戦布告とも取れる言いようをしたれば、
「…ほほぉ。」
さっきからただ一人だけ、代表者でございますという雰囲気で口を利いていた男が。このきっぱりとした挑発へ、彼もまたその口許をクククッと強かそうな笑みにて吊り上げて見せ、
「これはまた光栄なことだねぇ。王宮づきの導師様方がお相手下さるか。」
咒を操っての侵入者なのに、体の前でもみ込むように合わせた両の手の…太くて節の頑健そうな指や、骨の立った大きな拳の何とも雄々しそうなことか。
「こちとら、腕には覚えのある身。公主様ともう一つ、何としてでもいただいて戻らねばならんものがあるのでな。手加減は無しで かからせていただくよ?」
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*こ、こんな途中で続いてすいません。
続きはすぐにも書きますので、平に平に…。 |