月の子供 23  〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          
エピローグ



 陽射しがあるとほこほこと暖かい、それはよく晴れた晩秋の昼下がり。よく手入れされた芝草は、代々のお抱え庭師によって季節毎に入っていい区域が厳重に決められていて、それぞれに種類の違う芝が植えられてあり。なればこそ、四季折々いつでも青々とした緑を眺められるようにと計算されているのだそうで。今の時期だと、この西向きの区画の芝が一番元気。その、健やかなる緑の絨毯の上に大きな手をつき、とんと地を蹴って軽々と逆立ちをしただけでも、

  "わぁ…。"

 とっても素敵な技なのに、そのまま片手を離し、中空に逆さまになっている体の側線へとその腕を添わせたから、

  "うわぁ…っ。"

 観ているだけでもワクワクする。なのになのに、その上に、立てた片腕をぐぐっと、屈伸させ始める人なものだから、瀬那のワクワクはあっと言う間に"ドキドキ"に擦り替わってしまい、

  「し、進さん…。」

 凄いですぅと続けかけたお口をぱふっと、小さな手で蓋してしまう。だってこんな凄いことをするなんて、きっと物凄く神経を集中させていらっしゃるに違いない。余計な声をかけてはお邪魔になるから いけない いけない。様々な色をした綺麗な自然石を組み合わせてモザイクのように飾られた、広いポーチの端っこ。藍染め陶器のスツールに腰掛けて、小さな王子様はそれは雄々しい騎士様のトレーニングを見学中。あの騒動から数日が過ぎていて、もうすっかりと体の方も回復した進さんであり、じっとしていては体が鈍
なまるからと、日々のトレーニングを欠かさない。黙々と厳しいメニューをこなす、そんな彼の壮健ぶりを、暇さえあれば見学しにとやって来て、時には重しの代わりにと腕立て伏せの背中に乗っかるように言われたりもするセナ様であったりするらしい。ただでさえ屈強精悍な大きな身体をなさっているのに、その重々しい体を腕一本だけで支えてしまうなんて。しかもしかも、その腕で"変則腕立て伏せ"までやってしまうなんて、あまりにも凄いこと。とはいえ、彼にはこの程度のことはさして負担でないらしく、ゆぅっくりとした屈伸なのは出来るだけ時間をかけることで筋力をつけているのだと、
"先日、お教えいただいたけれど…。"
 両方それぞれの腕で百単位ずつという反復運動を、飽きもしないでほややんと眺め、秋空へと向けて高々と上げられた脚がゆっくり元の位置に戻されると、傍らに用意されてあった手ぬぐいと上着、陶器のコップに注いでおいたお水を運んで差し上げる。うっすらとかいた汗を拭う彼に、
「凄いです。こんな難しいこともやって鍛えてらっしゃるのですね。///////
 興奮から頬をうっすら赤らめて、心から感嘆するセナであり、
「ボクなんて、逆立ちも出来ませんもの。」
 えへへと首を竦めて恥ずかしそうに小さく笑った。そらなぁ、ベンチプレスが、頑張って40キロではなぁ。極端な話、体重も支えられないって事にならないか? 人間は自分の体重の3倍までは、鍛えれば抱えられるそうで。(というか、それ以上は生態学的にも物理学的にも無理だそうだから、どこぞの船長さんとか剣豪さんは、もはや人間ではないということに…。) …って。何だか思い切り、話が原作の世界へと逸れておりますが。こんな余談を伸び伸びと綴れるのも、ようやっと平和に穏やかな状況へ、彼らが落ち着いたればこそのこと。額の縁や横鬢、顎の下のおとがいなどに滲んでいた汗を手際よく拭った騎士様は、何とも可愛らしいことを口になさる小さな王子様へ、それはほっこりと口許をほころばせ、柔らかな前髪をいつものようにぽふぽふと撫でて差し上げたのだった。





            ◇



 あれから何がどう変わったのかと言えば。まずは正気に戻られた皇太后様が、内務にも外務にもてきぱきと動かれて。セナやアンジェリーク様を随分と強引に捜索していた旨の数々のお触れを引っ込めたその上で、臨時に雇われた無頼の者たちによる便乗犯罪の数々をきっちりと調査し、徹底的に裁定を下すようにという新しいお触れを強く広められた。それから、アンジェリーク様に付き従って命を落とした重臣の方々の死を"殉職"と認め、彼らへの追悼の儀式を執り行ったが、

  『母様自身のことへはあまり触れないで下さい。』

 判断的なところでの誤りをお認めになられると、今現在の治世に悪影響が出ると思うんです、と、セナ本人がそうと言い出したので。それへと甘える訳ではないけれど、この騒動の全貌は元より、アンジェリーク様を"国母"相当の聖人として追悼したことも、国民たちへは"わざわざの公開"をしないこととした。但し、彼女の生国へはさすがにそのままにもしておけないので、高見さんが事情の説明にと極秘使節として母国の陽雨国まで渡って下さることとなり、それから。

  『…勉強や仕事が増えたよな。』

 雷門国王陛下は、これからは自分こそが主軸となって政治を動かさねばならないからと、皇太后様や大臣たちと共に政務へも顔を出し、それと平行してみっちりと政治のお勉強をすることが義務づけられて忙しそうで。頑張ってねと苦笑したセナへは、

  『お前だって他人事じゃねぇだろが。』
  『………はい。』

 何しろ不慣れなことだから。咒というもののそもそもの成り立ちや扱い方、集中の仕方、基本的な咒の唱え方とその応用、咒の呪文や魔法陣を間違えてしまった時の対処法、困った時のQ&A、等々々。
おいおい いくら"光の公主"という存在になったとはいえ、今のところは力だけを覚醒させただけという状態なので、その筋の専門家である蛭魔や桜庭にその力の制御の仕方や引き出し方など、毎日のようにレクチャーを受けており、

  『機械でも家畜でも、最初に教えるのは"停止させる方法"だそうでな。』

 PCもそうですもんねvv 主人が制御してこその存在や力である以上、最大の覇権として"屈服させる"ことである"制止"という制御をまずは完璧に叩き込まなければならない。物凄く危険な馬力や能力を持つものほど、この点は徹底されるそうで、暴走したら一体誰が止めるのかというのは、成程大事なことですからね。とはいえ…畏れ多くも"光の公主"様を家畜と同じ扱いにするところが、相変わらず強腰な蛭魔さんであることよ。そして、
『これは僕よりも妖一に教わるべきことだしね。』
 桜庭さんは何と言っても生まれついての精霊さんだったので、咒を使えて当たり前。
"何しろ大阪生まれなので、気がついたら関西弁で喋ってました"
というようなクチであり。
こらこら そんな身なせいか、誰かに教えるというのはなかなか大変なのだそうで。やれ集中だ、ほら よそ見をすんじゃねぇと、金髪痩躯の怖い怖い先生がマンツーマンでご教授くださる、それは厳しい修行が毎日数時間ほどずつ続いているのだそうな。
「この俺様でも大きな力の制御には何年かの修養が必要だったんだからな。素人がそうそうケロリと出来るもんじゃねぇんだよ。」
「ふえぇ…。」
 何しろ言葉が荒いし、すぐに手が出る足が出るお方。なので、一見するといちいち身を竦ませてしまうような…ちょこっとばかり"スパルタ教育"風ではあるものの、それだけ半端なままにはしておけない代物を扱っている訳だし。それにそれに…素直な素養へ最初の基本を教えているだけなので、するすると吸収する優等生相手のお勉強はなかなかの能率で進んでもいるらしく。

  「じゃあ、昨日やった"対流補完の咒"をやってみ。」
  「えとえと、確か…。」

 此処は広々とした王子様の居室。目に優しい柔らかなトーンの白を基調とした、清楚ながらも神経の行き届いた調度が並ぶ、若々しい印象と落ち着いた雰囲気が絶妙に整えられたフロアであり。陽光を透かすオーガンジーのカーテンが両サイドにふっくらと束ねられた大きな窓のすぐ傍ら。窓辺に植えられたまだ若い常緑の木立の梢の隙間から降りそそぐ明るい陽射しを浴びて、柔らかな髪を軽やかな栗色へと温めている王子様。大きな瞳をくりくりと動かしながら、机の上やら羊皮紙を綴った古い魔導書の金縁の装丁やらを、覚束ない視線で"えとえと"と撫でつつ………何刻か。

  「………………まだ出ねぇか?」
  「…あっ、そだっ!」

 優美な曲線を描く猫脚に、白蝶貝の蒔絵の端正な細工も麗しい、東洋風の装飾の施された小さな書き物机を挟む格好にて。お向かいに座って胸の前へと組まれた撓やかな腕の先、手のひらを伏せた格好になっている二の腕を、とんとんとん…と指先で叩いて待ってらっしゃる気の短い先生へ、思い出しましたっと手を挙げて、

  「βρξζλ…。」

 神妙なお顔になって"むにむにむに…"と、習ったばかりの咒を唱えれば。窓を閉めているお部屋にどこからか、さらさらした風がそよぎ込んで来たではないか。仄かに柑橘類の香りを載せた、それは爽やかな匂いのする風に前髪を擽られた蛭魔センセー、

  「よーし、上出来だ。」

 こちらへ伸ばして来た綺麗な手でわしわしと、セナの猫っ毛を掻き回すみたいに撫でて下さる。ちょっとばかり力が籠もっていた乱暴な応酬へ"あやあやvv"と振り回されかかりながらも、セナくんの側も嬉しそうであり、稚いお顔が屈託なくほころんでいるのを眩しそうに眺めやり、
「こういう細かいもんは、実のところはそうそう全部覚えてなくていい。咒を思い出せなきゃ"魔導書"を引けば良いんだからな。要はちゃんと制御出来るか、適当な力ってもんを調整出来るかだ。」
 蛭魔センセーはそんな風に言って、
「日頃の普通の生活にはそうそう必要ではないものだしな。だから、いざって時にはついつい焦っちまうこともあるんだろうけれど。慌てなくて良いから、まずは落ち着いて念じること。良いな?」
「はいっ。」
 とっとと思い出さないと蹴るぞと言わんばかりの教え方をしていた短気なセンセーが、よくもまあ、そんな勝手なことを言い出せるもんだよなと。少し離れたソファーに腰を落ち着けて"見学者"に回っていた桜庭辺りは苦笑が絶えない様子だったが、その苦しげな失笑を誰かさんに見とがめられる前にと、小さく咳払いをし、

  「そうそう。セナくんてば陛下にいきなりなことを申し出たんだって?」
  「あ、はい…。」

 それは今朝方のお食事中のこと。この修養が一通り終わったら、セナくんは南のあの村に帰りたいと言い出したらしく。これは蛭魔にも寝耳に水な話だったのか、それは素直に意表をつかれたというお顔になった。

  「? なんでだ?」

 あんな何にもない辺鄙な村に、何を物好きに戻りたいなんて言い出すかなと。怪訝に感じた彼であるらしく。この王宮こそが生まれ故郷じゃないかと、雷門陛下も同様なほどに驚かれ、暗に"そんなのないよう"と引き留めがちな言いようをなさったそうだが、

  「だって何だか…。
   ボクには此処での記憶よりもあの村の思い出の方が現実ですし。」

 最後まで一緒にいてくれた まもりさんの封印魔法に掻き消されたか、覚えているのは数年前からこっちのことだけ。それでもね。その範囲内の記憶の中ではずっと一人暮らしをしていた自分ではあったのだけれど、あらためて思い返せば"独りぼっち"じゃなかったから。お年を召した方々が大半の、ちょっぴり寂しい小さな村だったけれど、季節の折々、楽しいことが一杯あったし、何かというと皆さんが優しく構って下さった。今度は自分が皆さんに何か恩返しがしたいんですと、小さな王子様は"光の公主"という途轍もない存在になられたことが分かっているのだろうかと思うような、たいそう素朴な望みを抱えていらっしゃるらしく。

  "その気になりゃあ、大地に話しかけて作物だって育て放題。
   あんな寒村の1つや2つ、
   あっと言う間に栄えさせるのも簡単な身になったっていうのにな。"

 相変わらずにお幸せなトボケ方をしている少年なのだろうかと案じれば、

  「何かあったら、此処へは"旅の扉"を使って戻って来れますし。」

 おお、一応は分かっている部分もあるらしい。
「封印の結界がほどけたことで、もしかしたら皆さんの方が僕を忘れちゃってるのかなって。それだけが心配だったんですけど、桜庭さんにそんなことは起こってないって言われましたし。」
 そんな風に引き合いに出されたものだから。気立てのやさしい亜麻色髪の魔導師さんが、少々面映ゆげな顔になる、
「うん。一緒に過ごして来た数年の、実体験っていう記憶はそうそう消せはしないからね。後から何か改めて記憶操作をしていない限り、昔の、封印されてた方のことを"そういえば…"ってぼちぼちと思い出しすことがあるくらいで、セナくんのことを忘れてはいらっしゃらないと思う。」
 だってほら、あの"迷いの森"に攫われてから戻って来た時も。よう帰って来たねぇって喜んでもらえたんでしょ? 深色の目許を細める桜庭さんへ、セナくん、こくんと頷いて見せて、
「だから、あのその…。」
 こんな僕では大して頼りにならないでしょうけれど。心優しい皆さんにもう一度お会いしたいし、出来ればこれまでと同じように一緒に暮らしたいと。恥ずかしそうに紡ぐ王子様であり、

  「………ま、頼りにならんってことは無くなるんじゃねぇのか?」

 セナと桜庭の二人だけで話題にしていたような話運びだったのへ、面白くねぇと拗ねでもしたのか。自分には関係ないからどうでも良いと言いたげな口調で、腰掛けていた椅子の背もたれへ、ぐいと撓やかな背中を伸ばす黒魔導師さんであり。そういう態度はともかく、彼には珍しい褒めるような言いようを、それも本人へするなんてと、内心でビックリしつつも、

  「そうだよね。セナくん、随分としっかりして来たし。」

 桜庭さんが励ますような言いようを重ねれば。

  「バ〜カ。こいつが危なっかしいのはほとんど変わってねぇぞ。」

 すかさずのように、斟酌のないお言葉がぐっさりと二人へ放られた。椅子の後ろ脚だけに体重をかけて傾かせ、行儀悪くもぐらぐらと揺らしつつという座り方にて、お暢気な認識をしているらしき二人をやや眇めた淡灰色の眸でちろりんと見やった金髪の悪魔さん、

  「ただ、こいつがそんなことを言い出せば、
   まず間違いなく漏れなく付いてくる"オプション"があろうが。」

 そいつが頼り
アテにされるに違いないと、そう言いたかったんだ、このお気楽野郎どもがよと。呆れ半分、からかい半分、ふふんと反っ繰り返って言う妖一さんへ、
「そんな言い方って ひっど〜いっ。」
 桜庭がむむうと膨れ、セナくんも何か言ってやんなよ、ほれほれと けしかけて。とはいえ、
「えと、あのその…。」
 人様を愚弄したり罵声を浴びせたりという経験のない王子様が"あやや、困ったな"と愛らしいお顔のまま眉を下げていると。どういうタイミングか、それとも こやつは、蘇りついでに"セナ様専用"の危険探知機能を身につけたのか。白い騎士様が差し入れの果物と共に、お勉強中のセナ様のお部屋をお訪ねになったところだったりして。

  「あ、進。丁度いいトコに来た。」
  「え? 進さん? ////////
  「よぉ、進。お前も急な"婿入り"で大変だな。」
  「なっ、何を言い出すんですよう、蛭魔さんたらっ! ///////

 わいわいと賑やかな集まりの中、キョトンとしたまま引き入れられた騎士様。真っ赤になったセナ王子が…もしや熱でもお出しになったのではと心配したのは、また別の騒動になるので、今日はこれまで。



  ――― 長々と綴りましたる奇妙珍妙なお話へ、
       辛抱強くもお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
       お気を揉ませたり混乱させたりと、
       皆様のお気持ちを未熟者が引っ張り回してしまいまして
       まことに相すみませんでした。

       またの機会がございましたなら、
       この面子たちのその後をご報告も致しますが、
       今日のところはとりあえず、
       この不束なる口上をもちまして、
       ひとたびのお別れと参りましょう。
       それではまたの出会いにて……………。




  〜Fine〜  04.1.31.〜5.14.


  *今から大急ぎで手直しするんですが、
   物凄いミスを発見して大慌てになっている筆者でございます。
   果たしてちゃんと訂正が利くんだろうか。
   気が付いていても知らん顔を通して下さった沢山の方、
   本当にありがとうございましたです。


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 *エピローグ背景には
  れもんさまのサイト『White Board』さんの素材をお借りいたしました。

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