月の子供 C  〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          



 何だか由々しき暗雲の気配を感じつつある、若き魔導師様たちでございますが。そんな彼らのいるのと同じ大陸の、南の端っこの小さな小さな寒村には、まだそんな物騒な気配は微塵にも届いてはいない様子であり。そして、気持ちがいいほどに天高く晴れ渡った晩秋の空の下では、

  「おはようございます、剣士様。」
  「今日はいいお日和ですね、剣士様。」

 穏やかな物腰の通りすがりの村人たちからご挨拶されて、無言のままながらも会釈を返しているのは。…ああ良かったvv あの渡り剣士様は まだ此処にご滞在中な模様でございます。
(苦笑) 神隠しにあってしまった少年を連れ帰って下さった、それは頼もしい旅の剣士様。昔々から今の今まで、戦いやら争いごとには一切縁がない平和な土地の素朴で純真な村人たちも、この、雄々しくも凛々しい、だがだが…寡黙が過ぎるがために ちょっと取っつきにくい剣士様の威容には、当初はさすがに仄かな警戒…というより、畏怖の思いを感じてもいたのだが。お願いすれば畑仕事から水車や風車の修理、挽いた小麦の運搬に、屋根に上がって降りられなくなったヤギ下ろしまで(笑) 何でもこなして下さる働き者で。何のことはない、長く戦いくさに身を置いてこられた方だからお顔の筋肉がちょこっと凍っていらっしゃるだけのことでおいおい、至って誠実でお優しい人柄な方なのだということには皆もすぐにも気づいて、そのまま馴染んでしまい。今では、道で擦れ違えば気さくに会釈を向け、お天気のお話を交えたご挨拶をし、精がつきますから たんとお上がり下さいませと牛肉やら乳製品やら届けて下さるわという、なかなかの歓待振り。老人が多い村だから頼もしい男手をついつい頼って引き留めておきたいという想いも、正直なところなくはないが、それよりも。彼が連れ帰って下さった少年が、剣士様をそれはお慕いしている様が痛々しいほどに分かるので。それでつい、もう少しもう少し、傍らにいてやって下さいませと願ってしまっての運びであるらしい。身寄りのいない少年。素直で優しい、それは良い子なのにね。時々こそりと寂しげなお顔をするのを、住人たちはよくよく知っている。もっと雄々しくて逞しい体であったなら、この剣士様のように頼りがいのある存在だったなら良かったのに。力仕事も釣りも狩りも、どうかすると年のいった皆様に いまだに助けられているほどに、何をさせても頼りなく。そんな身であることをいつもいつも引け目に感じていた、気立ての優しい本当に良い子だからね。自信を持つ心の礎とするためにも、間近に頼れる人がいれば良いのにと、皆してそんなことを思っていたんです。心安らかなままに甘えられる人、全身を預けて凭れることの出来る人がいればね、自分もその人に応えたいと踏ん張って頑張ることが出来る。だから、そんな"家族"を持たないあの少年を、どうか支えてほしいと、皆して剣士様に望んでいたのです。

  ――― そして。

 そんな周囲からの微妙な思惑やら期待やら、繊細な機微には………到底気づきそうにはない、実直の塊り、質実剛健を地でゆくという風情の、いかにも神経の配線接触の悪そうな、鈍感そうな剣士様は
(そこまで言うかい)、だが。その割には…村中の畑をきれいに耕し終えても、牧場の柵に風車や水車、教会に公民館などなど全部を新品同然に改装し終えても、まだどこかに力仕事はないかと村を見回って下さっており。少なくとも"今日明日にも"という旅立ちの気配はないご様子なので、皆して こそりと安堵している今日この頃というところ。この村の安穏とした空気がお気に召したのだろうか。それとも、剣士様の側でもあの子のことを気の毒にと、独りぼっちで置き去りには出来ないと、そう思って下さっているのかも。何だったら連れて行って下さっても構いませんのに。そうだね、此処を故郷と思って、たまに帰って来てくれればいい。嫁にするにはまだまだ不束なところも多い子だけれど、結婚して寄り添うてから覚えることも たんとあるからねぇ。いやですよ、マルガリータさん、セナは男の子ですよう。おや、そうだったかねぇ。あんまり いじらしいものだから、つい。…おいおい


  ――― 平和だねぇ、うんうん。
(笑)








            ◇



 さてさて、村人たちからそんな話題にされているお嫁様、もとえ…瀬那くんの方では。

  "やっぱり新しいのを揃えた方が早いかなぁ。"

 そろそろ冬の支度を始めなければと、家の屋根裏に上がって次の季節の衣類を詰めた桑折(こおり)を引っ張り出しながら、何かしら思案の真っ最中というご様子。この辺りは南の土地なので、冬に入ればたちまち雪に覆われて身動きが出来なくなるとか、井戸や池が凍って飲料水に困るだとかいった、そうまでの厳しい状況は迎えないのだけれども。それでもそれなりの、例えば衣服や寝具を衣替えしたり、そうそう湯たんぽや火桶を出しておかないと…などという準備は必要。しかもこの冬は…微妙に独りぼっちではないかもしれない。大好きだったお姉さんが亡くなってからずっとそうだったような、独りで過ごす冬ではないのかも。

  "…進さんは。"

 どうなさる おつもりなのだろうかと。このところその胸を締めつけてやまない、甘くて切ない思案に耽るセナくんだ。冬になっても此処に居らして下さるのだろうか。もうもう このまま、なし崩し的にずっとずっと此処にいて下さればいいのに。次の日曜には隣り村に市が立つから、体つきの大きな剣士様の冬のお洋服を揃えに行きましょうかと、それとなくお話ししてみようかな。でもでも、そんなものは荷物になるから要らないと言われたらどうしよう。そうか冬になる前には旅立たねばなと、むしろ彼を急かす結果にならないか。そんな風に運んだら怖いと、まだ想像の段階であるのに小さな肩が本当にふるりと震えたほどであり。どうしたものかなと、幼い唇のふくらみを真っ白な前歯で きりと切なげに噛みしめたセナだったが、

  「あれ?」

 ふと。視界の中に…何かを見つけた。頼もしい梁が何本か走る頭上の、その一番奥の梁の隅っこに。今まで気がつかなかった小さな小箱があるのに眸がいった。
"あんなとこに?"
 季節が変わるごとに、若しくは普段は使わないお道具を出す時などにも、此処へは結構上っていたのに。探しもののためにだけでなく、お掃除をしにも頻繁に上がっていたのに。今の今まで、そんなものがあることに全く気がつかなかった。自分がいなかった間だって、村人たちの誰も足を踏み入れてはいないのだから、それより以前からあったことになるのだが。
"???"
 目立たない色合いや大きさでもあったけれどそれ以上に、
"何の箱?"
 セナには見覚えが全くない。さほどの家財がある家でなし、そうそう自分が知らぬものがあるとも思えないのだが。粗末な木組みの脚立をその真下へ置き直して登り、そぉっと手に取って見る。気がつかなかったままに放置されていた割にはあまり埃をかぶっておらず、モザイクみたいな組み木細工の模様も手が込んでいて、それは綺麗な出来だった。ただ…。
「蓋がない?」
 ぐるりと見回した周りに合わせ目がない。どうやら、あちこちを少しずつ少しずつずらして開ける、一種の"からくり箱"であるようだ。小さい頃の玩具だったもの? それとも、亡くなったお姉ちゃんの宝物入れかも? ああ、それで隠してあったのかしら。だったら、中を見ては悪いのかな。そんなこんなと考えていたら、

  「…あ。」

 階下で扉を開く音。外へと出掛けてらした剣士様が戻って来られたんだと、わたわた慌てて立ち上がる。そろそろお茶の時間だし、こんなところに登っていて姿が見えなければ、進さんに心配をさせてしまう。少々焦りもって立ち上がったものだから、その拍子に手から滑り落ちた小箱は"かたたん・からら…"と乾いた音を立てながら床へと転がり、部屋の隅っこの壁に当たって…上部が開いた。どうやらぶつけた衝撃で壊れたらしく、

  「あ〜。」

 どうしてこうも おドジなんだかと、自己嫌悪を抱えつつ脚立から降りて。古い床板をキシキシと軋ませながら傍らまで寄る。屋根の一角に開けられた明かり取りの天窓から、晩秋の陽射しが斜めに差し入って来ていて、まるで小さなスポットライトのよう。歩み寄ると、その金色の光の帯の中、小さな埃たちが海中の微生物のようにゆぅっくりと漂っているのが見て取れて。目映い光は転げた側面の一辺がぱかりと開いた小箱を照らしているばかり…だったのだが。

  "…あれ?"

 その中に。ふかふかの綿の実にくるまれるようになった、何か光っているものが収まっているのを見つけたセナだ。


   「これって…?」









            ◇



 その家はさほど広くはなく、外からのドアから入るとそのまま一階の居心地の良い居間になっており。きちんと整理のなされた室内をゆっくりと見回してみたが、セナの姿はそこにはない。

  "…?"

 街道とのつながりようの関係で外を一回りしてから玄関へ辿り着いたので、周囲のどこにも姿がなかった以上はこの家の中に居る筈なのだが。それとも、自分とは行き違いにどこかのお宅へお手伝いにと出掛けてしまったばかりな少年なのだろうか。それは良く気のつく優しいセナ。村のお年寄りたちの手で、それはそれは可愛がられて育ったせいか、弱い者への心くばりは際限がないほどに行き届いており。多少の不都合や不自由くらい何するものぞというくらい、頑健で無頓着なこの自分にまで、

  『お肉、まだありますよ? あ、ソースを足しましょうか?』
  『足元はお寒くはないですか?』
  『進さんは背が高いですから…毛布、もう一枚要りますよね?』

 痒いところに手が届く…どころの騒ぎではない。痒くなる思う前に対処をしてくれようという勢いで構ってくれている。渡り剣士といえど、そうそう戦いの中にばかりいた進ではなく。とはいえ、ご本人が取っ付きにくい風貌・態度な男であったがために、周囲から敬遠され遠巻きにされることにこそ慣れていたものだから。こうまで至れり尽くせりな待遇に置かれると、時に鼻白らむことも少なくはないのだが。小さなセナの懸命に尽くしてくれるお顔にあうと、どういうものか無下にも出来ず。それに…何とも愛らしい彼が、優しい気遣いとともに健気なまでの笑顔を見せてくれるのが、何とも言えない感覚を彼に与えてやまない。

  "………。"

 頼りなくも力弱い、なのに一生懸命な想いの籠もった小さな手。何かしら重いものを運ぼうとしているのを見かねて、その手から取り上げるのにも…これまでになかったほどの神経が要る繊細な相手。ただただ一撃の下に倒し平らげていい"敵"でなく、容赦なく掴み掛かっていい、武道鍛練の組み手の相手でもなく。そよ吹く風にもはらはらと、その細い身を震わせて倒れてしまいそうな稚
いとけない少年。敵とかち合わせる剣の重い手ごたえの中に命の充実を覚え、気を抜けばそのまま死に踏み込むこととなる、冷ややかで鋭利な緊迫を常に感じた"戦闘"に比すれば…何かと勝手が違うのだけれど。そんな繊細な彼をいたわるために、これまでの彼にはない気遣いを払っていることが…擽ったくも嬉しいらしい自分に気づいたのが、この数日のこと。これまでだとて、誰かを何かを守るために戦って来た筈だったのに、そういえば。具体的に"誰を、何を"守っているのか、ちゃんと本当に把握して剣を振るっていた自分であったろうか。誰かのためにと強く意識するのは、称賛や感謝という見返りを求めているような気がして、知らないままにいようとしていたのかも。何を守っているのかと問われれば、突き詰めれば"自分の精進のため"というところへ帰着していたような。

  「…?」

 ふと。頭上の、もう何層か上の辺りで"…かた"というかすかな物音がした。それから、きしきし…こつこつという、小さな足音が歩く気配。ああ、セナはどうやら屋根裏にいるらしいなと、そうと判ってホッとする。その足音がやがて、ぎっぎっとリズミカルにハシゴを軋ませて降りて来て、

  「進さん、お帰りなさいです。」

 隣りのキッチンから、彼が待ち兼ねていた愛らしいお顔が含羞
はにかみながら出て来て、すぐにお茶にしますからね…と引っ込み掛かり、その足元に何かが"…かたり"と落っこちる。

  "…?"

 長い腕と俊敏さが、倍ほどにも離れていた進の方へ勝利をもたらし、あやや…と振り返ったセナよりも先に、大きくて武骨な手がその小箱を拾い上げていて。そぉっと持ち上げ、全容を眺め、

  "これは?"と

 微かに、問うているような気配を感じて。セナが"えと…"と困ったようなお顔になった。
「あの。屋根裏で見つけたんです。」
 蓋が力任せに外れた、からくり小箱。その中に緩衝材代わりに軽く詰め込まれた綿花に支えられるようになって、小さな何かが収まっている。装飾品…なのだろうか? それとも…お守り? 籠のように、鳥の巣のように。デタラメに巻きつけられた銀のワイヤーの中に取り込まれた、小さな水晶玉…というところだろうか。
「一体 何なんだか、ボクにも判らなくて。」
 ダメですね、自分チなのに把握出来てないなんて。眉を下げて笑ったセナだったが、そんな彼の表情がハッと弾かれて。

  「…?」

 彼の視線が向いた先、自分が先程入って来たドアを、その雄々しき肩越しに振り返った進は、

  「よお、久し振りだな。」

 音もなく開かれていたドアの間口一杯に、一人の男が立っている姿を視野に納めた。戸口の木枠の片やに細いが強靭そうな背を預けて凭れ、もう一方の側へ行儀悪くも蹴り上げるようなポーズにて伸ばされた脚の先、踵で踏み付けるようにして引っかけて。人の気配には敏感な進が、なのに その来訪に全く気がつかなかった、金の髪した妖麗な青年へ、セナが"ぱあっ"とその表情を輝かせる。


   「蛭魔さんっ!」


 忘れはしない命の恩人。相変わらず、真っ黒な道着と深紅のマントという、一見毒々しい装束に身を固め、透けるような肌と玲瓏なまでの麗しき容貌をした。堕天使みたいな"優しい悪魔"さんの登場に、何かを感じたのは…今のところは読者の皆様と筆者だけなようである。
こらこら





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 *まだまだ助走の段階でございますのに、
  何やら…回りくどいというのか、
  ややこしい設定ばかりを並べ立てていて済みませんです。
  そして次の章も、因縁話に終始しそうです。シクシク…。