それが かりそめの恋ならば… A
 



          




 待ち合わせたのは駅前に横方向に伸びている舗道の、ガードレール沿いの隅っこで。それを思い出したのは、彼本人に呼び止められてからだった。

  「ごめんね、待った?」

 スタンドカフェから出て来て、人の流れに乗り、そのまま駅へと向かいかかっていたこちらを、平日で閑散としているとは言っても一応は繁華街の少なくはない人通りの中から、あっさりと見つけて拾い上げてしまった桜庭で。まるで、取って来いと投げられたディスクをちゃんと捕まえて来ましたよと、主人の前に運んで来てお座りしているでっかいゴールデン・レトリバーみたいに、やたらと嬉しそうににこにこしている腑抜けた顔が…何と言うのか。

  "…これがアイドルとはね。"

 いや、ちゃんと本人でしょうとも。結構彫が深いのに女性受けのいいソフトな面差しも、きっちりと鍛えられた頼もしい作りでありながら しゅっと締まった長身も、帽子の下に隠している…前髪の分け目の一房だけ立ててセットされた柔らかそうな亜麻色の髪も、間違いなく"桜庭春人"くんのそれだ。芸能人として洗練されているからなのかどうか、このところ日に日に精悍になってゆくのが判るものだから、癪なことながらも…ついつい惚れ惚れして見取れてしまうことも少なくはない顔立ちと体つきは、だが。スポーツキャップとサングラスで一応はカモフラージュしているし、機能美に満ちた手足の所作や仕草を抑えて、意識して地味に作れば、あっと言う間にありふれたそこらの若者と大差ない雰囲気へ没してしまえる、まだまだ"駆け出し"のお若い俳優さん。

  「Q街シネマでしょ? 今からだと3回目の放映時間に間に合うね。」

 約束したのは今話題の映画を観に行くデートで、その後はどこかで食事をし、妖一の部屋でのんびり過ごすといういつものコース。連休明けの5月からこっち、お互いに忙しかったから、メールのやり取りくらいしか接点はなくて。そんな中、それだって久々になる電話で直接聞けた声はやっぱり愛しくて。ああ、何で録音しとかなかったんだろ。今度またいつ聞けるか判らないのに。…あ、そっか、明日本人に逢えるんじゃんか。その約束をした電話だったのにね、馬鹿だな僕って。そんなこんなですっかり舞い上がってしまいつつ、それでもちゃんと午前中のお仕事を片付けてから。取るものもとりあえずと約束した此処へ駆けつけた桜庭くんだったのだが、

  「…妖一?」

 その愛しい人が…どこかぼんやりしてこっちの顔に見とれているもんだから。人の流れを避けてガードレール脇に寄っていたのを幸い、自分の顔を相手の端正なお顔へそろりと近づけて。コツリと。おでこ同士を軽くぶつけて見せる。
「…何をしている。」
「だって。なんか様子が変なんだもの。熱とか、あるみたいなんじゃないの?」
 案じての台詞だったのに。凭れるみたいに迫って来た、癪なほど大きな肩を掴むと、両腕を真っ直ぐ伸ばして押し返す蛭魔であり。さほど邪険ではなかったものの、
「勝手なこと言ってやがんじゃねぇよ。」
 横柄な口利きや語調が即座に返って来て。成程、乱暴だという点ではいつもと変わらない彼であるらしい。でもね、
"だって…。"
 こんなして、公衆の面前にて額を近づけようなんてしようものなら。いつもだったら…あっさりと殴られているか、身を避
けて逃げられているか。どっちにしたってもっとスマートに躱されているのにね。この反射の鈍さからして、様子がおかしい証拠なんじゃないのかなぁ。
「………。」
 久方ぶりに見る、端正に整った大好きなお顔。アメフトなんていう激しいスポーツに心底ハマってて。ただ好きだってだけじゃあない、同世代のプレイヤーの中でも白眉のセンスやテクニックを誇り、その凄まじい戦歴を世に知られた名選手でもあって。フィールド中に響き渡るような腹の底からの怒号だって出せる、途轍もない豪傑なのに…間近に見ると線が細くて色白で。モデルも顔負けの、玲瓏な気品さえ漂うような美人さんなものだから、そんなところにも驚かされるびっくり箱みたいな青年であり。切れ長の目許には淡いグレーの瞳が、いつものように涼しげな冴えを保って収まっているのだけれど。気のせいかな、いつもなら底意地の悪いくらい油断なく…というか、何でも容赦なく見あらわすぞとばかりに鋭い視線が、今日は少し頼りなげで。どうかすると揺らいでいるような気さえして。彼もまた忙しい人だからな、ホントは疲れているんじゃないのかなと、今更ながら心配になった桜庭だったのだけれども。
「………。」
 蛭魔の側からも間近になったものだから。桜庭が羽織っている初夏向けの薄いデニム生地で仕立てられたジャケットの脇腹、大きめのポケットが至近から少しだけ覗けて。大人しい…恐らくは無地のそれだろう白い封筒の縁(へり)が、ちらりちらりと…ジャケットの浅藍の色彩に反抗して自己主張しているようにも見受けられて。知らず知らず。ついつい。それの自己主張がいやに目につくものだから、じっと見つめてしまっていたら。
「妖一?」
 うつむくというよりも、何かに注意が逸れている彼だと気づいた桜庭が、その視線を追って…ああと気がついた。もしかしたらば渡されたトコから見えてたのかな。まま、焼き餅なんて焼くような人じゃないしなと、それでも引っ張り出しまではしないで、上からポンポンと叩いて見せ、
「さっき預かっちゃったの。」
 隠し立てなど思いもよらず、真っ正直に説明をすると、
「…預かる?」
 妙な言い回しをする春人に、蛭魔が怪訝そうな視線を向けて来た。自分への物ではないなんて、見え透いた誤魔化しをするつもりだろうかと、そんな不快な感触に眉根が寄ったが、

  「だってこれは"芸能人の桜庭春人さん"へってお手紙らしいもの。」

 春人はそう言って、
「事務所へ届いたお手紙と同じ扱いしか出来ないよって、そう言ったらそれでも良いって。まあね、この辺りを歩いてるのを前から見かけててとか、そういう人であったって、同じことを言うことにしてるんだけどサ。」
 今の、芸能人としてはオフ状態にある自分宛ではないからと。若しくは…芸能人という部分にだけしか関心のない人には、こちらからもその部分でしか対応しないって決めていると、そういうことなのか。得意げでもないが迷惑そうでもなく、至って淡々と説明した彼であったのだが。

  「………。」

 何でだろうか。何かが引っ掛かる。さっきまで覚えていたのに思い出せないことみたいに、喉の奥で感触悪く引っ掛かっている何か。ちらりと影だけ見せて瞼の裏へと逃げ込んだ何か。注意力には自信があって、そんな自分がその程度の関心しか留めていなかったのなら、さほど重要なものではないのだろう…と、割り切って見切れない何か。集中力が鈍ってる? まさかやっぱり風邪引いてたのかな。そんな事実もまた、何だか不愉快で。

  "………やっぱ、帰りゃ良かったのかな。"

 本当は。人込みに紛れて擦れ違ったそのまま、家へ帰るつもりでいた。彼が山ほどのファンを抱える芸能人なのはよくよく分かっていたことだったのだけれども、久々に逢うのにそのギリギリ直前までファンへのサービススマイルを怠らないなんて。何だよそれ、と、いやに直情的にむっかり来た妖一だったから。俺もそういう連中の中の一人なのか? だったら詰まんねぇから帰ろうと。そう思っていたのにね。そんなだったから、特に"此処に居るぞ"と自我発信していた訳でもないのに、向こうからあっさりと見つけられてしまったし、

  「………。」

 癪ではあったが、見つけてもらえたことで…現金にも胸がほわりと温まったから。カチンと来て"よ〜し、すっぽかしちゃろう"なんて思ったばかりだったのに。当たり前のことのようにあっさりと見つけられて、何かが胸に沸き立って、離れ難くなってしまって。ああ、こんなにも"彼"という要素が自分には足りてなかったんだなと、口惜しいけれど実感してしまったからだろう。

  「妖一?」

 間近になった甘い匂い。暖かで優しくて、大好きな匂い。さっきの封筒を、ファンの子から"預かった"なんて言い方で受け取った以上、此処からの彼は"芸能人の"ではなく…自分だけの桜庭であるのだろうけれど。何でかな、落ち着けない。少しだけ上体を倒してこっちを窺ってくれた分、間近になった体温が ほわりとこちらの頬にも伝わって来て、いつもならそれだけでも十分に居心地がいい筈なのに。どうしてだろうか、胸のそこここで何かが焦れったげに暴れてる。

  "………。"

 脈絡なく"がーっ!"と吠えて憂さを晴らしてもいいのだけれど。桜庭も慣れたもので、蛭魔の言動の唐突さにも、それ自体へは"ビックリしたぁ"と言いつつ、笑って付き合えるほどになりつつあるのだけれど。そういうのじゃないってのは、何となく判ってて。大好きなのに、やっと逢えて嬉しい筈なのに。どうしてだろうか。

  ――― 突き飛ばして"ついてくんな"って振り払いたくなった。

 がんぜない子供の駄々と同じ感触。理由なんて自分にも分からない。ただ、何かが許せない。彼が、だろうか。それとも、子供みたいに勝手に苛々している自分が?

  「妖一?」

 何度目かの案じるような声に、くうっと唇を噛み締め、少しばかり俯いていた顔を上げると、

  ――― さ………っと。

 軽く上がって来た白い手が、顔にも髪にも当たらない的確さで…帽子だけをパサッと宙高くへ弾き飛ばした。何だろうか、何がしたい妖一なのだろうかと、彼の思惑がよく分からないまま翻弄されていた桜庭だったが、

  「桜庭春人だっ!」
  「………え?」

 その妖一本人からビシッと指を差されて。あまりに勢いが良かったことから、咄嗟に上体を後ろへとのけ反らしたら、何だかその腕の長さだけの隔たりを強要されたみたいになった。
「あ…。」
 それがそのまま、こっちへ来るなと、傍らに寄るなと、強く拒絶されたような、そんな気がした春人であり。
「妖一?」
 何が何だか、一向に判らないままなこちらを、まるで他人相手のように指差した彼(か)の人は、
「キャンペーンだってよ。サインしてくれるらしいぜ。」
 手近にいた女子高生ににやっと笑って見せ、
「ほら、そっちの子たちも。握手して貰えるぜ!」
 声高に言いながら、にこにこと笑いながら、そんな風に囃し立てるものだから。ホントだ、桜庭くんだと思いはしても、何となく腰が引けていたそんな躊躇に後押しをされた格好になったか、

  「桜庭く〜んっ!」
  「ワイドショー、観ましたっ!」
  「ああ、やっぱりカッコいい〜vv
  「DVD、絶対買いますねっ。」

 あっと言う間に、まさに雪崩を打つような勢いで女の子たちが駆け寄って来る。

  「…なっ。」

 こんな事態には慣れてもいたが、こんな事態をわざわざ招いた…妖一の行為が信じられなくて。息を引き、大きく見開いた眸でついつい凝視してしまった金髪痩躯が、すっと真顔になってこちらを見やる。ざまを見ろと笑うでなし、怒って睨みつけて来るでなし。何の感情も乗せない無表情になった彼であり。

  "妖一…?"

 何が言いたいのか、何でこんなことをしたのかと。呆気に取られたその隙に、そのまま踵を返すと駅の方へと軽快な足取りで駆け去った彼であり、

  「あっ…ちょっ…っ。」

 待ってと呼び止める間もあろうかという素早さだったし、グズグズしていたら自分も取り囲まれて身動きが取れなくなるぞというギリギリの警戒反射が働いて。苦し紛れの誤魔化し半分。苦笑を浮かべつつ、殺到するファンから逃げ出すため、やむなく…こちらは一旦 駅から離れる逆方向へと駆け出すことにした桜庭だった。

  "何なんだよ、もうっ。"







            ◇



 人出の多い繁華街の中やら遊園地などのリゾートパーク内などでこういう事態になると、なかなか収拾がつかない場合、自分の身の危険がどうのこうのというのもあるけれど、人が一か所に殺到した勢いから、パニックが生じたり将棋倒しなどが起こっては危険だからと"何の騒ぎだ"っとばかりに警備や警察の方がすっ飛んで来る場合もあるため。マネージャーさんやスタッフが一緒に居合わせない場では"逃げるが勝ち"を遂行することにしている桜庭くんで。本当だったら…もっとカリスマ性の高い人なら、ご迷惑になるから騒いじゃダメだよなんて、大勢相手に一人で余裕をもって説き伏せることも出来るんだろうけれど。さすがにそこまでの力はまだないと、重々承知しているが故のこと。アメフトで鍛えた脚力は、一般の同世代に比べれば速さも持久力も結構なレベルのそれなので、こういう時にも案外と役に立ってくれて。目についた路地に素早く飛び込んだり、レストランを通り抜けたりを繰り返して何とか完全に撒けたのが、この街に着いて1時間近く経ってから。せっかくのデートが思わぬトレーニングに振り替えられては、いくらスポーツマンであることも"売り"になっている桜庭春人くんでも堪ったもんではなくて。ここは一つ、その切っ掛けとなった誰かさんに、どういうつもりなのかを訊いておかなくちゃと、意を決して…まずは携帯で電話をかけてみたのだが。

  ――― pi pi pi pi pi pi pi ………。

 結構長くコールを待っても相手が出る気配はない。電源を切ってはいないらしいが、誰からの着信なのかは表示で判るのだろうから…それで出ないのなら、これはちょっと面白くない。
"…何だよ。"
 そっちから誘ったくせにサ。しかも、こっちの予定も判ってたろうにサ。ちょこっと、10分ほど遅れただけだのに。ぶうぶうと膨れつつも、相手が出ないのでは仕方がない。一旦は諦めてポケットへと戻し、それならと向かったのが駅舎の方向。電話がダメなら直談判あるのみだと、彼の住まいがある泥門市へ向かうこととする。さっき衆目を集めてしまった南口の改札口は避けて、ビル同士を結ぶ歩道橋の上から入れる中央改札へと回り込み、今度は目立たぬままにホームへ上がってほっと一息。
"…何に怒ってたんだろう。"
 何とも勝手が違ったのは、後ずさるようにあの場を去った妖一が、笑っても怒ってもいなかったこと。それがどうにも気になったから、このまま諦めて家へ帰る気がしなかった。あんまり執拗だと却って怒らせるという辺りの機微は重々承知していたが、どうしても今すぐ、あんなことをした彼の真意を確かめたくなった。いや、そうじゃない。何だか…辛そうな顔をしていたように見えたから。それで尚のこと追いたくなった桜庭だ。電車を待つ間にメールを送る。直接の応答はしなくてもいいからと、これから行くからねという先触れのメール。もしかして…これを見て本宅の方へ移ってしまう彼かもしれないとか。さっきの電話でキレちゃって、今度こそ電源を切っているかもしれないとか、色々と思いもしたが…ぶるぶるとかぶりを振って振り飛ばす。
"妖一が何か企んだら、僕なんかの浅知恵や憶測なんかじゃ敵う筈ないんだし。"
 頭のいい、所謂"切れ者"だもんな。綺麗で強くて、大胆で賢い妖一。そんな彼に立ち向かうのに、下手な小細工なんて構えるだけ無駄なこと。そのくらいは重々承知な桜庭だったが、それでもね。自分に出来ること全てに手を尽くしたい。

  "………だって、あんまりじゃない。"

 結局のところ、ちらっと…5分ほどお顔を見ただけだった。せっかくの久々の逢瀬がそれだけじゃあ、あんまり寂しすぎる。やって来た快速に視線を投げて、駄々っ子のように唇を歪めた春人くんである。





 Q駅から数駅ほど離れた泥門市に着いて、昼下がりの静かな住宅街をたかたかと急ぐ。この何日か、急に梅雨らしい空模様になってしまった余波を引きずって、今日もそんなに気持ちのいい空ではなく。淡いグレーの曇天空は、どうとでも転んでしまいそうな案配で黙っているばかり。すっかりと慣れた道を軽快な足取りで進み、花の終わった橘の茂みを横手に坂道を通り過ぎれば、やがて愛しい人の住まいが見えてくる。一見するとさして大きくもなく、外観もシンプルな作りのマンションなのだが、豊かな緑に囲まれて隠れ家のように目立たないことさえも付加価値であるという、特別仕様であることを巧妙に隠された高級マンションで。慣れた足取りでエントランスへの短い階段を上ると、ジャケットの内ポケットから取り出したキーホルダー、銀の鍵を1本選んで内部への2つ目の自動ドアの前に設
しつらえられたパネルに向かう。オートロックにはお馴染みの、テン・キーと鍵穴とインターフォンボタンがついたパネルで、部屋番号を押してインターフォンを鳴らし、在宅であればそちらからの操作で開けてもらえる…のだが。
"…それは無理、だろうな。"
 こちらの駅についてから確かめた自分の携帯に、メールのお返事は届いてはいなかったから。やはり妖一さん、まだ怒っていらっしゃる模様。そこで、お部屋の前から直接呼びかけようと、いただいてあった鍵で入ろうとした桜庭くんだったのだが。

  「…っ?」

 今までに聞いたことのない電子音がして、液晶パネルに"このパスNo.は登録されていません"という表示が出た。鍵をもらった時に聞いてあった番号。居住者以外へ渡される鍵には、それだけでなくパスの入力も必要なシステムになっており、それでと聞いてあったパスだったのだけれど、もう一度入力してもやはり同じ表示が出て、
"確か…。"
 パスを3度間違えると、警備員が飛んでくるぞと言われたのを思い出す。
"これって…。"
 自分の誕生日を登録してもらったんだから、間違える筈はない。ということは、
"登録を消去された?"
 先に帰りついたのだろう妖一が、手際よくも桜庭の分として登録したそれを抹消してしまったということではなかろうか。そして、
"そこまで…怒ってるの?"
 ただの不機嫌ならば、あんな派手な真似をしたくらいだ、もう気も晴れているだろうと、心のどこかで思ってもいた。けれど、この様子ではそんなものでは済まなかったということであろう。だが、

  "………。"

 桜庭の側では、やはりさっぱりと事情が分からなくて。鍵を引き抜き、しばし…その場で立ち尽くす。

  『桜庭春人だっ!』

 向かい合った妖一に真っ向から指差されて。何だかそれが…自分たちは同じ場所にいるのではなく、此岸と彼岸という別々な場所にいて、相容れられないまま向かい合っているんだよと、他でもない彼から示されたような気がした。もうお前なんか知らないと、すっぱり切り離されたような気がして。だから、咄嗟に身が竦んでしまったのだと思う。

  "…妖一。"

 目の前から、逃げるように駆け去った細い背中。あんな形で別れたなんて初めてのことだ。滅多にないことながら"これはちょっと譲れない"というような喧嘩になっても、あの強気な人は…こちらから片時も目を離さないまま強く強く睨みつけて。まるで何かしらの呪いでもかけてるんじゃないかというほどに、自分の意志をこっちへ食い込ませてから、おもむろに、堂々と踵を返して去るような人だったから。あんな姑息な煙幕を張って、その上でそそくさと逃げ出した彼だということが、気になったから追って来たのに………。

  "僕なんか、もう要らないの?"

 見上げた建物の素っ気ない外観は、途方に暮れた桜庭を無言で見下ろしているだけだった。







 


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  *WJ本誌では、ラバくん、一大転機なんだそうで。
   なんと言うのか、間の悪い時にUPしちゃったな…。