遥かなる君の声
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     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

          




 先の邪妖との死闘を乗り越えた騒動の中で、陽白の眷属“光の公主”という存在に覚醒したセナ王子ではあったのだけれど。成程、感受性の豊かな方なので、大気のはらむ生気や精霊の気配などという、微細繊細なものを容易に読み取れる気質をお持ちでもあるのだろうけれど。世に生まれ出
でてからの結構長い間を“普通の平凡な一少年”として生きて来た人なものだから。この大陸に古くから伝わり、今現在も脈々とその存在を信じられているところの“大地の気脈”や、それを操るための“咒”というものには、他人事レベルの把握しかなく。それらを呼吸のように自在に操れるのみならず、彼自身の裡うちにも大陸全土が呼応して起動するに匹敵するほどの絶大なパワーを持つ…と言っても過言ではない存在になったというのに。制御どころか“まじない”の咒1つでさえ、全く知らない身だった彼だから。基本から徐々に大きな力さえ押さえ込めるよになる“咒”への、知識と実践というレクチャーを受けておく必要があって。それらを少しずつ彼へと授けているのが、冒頭の“序章”でお話ししてらした導師様たちである。今のところは3人ほどが“お抱え”待遇になっており、殊に、やはり先の騒動にて自分がセナ王子と同じ“陽白の眷属”であること…セナが覚醒するにあたっての手助けをし、その後の“光の公主”の補佐役をこなす『金のカナリア』という存在であったことを知らされたのが、金髪痩躯のいたって過激な性格をなさった、蛭魔妖一さんという黒魔導師様。
「ってことで、肉体を支配している方の魂は“魄
はく”といい、意志と肉体とを結ぶ“陰の生気”なもんだから、そいつが死ねば地中に潜るって言われてる。」
「…陰、の?」
 ひょこりと小首を傾げる生徒さんへ、細い顎を引いて“是”と頷いて見せたお師匠様。そんな動作にふわりと揺れた、発色の良い金の髪が、窓から差し込む春の陽射しにきらきらと光ってたいそう綺麗だ。
「前にも言ったが、現実世界に存在するものや事象には陰陽両方の素養が備わってる。物によってバランスはまちまちだが、どっちもないと“存在する”という契約の結びをほどかれてしまい、現世にはいられなくなるんだよ。」
 …っていうのが基本原理になってるのが、次から浚う“式神傀儡の咒”だと。ちょいとお行儀悪くも、お庭を向いた出窓の下の桟へと腰を引っ掛け、すらりとした御々脚の片方の膝を高々と上げての片膝立てという、自堕落な恰好になってるお師匠様。春めいて来ていても関係なく、一番好きなお色だという漆黒の道着を強かに引き締まった体躯にまとっておられ、
「ま、封魔傀儡の咒は、どっちかっていうと葉柱の専門なんだがな。」
 奴が展開するんだろう論旨とは、どうかすると別の入り方をする講義になるから、きっちり区別するのだぞと。古めかしい革の装丁を施された重たそうな専門書を卓に広げているセナへと言い置き、今日の講義はここで終しまい。もう足掛け2年にはなろうというこの講義だが、相変わらずに何にか緊張する彼であるらしく。今日はここまでと告げられると、思わずだろう“はふぅ”と吐息をついてしまう小さな生徒さん。そんな彼へ目許をやんわりと細めての苦笑をし、
「…なあ。」
 腰高な窓から身を浮かし、セナの座っている猫脚の椅子の傍らまで足を運んで来た蛭魔であり。授業が挟まらずとも目上の方だし、それにも増して誰彼の区別なく偉そうな人なもんだから。逆に…誰彼の区別なく腰が低かったりするセナとしては、
「はい?」
 応じはしたが…あんまり至近まで近寄って来られると、
“はやや?”
 あやあや、ボクったら何か粗相をしたのかな? 蛭魔さん、怒っているのかしらと、ついつい及び腰になってしまう相性も相変わらず。鋭利にして華麗な美貌とその威容を畏(おそ)れられるのも、悪戯であれお仕置きであれ、何をされるやら判らない恐ろしい人だと怖がられるのも、どっちも本領だから嬉しい反応だと捉えてしまわれる節の強い、何とも困った性分をなさってらっしゃるお師匠様だが、
“きっと先々で“カミナリおじさん”って子供たちから呼ばれるような、怖くて頑固なお年寄りになられるのかも知れませんね。”
 そだねぇ…じゃなくってだな。
(笑) 再び肩をすぼめつつの緊張した態度を取ろうとしかかる教え子へ、
「そんな しゃちほこ張らんでいいぞ。」
 今日ばかりは楽しげに“くつくつ”と笑いつつ、セナが咒の専門書をどけたばかりのお勉強用の卓の上へと腰をかけ、
「咒…だけに限った話じゃあないんだが。学問ってのは、手をつけ始めると幾らでもどこまでも限りがない代物なんだよな。」
 そんなことを唐突に仰有る蛭魔さんであり。はあ、そうですねと無難に相槌を打ったところが、
「幾ら教えているからったって、俺にだってその限度ってのには目星がつけにくい。ここまでで良かろう十分だろうってのは、それがどんな職種に就くかによっても違って来ることだからな。」
 導師様にも色々あって。村や町の教会で地域の住民たちに正しい教えを説いたり相談ごとを聞いてやったり、そんな生活の中で…大地からちょっとだけ生気を分けてもらって邪悪な気配への清めがささやかながら出来るという初級クラスから。主に戦乱の世に多い、攻撃系統の過激な黒魔術や はたまた負傷疾病を癒せる回復の白魔法といった、大きな影響が目に見えるほどの“特別な咒”を間断無く振るうことが出来たり、はたまた動物を訓練なく支配したり低級邪妖を傀儡に出来たりするのが中級クラス。そして、それらの他に…ものの一瞬で物体を遠隔地へ運んだり、自分を含む人間を移動させるという“亜空間移動”をこなせたり、やはり亜空間を経由させる“合”という強固な次元結界を張ることが出来る上級クラスまでと、そりゃあもう種々様々。
「お前の場合は、それを職業にする訳でなし。いつぞやのように、毛虫青虫に悲鳴を上げて、見境なく怪獣へ変身させちまう…なんていう突拍子もないことをやらかさないようにって程度の心得さえありゃいいのかもしれないが。」
 ありましたな、そういう騒動も。
(苦笑) 自分でも思い出してだろう、はやや…///////と恥ずかしそうに肩をすぼめた小さな公主様なのへ、再び…その目許を和んだように細めて微笑ったお師様。今更 昔話を蒸し返して叱っている訳じゃあないぞと、やわらかな髪を綺麗な手でぽふぽふと撫でてやり、
「もうそろそろ、うん、最低限に必要なことはこなせるようになってんだから。一応の修了ってことにして、何かあって困った時々に俺らを呼べって格好の態勢にしてもいいのかなって思ってな。」
 桜庭くんからのご意見に全面的に納得出来た訳ではないが、あまりに過保護なのも確かに問題かも知れない。間違いなく王族のお血筋の方ではあるが、そして“光の公主”というそれはそれは貴き力を持った人物ではあるが、だからと言って…宝石のように奥の院へと封じ込め、陽にも当てない勢いにて厳重に守られる存在ではなかろう。
“守りって点なら“王城一の剣士殿”だって洩れなくついて回るんだろうしな。”
 そんな、○リコのおまけみたいに。
(苦笑) 教える側にそういう心積もりが出来たということを伝えたお師匠さんだったが、
「う〜〜〜っと。」
 当の生徒さんは…少々複雑そうなお顔をしており、
「どした?」
 明日明後日というほどの急な話じゃあないぞと、宥めるような声をかければ、
「あのあの、でもボク、まだ何だか足りてないって気がするんですけれど。」
 さっき実例として出されたような、我を忘れるあまりに自分でも制御しきれない“咒”を発動してしまった…というような事態は、幸いにしてあれ以来 一度も起こしてはいないけれども、
「蛭魔さんや桜庭さんや、葉柱さんがいらして下さるから大事に至ってないのなら、そんな安心から伸び伸びと練習とかが出来ているのなら。あのその…。」
 いきなり補助輪なしの自転車に乗ってみろと言われてもというよな不安が、ぶわっとその小さなお胸に沸き立った王子であるらしい。
“…自転車って。”
 まだ早いかな? 時代考証から言うと。
(苦笑) 何かにつけて及び腰な王子様だし、対象になっているのが“咒”という特別で且つ、作用の大きなものだけに、尚更腰が引けてしょうがないのだろうけれど、
“成程なぁ。”
 過保護も考えものだなと、桜庭に急かされたお陰さんで気がつけた“盲点”へ、蛭魔もまた、あらためての吐息をその内心にて深々とついていたりする。ただ知識や技術をその身に染ませるだけではダメで、実践というものを重ね、千変万化な場合場合へと対処させ。突発時に際しても動じないほどの自信を身につければ、自然と見えて来るのが“自立”という最終地点へのステップアップだろうにね。失敗を恐れる小さな背中を見かねては、ついつい“俺がフォローしてやるから”としゃしゃり出てしまい、怪我のないよう怖がらないようにと安心させて過保護にも庇い過ぎた反動で、この王子様を尚のこと気の弱い子にしていたのかも知れなくて。

  「…要は自覚だな。」
  「自覚、ですか?」

 セナの克己心に何とか奮い立っていただこうと、分かりやすいように“おまじない”を唱えてやる。
「ああ。自分の大変な力量を怯えもって把握するんじゃなく、それへの覚悟と自信。自分の立場や力に対して、お前がいかに腹をくくれるか、なんだよ。」
 全然何にも出来なかったものが、この頃ではどうだ? いちいちあーだこーだとまでの指示を出さなくとも、最善の咒を何とか思いついては繰り出せるようになっている。応用力はまだまだだが、そんなもんは目先の話で、何をしたいのかを見失わなきゃ、とんでもない間違いまではしなかろう。
「何をしたいか…。」
 自主性がなかった訳ではないけれど、それでも…このお師匠様のように、人を後ろざまから蹴り飛ばしてでもというほどには、自己主張も強くはないセナ様だから。むしろ、あくまでも利他的な子であっただけに、何をしたいかなどと言われても頭の中が真っ白になるばかりらしかったが、
「難しいことじゃああるまい。」
 蛭魔はくつくつと笑って見せて、
「例えば、誰かを助けたいとか支えになりたいとか。あんまりあれこれ欲しがらないお前が、時々切実に望んでたよなそんなことも、立派な“したいこと”じゃねぇのかよ。」
「あ…。///////
 何でそこで赤くなるのか、物凄く局地的な対象への“望み”を連想したらしいセナだったようだが、ここは武士の情けで見ぬ振りをした金髪痩躯のお師匠様、
「そん時に、気持ちが偏ったままだったら、咒を使ってどんなに素晴らしい奇跡が起こったって、却ってとんでもないことになりかねねぇってのは判るな?」
「はい。」
 それはそれは凛々しくて、誇り高き誰かさん。寡黙だけれどとってもお優しくて、セナの力や何やをちゃんと認めて下さっているが、それと同時に、自分への過剰な手助けは決して嬉しいと思わない人だから。お世話をかけたと恐縮する傍らで、そんなにも自分は非力なのかと、とんでもない思い詰めをしかねない人だから。
“そっか…。”
 どれほどの力を発動しちゃうか判らないからって、そんな不安ばかりが先に立っていてはいけないし。そうかといって気ばかり逸って闇雲になってもいけない。どっちにしても落ち着いて状況を見渡せるような平常心とか、それを支える自信…自分への強い信頼とかが必要だってこと。
「ボク、頑張って自信つけますっ。」
 決意のほどを込めてだろう、むんとばかりに ぐうに握られた拳が…却って可愛らしかったが。まま、自立しなくちゃということを前向きに捉えてくれたのは儲けもの。いざという時はこれで結構 頑張り屋さんなセナだから、ゴールが出来たことへ萎えることなく張り切ってくれそうな手ごたえを感じつつ、
「…だからって、とある大馬鹿野郎が“このくらいを心得とけばもう十分なんじゃないか”なんて言ってたりするんだが。」
 それは聞く耳持つ必要はねぇからなと、ちょっぴり意味不明な妙なことを付け足した蛭魔さんでもあったのが、
「???」
 セナ王子の小首を再びひょこりと傾げさせたのだった。
(苦笑)






            ◇



 さすがは世界に名だたる、歴史ある大国の首都城下であるだけに。街角の風景や空気、雰囲気も、清潔で明るく、住まう人々のモラルも高く。治安の良さは白眉のものだが…とはいえ、完璧なものはこの世にないとの理には逆らえないのか。それとも、
“これでバランスが取れているのかねぇ。”
 ひょいと路地裏に入って奥まった辺りへもぐり込めば、これもまた大きな都市ならではの“必要悪”か、少々怪しい界隈が視野に広がる。

  “…おや?”

 見失ったかなと辺りを見回す彼を、辺りにいた人々もさりげなく、若しくはあからさまな挑発の眼差しで睥睨して来るのは、彼の身なりが身なりだったから。特に決まった色柄デザインがあるというものでもないながら、彼がその身にまとっていた衣装服装は、そのままその職業をやすやすと想起させる代物だったし、
「随分とお偉そうな導師様がこんな吹きだまりに何の御用ですよ。」
 間近の壁に凭れて立ってた、いかにも挑発的な面構えの若者から、そんな声をかけられて。ああそうか、錦の道着じゃあなと、本人も苦笑する。
“いかんな。世間知らずは随分と鍛えられたつもりだったが。”
 その舞台が城内でのやり取りでというのでは、やはり高が知れていたのだなと、先の秋からこっちの自分の生活ぶりを少々反省していたのは、直毛の黒髪を少しほど長めに伸ばして前髪をグリースで立てたという、導師様にしては少々洒落者の若い青年。かっちりとした生地での仕立て、直線ばかりで構成された仰々しい型の道着に、されど鎧われ負けしている印象はない充実感のある体つき。そこまでは気づけなかった若造たちが、面白い獲物が向こうから飛び込んで来たと言わんばかり、お揃いの横柄そうな態度でぞろぞろと周囲へ集まって来かけている気配を感じて、

  “こいつはしまったな。”

 彼がついついこんな場違いなところに足を運んでしまったのは、見覚えのある包みを小脇にして、逃げるようにこそこそと道を急いでいた、数人の輩たちに注意を引かれたからだ。鹿革の包み自体には見覚えとてなかったが、その側面へと型押しされていたのが、知り合いの武具や持ち物に見たことのあった、少しばかり風変わりな紋章だったから。教会にての白の祈りを捧げられ、破邪封魔を司る咒詞を刻まれしアシュターの大太刀を振るう、豪腕の剣士。光の公主様の後背に常に控えている、慎ましやかな…割に重厚な存在感を凛然とまとった、王城最強の騎士。進清十郎、その人の紋章ではなかったかと気になっての追跡であり、
「いつまでも追っかけて来る俺を撒こうとしての采配だってのは見え見えだな。」
 今やすっかりと彼を取り囲むように、ぐるりと丸い輪になっている若い衆をちろりと見回した導師はだが、さして怖じけているような様子ではなくて。余裕さえ感じられるような口調でそうと言い出し、間近に迫っていた気の短かそうなのが“ああん?”と顔をしかめて睨み上げて来るのへ鼻先でふんと笑い返してやると、

  「見ず知らずの遺恨もない相手へあんまり乱暴はしたかないが、
   邪魔だてするなら容赦はしない。
   導師ってのが皆、教会で説教する奴ばっかじゃないってこと、
   良い機会だから思い知りな。」

 存外大振りの両手を、胸の前にてぎゅぎゅうと揉み込み握り締め、どちらかといえば…不謹慎にも嬉しそうなお顔になって、戦闘態勢に入った導師様こと、葉柱ルイさんだったりするのであった。………こんな場末で何してんの、あんた。
(苦笑)









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  *相変わらず、ゆるゆるとした話運びですみませんです。
   登場人物が増えたので、
   ついついあれもこれもと書きたいことが多すぎてvv