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北の国・王城キングダムにもようやくやって来た、やさしい春の日和のように。それは穏やかで安寧な、何事もなかった昨日の続きにすぎない今日だった筈なのに。王宮の奥向き、禁苑でもある筈の内宮にある温室へ、不思議な咒でもって突然現れた謎の賊たちに取り囲まれたセナ王子。所用があって不在の進さんに代わっての護衛についてて下さってた高見さんを、何かしらの術で昏倒させた怪しい一団の狙いは、どうやら“光の公主”たるセナ王子であるらしく。一応の勉強は積んだものの、さしたる咒もまだ満足には扱えないセナ殿下、これはしまった、いきなり無防備になってしまったという、そんな絶対絶命の場に、彼の楯となるべく現れた屈強な人影は…どこから見ても進さんだったが、その実体はどうやら。
「………カメちゃん?」
セナがここでの逢瀬を毎日の日課としている、ドウナガリクオオトカゲ…の姿をした、実は“スノウ・ハミング”という聖鳥さんであるらしい。彼は不思議な能力をいっぱい持っており、殊に最近になってご披露下さったのがこの“変化へんげ”の術で。春に芽吹いた新芽を食べると、その特別な生気の力を借りて自分が知ってる人へと変身出来る。大概はセナ様への変身をして、可愛い子供同士、甘えかかって来るばっかりな彼だったのだが、今のこの窮地に於いては、非力なセナ様になっても意味がない…と思ったかどうか。彼なりに頑張ったらしく、抱えてもらっていたその腕から飛び出して、変化に選んだ姿は何と、セナが一番に信頼を置いている、頼もしい護衛官の進清十郎さんのその雄姿。
「……………。」
これもやはり見慣れた所作にて、がっつりと引き締まったその腰に提げてあった大剣を、頼もしい腕で軽々と引き抜く姿の何とも凛々しいことか。一切声を放たないところがまた、その寡黙さによって重厚な存在感を尚のこと際立たせてもいて、
「がぁっ!」
どっちが人外なのやらというような、獣じみた叫び声と共に凶器を構えて突っ込んで来た賊へ、
「…っ。」
片腕だけで振り上げた重々しい大剣にて。やはり腹あたりへ堅く握って構えられた、そちらは短い剣の切っ先を、ギャリンっという火花つきの鋼同士の擦過音と共に弾き飛ばし、返す剣の手元の柄にて、賊の胴を薙いで遠くへと払い退ける。剣をさして大きく振り回さない、腕も足運びもコンパクトにまとめた所作なのも、あの護衛官殿がいつも見せていた、無駄のない、効率のいい所作そのままであり、これを単なる“変化”と呼んでもいいものなのだろうかと感じるほどの見事さだ。
“そっか…。”
自分がカメちゃんを抱えて遊んでいる傍らには、いつもいつもおいでの進さんだったから。カメちゃんの側でもすっかりと、気配をなるだけ消していながらも隠し切れないその存在感や、威容あふれる凛々しきお姿、仕草のくせ、動作などなど、しっかと覚えてしまっていたに違いなく。実際にこうまで真剣な剣さばきを彼のいるところで披露したことはなかった筈だが、そこは不思議な聖鳥のカメちゃんだから。日頃の機敏な体さばきなどから、このくらいの鮮やかな太刀筋を見せる人だろうというのが判るのに違いない。それとも、彼の体躯を寸分違いなくコピーしたことで、その素材が最も的確に機能する動きとやらが、自然と滲み出して来たとか? 強靭な睥睨を周囲に居残る賊共へと巡らせると、彼は滑らかな動作にて屈み込み、すぐ足元に倒れていた近衛連隊長さんをやはり片腕だけで抱え上げる。崩れ落ちるようにその場へと倒れた高見さんは、怪我などは負っておられないご様子だったが、そのままで鍔競り合いの最中に身を置いていては危ないと察したからだろう。視線も注意も動かさないまま、堂々の厚みを保持したままな態度が、まだ四方に散った格好で健在な賊たちの足の動きを釘付けにしており、その隙にとセナのいる方へ連隊長さんの御身を差し出す。上背があってしっかと鍛えておいでの彼もまた、充実した体をなさっておいでなので、
「あ…。」
両腕へ受け取った重さに負けそうになって、そのままその場へ崩れ落ちそうになったセナだったが、そこは危急の最中のこと。何とか踏ん張り、頑張って小さな肩へと支え上げ、身を寄せていた樹下まで引き戻って、さて。対峙を続ける彼らの方へと注意を転ずれば。
「…ほほお。」
賊らの頭らしき男が、こちらの様子に妙に感服したような表情を見せている。先程、セナがムッとした、それは尊大な一言を吐いた、初老くらいの年格好の男であり。突然目の前に現れた偉丈夫を、頭の先から爪先までと、しげしげ眺め回して見せてから、
「車輪紋の剣ということは、その姿…。」
やはり不意に現れたことへは何の感慨もないらしい彼の、妙に含むものを帯びさせたそんな呟きに。セナの方がハッとして息を引いてしまったのは、
“…どうしてそれを?”
今現在の“彼”が下げている大剣の鞘には、黒革の上への銀細工の意匠、大小の真円を二つ重ねて縁を片方接させたような、細い細い三日月の形が一番大きい文様として刻まれている。あの忌まわしい邪妖との対峙の中で、セナの身を魔性から守った銀の作用を及ぼした結果として、何故だか図案が変わってしまったのであり、その前に刻まれていたのが、輪廻や永遠を象徴する、車軸の多い“車輪”の文様。騒動の後にやって来た格好のカメちゃんは、当然見たことがない訳だから、直接見ていたこっちの意匠を“写した”のだろうに、この男は何故またそんなことを口にした? 自分でさえ“アシュターの聖剣”としか知らない大剣なのに?
“………。”
新しい困惑を抱えて眉根を曇らせるセナを庇っての仁王立ち。頑丈そうな楯として、立ちはだかる護衛官の姿へと、
「まとめてかかれっ!」
一人ずつの切り結びでは埒が明かぬと断じたか、束ねの男が命じて、残りの数人が一気に斬りかかって来る。思わずの事、ヒッと怯えて身を竦めかかったセナだったが、顔を伏せては、目を逸らしてはいけないと、歯を食いしばって見つめ続けた。だが、セナ本人は気がつかなかったこと。いくら姿や雰囲気は似ていても、これがあの護衛官さん本人だったなら、こうまで“怖い”とは感じなかったに違いない。
「哈っ!」
「せあっ!」
「たあぁっ!」
一度にと言われたところで、別々な角度からの急襲、寸分違わぬ同時にと間合いが合うものではなく。それにしては、まま揃っていた方な攻勢の、僅かなズレを順に把握し、真っ先に飛び込んで来た切っ先を弾いて、返す剣の峰にて次のそれを薙ぎ払う。最後の3つ目、少し踏み込まれた攻勢は、剣を握った腕の前腕へと添わされてあった籠手からのガード…金具の頑丈なプレートへこれも丈夫なキメラドーラという雄牛の革を幾重にも重ね張って鋲で留められた防具で切っ先を真っ向から受け止め、
「ひぃっっ!」
武器を封じられたその上に、こうまで間近になった対手へと、急襲した側の男が怯えて見せる。こちらは堂々と落ち着き払っていることが、気迫の差となって現れており、睨み合いになったその陰で、空いていた手を拳に握っての正拳を相手の胴へと繰り出せば、男はそのままその場で崩れ落ちた。
「こ、こやつっ!」
自分たちのように宙から現れた謎の助っ人。それが随分と手強ごわきことへ、頭目の男と、その傍らにいた残りの一人がやや悔しげに眉を顰める。その不思議な色合いの眸でもって、やはり妖かしの技を放ってもいるのだろうに、先程の高見とは違い、こちらの“彼”はびくともしないのもまた癪ならしくて。
“厄介なガーディアンが控えていたことだな。”
ここまでの侵入は許しても、最後の詰めでこうも手古摺るとはと、ここでようやく“さすがは王宮内宮の護りよ”と、歯ごたえを感じたらしき頭目だったが、だからと言ってそう簡単に諦める訳にもいかないのであろう。頭を護る防具の下、顔の半分を覆う仮面の目元に、血のような赤々とした瞳を光らせて、頭目殿が二の腕に添わせた…こちらも革の装具の下から勢いよく引き出したのは、巻き付けられていた縒よりが渦のように回りながら延ばされている細い紐。結構な長さがあるらしく、だが、一度も止まらないまま、バネを思わせる渦を描いて引き出されたそれは、最後の端が男の太い腕からやっと離れたその瞬間にふっと見えなくなり、
“え…?”
やはり油断なく相手の手元を見つめていたセナがギョッとしたのとほぼ同時、
「………っ!」
やはり声は上げないままなれど。弾かれるような動きで、大きくその身が揺らいだことで、異変を感じて視線を戻せば、
「カメちゃんっっ!」
肩口、二の腕を大ぶりな手で押さえて膝をつく偉丈夫の横顔が、相当な痛みに遭ってだろうキツく歪んでいる。肩当てがあった筈の場所を一気に貫いての、目にも止まらぬ攻撃が襲い掛かったのらしくって。弾丸のようと時折言い回しているが、実はまだ…小型なのに殺傷能力の極めて高い、個人戦・白兵戦用の“拳銃”という凶器は存在しない。ボウガンの素早さで、なのに道具も火薬も使わぬこの攻勢には、さしもの…進の体躯と能力をその身に写した“聖なる存在”にも予測がかなわなかったらしく、
「う………。」
傷を押さえた手の間から滲み出す血の匂いに、聖鳥としての弱点を突かれたらしい。その姿がぽうっと光ると、次の瞬間には偉丈夫の姿はどこにもなく、芝草の上に、黒っぽいオオトカゲが1頭、長々と伏している。
「何とまあ、こんな醜い生き物だったとはな。」
自分たちを見事に叩きのめし、ねじ伏せた相手の正体に、仮面の頭目が口元を歪めた。自分たちが負けかけていたことを棚に上げ、
「主人への忠誠は買うが、何とも無様なものよのう。」
「ほんにほんに。身の程を知らず、あのような立派な騎士に扮するとは滸おこがましい。」
クククと嘲笑する彼らへと、セナは全身の血が泡立つような憤怒を覚えた。何を勝手なことを言うのかと腹が立った。汚れた思惑や欲望という穢れに触れただけでその身が腐ってしまうとまで言われている、高貴で神聖な存在のスノウ・ハミング。本来ならば人が寄り集まる気配へだって怖いと思う繊細な聖鳥なのに。それが…間違いなく人を害するためにという思惑をもって侵入して来た輩たちを前に、どれほどの想いでいたか。それでも、大好きなセナを護ろうとして、恐ろしい剣の前に立ちはだかった彼だったのに。
「忌ま忌ましいことだったが、これで…。」
先へと運べるとでも続けたかったらしき連中が、ハッとして息を呑む。柔らかな芝草を踏み締めて、身を隠していた樹下から出て来た人影。屈み込むと平たい体を伸ばしたオオトカゲへと手を伸ばし、傷を負ったところが痛むのかびくりと震えた反応へこちらもその手が一瞬止まったが、ややあってそぉっとその腕へと抱き上げてやる。かすかな声で“きゅうきゅう”と、甘えるように哀しげに鳴く彼を見下ろしているのか、前髪の陰になった顔はよく見えなかったが、
「光の公主、セナ殿下ですな。」
まだまだ幼く、腕も脚もほっそりとした、いかにも儚げな肢体の小さな少年。その両の腕へオオトカゲを大切そうに抱えた姿がまた、幼子が大人からは取るに足りない何にか打ちひしがれているかのような、何とも頼りない様子に見えて。
「突然の来訪で怯えさせましてすみません。ですが、我々はあなた様に用がある。どうあっても おいでいただかねばならぬ用向きがね。」
真っ当な手順を踏まない訪問とお誘いなのは、急を要するからかそれとも、こちらの陣営からはそんな招聘を到底受け入れてはもらえぬ自分たちだと、重々分かっていたからこその強襲か。語調の強引さから察するにどうやら後者であるらしく、
「ささ、そのような汚らわしきものなぞ捨て置いて、こちらへ…。」
優美に取り繕って、自分の胸の前へ手を伏せて見せた輩へと、
「………勝手なことを、言うなっ!」
日頃の王子を知る者にも、恐らくは初めて聞くこととなったろう金切り声で。喉を裂くような勢いにて、激しい怒号を上げたセナであり、
「よくも…よくもこの子や高見さんへ無体を働いたなっ! しかも何だ、その傲慢な言い草はっ!!」
俯いたままの小さな体が、怒声を放ちながら…同時に何かしら、実際に周囲へ波及するような威力のある波動をも放っている。彼を中心に、周囲の植物や芝草が、ゆらゆらと震え、うねり、木々の梢に留まっていたインコたちが、それまでは気圧されてか黙っていたその堰を切ったように一斉に、不安げに囀さえずり始める。
“風か? いや…こんな中では空気の循環はないぞ。”
吹き付けて通り過ぎるものというよりも。放たれたまま叩きつけてくるものという勢いがある何か。少しずつ強さと厚みを増す、その何かは、
「………っっ!」
セナが顔を上げたと同時に、
―――――― どんっっ!! という
分厚い重さと逃れられぬ大きさを伴って襲い来た。人が一人、足元から浮かんで吹き飛ばされるという現象は、そうそう容易く起こることではない。台風などの強風で、足元を浚われて転ぶ、立っていられないということはあっても、その身が舞い上がるとなると…堤防に打ちつける高波レベルの破壊力パワーが必要で。よって、
「………なっ!」
一気に数m、出入り口が設けられた壁のところまでという距離を軽々と飛ばされた事実を彼らが受け入れるのには、少々の間がかかったほど。形は無かったが何か…抗えない固まりに突き飛ばされ。押さえ込まれたままに、そこまでを飛ばされた。顔を上げれば、少年の全身が淡い光をまとっており、髪や衣装がゆらゆらと揺れている。彼自身の体から、何かが止めどなくほとばしっており、この威力とは別の何かしら…威容のようなものまでも。そこから滲み出させているようで。
「驚くほどのことでもないぜ。」
愕然としている賊どもが背中を張り付けているドアを、外側から思い切り叩き開けたのは、
「わわっ!!」
「ひぃいいぃぃっっ!!」
耳をつんざくような銃火器の掃射音の雨あられ。先程“銃はまだない”と言ったばかりなのに、人の気も知らないで。扉に使われてあった硬い材質をいとも容易く粉々に粉砕して吹っ飛ばし、薄い肩の上、ガトリング砲を改造したような細身のマシンガンを担いでのご登場は、
「妖一、セナくんたちに当たったらどうしたのサ。」
乱暴なんだからもうと非難する桜庭さんを従えた、セナ様専属の黒魔導師、蛭魔妖一さんであり。お仲間からの窘めはあっさりスルーして、
「光の公主たるもの、陽界全土の覇者であっても良いほどのパワーを蓄えているのだからな。それを自在に扱やぁ、お前ら如きの歯が立つ相手じゃない。」
ホントに自在に扱えればなと、心の中でこっそりと苦笑しつつ、
「遅れを取ったが、俺らが来たからにゃあ、お前らただでは済まさんぞ。」
間近からじゃきりと構えられた簡易砲台に、
「ひぃいぃぃっっ!」
腹心らしき部下が身を竦めたが、片やの頭目はさすがリーダーだったというところか。くぅと悔しげに表情を歪めはしたが、見苦しくも慌てる様子はなく。座り込んでいたそのまま、後ろ手に芝へと突いていた手で草の塊を握り込む。すると、
“え…?”
そこを中心に、広々とした明るい芝生の上へ一気に広がったのは放射状の網目。まるで川面に投網を投げたように、さあぁっと地面いっぱいに浮き上がって広がったのは…後で判ったが芝草の地下茎で。セナの傍らへと先んじて駆け寄りかけていた桜庭の脚を追い抜くほどの素早さには、間に合わないかと正直ゾッとしたのだが、
――― 吽おんっ!
まだ咒の高ぶりをその身に孕ませていたセナ自身が、咒言一喝。自らに迫り来たその網目の突進を、光のベールによる障壁で弾き返したため、何とか事なきを得た模様。
「チッ!」
もはやこれまでと見切ったか、賊はその覇気を素早く内へと格納する。と、
「あ、待てっ!」
温室内部のそこここで伸びていた仲間たちをも連れての気配の暗転。どういう咒を使ったやら、あっさりとこの場から姿を消してしまった彼らであり、
「実体があったのはあの頭目だけだったのかもね。」
「どうだろな。剣を切り結ぶ気配もあったろうがよ。」
此処へと駆けつけながら拾った気配。あの進と互角なまでの腕をした高見が倒れているほどだから、たかが幻影が相手をしたとは思えないと、蛭魔は肩を竦め、担いでいた砲台を傍らへ放り捨てて、ざくざくと芝草を歩む。まだどこか緊張が解けないらしいセナが、南国産の樹下にて、健気なくらいに背条を張って立ち尽くしており、
「もう良いぞ、チビ。」
張り詰めさせてる“気”を解けと言葉にして言ってやる。混乱し切っていて何をすれば良いのかが判らない状態にあるのかと思ったのだが、
「それが…。」
薄い胸や肩がしきりと上下しているのが見て取れた。
“…まずいな。”
緊張が解けず、過呼吸を起こしかけている。くせのある黒髪がふわりと立ち上がっていて、彼を取り巻く光のヴェールの圧も下がらない。まだまだ一人では安定したコントロールがこなせない彼だったものが、いきなりこんな“実戦”に遇ってしまったものだから。怒りかそれとも防衛本能からか、気の高揚から一気にここまで嵩めることが出来はしても、解除法までは判らないのに違いなく。
「寄るぞ。」
ぐんと踏み込む勢いをつけて近寄れば、見えぬ障壁が押し返そうとする抵抗が全身へかかったものの、こちらを見やる瞳の色合いは黒みを潤ませて切実なSOSを浮かべている。手のかかる弟子だという苦笑混じりに、白い両手を伸ばすと柔らかな頬を包み込んでやり、上になった親指を揃え、その腹で眉間をそっと撫で上げてやれば、
「あっ!」
一瞬、パチンと静電気のような軽い衝撃が髪に頬にと走ってから、その身をピンと強ばらせていた緊張のようなものが、一斉にどこかへ引くように消えた。あまりに一気にだったので、力が萎えた小さな体を腕の中へと受け止めてやり、知らずこちらも小さく溜息。セナ様の肩の上へとよじ登っていたカメちゃんが、きゅうきゅうとか細い声で主人の安否を問うており、そんな彼らの傍らでは、
「怪我はしていないようだけれど、一応救護棟へ運ぼう。」
意識の戻らない高見の容体を看ていた桜庭が、長身な連隊長さんの腕の下へ肩を入れて、担ぎ上げてやっているところであり、
“………。”
ああ、と。小さな公主様が細く細く吐息をついた。最も頼りになる護衛官殿が居なかった隙を突かれたとはいえ、近衛連隊長さんだってそれなりに国を代表するほどの凄腕。真っ当な対決だったなら、きっちりと畳めていた筈であり、あんな人ならぬ存在の急襲なぞ、そうそう対峙することではないだけに、生きた心地がしなかった彼なのだろう。
「…ボクも、もうちょっとくらいは咒で戦えるようになってなきゃいけませんね。」
何とか振り絞られた声。温室から出て行きかかっていた桜庭が足を止めたのは、優しい言葉をあんまり知らない黒魔導師さんが、怖がりで気の弱いセナだというのにも関わらず、何か突き放すようなキツイことを言い出すのではないかと恐れたから…ではなかったらしい。というのも、
「そりゃあ難しいところだな。」
そんな風な、少々曖昧な言いようをした蛭魔だったからであり、
「言い訳に聞こえるかもしれないが、奴らの侵入に俺らがすぐさま気づけなかったのは、連中が咒や何やに飛び抜けて優れていて魔の気配を消してたからじゃあない。」
「え?」
意味が判らず、意表を突かれたようにきょとんとするセナへ、
「あいつらが、邪の気配を帯びた“負体”関係の存在じゃなかったから、
先にガチンコしたような、魔物や邪妖じゃあなかったからだ。」
………蛭魔さん、蛭魔さん。今時の読者様方にはすんなり届いて通じるとはいえ、時代考証を考えるとやはり、そういう特殊な言い回しを使うのは出来るだけご遠慮いただきたいのですが…。
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*………って、リアクションそっちかい筆者。(苦笑)
ほらね、書いても書いても終わらないが始まったぞ〜。
進さん救済みたいなつもりでネタを切ったお話な筈なのに、
肝心な本人が全然出て来てません。
書いてる本人が、一番寂しいです。
おっかしいなぁ………。
*あ、それと。
原作の蛭魔さんがカラーの時に赤い目だったことがあったそうで、
それで、彼の目を“赤い”としているサイトさんも多々あるそうですが、
すいません、ウチの子は淡灰色ですんで、
も一個のパロでは金茶色ですんで…違うということで悪しからず。 |