風色疾風スキャンダル C
 

 
          




 何しろ若手の中では知名度 NO.1という、現在只今 人気絶頂のアイドルくんに降って沸いた熱愛騒動。その"桜庭"という活字を載せるだけで新聞も雑誌も売れる、ワイドショーの視聴率は上がるとあって、丁度これという話題がなかったタイミングだったことも重なって、怒涛の勢いで取材にと押しかけて来ていたマスコミたちの大群を、こちらも精鋭ぞろいの場慣れした警備陣営が、鉄壁の布陣にて難なく制していた。
「それじゃあ、今日は地下の駐車場から出ますからね。」
 本来は要人警護でもしている顔触れなのか、それぞれに体格もよければ体力も底無しで、壁となって立ちはだかる態度も厳然と揺るがない。可憐な少女と、上背こそあるがまだまだ子供の側に近い年齢の青年という、どこか幼い護衛対象二人を、数人の盾の中に余裕で確保し、彼らのなめらかな進行を保ちつつ、決して力づくではない…威容というプレッシャーのみにて、迫り来る記者陣営を押し返す見事さよ。とはいっても、いちいち記者たちと押し合いへし合いを繰り広げるのでは、効率も悪いし、護衛対象二人に要らぬ精神的疲弊を与えかねない。そこで大概は、プランをきっちりと練り、場合によってはダミーの一行を先行させるような陽動作戦を用いたりもしての移動をこなして来た彼らであり、

  ――― その鉄壁の警備陣の隙を一体どうやって突いたものやら。

 正式な契約の撮影が済んで、さて。目立たない普段着に着替えた繚香を中心に、人のあまり通らない廊下を進み、地下にある駐車場へと向かっていた一団に、

  「………えっ?!」

 それがそのまま何かしらの兵器による攻撃なようにさえ思えた、それは目映いフラッシュの光芒が、幾重にも重なって襲い掛かって来たのには、意表を突かれて…ついつい立ち止まってしまったほど。毎回あちらこちらと場所も時間も、方法までも、目まぐるしく変えて裏を書き続けて来たスタジオからの脱出経路を、今日に限っては何故だか先読みされてしまったらしい、

  「桜庭くん、繚香ちゃんのご両親と会ったってホントですか?」
  「繚香ちゃん、
   同期のオレンジキャビンの○○ちゃんが暴露本を出すって話、聞いてますか?」
  「二人ともこっち向いて下さいっ!」
  「桜庭さん、ドラマのキャンセルが続いてるって噂は…?」
  「大学受験を前に、この騒ぎは心証としてよろしくないのでは…?」

 過激な言いようは、反応を拾って何としてでも喰いつかせたいからなのか。もしかしてそれって思い切り失礼極まりないのではなかろうかというような台詞までもが飛び交うほど、好き勝手な言いようを投げて殺到する記者たちの様子には、
「一旦、楽屋に戻った方が良いかも知れませんね。」
 辟易した警備担当班のリーダー氏が出直しを二人に提案したほど。
「そうだね。」
 こんなところに突入したら思わぬ怪我だってしかねないし、どさくさに紛れて何が起こるかも分かったもんではない。
「繚香ちゃん、戻るよ。」
「はい。」
 踵を返した彼らだったが、相手だってこれでご飯を食べているプロだ。…プロだったら何をしても良いとまでは言わないが、手段を選ばない輩というのはどこにだって居るもので、
「…あ、きゃっ!」
 駆け寄って来たカメラマンが一人、手を伸ばして来て繚香が着ていた上着の裾を辛うじて掴むと、力任せに引っ張ろうとしたものだから、
「何をするっ!」
 ガードマンが手際よく払いのけたところ、そのカメラマンは口汚く罵って来たのだ。
「お高くとまってんじゃねぇよっ。グラビアで水着着て媚び売ってる女がよっ!」
「何だと、こいつっ!」
 明らかに"便乗組"で、彼女がどういう系統のモデルなのかも知らないままに来ていたクチなのだろう。とんでもない罵詈雑言に、だが、睨み返しもせず、それは悲しそうな顔をした少女の顔へ、容赦なく別の記者たちのカメラが向けられて、
「あんたらもっ、いい加減にしないと…っ!」
 日頃努めて温厚な桜庭までもが、とうとう頭に来たか、今まで聞いたことがないような激しい怒声を上げたから。これはまた、ものすごい特ダネだとますますのフラッシュの嵐になって。…こういう時の記者さんたちって、物凄い定規で"常識"とか"良識"を計ってらっしゃるんだろうなと思ってたりする筆者だったりするのだが…いかがなもんでましょ?
「あ…。」
 勢い、大混乱状態となってしまった通路の隅。何が何やら、どうやって収拾をつけるのだろうかと思われるほどの騒動を、震えながら見やっていた、可憐で華奢な少女に向かって、

  「繚香さん、こちらへ。」

 見かけない顔の、だが、警備員たちと同じスーツを着ている男性が、極めて事務的な無表情のまま、手招きして見せたのであった。









            ◇



【…GPSで行方は追えます。コードは…。】
「………うん。了解。高階さんもこっちへ回ってくれないか。奴ならマスコミをいなすのだって慣れてるだろし、本星
ホンボシはそこから離れたんだから、もう放っておいて大丈夫だ。」
【承知しました。】
 携帯電話を切ってから、脚を組んでた膝頭に広げていた、マイクロタイプのブックパソコンをぱたりと畳む。そうすると新書本サイズになる最新型で、機能を限って良いのなら…例えば"ナビゲーションシステム"などがこのサイズで既にあるけれど、こちら、容量も機能も内蔵アプリケーション数もデスクトップPC並みというとんでもない代物だ。準備万端とあって、横手の"白壁"へと向かって声を掛ける蛭魔であり、
「ルイ、出るぞ。」
「へいへい。」
 濃いグレーのジャケットに、黒シャツとストレッチタイプの細身のパンツ。そんないで立ちの彼が腰掛けていたのは…大きめなマフラーが3本も装備された 500cc中型オートバイの後部シート。言われて素直にセルを踏み込み、重低音のイグゾードノイズを響かせて、割と大きい方なオートバイを駆り始めた人物は、長めの髪をオールバックに撫でつけて、長ランと呼ばれている踝
くるぶしまでありそうな白地の詰め襟を、コート代わりのように前は開いて羽織った青年で。
「幹線道路のマークは?」
「言われた通り、一通りの場所にパシリからダチから、親父の知り合いまで配置して張ってある。けど、まさかホントに今日動くとはなぁ。」
 後部座席の彼の言った通りに事態が動いたことが…それを狙っていたには違いないのだが、それでも信じがたいという声を寄越す。ヘッドフォンに接続されたインカムマイクをつけている同士なので、普通の声音でも十分聞こえるのだが、風の唸りが喧しい分、ついつい大声での会話になる。とはいえ、特に聞かれて困る話でなし。第一、この状態で交わされているよな話に聞き耳を立てる変わり者もいまい。何とも不思議なという感慨をこぼした相棒へ、
「動いたんじゃねぇさ。」
 疾走加速による風にも寝てしまわないほど、今日はまた頑丈なまでにぴんぴんと突っ立った金髪を振り立てて、蛭魔はにんまりと笑って見せる。
「そそられそうな情報をそれとなく流して、誘導して煽ってな。どうしても動くようにって仕向けたんだよ。」
 十中八、九、こいつだろう、間違いなかろうという目串を立てた相手へ、警備の隙…交替の間合いや手筈や何やをわざとらしく筒抜けにしてやった。付け入りやすいように、とだ。
「げ…。そんなことが出来たんなら、こんな回りくどいことしてねぇで、とっとと取っ捕まえりゃ良いだろよ。」
 何をまた面倒な…と、今度は呆れたライダーさんであったらしいが、
「そうもいかない。目星に間違いはないが、逮捕出来るまでの確証ってのが弱いもんでな。お前に目ぇつけてんだぜっていう、こっちの手札を悟られるだけで終わっちゃあ、警戒されるか自暴自棄に走っちまうか、どっちにしたって何にもならない。それで、言い逃れ出来ない袋小路に追い詰めるための"扇動作戦"を構えたって訳だ。」
 慎重に、尚且つ鮮やかに。やり直しは利かない一発勝負だ。彼女にも覚悟は聞いてある。もしかして危険が及ぶかもしれないから、今日だけはスタンドイン…武術の心得があって危険な撮影などにも十分なキャリアのある、スタントチーム所属の女性を代役に立てようか?と、昨夜のうちに訊いたのだが、

  『…大丈夫です。私、頑張りますから。』

 ただただ愛する人のためにと ここまで頑張って来たのだ、最後まで自分でやり通したいと固い決意でいた少女。あれほど儚げな容姿の奥底に、そうまでの情熱を秘めていたとは、
"ここ一番って時は、女の方が強いんかね。"
 不思議と呆れはしなかった。頼もしいことだという苦笑を返した蛭魔であり、彼女の意思を尊重した段取りを練り直して今日に至る。蓋を閉じて抱えたPCは、その蓋に小さなディスプレイの窓が開いていて、液晶画面には簡単な線描きの地図。点滅する"目標"が十字になったポイントを通過したのを見やって、
「国道●●線のW交差点を西へ通過。」
 蛭魔が短く呟くと、ライダーさんが素早くハンドルから離した片手で携帯電話を操作する。言っときますが、危ないから絶対真似しちゃいけません。(分かってるって。)
「おい、W交差点右、今どんな車が通った?」
【あ、はい。えと、黒のセダンです。】
「誰が乗ってたか見てたか?」
【はい。背広来た恐持ての男と、後部座席に女の子…でした。】
「よしよし、もう良いぞ。他の奴らも解散させてくれや。」
 電話はヘッドフォンに押し当てていたので、内容は後部の蛭魔にも届いていて、
「黒のセダンか…。彼女が警戒しないよう、ボディガードを装ってやがるんだろうな。」
 もっとも、今回はこちらから進んで乗ってやったのではあるけれど。どっちにしたって、今現在は一人で"犯人"と同座している彼女であり、いち早く向かってやらねばならないことに変わりはない。これまでは堅い防御の役目を果たしてくれていた"人の目"が、まるきり無いという状態に置かれているのだろうから。
"こうまで待ったのは、やっぱり衆目の中での仕事が危険だと慎重に構えていたからだろうが。"
 今ははっきり言って五分五分だ。焦らされた分、自暴自棄になっていたなら、多少の目撃者には もうこだわらないかも知れないし。そうなってくると彼女への危険度も自然と跳ね上がる。
「解散させて良いのか?」
 彼もまた同じ"危険"を察知したのだろう、何だったら追いかけさせても良いんだがと、なかなか頼もしいことを言うライダーくんへ、
「いや、そこまでさせる訳にはいかねぇ。」
 何故と詳しくまでは言わなかったが、まだ学生の彼らのテクでは半端にあおるくらいしか出来まいし、そうなると却って逆上される恐れがある。それに、
「出来るだけ自然に囲い込めるようにって、手を打ってあるからな。」
 ごそごそと携帯電話を取り出して、とある相手に素早くメールをピピピと打って。
"…時間的に、そろそろあっちも呼んどくかな。"
 別口のアドレスへも、とあるメールを送ることにした策士さんである。


   ……………さてさて、一体何が始まるのでしょうかしら♪








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 *ふふふふふ…。後半も一気に参ります。
  実はとんでもないお話だったです。
  ど、どうか怒らないで下さいませね?