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見覚えのある紋章つきの、品の良さげな鹿革の嚢を抱えてこそこそと。いかにも“逃げ足”ですという歩調で人目を避けながら去ってゆく輩たちを、城下の街路にて、葉柱がその視野に収めたのは、実は全くの偶然からのこと。深い雪に阻まれての城住まいが長引いているが、そろそろそんな状況からも解放される。城塞に囲まれた極北のこの都市へも少しずつ、遠い土地からの春の便り、様々な作物などが届くにつけ、交通を制限していた白い難物が本格的に退き始めていることが判るから。故郷であるアケメネイに戻る準備を始めねばと思ったその手初め、時折送っている“伝信”にて、こちらの息災ぶりを伝えんと、城塞の外、外苑まで出ようとしかかっていた彼であり、
“何せ、ここには一級の防御封咒が掛けられてあるからな。”
さすがは首都だからか、相当な広範囲を一括して封印なり浄化なり防御なりするための大掛かりな咒をどんと掛けられてある。触れた端から命まで落とすというほど強烈な代物ではないが、それでも…個人の念波による意志通信、別名“伝信”というささやかなものだと、そうそう簡単に通過しないのが困ったもの。城塞の外まで出なければならないのが手間と言えば手間ではある。といいますか、
“手紙ではいつ届くやら。それに、確かに届くのかどうかも判らん土地だしな。”
相手はあまりにも遠い。はっきり言って“山の彼方の空遠く”地平線の向こうほども遥かに遠い地にいる家族へのもの。目の前にいるよな存在へならともかく、そこまでも遠い土地の相手へ意志を飛ばすなんて、本来ならば…特別な陣を描き、形式に則った咒を詠唱してという手順を踏まねばならない大掛かりなこと。それなのに“伝信”でやり取り出来る葉柱さんであり………そこまで出来るのに、ちょこっとのお出掛けくらいなんですよ。何を面倒がってるんだか。何か特別なことが出来る人は、物事の順番も一般人とは違うもんだという良い実例なのかも知れません。(おいおい)
“それこそ、カメに伝書鳩をやってもらうという手も無くはないのだが。”
向こうに戻ったが最後、人里はもう懲り懲りですと、帰って来てはくれないかもしれないし。
“…あ、いや。それはないか。”
セナ様にああまで懐いている子だからな。だが、それを思ったすぐに“だからこそ、お使いになんて出せないよな、あれじゃあ”というのも同時に想起してしまい、公主様へそれはそれは愛らしくも甘え倒している不思議な小動物の今日この頃へ、ついついの苦笑が洩れた葉柱だったのだが。
「あれって…。」
Xに掛け合わされた2本の洋剣と、その柄のところに片翼ずつ、白抜きの翼が刻まれた珍しい意匠の紋が、特に何へと目を凝らしていた訳でもない葉柱の目を引いたのは。それ自体が珍しい紋であったことに加えて、それを身につけていた人物もまた…稀にない個性と立場の人物であったからに外ならない。生憎と葉柱は“光の公主”の覚醒を巡る一大騒動とやらに直接触れてはいない。よって、そこでのあの寡黙な騎士殿の活躍ぶりや悲劇も人伝ての話でしか聞いてはいないのだが、それでも。日頃の彼を見ていれば、どれほどに素晴らしい人物であるのか、そして…偏りが過ぎて“奇矯”と解釈されかねないほど、自分の使命へそれはそれは一途で一本気な人物であることかが重々分かる。進清十郎。史上最年少にての近衛連隊長就任と、それまでの華々しき活躍をもって、人々から“白い騎士”と呼ばれ、持ち主に災いのないこと、そして破邪封魔をという咒詞が白の祈りによって刻まれしアシュターの聖護剣を駆使する、高貴にして最強の騎士。王城キングダム広しと言えども、知らぬ者はないというほど勇名を馳せている存在。冬の碇星のように一際冴えて澄んだ眼差しと凛然とした横顔は、孤高にあって純粋潔白。正義と忠誠とを王家に捧げ、あれほど重厚な威容を持つ存在が、我が身と其の意を慎ましやかにもぎりぎりまで殺して“物”であるよに控えし術も完璧であり。葉柱が知る限りの日々の中、それは秘やかに気配を殺し、小さくて可憐な光の公主様の後背にただただ陰のように控えていて。その豪腕を、だが必要とされなくてこそ幸いと、自分の立場をきっちりわきまえている、巌のようにも厳格なる人格を持つ恐るべき人物。
“…だってのの持ち物を、何であんな輩が小脇に抱えているんだ?”
彼とても城下に出ない訳ではなかろうし、葉柱が目にしたモノは手荷物一個だけ。どこかへのお届けもの、それを彼らへ頼んだ進であるのかも知れない?
“………まさか、な。”
卑しくも王家に仕えし騎士殿が、お届けものにあのような怪しい輩を使うだろうか。個人的なこと、仰々しき使者を立てるは大仰だとしても、城にはそういう仕事を担当する者だってちゃんといる。本人のというよりも、そんな彼を抱えている王家の格式を汚さぬようにという意味合いから、礼儀正しくも節度をわきまえた、それなりに襟の立った存在に任せるものな筈。自分もあまり“世間”というものに詳しい方ではないながら、咒という形式立ったものを扱う身なればの、物事の順だの格式だのにはすぐに目が立つ性分なので、胡散臭いと一瞥で認めたそのままに、足が自然と彼らの後を追っていた。
この大陸に古くから存在し、人知科学がそれなり進んだ現在でも信奉され続けているのが“大地の気脈”という生気であり。それを集めたり練ったりと、様々に制御し、人外の力として発揮させる“咒”もまた、他の土地には見られないほどの権威と格を認められている。この大陸で一番の歴史と権威を誇る“王城キングダム”でも、それらを尊び、導師たちには特別の格を与えている態勢が、現在只今もなお存続されているほどで。外海の国で最も長い交易関係にある陽雨国の関係大使たちでさえ、正確に把握している者は稀で、当地にいない者には説明もややこしく、民間信仰の一種ではないかという程度の認識となっているらしいが、それはそれこそとんでもない誤解や不認識。この大陸ならではの“力”にして、魔法のようなと言われながらも、間違いなく実際に形ある作用を発揮する代物でもあって。厳しい修行を積んだ大能力者の手にかかれば、荒海を断ち割って海の中に道を通せるほどという凄まじい力を後世に伝える伝承も残っているそうだし、それは怪しい作り話かもと疑う向きには別のお話。先の夏場に、外海でその名を馳せし大海賊の一団が、この首都に接する港へと押し寄せかけたことがあったのだけれど。遠い沖合いまで見通せる城の一番高い見晴らしの塔から、この国で一番という咒の使い手が活躍し、当日の気候からはあり得ない大波や大風を呼び、彼らをさんざんに翻弄してとっちめたという事件が、これは間違いのない“事実”として沢山の人々に直視にて目撃されている。そうまで途轍もない代物ながら、とはいえ、人々はそれに頼り切っている訳でもない。使いこなせる者が希少だからというのではなく、何に限った話でもないが“特別”過ぎるものへ頼る依存が過ぎるとロクでもないことになるというのはよくある話。古くからの言い伝えにも、物凄い能力であるという記載と共に、依存・乱用するとこんなしっぺ返しもあるぞよという“戒め”がたんと残っているほどであり。人知文明も進んだ昨今では、特別な修養が必要な不思議な力よりも、誰にだって扱えて創意工夫で手間が減る、堅実な機械工具を発達させる方向へと時代は流れつつあるのだが、まま、そういう論の展開はこのお話シリーズではとりあえず置くとして。
「随分とお偉そうな導師様がこんな吹きだまりに何の用ですよ。」
怪しい輩たちを追跡していた葉柱が迷い込んだは、煤けた印象が洗っても落ちないまま、石畳や建物の壁へ張り付いたという観のある、活気の薄い場末の町角。そんな方へと向かうのがいよいよ怪しいと、目許を眇めての追跡は、だが、彼に周囲への注意を怠らせたらしくって。しかも、身なりが良すぎることから悪目立ちしてもいる微妙な状況。さすがは大国の首都で、様々な階級人種が行き交う町ではあるけれど、それぞれなりの用件に見合うところへしか足は運ばないもの。いくら不案内な観光客であれ、いかにも殺伐としたこんな場末にひょこりと入って来るうっかり者はそうそう居まい。ましてや…詰襟に膝下まで裾のある上着と筒裾のズボンという道着の基本形の上へ、質のいい生地の長くて広々としたマントを外套代わり、シックながらも手の込んだ彫金の施された肩章に留め。護身のためだか儀礼的なものだか、腰のベルトに挟んだ銀の短剣もまた、実用性より装飾の方に荷重の大きそうな荘厳華麗な逸品で、しかも足元は磨き上げられた革の靴と来ては。冬の間は防寒の施しの事業をこなし、人々へ善行への教えを説くという極めて地道なお仕事を日課とする、一般市民に最も身近なタイプの導師様…しかもここいらの地元の教会に赴任して来たばかり…には到底見えなくて。
“こいつはしまったな。”
場違いな所へ紛れ込んだという立場には違いないけれど、もう一つ、葉柱には別な他意もあっさりと拾えており、
「いつまでも追っかけて来る俺を撒こうとしての采配だってのは見え見えだな。」
権高いいで立ちがいくら目障りでも、たかだか導師と踏んでいるなら尚のこと、今や擦り抜けての突破も無理なほどの大人数で、ぎっちりと取り囲んだりはすまい。せいぜい威嚇も混じえてのからかい半分、直接の追い払いに近寄る者と、それを遠巻きに見物して嘲笑する者と。近間と遠巻きの二層になって、怖いかい? でも助けもないよ、どうする?と、臆した相手をつつくようにいたぶるのがセオリーというものだろう。大方、彼からの追跡に気づいた先の連中が、徹底的に足止めしてくれと、目配せか何かで仲間たちに頼ったのに違いなく、
「だったらどうだっていうんだよ、ど・う・し・様?」
最前列にいて、最初の声をかけた若いのが、からかうようなふざけた声音で、歌うような言いようにて問いかける。隙のない“綺麗な”いで立ちを見て、埃を立てるような振る舞いはなさらない、繊細にしてお上品な階級の人物だと決めてかかっているのだろう。確かに無礼な者共を問答無用で取り締まることも出来る、大きな権限を持つ階層の人物なのかもしれないが、それは部下であり手足代わりである“誰か”を指揮してのこと。本人一人では手づから何も出来ないお上品な導師様なんだろうよと、高をくくっている心情が明らかな態度であったのだが。
――― そう。だがだが、である。
既に勝ち誇ったかのように余裕綽々。鼻と顎先とをこれでもかと突き出しての仰有りようへ、
「は〜ん。そんな嬉しい態度を取っちゃってくれる訳。」
こちらさんも妙に愉しそうに、鋭い目許を眇めもって笑って見せたりするもんだから。しかもしかも、言い返して来たお言いようがまた妙に場慣れしていて、自分たちにも馴染みの強いトーンだったりしたものだから。
「…ああん? な…」
何を勘違いしちゃってくれているのかな? あんたらの仲間内でもちょっとは喧嘩とかするのかもしれないが、拳闘とか剣術とか、礼に始まって礼に終わるなんていうお上品なもんはやんないぜ? そんだけの長口上を並べようとした若いのが、不意に。
「………っっっ!!!」
すぐ後ろにいた別の若いのの胸倉へ勢いよく後ずさりした。咄嗟のこととて、身長差も微妙だったため、
「っつ、何してやがんだよっ!」
顎に頭が当たってガンと来たぞ、ガンと…と、腹立ち紛れに怒りながら突き飛ばそうとした相手の体が。そのままずるずると、足元、地べたまで頽れ落ちる。
「な…っ。」
まだ突き飛ばしてないのに何事かと、突き放しかけた手を慌てて掴みしめ、抱えようとしたお仲間の首ががくんと前へ倒れ込み、自分で自分を支えることが適わないままに、ばったり横倒しになってしまって。すっかりと意識がないのだと気がついた周囲の面々が、この得体の知れない現象へ、
「っっっ!!!」×@
見事に呼吸を揃えて一斉に息を引いた。そして、
“まさか…?”
そんな彼らの視線が、やはり一斉に次に向いた先には。導師様にしては、脚を開いて腰を入れてという“仁王立ち”が妙に様になっている、精悍な体躯の年若い青年が約一名。腰に拳をあてがって敢然と立ちはだかっており。心なしか…表情がさっきよりますますと精悍にして凶悪な、いかにも悪人風の挑発に満ちたそれになってやしないだろうか。
「そ、そんな馬鹿な。」
「だってよ、そんな。」
「導師が先制で殴って来てもいいんかよ。」
「こいつがやったんなら、一瞬だってことになんねぇか?」
「手ぇ出たの、見えたか?」
頭っから舐めてかかっていた。だって導師といったら聖職者、聖職者といえば敬虔で人がよく、引っ繰り返せば…世に根っからの悪人なんていないのだという現実に即さない“真理”ばかりを大人しやかな神学校で学んで育ったような、至って腰の弱い人物ばかりだと相場は決まっている。こんな…自分の拳の締まり具合を、指を開いたり閉じたりして確かめているような、
「ちっとは手加減したんだがな。実戦離れると加減の勘まで鈍りやがる。」
そんな方向で残念がっているような人物が、何でまた聖なる道着をまとっているやら。
「てめぇっ!」
まあ待て、今のはこいつが油断してやがったから。出合い頭と油断とで、あっさり伸びただけに違いない。気を取り直し、ついでに…呆気に取られて凍りつき、そのまま引きかかってる皆の気勢を盛り上げ直そうと思ったか。今度はたいそう大柄で、背丈はある方の葉柱でも見上げるほどにも上背がある大男が、筋肉の上へ太い血管まで浮いた狂悪なくらいに野太い腕を、慣れた素早さのフックで横合いから飛ばして来たものの、
「…っと。」
葉柱の眸だけがその軌跡を追っている。そして…軽く顎を引いただけという小さな所作にてやり過ごすと、その腕の通過に沿わせて片足を上げた。殴るという動作は力を込めて繰り出した拳が、叩きつけんとした対象に当たってこそ“完遂”であり、各種球技の打撃蹴撃と同じで、空振りするということは…遠くへ飛んで行けとばかりに一点集中させた爆発的なパワーが逃げ場を失う訳だから。その結果として、目標を失って失速したのち、大きくたたらを踏むこととなる。それこそスポーツでならともかくも、喧嘩の最中に空振りすることを前提にして殴り掛かる奴はいませんからね。こちらさんも思いもかけない“空振り”という憂き目に遭い、そのまま突進の構えでたたらを踏みかかった大男。体の側面が通りかかったのへ、容赦のない一蹴りを横ざまから思いっきり食らわせるという、慈悲なんて欠片もないような攻撃を加えてやった葉柱のお兄さんであり。
「ぐあぁぁっ!!!」
これもやはり、突然、今度は横ざまに吹っ飛んだ、力自慢の大きな仲間であったことへ、さぁて…他の衆はどうしたか。
「ど、導師のくせしてよ。詐欺じゃねぇか、そんなん。」
随分な啖呵があったもんだが、言いたくなった気持ちも確かに判らんではない。(苦笑) 導師には違いないが、葉柱の場合はそうとなった順番が普通一般の“導師様”とは微妙に異なる。もともと“封印の咒”を専門とする、聖地に住まう一族の中に生まれた身の彼であり、誰かに強制強要されることもなく、また必要性をわざわざ説かれることもなく、当地の公用語を身につけるのと同じように、自然当然のものとしてその基礎…大地や精霊の気配気脈を読み取る感応術を幼いうちから身につけている。族長の息子という血統も関係してのこととして能力は高いものの、わざわざ目指して修養を積んだ導師たちほど“敬虔な”とか“禁忌的な”とかいう、一種崇高そうな心掛けは、威張れる言いようではないがあまり強くはない。雑念を払って集中せずとも大地の気脈が拾えるのだから、我欲を捨ててまで気持ちを澄ませての特別な精神修養が要らず。よって…砕けた気性のまんまでも大きな咒力がこなせるという訳で。蛭魔さん曰く、
『あれだな、毎日何キロも走って町まで買い物に降りてる習慣がある山住みの者は、皆して脚が並外れて強くて速くなるのと同じだな。』
う〜ん。そ、そうなのかなぁ?(苦笑)
「見ず知らずの遺恨もない相手へあんまり乱暴はしたかないが、邪魔だてするなら容赦はしない。導師ってのが皆、教会で説教するばっかじゃないってこと、良い機会だから思い知りな。」
こちらさんもまた、堂に入った啖呵を切って、さて。目尻がつり上がり気味でちょいと力んだ翡翠の眼差しを、不謹慎にも楽しくってしようがないぞという、いかにもワクワクとした顔付きにほころばせ、明らかに“臨戦態勢”へ入った導師様を前にして。ようやっと現状が呑み込めたらしい無頼の一団。
「…な、何を引いてやがんだっ! 良いから畳んじまえっっ!」
「お、おうっ!」
一応は彼がリーダー格なのか、後ろの方で形勢を見ていた男が突っ込めとの合図を出したので、皆して体は動いたものの。掛け声が妙にか細い金切り声だったせいが、どの輩もどこか動作がぎくしゃくとしていて、掛かって来る構えも及び腰でぎこちないばかり。片やの葉柱はといえば、
「何してるっ。次だ、次っ!」
顎や頬骨を的確に指の付け根で狙っての、腕の横薙ぎだけで掻き分けた何人か。意識がなくなるとかもんどり打つほど痛み続けるというような、決定的な必殺技での攻撃ではないが、それなりの腕力が一応は無ければ、続けざまに出せない代物には違いなく。それと、軽いながらも…脳天へ直行してガンと響く衝撃は、萎縮しかかっている人間には戦意喪失を招くほど十分に効果がある。そして、そんな風に軽々と何人もを掻き分けた事実を目の当たりにした輩たちへは、とんでもない相手と向かい合ってないかという感覚を増幅させられる。しゃにむにかかって来る連中がどんどん及び腰になってゆくのを見て、
“大した連中じゃあないな。”
これもまた、さして逼迫に迫られてはいない…直接には恨んでもない相手を殴り倒さねば生活出来ないなんて事には縁遠い、豊かな土地だからなんだろなと、葉柱が内心で思ったかどうか。とうとう情けない声を上げて逃げ惑う者さえ出たのをキリに、
「こちとら弱い者苛めをしたい訳じゃあない。」
まずは、場の騒乱に終止符を打つため、雑魚どもに“引け”と言う代わりの一喝を鳴り響かせる。さして大きな声での恫喝ではなかったが、よく通る声には張りがあり、そのまま“はい”と承服し、体が弾けて命令通りに動いてしまうような。威厳を帯びた、命じることに慣れた声音。具体的に誰ぞを膝下へねじ伏せたことはないながら、自負が強いこその威容であり、それに…彼の場合、邪妖さえ式神に出来る系列の出であるがため、
「用向きさえ聞いてくれたらさっさと引くから、ここいらをシメてる者もんとしての面子を保ちたきゃあ、上の奴、誰か代表で話を聞いてもらおうか。」
相手のレベルによっては…声で態度で場の空気を統括し、一気に自分へ屈させるなんて、実は持って生まれた体質のごとき容易さでこなせるのだとかで。
『そっか〜。王城の王宮では、俺なんか歯も立たねぇような肝の太いのばっかが相手だったから、それでずっと気がつかなかったんだなぁ。』
しみじみと。とんでもないお歴々に囲まれてたんだねぇと実感したのは後日のお話。自信に満ちた威容でもって周囲を睥睨し、されど…それがリーダーなのだろう男が出て来る気配を察すると、微妙に意識を逸らして隙を作ってやる。どうせ、以降にまた立ち寄る機会はなかろう場所。よって、此処の現状を掻き乱すつもりもないし、面子を保たせてやるという約束を違えるつもりもない葉柱だったので、
「あんたが此処の“頭”か?」
石畳も擦り切れた、殺風景なばかりの広場の中央。戸惑いを残しつつも逃げ出しはせぬままに、広場の隅へと固まって散りつつ展開を見守るチンピラたちの視線の集まる中。進み出て来た、がっつり筋骨頼もしい大男へと向かい合い、出来るだけ威容や気勢を押さえての、対等ぶった言いようをする。瀬踏みも威嚇的な睥睨も何もなし、自分には王者決定戦をするつもりは毛頭ないのだと示す代わり、手短に用件だけを告げようとしたものの、
「感服いたしましたっ!」
………… はははは、はいっ?
妙に大きなお声の頭目さん。さっきの金切り声は、指し詰め声が失速してのものだったのか、思わぬ攻撃を受けたような気がした葉柱がついつい背条をびびんと延ばしてしまったが、相手はそんなことには微塵も気がつかなかったらしい。というのが、
「導師様でありながら、いや導師様だからこそっ。無法無頼の者どもへ、怖じけもせずの折檻をお加え下さり。礼儀というもの、守らぬ者には容赦ないお仕置きを下さるその強いお心、積極的なご指導、感服いたしましたっ!」
はあ、さいですか…と、勢いにつられ、脱力したままの葉柱がついついなめらかにお返事をしそうになったのは。その大柄な頭目さんが躊躇なくも砂ぼこりまるけの地べたへ座り込むと、そのまま土下座をしたからだ。
“…何なの、この展開は。”
隙を作らせる罠? それとも新手のパフォーマンス? 相手の陣営が、導師のくせに喧嘩馴れしていた葉柱へ仰天したのへの十分な意趣返しになったほど、これまた意外すぎる展開であり。呆気に取られた葉柱には構わず、
「頭っ!」
「リーダーっ!」
「頭ァ上げて下さいっ!」
「元はと言やあ、俺らがケチな引ったくりの肩持ったからだ。」
「そうだよぉ。兄貴は何にも知らねぇんだ。」
「馬鹿野郎っ、舎弟の過ちは兄貴分の過ちでもあるんでいっ。」
あああ、今度は新派演劇が始まりそうです。あちこちから感に堪えたような半泣きで飛び出して来た若い衆たちが、兄貴の頭目へとすがりついての愁嘆場。
「あのぉ〜〜〜。」
殴り掛かられるよりも もしかしたら効果があったのかも的な展開に、毒気を抜かれた黒髪の導師様。まともな交渉の対談が交わせるまで、ちょっとばっかり待たされることと相成ったそうでございます。これも豊かで平和な土地柄だから、なのかなぁ?
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*あああ、どうしてこうも、
どっかにほのぼのとした笑いを求めてしまう性分なんでしょうか。
これはシリアスなお話なのよう。
直前まで書いてた“年の差パロディ”じゃないのよう。(苦笑) |