風色疾風スキャンダル
  幕間 真夜中の作戦会議ハドル
 
     〜もしくは、BとCのあいだの夜に
 

 

   Pi Pi Pi Pi Pi ………。


 シャワーを浴びて、のぼせた頬や うなじまで下りた髪から湯気を追いやりながら、ぱくんと開けた冷蔵庫。…おやと。意外なものがあると気づいて…ついつい手に取った途端に鳴り出したのが電話の呼び出し音で。冷蔵庫の奥まった辺りから取り出した濃緑の缶の、少し堅いプルトップを引き起こしつつ、足早に居室へと戻る。小さめのテーブルの上では、基本設定のままの素っ気ない呼び出し音を響かせている携帯電話。買ったばかりだし、他にも幾つか使ってるものと重複しない設定をわざわざ構えるのも面倒なので。それでそのまま使っているのだが。奇妙なもので、このいかにもな呼び出し音の方が自分の反応も速い気がする。
「はい。」
 相手の予想はついていたので、行儀は悪いが缶を口許に運びながらの応対をする。仄かに舌を刺すような、強めの炭酸。グラスにそそげば琥珀に近い金色に泡立つ、ジンジャエールという飲み物であり、つい最近まで実は飲んだことがなかった。
【妖一?】
「ああ。」
 この、電話の向こうの青年に奢
おごってもらうまで、名前しか知らなかった炭酸のジュース。確か今朝方、買い置きの最後の1缶を飲んだ筈で。ということは、この彼が昼の訪問の際に持って来たものなのだろう。彼の姿の代理のように、アメリカンサイズの緑の缶をしげしげと眺めつつ、
「彼女は?」
 訊くと、
【今お風呂。それよりさ。昼はどうしたのさ。】
「何がだ。」
【セナくんだよ。一緒に帰ってくるんだもん、ビックリした。】
「ああ、そうだったな。」
【…話、通してないんだろ? あんなで良かったの?】
「ああ、お前にしちゃ上出来だった。」
【あ、ひどいんだ。】
 こっちは役者だぞと、憤慨する相手へ苦笑し、
「何か心配されてるみたいでな。元気がないとか言われちまったし。」
【そっか。…セナくん優しいからな。】
「単にお人良しなだけだ。」
【そういう言い方は良くないよ?】
「…けど、関わらない方が良いってのは本当だろうが。」
【まあ、そうなんだけど。】
 バスローブ姿のまま、ソファーに自堕落に寝転んで。頭にかぶっていたタオルで髪の水気を拭いつつ、
「元気が出ないのは徹夜が続いているからなんだがな。そんなホントを言ったところで、今更聞く耳持たないって勢いなんでな。」
 自分と この青年との"間柄"というやつへ。微妙に事情に通じている分、誤魔化すとなるとそっちへの言い訳も必要で。信頼のおける子ではあるのだけれど、かといって、真実はまだ告げられないしで、
「試合に集中しなって言ってあんだがな。」
 困ったもんだと苦笑い。すると、
【だから。モノじゃないんだからさ。】
 相手が溜息をつく気配が届いた。
【妖一の対処法って時々人間を"駒"扱いしてないか? アメフトじゃないんだからさ、ちゃんと気持ちも考えてあげないと。】
「へいへい。」
【真面目に聞いてよね。】
「ああ。…奴にはちゃんと穴埋めしてやるつもりだよ。何か…そうだな、言うこと1つ聞いてやるとかさ。」
 実際の話、この彼から言われるまでもなく、少々堪
こたえてはいた。以前からも怯えたような顔はちょくちょく向けられていたけれど、今日のは また別。それは哀しそうな、すがるような顔をされ、どれほど気持ちがグラグラしたやら。
"困らせるとあんな顔をされるんじゃあな、進の奴もさぞかし、鍛えられてんだろうよな。"
 いやいや、あいつは元から鉄面皮だから堪えないかもと、ちょいと失礼なことを思っていると、
【…ボクだってさ。】
 電話の相手が拗ねたように声を萎ませる。
「んん?」
【ボクだってホント言うと寂しいんだからね。もっとちゃんと、妖一に逢いたいんだから。1週間も逢えてない。】
「今日、逢ったじゃないか。」
【あんなの…っ。】
 逢った内に入らないようと拗ねるものだから、
「自分から一枚咬んだクセによ。」
【だってさ、こんな長引くとやっぱりさ…。】
「こればっかりはな。相手次第なことだし。それに、まさか天下のアイドルさんが一枚咬むとは、向こうさんも思ってもみなかったんじゃないのかな。」
【う…ん。】
 理屈ではその通りだと判ってはいるらしく、こうまできっちり並べられては ぐうの音も出ないのか。言い返せなくなった相手へ、
「………後悔してんのか?」
 囁くように訊いてみる。すると、
【う…んと、ちょっとだけ。でも、不純な理由でのことだから。】
 なんじゃそりゃ…と突っ込むと、途端に あははと短く笑う声がして。
【ボクは大丈夫だよ。】
「そか。」
 あっけらかんと元気そうなのへ、何だか…心からホッとした。
「高階さんたちがな、怪しい顔を幾つかピックアップしてる。記者でもないのに立ち回り先に必ず現れる手合いが何人もいるらしくてな。」
【それって…?】
「ファンとかやじ馬でもないのが 毎回居りゃあ、ビンゴ、だろ?」
【あ、そっか。】
「早くも素性が辿れないのが何人かいるらしいからな。案外そっちから割れるかも知れん。」
【うん…。なあなあ、妖一。】
「ん?」
【鳧がついたらデートして?】
「…あのな。」
【なあって。そのくらい、良いじゃん。】
「…分かった。」
【やたっ。あ、じゃあね。彼女、出て来そうだから。】
「ああ。」
【おやすみねvv】
「ああ、おやすみ。」






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 *呆気に取られてらっしゃるお顔が目に浮かびます。
  もうっ、なんて子たちなんでしょうか。(おいおい、自分は?)
  という訳で、次は怒涛の活劇シーン…があるかもですvv