月の子供 R  〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          
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 悠久の歴史を誇る王国・王城キングダム。その首都の中心部に聳え立つ、荘厳華麗な宮殿の地下深く。城の土台にと内包されていた伝説の古代文明の遺跡にて、これまでの混乱と騒乱の大元、元凶にあたる負の陰体、魔界からの使者である邪妖と対峙していた彼らであったのだが、

  『この女の命が惜しければ、そこの二人、こっちへ来るんだよっ。』

 現在の国王陛下の生母、皇太后の身を操っている邪妖が。選りにも選ってその皇太后様の身を楯にして、月の子供とその覚醒の鍵たる金のカナリアだと目されている、瀬那と蛭魔の二人を呼び招いた。
『あたしは痛くも痒くもないがね、ここんところの太い血脈を断てば、こんなか弱い女、ひとたまりもなく死んでしまうよ。』
 そうと出られては逆らえない。魔咒も使うなと、得意の飛び道具まで封じられたが、

  『いいな、諦めんじゃねぇぞ。』

 諦めたその途端に…自分たちのこの身を焦がし、相手をも巻き込んで滅ぼさんと噴き出す"滅びの業火"というものがあるのだそうで。相手もそれを恐れるあまりに、こうまで複雑な手段しか選べぬまま慎重に運んで来たのだろうし、こっちだって…そんなものに身をゆだねて、敢
えなくも現世を捨てて逃げ出したくはない。そんな気構えでいる蛭魔に負けるものかという気勢でもって、

  『はいっ。』

 セナも しっかと頷いて見せた。自分というものは、自分一人で成り立ってはいないから。だから、勝手に諦めてはいけないと気づいたばかり。もう独りぼっちじゃあない。大切な人が出来た。雄々しく頼もしく、誠実で真っ直ぐで…ちょこっとだけ不器用で。セナへの苦難や悲哀を、そこから守ってやれなかったと我がことのように口惜しがって下さる人が出来た。嬉しいと笑って見せるだけで、癒されたお顔になって下さる、それはそれは大切な人が出来たから。だから、簡単には諦めたりしないって決めたばかり。

  『行くぞ。』

 むしろ居残る側の方々の方が、居ても立ってもいられないくらいに心配して見守る中。月光に青く染まった泉の浅瀬へと踏み出して、そこを突っ切り向こう岸まで、辿ろうとしていた二人…だったのだが。

  "………?"

 桜庭が灯したままの光の玉に照らされているため、さしたる深さもない泉には急な深みや水草などの障害物もないのがようよう見て取れて。足元不如意ということもなく、そんなに手古摺ることもなく進める筈の代物だのに。一緒に並んで進む蛭魔の側へ、セナが不意に"おとと…"とよろけかかったのが気になったのが、どんな些細なことでも見落とすまいと見据えていた進であり。深くもなければ流れもない、彼らが踏み入る直前まで鏡のようだった泉なだけに、足を取られるような要素などない筈なのに? 怪訝に感じたその感触が、何か…つい先程感じた別なものへのそれと同じ感触だったと気がついた。

  「………っ!」

 体験したことが記憶の中の謎と符合して、難解なパズルが解けるような、堅い錠前が弾けるように外れた瞬間のような感触。月の子供と金のカナリア。泉にそれをかざすようにという唄がなかったか? その唄にはご丁寧にも"フクロウ"まで出て来たではないか。それはもしや、この泉の名前の"ツテル・ロ・オウル"…フクロウの星のことではなかろうか。背条を一気に駆け上がった途撤もない感触に居たたまれず、エゴを誰にどう詰
なじられようと構わないからと、セナを助け上げるべく体が動いていた。
「お前は蛭魔を引き揚げろっ! 急げっ!」
 傍らにいた桜庭へ声をかけつつ、泉水のささやかな抵抗も何するものぞと蹴り上げて、先を行く二人へと駆けつける。その水音に気づいたというよりも、

  「……………あ。」

 やはり何事かが起こったのだろう。へなへなっと萎えるように、その小さな肢体を尻からすとんと水の中へ崩し落としかかったセナであり。その傍らでは、あれほど強靭で鳴らしていた筈の蛭魔までが、
「く………っ。」
 歯を食いしばり、懸命に気を張って、険しい表情のままに何とか立っているという状態になっているではないか。
「妖一っ!」
 やはり駆けつけた桜庭が、進がセナを高々と抱え上げたのに倣
ならって、水の中から引き離すようにと蛭魔を抱え上げる。途端に、
「あ…。」
 それまで、自分の身を就縛していた何かが立ち消えたのが、蛭魔本人にもありありと伝わった。
「大丈夫?」
「ああ。」
 泉が深くなるにつれて…どうしてだろうか、足元から体が凍ってゆくような感覚に襲われ、意識まで遠のきそうになった。相手に近寄ってからが勝負と思い、それなりの鍛練で培われた鋭い集中を静かに練り上げていたその気慨まで、易々と掻き乱し、吸い取ろうとした何か。………だが、

  "これは…。"

 あの魔女の力ではない。相変わらずに魔力の探知は出来ない身の蛭魔だが、理屈で違うと分かる。罠として伏せていたって同じことで、負の力は負の力。自分は無事で、なのにこうまでこちらの力を削ぐほどのもの。そんな罠を仕掛けられるのであれば…こんな直接的な攻撃が出来るのならば、どうして今まで手をこまねいていたのか。
"まさか、この泉の…?"
 此処はかつての古代都市に建てられた"神殿"の遺跡だという。それが、だが、どうして? 聖なる場所がどうして負の存在に加担するのだろうか。一体どんな働きをしたのだろうか。
"………。"
 そそくさと踵を返し、元いた岸へと大急ぎで戻る桜庭であり、そんな彼に抱えられたままで物思いに思考を沈め、怪訝そうに目許を眇めた蛭魔とは意味合いが大きく違ったが、

  《 余計なことを…っ。》

 こちらさんも、当然のこととして…憎々しげにその目許を眇めて見せている"邪妖"であり。
"やっとのことで、この聖域にまで舞台を持ち込めたというのにっ。"
 自分たちを屈服させる絶対的な力を持つ"光の公主"を、どうあっても覚醒させるな、滅ぼしてしまえという彼らの世界での"天命"を受けたはいいが、それはそれは名誉なお役目であると同時、その身を永遠の虚無へと消し去られるという、魔物にとってもこれ以上はないほどに恐ろしい"マイナス・ファクター"もぶら下がっている難題で。何しろ、自分の手を直接差し向ける訳にはいかない。負の陰体に命を脅かされれば、何の拍子にか"滅びの業火"を放って相手の存在を抹消してしまうという"月の子供"と"金のカナリア"なのだそうで。自分たちが次の世代に再び"聖なる存在"として転生するために必要な、言ってみれば負から受けた影響や痕跡を抹消して清めるための"再生の炎群
ほむら"なのであろうが、

  "我らが誉れとする"滅び"は、暗黒の虚体との一体化。"

 やがては負界いっぱいに満ちて世界の終結を齎
もたらす、偉大なる暗雲と化すだろう、巨大なる破滅の虚体。そこへと迎えられる"祝福"にさえ届かない、完全なる抹消という憂き目に遭うというのは、いくらお役目とはいえ堪ったものではない話。このお役目に選ばれたからには、自分こそが忌まわしき"光の公主"を抹殺し、漆黒の闇の侵食を邪魔する光を潰えさせたる栄誉をこそ何としてでもいただかねばと、彼女なりに方策を考えることにした。そこで、王宮という場に潜入出来たことを幸いに、ありとあらゆる歴史や伝説の文献を調べてみた。文字や言葉という手段にて、遥かに遠い過去の事実や史実を後世に残せる人間に助けられようとは思わなかったが、思いの外、大いに役立ってくれて。それだけでは足りぬ部分は、王廟の残留思念まで辿ったその結果、やっと拾えた鍵が、そんな彼らを封じる唯一の方策、この"ツテル・ロ・オウル"の泉である。

 『月夜のとある ひとときに、月光に青く染まった泉水に触れると、
  人知を越えたる咒の力を聖なる大地へ還元するために、
  その器から全て吸い取ってしまうと言われている…。』

 元はといえば儀式のための聖なる泉で、そもそも人間には本人がその身へ咒の力を蓄えている者など、まずはいない。いたとするなら、負の陰体、すなわち魔物だけだとされていたから、ここへ身を晒してそんな穢れを洗い落とす、言わば"禊
みそぎ"としていたらしい。

   ――― 銀の籠にはカナリアを、金の籠には月の子供を。
        星降る夜に泉にかざせば、森でフクロウが ほうと鳴く。

 古い古い子守唄。子守唄や数え唄というと、大概は…同じ旋律に唄だけ変えて、長く長く続くもの。そう。この子守唄も、実はこの一節
フレーズだけではなかった。
『何百年もの永い間、宮殿という大きな蓋をされて咒の力から隔絶されていたその反動で、潤沢な清水をたたえた見た目の潤いとは裏腹に、この泉もそれはそれは餓
かつえている筈だよねぇ。』
 この世にもしも現れたなら、最も莫大な咒の力を持つと言われているのが、月の子供と金のカナリアが出会うことで生まれる"光の公主"という存在。本来ならば、祝福されるべき"聖なる力"を持つ存在だが、脆いところが全くない存在なぞ、この世に在りはせず。例えば、負の邪悪な力に侵食を受けるとたちまち転生の準備にかかってしまうほど、玉子である"月の子供"の段階から途轍もなく用心深く。そのせいでか、

   ――― 月の子供は我らが天守、光の和子様、我らを照らす。
        月の晩には かざしちゃならぬ、母様、迎えにいらっしゃる。

 あの子守唄の次のフレーズの中で歌われているように、闇夜を凛と照らす月光の神秘の輝きと共鳴しやすいという"難点"があったと判った。昼間の陽光である"日輪"に対し"陰の光"である月は咒との結びつきが強いためで、そこまでやっと辿り着き、

  『…ならば。』

 此処へおびき寄せればいいのだと、邪妖は思った。飢えたる泉にその力を全て取り込まさせればいい。月光に共鳴し、抵抗出来ぬまま、泉水の底で溺れてしまえばいい。それならば、負の力は及ばないままの滅死へ誘
いざなえる。

  『そうさ、そう運べばいい。』

 そこで、そこへと連なるよう、それはそれは気の長い策を練った。負界の力が働きかければ次の世代へと逃げられてしまうというのなら、全てを人間の手で運べばいい。他者のために命を落とすような、愚かな慈愛や無意味な自己犠牲を崇高なものとするのが人間だから。ちょちょいと切っ掛けを投じてやって、人の想いの綾を絡ませ、為す術なくも引き摺り出されてしまうようにと持ってゆけばいい。月の子供も金のカナリアも、覚醒前はただの人間。なればこそ、周囲の動向にだって振り回されよう、誰かが自分のせいで傷つけば何がしか感じもしよう。繊細な存在であるがため、そういった感情には無縁の人格であろう筈がないのだし、万が一にもそうであってもまだ手はあって。人間が作り上げたる"大きな組織の力"というのは不思議なもので、曖昧な宣辞であってもそれが上位下達という種の絶対命令なら、疑いもせずに手足として動き出す傾向が強い。曖昧な巨体。意志を持たないまま、恨みもない相手を冷徹に薙ぎ倒す、権力の"手足"と化した人々。大きな組織であればあるほどに、そんな恐ろしいものに…虚体の一部になっていることへ気づきもしないで、自分の言動の愚かしさを"世の常識・正義だ"と疑いさえしない者たちの何と多かりしことか。それを自在に操れる立場に立つことで、負界の影響力というものを極力消して。

 ………そうして、途中途中にささやかな抵抗に遭いつつも、ようやっと此処まで漕ぎ着けられたというのに。

  《 チッ。》

 魔女は文献で調べたらしきその子守唄。実は実は、当のセナもまた、誰に教わったものなのやら時折口ずさんでもいたものだったから。そこに出て来たフクロウというフレーズを思い出した進が指示することで、間一髪にて危機を回避出来た二人であり。

  「大丈夫か?」
  「…はい。////////

 もう少しで。あと、ほんの一押しで、待望の瞬間が訪れたというのに。聖なる泉が荒波を蹴立てて二人を覆い、彼らから咒の力を吸い尽くし、その命を踏み潰してくれたのに。すんでのところでその"獲物たち"の身を軽々と引き揚げてしまった知恵者がいた。小さな王子を宝物のように抱え上げ、自分からの楯のように広い背中を向けて退避してゆく男。そうだ、思い出した。内乱の終焉を迎え、行方が知れなくなったままの"月の子供"をいよいよ探すことに手をつけようとしていた矢先に、自分が取り憑いたこの王妃の挙動を"不審だ"と真っ向から言い立ててくれた、あの朴念仁な騎士ではなかったか。

  《 忌ま忌ましい輩よ。》

 きりきりと、鋭く吊り上がった目許が広い背中をぎりと睨んだ。何の力もない只の人間ごときが、一体何ということをしてくれたかと、憎々しげに口唇を咬みしめて………。





            ◇



 そのまま意識まで持って行かれそうになった危機を、またもや進さんに救われた。いち早く駆けつけて、その頼もしい両腕
かいなの中へと抱き上げて下さって。こんな時だというのに、何故だろうか、とても幸せだなとセナの小さな胸が熱く熱く沸き立つ。抱え上げられたことで常より間近になった、男らしい精悍なお顔。濃色の眸の奥深い表情が、いつだっていたわりの暖かさに満ちていて。きっと絶対に守るからと、そんな誓いを何度も何度も囁いて下さるのが嬉しくて仕方がない。
"…進さん。///////"
 セナの小さな手がきゅううと騎士殿の胸元、少し厚手の服を掴みしめる。その力の頼りなさが擽ったくてか、再び覗き込んだ進がやわらかく微笑ってくれた………その時だ。


  ………っ!


 その屈強な身体はどこまでも頼もしく、不揃いな前髪の下、深みのある色合いの眸は、いつだって誠実そうな冴えた光をたたえていて。厳しい運命の下、覚束無いほど小さな身に途轍もない災禍の降りかかるセナを、しっかと守って下さって来た、それはそれは雄々しき騎士様で。たった今も、閃いた何かに衝き動かされ、セナの身を危険からすみやかに遠ざけて下さったけれど。そういう他人より勝るところばかりではなくて、何とも朴訥で不器用で。繊細で怖がり屋さんで、ついつい後ずさりばかりしてしまう小さなセナへ、どうやって接すればいいのだろうかと。好もしく想う対象から怯えられるという切ない辛ささえも、自分の非としてその胸へ押し込めて。いつもセナの傍らに居て下さった、優しくて愛しい人。

  「………。」

 泉の縁の、乾いたところへ辿り着き、腕からそろりと降ろして下さって。まだちょっと脚が萎えているセナだと気づいてか、足元まで屈み込んで座る恰好に降ろして下さって。ああ良かったね、蛭魔さんも少し離れたところ、高見さんが雷門陛下を匿
かくまうように横たえておかれてところまで退いていて、桜庭さんから元気になる咒を受けている。そんな様子へと視線をやったセナの、丁度、身体の真上から。


  ――― 不意に。ぐらりと倒れ込んで来たものがあって。


 何が起こったのか、咄嗟には判らなかった。


  "……………え?"


 ハッとしたように表情を強ばらせ、蛭魔がこちらを指差した。顔を上げた桜庭が、高見が、慌ててこちらへ駆けて来た。セナの上へ覆いかぶさるように倒れた彼を、そぉっと手早く抱え起こして居場所を移し、まずは剣を抜こうとした高見を押し留め、桜庭が何かしらの咒を唱える。それから…その広い背中へと深々と突き刺さっていた短剣を引き抜いた高見であり。

  "………。"

 桜庭が必死の形相になって、印を結んでは様々に咒を唱え続けている。戻って来いと、行くなと、悲鳴に近い声で呼びかけながら沢山の咒を唱えては、その手のひらを進の背中に頭にと押しつけて、念を送り続けている。

  "………あ。"

 何かしらの重圧や抵抗が全身にのしかかっているような気がしたセナだ。さっき泉の中ほどで感じた突然の消耗感は、生気を泉に吸われかかっていた故の、体や気持ちの萎えであったらしく。今、この身に感じているのは、無論それではない。動きの鈍い自分の身体が何とも呪わしくて。足に膝に、力が入らないのが忌ま忌ましくて。それでも、そんな負担を振り切るようにようやっと立ち上がる。どうしてだろうか、すぐ近くにいるみんなが遠い。視野や耳、肌の触覚にも、薄皮のような膜が張ったみたいな感覚があって、

  "…なに?"

 自分の周囲で何が起こっているのか、一瞬、何もかもが判らなくなった。皆さんの声が聞こえない。向かう先へと投じた視線の焦点が合わない。見たくないという強い想いが、知らず知らず邪魔をしているのだろうか。

  "………っ!"

 悲壮な表情になって首を横に振る高見や桜庭を見て、ほんの数歩先へと駆け寄ろうとしかかっていたセナの動きが凍りつく。それが何を指すのか、どういう意味なのか。理解したくはないけど、信じたくはないけれど、でも…。瞼を降ろしたあの人は、こんな急場だというのに起き上がって来ない。自分のこと、守るからって言ってたのに。不安にさせないって、大切な人だからって。だから、自分も頑張ろうって思ったのに。進さんがいるから、支えてくれるから、頑張ってそれに報いなきゃって………。

  「
…いや。」

 信じたくない、でも。やはり無意識に逃げ出したくなってか、それともまだ足が萎えているのか。知らず知らずの内にも数歩ほど後ずさりしていた。今さっき上がって来たばかりな泉へのゆるやかな傾斜に足が戻りかけており、浸ったブーツの革を水圧が軽く圧迫する。そんな泉水の冷たい感触に少しばかりハッとして、
"…夢なんかじゃない?"
 この晩は、本当に目まぐるしいほどに色んなことが一気に襲い掛かって来ていて。でも、必ず誰かが傍らにいてくれたから、これまでは何とか気丈にも頑張れたけれど。そしてそして、もう離れないと肩を抱いて下さった進さんの懐ろへ戻れたから、

  "………進さん。"

 やっと、通じ合えたのに。ぎくしゃくしていたのがやっと解けて、それより以前以上に大切な人という気持ちは膨らんで。しかも…進さんの側からの優しい気持ちも示してもらえて。大変な運命と大変な危機の渦中にあっても、気丈でいられた、我慢出来た、頑張れたのは。もう独りじゃないんだよって、あなたは大事な人だから、ずっとずっと傍らにいるよって、あの深色の眸で言ってもらえたからなのに。


  ――― その人が………。進さんが……………眸を開けない。




       いや…。そんなの、いや、だ。

















   
「…いやぁあぁぁぁっっっ!!!」






 耳を塞ぐような格好で両手で頬を包み込み、現実を…この悲劇を認めたくはないと、セナが絶叫したその瞬間に。


  ――― ばぼうっっ、と。


 何かしら。大きな衝撃波が洞内全体へと一気に弾けた気配が起こった。桜庭が灯した光玉たちが音もなく宙を泳いで逃げ惑う。
「え?」
 その場の空気ごと膨らませて弾けた気配に、何事かと、ハッとした面々が視線を向けた先には、後ずさりでもしたのか泉の縁から中へと踏み込んで立っているセナがいて。
「…チビ?」
 一番に衝撃を受けているのだろう彼だというのは判るが、その様子が…何だか訝
おかしい。金切り声で叫んだその瞬間に、他のどこからでもなく彼の体から、勢いよく何か風のようなものが吹き出している。シャツの裾を襟を激しくはためかせ、柔らかな髪を軽々と真上へひらひらと舞い上げていて。


  「な…っ。」


 その気配は…広々とした地下空間いっぱいを埋め尽くす勢いで、存在感ごと目に見えないパワーをぐんぐんと発散してゆくばかりであり。やがて…今は呆然としたままに天を仰いでいるばかりな、小さなセナ本人が立つ足元から、風とともに黄金の光までもが噴出し始めている。彼の体や顔の凹凸を深い陰影に刻んで沸き立つ、それは正に"奔流"だった。彼の足元から力強く噴き上がる、目映い閃光の矢のような束、束、束………。

  《 ふふふ…。》

 それを対岸から眺めていた魔女が不吉な笑い方をする。

《 フクロウの泉は禊の泉だ。他の時ならいざ知らず、月光に青く染まった時だけは、咒の力を持つ者は全て人外と見なされ、生気ごと咒の力を根こそぎ奪われてしまうんだよ。そのまま力を泉に奪われて、涸れて倒れて死んでしまうが良いサ。》

 憎々しげに言い放ち、白い喉元をのけ反らせて高らかに嘲笑う魔女であり、
「な…っ。」
 そんな泉だったのかと、やっと判って臍を咬むと同時に。せっかく進が不審に気づいて救ってくれたというのに。そして、そのせいで命まで落としたというのに。なのに、相手の思う壷に事は運んでいるというのかと、金髪の魔導師さんが勢い良くも立ち上がる。

  「…チビを連れて行かれては話にならない。」

 そんな道行きは進だとて喜ぶまい。呆然と立ち尽くす高見と桜庭に駆け寄った蛭魔は、彼らに目配せをし、進の体をもっと離れた辺りへ運べと指示した。だが、
「妖一はどうするのさ。」
 指示されたことへ素直に取り掛からず、目許を眇めた桜庭へ、
「決まってるだろ? あいつを引き揚げる。」
「…っ、ダメだよっ。」
 そんなの無理だ、妖一まで引き摺り込まれちゃうよ? 日頃は柔らかなその表情を尖らせて、それこそ必死で言い聞かせようとする桜庭だったが、蛭魔の表情だって動かない。固い決意に動かない顔。いつだって強情で我儘で、さんざん手を焼かされたことを桜庭に自然と思い起こさせて。

  「このままじゃあ結局同じだ。
   あのまま、もしもチビが"滅びの業火"とやらを放ってみな。」
  「………っ。」

 それを恐れている訳でなく、ただ。せっかく進が助けたセナなのに、このままむざむざと死なす訳には行かないではないか。だからと固められた蛭魔の決意であるらしく、
「じゃあ、僕が行く。」
「ダメだ。」
「どうして。」
 ますます悲壮な顔になる桜庭へ、

  「俺は、あんなデカブツをかつぐ気はねぇ。だから、お前は向こうだよ。」

 そんな…と、こんな時だというのに詰まらない屁理屈を持ち出した蛭魔へ呆然とした桜庭だったが、
「急ぎな。」
 とんと肩口を押しやられ、見交わしたお顔がニッと笑う。
「言っとくが、俺はチビと心中するつもりはさらさらない。必ず引っ張り揚げるから、お前は向こうでいい子で待ってな。」




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 *ひいぃぃぃぃいいぃぃ………っっっ!!!
  またまた妙なところにて切ってしまってごめんなさいです。
  絶体絶命の彼らなのか、
  セナが放った生気の爆発は、果たして“滅びの業火”なのか。
  続きはしばしお待ちあれっ!

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