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早朝の王城首都 城下の場末の町角。たむろしていた無頼の連中との一悶着を、導師様としては問題大有りながら、見事に拳一つで制した葉柱であったのだが。話をつけたいと呼びかけたところが、その一団の頭目に妙に見込まれ、最終的には何と、
『以降、何なりとお命じ下さい』
舎弟になる誓いを立てられてしまったのだとか。そんなつもりなんて毛頭なかった葉柱が、意外な話の成り行きへ…ついついその長身を斜めに傾けつつ、
“これって、都会流の嫌がらせ? それとも新手の奥の手か?”
乱闘自体は掠り傷さえ負わなかったほどの他愛ないレベルだったものの、結構埃を立てたその上、シメがこれでは…勝った気がしないような締めくくり。黒髪の導師様が何とも複雑そうな顔になったのは言うまでもなかったが、これ以上 無駄に手間取ってもしようがない。
「…お前もお前で、何しとんじゃ、朝っぱらから。」
「うっせぇなっ。///////」
蛭魔が心から呆れたという眼差しを向けてくるのへ、小っ恥ずかしいという自覚をも吹き飛ばすほどの勢いで、噛みつくように吠えてから。
『それでは…。』
あらためて、自分が追っていた連中を引き渡してもらおうかと要求した葉柱の前へ。さして時間も置かぬうち、持っていた問題の荷もどうにかまだ無事なまま、数人に追い立てられるように引っ張り出された男たちは、
『それをどういう経路で手に入れたのだ?』
葉柱が問いただすと、さして意図があってその革嚢を狙った訳ではないと渋々ながら白状した。彼らが言うには、
『妙にぼんやりとしていた剣士から、あのその、つい…掠め取ったんですよう。』
彼らの側は昨夜からの夜明かし遊びの帰り道。近郊の農家が収穫した朝もぎ野菜などを持ち込んでの朝の市場が店を広げる、大通りのにぎわいの中に見つけて目をつけたのが。外套代わりのマントに、華美ではないが丁寧な仕立ての質のいい衣装。王宮勤めらしく身なりはいいが、考え事でもしていたか、それとも体調が悪いのか。どこか表情の焦点が合っていないような風情の剣士が…無造作に小脇に抱えていた荷物である。これは行けると目をつけて、どんと ぶつかったそのまま、擦れ違いざまに浮いた腕から掠めるように奪った格好。もちろん、追って来ればこっちは複数だったから、パスを出し合い、相手を巧妙に振り回して撒くつもりでいたのだが。なのに…後を追って来もしなかったから、てっきり、都会の抜け目のなさに慣れのない“お上りさん”かと思ったとの言いようであり。
『…何だって?』
ぎろりと。彼らから直接話を聞いていた葉柱…より先に、族の頭目さんから。地の底から鳴り響く“ごごごご…”という効果音がどこからかともなく聞こえて来そうなほどの迫力にて、真っ向から睨みつけられてしまい、
『あああっ! すすすす、すいませんっっ!!』
『もう、もう しませんっ!』
わたわたと慌てたが後の祭り、
『馬鹿もんがっっ! 誇りのない奴ァ、この王城キングダムには要らねぇんだよっ!』
どーんっと落とされた一喝、迫力ある“カミナリ”の爆撃へ、
『ヘッドー!』
『どーかお許しをーっっ!』
怯え切った連中が、選りにも選って詰問に当たっていた葉柱の背中の後ろへ逃げ込んだほど。一応は恐れられてるのね、このお兄さんも。
“………それはともかく。”(あはは…。)
置き引きやかっぱらいは褒められた所業ではないのだからして、それを返しなさいと取り上げること自体には、さしたる問題もなかったものの、
“…それって、俺の知っている奴と、ホントに同じ人物なんだろうか?”
お話がそんな段になってから初めて、自分が首を突っ込んだ“コトの始め”からして、実は無関係な話だったのかも…なんて。何だか自信がなくなってしまった葉柱だったりしたそうな。
「…よかったな、舎弟がたんと出来て。」
「だ〜か〜ら。そこじゃないだろうが、話のツボはよ。」
そっちの成り行きは成り行きで“どうなってしまうんだろうか”と、別な意味で合いから ちーとばっかり厄介だったには違いなく。そんな点を思い出したくもないらしい葉柱であると…こちらも、それが分かっていてのからかいのお言葉を差し向けた蛭魔だったらしいのだが、まま、そういう脱線はさておくとして。 引ったくりなんて悪さをしたような人物の言うことを、頭から鵜呑みにするのも何ではあるけれど。
「一応、背格好とか顔立ち、服装とかも、確認のために聞いて見たが、どうやらやっぱり、進清十郎本人らしくてな。」
「そんな…。」
名前は有名らしいが、かといって絵姿が出回ってる訳じゃなし。先の乱の折には、複雑な事情があってとはいえ一旦国外へ出ていた身だから、直接姿を見知っているという層だって限られよう。荷物に刻印されていた紋さえも、一般人には知られてはいなかったようであり、
「そいつが英雄として有名な白い騎士、進清十郎だと知っていての所業ではなかったみたいだぜ?」
そうと言い足した葉柱が、そしてセナもまた不審を感じた点。いくら凄腕の達人だからといって、常日頃の四六時中、ぴりぴりと油断なく緊張感を背負ってるような彼ではなかろう。普段は寡黙にして穏やかに、落ち着きある鷹揚な態度をたたえての“静”を保ち。突発的に襲来する緊急・火急という事態へ際しては、鋭く“動”へと切り替えて、最善の対処が出来る。そんな反射の鋭さや対応のバリエーションを無尽蔵に持つ奥行きの深さあってこその、最強の護衛官なのであり。
“けれど…それにしたって。”
その腕へ抱えていた荷を直接掠め奪られて、なのに追って見せない、気がつかない、とは。失態や迂闊どころでは収まらない不審さではなかろうか。
「大体、奴は一体どこへ出掛けたんだ?」
先程の蛭魔の言い回しじゃあないが、こんなにも“朝っぱら”から、しかも城下へ出ていただなんて。セナの護衛という一番大切な職務を二番手に回すほどの、重要な何かがそうそうあるとも思えないのだがと、怪訝そうに眉を寄せた蛭魔の言葉へ、
「進は師範のところへ出掛けている筈ですよ。」
「高見さん。」
部屋へと顔を出したのは、得体の知れない暴漢たちの奇妙な咒によって昏倒させられていた近衛連隊長殿だ。意識こそ戻ったものの、まだまだ辛い容体なのだろう、顔色がよくなくて。だが、
「すみません、セナ様。怖い想いをさせましたね。」
話題に上がっていたその進からも、くれぐれもと後を頼まれたのに。あんなに呆気なくも倒れてしまっては、近衛連隊長の看板も返上しなければならないほどだと、繊細そうな、だがだが大人びた責任感あふれるお顔を悲痛そうにも曇らせていらっしゃり、
「いいえ、いいえ。」
あんな咒を操る手合いだなんて、セナだって思わなかったほどの想定外な相手。導師でもない限り、咄嗟に適切に対処するのは困難な話だったろう。何度もかぶりを振り、どうか気に病んだりなさらず、それよりお体を大事になさって下さいと、いたわるようにソファーへと導くセナであり。そんな二人のやり取りへ、
「どっちにせよ、真っ当な入城ではないな。」
蛭魔がするりと言葉を差し挟んだ。
「温室で、いきなり気配が生じたからな。恐らく、内宮までの侵入は咒を一切使わないで、気配を消しまくりでやらかしたに違いない。此処の守護障壁を物ともしない遠隔移動で一気に立ち去っただけの力があったくせによ。」
忌ま忌ましいと眉根をきつく寄せた蛭魔へ、桜庭も同感だと頷いて見せ、
「そだね。自惚れで言うんじゃないけど、咒を発動させれば僕たちにあっと言う間に感知されるってこと、向こうでも恐れてたんだよ、きっと。」
それゆえに。あまりに唐突な出現だったのへ、さしもの彼らとて反応対応が遅れてしまったのであり、
「“闇の咒”じゃあなかったしね。」
「まあな。」
だから、尚のこと、彼らには怪しい気配だとは思えなかったという言いよう。そんな彼らの会話の中に…気になるフレーズが一つ。
「闇の咒?」
「そう。」
「黒魔法…じゃないんですか?」
「うん。」
桜庭からの 事も無げな応対へ、だがだが…何かが理解し切れてませんとばかり、キョトンとしているセナ殿下であり、
「くぉら。初歩の体系の論の時に、ちゃんと教えた筈だぞ。」
咒の先生代表がむっかりと目許を眇めつつ、幼い王子の丸ぁるいおでこを、少しほど曲げた指の節で“こ・こんっ”とノックして見せる。ふやふやと後ずさりした彼を、同じソファーへ並んで腰掛けていた高見さんが受け止めてやったのを見届けて、
「専門の教会とかもないせいで、時々誤解されるんだが。黒魔法ってのは単に攻撃性が高いってだけで、疚しい咒じゃあない。」
白魔法が主に治癒や状態回復を担当するヒーリング系や、能力アップなどの戦闘補佐系なのに対して、黒魔法は直接そのまま相手へダメージを与える、炎や稲妻、吹雪に疾風などなどといった“攻撃もの”が大半であり。平穏な世の中にはあまり必要とはされない種のものだからか、良からぬ咒、危ない咒という誤解を受けやすいのだが、だが、だからといって何も妖しい力なのではなく。これもまた“大地の気”を借りたり練ったりして繰り出す代物で、
「それに反して“闇の咒”ってのは、まんま邪妖が帯びてるような“負の力”を駆使する代物でな。」
式神として支配した邪妖を扱う一族が、稀に、間接的に用いることがあるこたあるが、それが限界とされてる。何故なら、
「そんなもんを扱うってことは、
すなわち邪妖と“同類項”になっちまうってことだからな。」
身近な例えを持ち出すならば“呪い”がそう。禍々しき邪心を練っての術技は、威力が大きいなり、失うものも大きい。
「最も顕著な代価が、真っ当な咒の大半を使えなくなるってことだ。」
闇の咒は、陽力である大地の気脈に頼らず、一切を負力で賄うところから“滅びの咒”とも呼ばれており、それを使うということは邪妖の仲間になるようなもの。だから、素養として邪妖を怯やかすものである“陽”の系列の能力はその大半を失われ、その代わりに陽白を侵すためのますます深い呪力を得ることが出来るのだとか。
「あ…。」
そうでした、そんなことを最初の方でお勉強しましたと、今やっと思い出したらしいセナくんへ、しょっぱそうに笑って見せてから、
「で。連中が使ったのは、高見に仕掛けた意識封印の咒と逃げるのに使った移動の咒。これはどっちも白魔法だし、随分と力を押さえてやがったからな。」
そうと語った黒魔導師様、これは言い訳になるがと前おいて、
「行使されたのがお前の至近だったのが徒になって、却って気づくのが遅れた。様々な結界で守ってたもんだから、ささやかな咒の波動なんぞ掻き消されちまったんだろな。」
「…結界?」
またまた“覚えがないですぅ”と小首を傾げるセナ王子へ、
「ごめん。セナくんにも内緒で、妖一と僕とで防御のを張ってた。」
今度は桜庭が“申し訳ない”と両手を合わせて見せる。直接に彼へと襲い掛かるような、物理的な奇禍には進がついてる身だからさして心配してはいない。ただ、彼は“彼である”というだけで、負界の住人である邪妖からは見過ごせない“絶対的な敵”でしかなく。どこの亜空から滲み出してくるとも知れない相手に備えての、防御結界を張ってあったらしいのだが。それがこっちからの防衛機能へも邪魔してちゃあ何もならないよねと、反省した彼らだったらしい。
「………で。進は何処へ行ったんだって?」
今回の奇襲には、様々に、不慮の手落ちや反省すべき盲点の数々を拾えたからね。いつか来たるべきリベンジの機会には…いや、そういうのはないに越したことはないのだが、もしももしもあったなら、そこいら辺を徹底的にフォローしての徹底抗戦を繰り広げ、相手を完膚無きまで叩いて凌駕して見せようじゃあないかとの意気も揚がった、相変わらずに勇ましい、負けず嫌いな魔導師さんだったのはともかくとして。何だか様子が訝おかしかったという、王宮最強の護衛官さんがこの場へなかなか戻って来ないのもまた、彼らには気になる点である。身も命も縮むほどもの恐ろしい目に遭ってしまったセナ殿下へ、一番の、そして限りない安堵安寧を与えて差し上げられるのは。あの、寡黙で朴念仁のいかつい剣士殿をおいて他にはなく。自分が席を外してしまったばっかりにと、高見さん以下、他の護衛担当の立つ瀬がなくなるような言いようで、それでも切々と謝る不器用さでもって、小さな王子様の不安をいち早く拭ってやってほしいのに。
“何しとんじゃ、あいつはよっ。”
こういう時にこそ、しっかり役に立たんかいと、自分では果たせぬ役どころへ、もしかしたなら少しだけ、嫉妬してなくもないのかもな黒魔導師さんが細い眉を吊り上げたのを、丁度正面から見やっていた高見さんが口を開いて言うところには。
「進が訪ねている師範という方は、今は引退なさっておいでですが、元は王宮付きの武道の指南役だった方で。それと同時に、進の親代わりだった方でもあるんですよ。」
「親代わり?」
「ええ。進はこの大陸の生まれではありませんからね。」
決して洒落ではないが、おやと。その場にいた全員が不意を突かれたようなお顔になった。そういえばあの白い騎士様は、滅多なことで自分のことを語りはしない。今の彼の好きなもの得意なこと、昔のやんちゃぶりもこうまでずば抜けた剣の道へと入った経緯も、親兄弟の現在の消息のお話すらも、彼の口から聞いたことは一度としてない。まま、それは他の面々にしても似たようなもので。かつての内乱の最中に、その御身を隠すためにと掛けられた咒の後遺症で、あまり子供の頃を覚えてはいないセナ様が、どうしても聞きたいからとお話をねだった時以外は、あまりそういう話題を取り沙汰したことはなく。それにしては…セナ様までが“えっ?”と意外そうに眸を見張っており、
「あ、いえ。あの、進さんはあまりご自身のことは話して下さらないから。」
おやおや。桜庭さんや葉柱さん、蛭魔さんへでさえ、どんなお子さんだったんですか?何をして遊んだのですかと、折に触れ、色々と訊いてくれた王子様だったのにね。
“このチビにまで、そこまでも薄情なのだな。”
そこまで面白味のない奴だったとは蛭魔が呆れ、
“口が重いのにも限度があろうにな。”
葉柱も似たような感慨を持ったらしかったが、
“そういうお話さえ要らなかったんですよねvv”
ただ一緒にいるだけで、相手のお顔を間近に見ているだけで、もうもう体が浮き上がるほどにも幸せなんだよねと。恋する者の心はお見通しならしい、元・恋の大魔神様だけが柔らかく微笑んでおいでだったのは…はっきり言って余談だったが。(苦笑)
「進はずっと幼い頃に、生まれ故郷である東の大陸から、天災を避けて海へと脱出し、そのまま漂流していたところを王城キングダムの海軍の船に救助された、難民の方々の中にいたとかで。」
今から二十年近くも昔の話。気候が世界的にあまり安定しなかった時期が続いて、それが元になっての内乱やもっと苛酷な天災に遭い、生まれ故郷から離れて新天地を探す、他の大陸からの難民も少なくはなかったのだそうで。これもまた、大地の気脈に逆らわないままに、自然と寄り添い合っての暮らし方をしていた成果か、さして混乱はなかった王城キングダムは、その豊かな蓄えを解放し、いつだって困っている方々を温かく迎えていたのだが、
「進は王城へ辿り着いた時に、既に身寄りがなかったのだそうで。支援施設にいた頃に出会った師範に、並外れた運動神経を見初められたのだそうです。」
幼いころから口数も少なく、それでも気性は素直で伸びやかで。教えることは片っ端からぐんぐんと吸収し、気がつけば心身ともに健やかに、それはそれは頼もしき青年へと育っており。王宮指南役という人物からの推挙に間違いはなかろうと、兵として取り立てたところが、武道の腕も誠実さも並ぶ者はないほどの存在だと明らかになり。相変わらずに寡欲なところがどの部署でも買われて、めきめきと出世を重ね…現在の“白き騎士”にまで上り詰めた、ということなのだとか。
「師範もまた、どこか頑迷で武道以外は知らないような堅い方でしたから…。」
皆まで言わず、小さく苦笑する高見へ、
「そっか。それであんな石部金吉になったのか、あいつ。」
成程な〜と、導師様たちが揃いも揃って妙〜に納得するのへと、
「そんな…素晴らしい御気性じゃありませんかっ。///////」
こちらさんも、妙〜に赤くなって庇い立てするセナ王子であったりし。(笑) さっきまでの不安にささくれ立ってた空気も、随分と和らいだ観がある。カメちゃんをお膝に抱いたまま、やわらかな頬を染めてる王子の愛らしさへと目を細め、
「城下だからすぐにも戻ってくる筈なんですが。」
それにしても遅いですねと、やはり小首を傾げた高見さんのお言葉へ、
「場合が場合だし、あの進がうかうかと置き引きにあってるってのも気になるね。」
桜庭さんがソファーから立ち上がる。
「迎えに行ってくるよ。文字通りの一直線で、首に縄掛けてでもって勢いで連れて帰ってくるからさ。」
うふふんvvと楽しそうに笑ったところを見ると、
“…こいつめ。”
掟破りの反則技、合ごうの障壁を飛び越える、時空転移でのお迎えをやらかすつもりであるらしい。まま、今は場合が場合であるのだし、セナ様には一刻も早く、お心安らかに落ち着いていただきたいのだし。特に咎めだてをする声も出ぬままに、高見さんから住居の場所を聞いた亜麻色の髪をした白魔法導師さんが“はいちゃvv”と手を振ったのへと苦笑を送って。中空へその身を溶かし込むという、何とも不思議な方法でのお出掛けをなさったのを見送ったのだった。
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*相変わらずに話がなかなか進みません。
何より、私も早く進さんに逢いたくてしょうがありません。
次の章こそ、出て来てくれたらいいんですけれど…。(おいおい) |