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はらはらと視野の中を舞い散る何か。広い庭には様々に、家族の心を癒すための記念と称した木々が植えられていて。何かの記念に、苦心や忍耐の結果として訪れた幸せの証しに、1本ずつ増やしていったという木立の中には、この自分が生まれた時のものもあったと聞いた。丸い小判型の小さな葉が茂るニセアカシア。初夏に白い房花を咲かせる丈夫な樹木で、その花が風にあおられて舞い散る様は、桜よりも日数の短い一瞬なので、それは鮮烈で見事だったし。秋に葉が落ちる時もまた、はらはらと舞い散る様子が可憐で物悲しく美しくって…。心に優しい、そんな繊細で感傷的な感慨を理解出来るようになったのは、彼がずっと傍らにいてくれたからだ。独りぼっちで居続けるために寂しくても“平気だ”と強がらなくてもいいと、泣くこともある“弱い自分”を彼の前でだけ認めてもいいのだと、そうと自分に許せた唯一の人だった。
◇
幼い頃のとある時期。だだっ広い屋敷に されど独りきりという期間があった坊やだった。勿論、食事や何やと生活してゆくための身の回りのお世話をしてくれる大人たちは何人かいたけれど、幼い子供を相手に堅苦しい敬語を使い、食事もお風呂も眠るのも“お独りでどうぞ”と傅かしづいていただけ。言葉少なに手を伸べて、さあさ こちらへ、さあさ あちらへと、フォローをしてくれるだけ。就労義務しか果たさないような心ない人たちだという訳ではなかったが、彼らと自分の間には見ないでいられぬ溝があると、随分と早くから敏感に気づいていた聡い子供は、物心ついた頃から、何かにつけて庭木に八つ当たりする、ややもすると乱暴な性癖を持っていた。父や母が愛でていたと聞くと余計に憎くなって、幹を蹴ったりスコップで切りつけたりをさんざん繰り返した。時には怪獣役、時にはケンカの相手にと設定し、頑丈で無抵抗な“敵”をやっつける。ごっこ遊びのつもりだった、そんな手を止めてくれたのが、
「やめないか。」
何の前触れもなく現れた彼だった。6歳年上のまだ10歳、それにしては大柄な少年で。引き留めるのにと延べられた手も大きくて。真っ直ぐな漆黒の髪に、無表情でいると能面のようになる、いかにも和風の面差し。目許が少々力んで強かったところは、後の精悍さへと連なるのだが、この段階ではまだまだそんな気配もないままで。
「何だよ、お前。離せよっ。」
その時の坊やには、勿論 面識など全くない相手。今まで親以外の誰にもきついお小言は言われたことがなかったから、いきなり掴みかかって“辞めろ”なんて言うとは、一体どんな権限のある何様なんだとムッとした。けれど…離せとどんなに詰なじっても暴れても、びくともせぬまま、相手も相当に頑固であったから。いつまでも手首を離してくれない大きな男の子が、だんだん怖くなって来て。しまいには泣き出したらやっと緩めてくれたので、
「バカっ!」
思い切り向こう脛を蹴ってやってその場から駆け出した、それはそれは利かん気な坊や。光の加減で金色にも見える淡い色合いの髪に、灰色の瞳と白い肌。お人形さんのような愛らしい容姿だが、中身は凄いぞ、一筋縄では行かないぞと。此処へ来る前に彼のご両親を含む大人たちからさんざん忠告されていたそうだが、
『ああまで凄まじいとは思わなかったな。』
出会いの話になると、いつもそう言って苦笑した彼だった。
その男の子は、丁寧な物腰の執事さんに連れられて屋敷をあちこち案内されており、夕食の席でも坊やのお向かいにちゃんと席を設けられたところを見ると、誰かお手伝いさんの子供ということではなかったらしく。お行儀良く食事を始めたのがお澄ましして見えたんで、ちぎったパンを放って邪魔したら、
『そんなに構ってほしいのか?』
全然動じないまま言われてますますムッとしたけれど。後で聞いたら…アメリカの小学校では日本人だって理由だけで結構苛めにもあってたらしい。だから、そんな程度では動じる筈なんかなかったんだって。どうやら彼は、アメリカでヨウイチ坊やの両親の事業の手伝いをしている人の息子ならしく。義務教育だけは日本で受けさせたい、日本語やら日本人としての感性やら、そういったことを吸収させたいからという親御さんの要望により、蛭魔さんチから学校に通いなさいと親元から独りで送り出されて来たのだそうで。大人ばっかりのお家に初めてやって来た、自分と変わらない年頃の子供。坊やにとっても何だか気になるお兄さんで。でも、向こうから擦り寄ってくれるというまでの歩み寄りは全くなくって。とっても気になるんだけど、朝晩のご挨拶以外には特に愛想を振ってもくれない。最初にあんな風に噛みついたから、気を悪くしたのかな。朝はご飯を食べたらそのまま学校へ行ってしまって、昼下がりになると帰って来る。そんなリズムだと把握して、そして。いつの間にか、その時間帯が近づくとそわそわするようになり、迎えの車が戻って来る気配に耳をそばだてるようになり。しまいには…1週間もしないうち、玄関のところで待つようになっていて。それからそれから、
『………どした?』
自分のお部屋で宿題をしている彼の傍らへ こそーっと近づいて、両手で抱えてた大きな絵本を“ん”と言って突き出した。………そう。彼こそは、ヨウイチ坊っちゃんの方からご機嫌を伺って寄っていった、生まれて初めての相手だったりしたのである。
『読めって態度で、偉そうだったぞ。』
『嘘だもんね。ちゃんと“読んで”って言ったもん。』
リビングのソファーに並んで座って。お話はもう覚えちゃってたご本だったけれど、文章をちゃんと読んでもらったのは何カ月振りだったかな。幾つもお話が載ってるご本だったから、お夕食を挟んでのずっと、結局全部読んでもらって。金のガチョウのお話ではね、皆がくっついちゃって離れないのどうしようって、面白おかしく読んでもらったのへ、声を立てて笑ったほど。ベッドに入る時間になってもまだ眠くないから一緒にいるとゴネてゴネて、執事さんを困らせたほどに懐いてしまい。それからは、あっと言う間に仲良しになった。朝は誰に起こされることもなくベッドから抜け出して、お兄さんが先に起き出している食堂まで一直線しては“おはよう”の連呼をし、微笑いながらも“顔を洗って着替えておいで”と言われて頭を撫でてもらわないと一日が始まらない。学校へ出掛けるのを玄関で見送って、帰って来るまでを玄関先で遊んで過ごし、帰って来たらば“待ってましたvv”という勢いでまとわりついて、盛んに“遊ぼう遊ぼう”と連呼する。相手も相手で、それをまた上手にあしらうお兄さんであり、
「宿題を済ませたらすぐにな。あの時計の長い針が一番下まで降りて来たら、リビングに集合。」
ヨウイチはもう赤ちゃんじゃない大っきい子だから、そんな約束くらい簡単に守れるよな? そんな言い回しで自尊心を上手にくすぐり、そして…彼の側でも約束は必ず守ったから。うん判った、それまで待ってる。いい子のお返事をしてリビングで待っている。
「今日は何をして遊ぼうか?」
隠れんぼは、大きな窓の端にまとめられたカーテンの陰がいつもの指定席でね。大きな窓が幾つも並んだリビングの中、8つあった房の中のどれかに、いつも隠れてるヨウイチ坊やを、何処かな何処かなと たぁっぷり時間をかけて“探して”くれるお兄さんだったから。傍らを通り過ぎる時なんか凄いドキドキがしてたまらなくって、
「あ、此処にいたかっ。」
「きゃうっvv」
両腕を広げて、カーテンごと抱き締めて捕まえてくれるのが大好きだった。それまでは独りぼっちだったから出来なかった、隠れんぼや鬼ごっこ。じゃんけんぽんや どっちのお手々に隠したかなとか、色んな遊びを教わって。毎日が楽しくて楽しくてしようがなかった。
「………ヨウイチ?」
翌年の春から通い始めた幼稚園では、何と初日に大喧嘩をして帰って来た坊や。髪や眸の色が淡いのへ“外人みたいだ”とからかわれ、二人いた相手へ掴みかかってって大喧嘩になったそうで。相手をきっちり泣かしたくせに、園では泣かなかった坊やも、お兄ちゃんに撫でてもらうと不思議に涙が出て来て止まらなくて。いつものようにリビングで並んで腰掛けて、タオルを片手のお兄さんから、柔らかい髪を“いい子いい子”と撫でてもらった。
「ボクって変なの?」
「そんなことないよ。ヨーロッパってとこに行きゃあ、黒い頭の奴の方が少ないくらいだ。」
「でも、ニホンジンじゃないって言われたよ。」
「じゃあ、サッカーの○○選手も日本人じゃないのかな。」
「あれは染めてるからだもん。」
そこまで即座に言い返せるほど、この坊やに勝るような賢い子なんて他に居なかろうと踏んでから、
「○○がわざわざ染めるほど憧れてる羨ましい色なんだって、言い返してやれ。」
そうと付け足し、何なら兄ちゃんが仕返しに行ってやろうかとも言い足してやると、
「それはいい。」
自分で頑張るときっぱり言い放ち、言った通りに頑張って。1カ月も経たぬうち、逆にクラス中から頼りにされるほどの“リーダー”になってしまっていたほどで。ずっと長いこと苛めっ子だった年長さんのごつい子を、ぶたれたお返しで蹴飛ばして逆に泣かしたとかで、その子のお母さんが園へと怒鳴り込んで来たこともあったほど。
『以前からあれほど注意していたのへは“子供のやんちゃでしょう?”の一点張りだった人でしたのにね。』
この反応は何だかなと、幼稚園の先生方も苦笑が絶えなかったそうで。そんな一件があって以降、外交的な子にもなり、同い年のお友達の数も少しずつ増えた。
――― あのね、お兄ちゃんもこんな風に苛められたのかなって思ったの。
黒い髪の日本人だってだけで、
何にもしてないのに突き飛ばされたり馬鹿にされたりしたのかな。
その時に傍に居てあげられなかったから、
だから、ボクも独りで頑張らなくちゃって思ったの。
その一方で、同じ年に五年生になったお兄さんは、課外授業の部活でタッチフットを始めた。練習のせいで時々帰りが遅くなったりもしたけれど、土日や祭日にも練習があるようなら“見学”と称して混ざりに行ったし、勿論、試合ともなれば応援にも行った。運動神経のいいお兄さんは、上背があったことも幸いし、すぐにもレギュラー選手に選ばれて、いっぱい活躍してくれたから。坊やには鼻高々な、それは楽しい毎日が続いてた。大好きなお兄さん。自分の甘えや我儘の呼吸とか、ちゃんと分かってくれていて。寂しくなって擦り寄れば、おでことおでこがくっつくほどにきゅって懐ろに抱っこしてくれて。その反対に…時々甘えが嵩じてむずがって、聞き分けのない駄々を捏ねることもあったけど、そんな時は“頭が冷えるまで”と、平気でうっちゃっておかれもして。家族同然という自信満々だから出来ることとして、甘やかすばかりでもなかった人なのにね。そんな冷たいことをされても、それでも…ホントのお兄さんたちよりも大好きで。だから、口喧嘩をしてからの“ごめんなさい”は、坊やの側から言い出す場合が多かったほど。このままずっと、大人になってもずっと、家族同然に一緒にいられるものだと思ってた。思うより前に、それが当たり前の“明日”であり“来月・来年・ん年後”なのだと、微塵も疑わないでいたのに………。
◇
秋の短い午後が立ち去ろうとするのと競い合うように。十文字が操るオートバイは、危なげのない走行でスピードに乗ったまま、国道や中央道などの幹線道路を疾走し続け。加速によって全身を叩く冷たい風に凍えそうになりながらも、一度も顔を上げぬまま、広い背中に貼りついていた蛭魔の眸に。フルフェイスのヘルメットのカバーグラス越し、都心の繁華街らしい小ぎれいな街並みが映り始める。近づくハロウィンの飾り付けが愛らしいスィーツ店や、淡い間接照明の中にシルバーやゴールドの装飾品が、も少し先のツリーのオーナメントみたいに飾りつけられた宝飾店。結構な面積を持つショーウィンドウ一杯に、テレビタレントの顔写真を使った横に長いポスターを飾った芸のなさを見せているのは銀行で、すぐお隣りの小さな書店の、松ぼっくりや枯れ葉やドングリをちりばめた棚に新刊書を並べた秋らしいディスプレイに、センスであっさり負けている。そんな風景を漠然と眺めていた蛭魔の耳へ、
「もうすぐ着くぞ。」
十文字からの声が届いた。先に聞いていた名前から、場所は何となく判っていたが、それでもすぐさまピンと来なかったのは、実際に運んだことはなかったホテルだったからか、それとも…まだどこか、現実味が沸かないままでいる自分だからだろうか。いつまでもいつまでもこだわっている割に、知らないうちに…同じ空間や同じ世界にいることはもう叶わない存在なのだと、そんな風に決めつけていた自分だったのだろうか。
“………。”
まるで荷物のように身動きひとつしないままだった背後の同乗者が、むくりと身を起こす動作が伝わって来て。ちらりと覗いたハンドルミラーでは…相手が自分より少しだけ小さいということもあって、顔まで見ることは出来なかったものの、落ち着けない彼なのだろうなというのは十文字にも察しがついた。呪う形で恨む形で、ずっとずっと忘れられないでいた相手。誰にも心を開かなくなり、忘れるためにもっとずっと深い傷を受けたいと、無茶ばかりを積み重ねさせたその元凶。そんなまでしてこだわり続けるような誰かという相手がいるなんて、自分には想像さえつかない十文字だったが、どれほどの行動力や大胆さを持つ彼なのかをして、そこから始まっているのだと繋げれば…妙に納得も行くのだから、
“どれほどに傷ついたのか、だよな。”
まだ子供同然だった少年を、世を拗ねたままの姿勢で走り続けさせた原動力になった怒りや苦痛。終わったこと、いなくなった人という格好で諦めることが出来ないまま、肩肘張ってる姿がどうにも痛々しい彼の、その苦痛がこの対面で果たして取り除けるものなのか。
“それ以前に、無事に逢えるかが問題なんだが。”
そんなこんなと思う内にも、バイクはとある建物のエントランスの前へと滑り込んでいる。舗道が不意に幅を広げ、そのままなだらかなスロープへと連なっており、ハイヤーのまま正面まで乗りつけられるロータリーが、ガラス張りの中に広がるロビーを見通せるエントランスまで続いている。前庭を据えるほどの豪勢さではないが、それでも、都心の中心部には信じられないほどゆったりとした構えのホテルであり、
“どうしたもんかな。”
いよいよ辿り着いたホテル前だが。フロントに聞いたとしても、アポイントメントどころか面識もない人間へはルームナンバーを教えてはくれないかもと、そこは一応の常識を思い、どうしたものかと思案しながらスピードを落とし、ドアマンが待ち構える位置より数メートルほど手前の路肩寄りにて、バイクを停めた十文字である。当然、ドア前に控えているドアマンから不審そうな顔をされているのは百も承知。
「なあ…。」
ダメモトで一応はフロントに掛け合ってみるかと、肩越しに訊こうと振り返った丁度そのタイミング。蛭魔がふわりと、何とも軽い所作でシートから降り立ったのだ。濃紺の詰襟学生服には何ともアンバランスなヘルメットを、機械的な動作で上へと持ち上げ、そうしたことで彼の表情が見えて…十文字がハッとする。吊り気味の瞳を大きく見張って、前方の一点のみを見つめている彼であり、その視線を辿った先には、
“………あれは。”
来客を送り出しにと降りて来ていたのだろう、目的の“彼本人”がいたからだ。欧米人らしき男性と、日本人というよりは日系人という感じのする女性という組み合わせの来客を、此処までわざわざ見送りにと出向いたらしき、英語が達者で背の高い…日本人男性。カジュアルな型の淡いブラウン系アイボリーのジャケットスーツに、ネクタイのない襟元をくつろげた、焦げ茶のデザインシャツ。襟足を覆いかけるほどに伸ばされた直毛の黒髪を、サラリーマンのように撫でつけるでなく左右に垂らしている髪形も、気さくげに小さく笑って手を振り、ハイヤーに乗り込んだ異国人の知己たちを見送った自然な所作も。あの写真に写っていた人物に間違いはなく。そして、
「…蛭魔?」
どこか呆然としたまま、ヘルメットを手にその場に突っ立っていた金髪の青年の上へ、ホテルの中へと戻りかけようとし、振り返った相手の視線がするりと過よぎった。何せ、日本人の見栄えのままで金に染めた髪を逆立てているという彼であり、どう控えめに言っても“地味な”存在ではないものの…よほどの知り合いでもなければ、若しくは約束があった相手でもなければ、見落としてしまっても仕方がない距離があったのに。無論のこと、十文字がつい呼びかけた声だって、そちらにまでは聞こえはしないだけの間合いがあったのに。
「………。」
相手の動作が確かに止まり、そのまま…そこへと立ち尽くしてしまう。動作と共に止まった表情。欧米人のクセの強いバタ臭さや、世間を舐めつくした海千山千の強者が染ませた線の太さやには及ばないながらも、いかにも男らしい精悍な顔立ちをしているそれが、確かにこちらへと向いたままで凍りつき、それから。おもむろに、その足をこちらへと運び始めた。片や、バイクから降りたそのまま、ただただ立ち尽くしていた蛭魔であり。その手からヘルメットを奪われても、何の反応も見せぬまま。こんなで大丈夫なんだろうかと、人事ながらもやきもきしながら十文字が傍で見守る、彼と相手と。
「………。」
二人の時間だけが止まってしまったかのように。じっと立ち尽くしたままに向かい合っていた彼らだったが、ややあって…向こうの彼の方が先に息を吹き返したらしい。現実へと立ち戻ったそのまま、さあどうするか。やはり思い出せずに、彼の真横を通り過ぎて踵を返してしまうのか。それとも、思い出せばこその決まり悪さから逃げるのだろうか。どっちにしたところで、傍観者に過ぎない自分は手も足も出せないのかなと、今になってそこへと思いが及び、歯噛みしたくなった十文字だったが、
“………。”
相手は間違いなく、こちらへと…蛭魔へと向かって歩みを運んでいるのだと気がついた。誤魔化し半分の情けない笑い方をするでなく、かと言って追い払おうというような険悪な顔でもなく。ともすれば…表情の固まった蛭魔を案じるような眼差しをしている彼であり、
「…どうした?」
向こうから近づいて来たことで詰められた間合い。これ以上接すると今度は近すぎて顔が見えなくなるほどまで近づいた彼は、ボトムのポケットに手を突っ込んだままという態勢で、少しだけ上背を傾けて来て…こうと囁いた。
「今度俺に逢ったら、必ずぶっ殺すって言ってたんじゃなかったのか?」
間近になった温みと声と。ホントの家族よりも長いこと、いつもいつも傍らにいてくれた、頼もしくて大好きだった存在。顔を上げれば、やんわりと目許を細めて。昔と変わらない笑い方をしてくれる人が、間違いなく、此処にいる。伸ばした手が届く、すぐそこにいる。
「あ…。」
全身で凭れていた信頼ごと置き去りにされた苦しさ、何も言い残さぬままに突き放され、独りぼっちに戻された辛さ。どれを取っても身を切るほどに悲しくて切なくて。そんな痛みをくれた人を心から恨むことで、何とか立ち上がれたようなもの。そんなまでの仕打ちを受けた相手だというのに、込み上げて来た想いは…伸ばした手を拳には固めず、
「…どうして。どうしてあんな…いきなり姿を消したりしたんだっ!」
すがるように両手で掴まえたジャケット。その懐ろに頬を埋め、もう離さないと言わんばかりに悲痛な声を上げていた…あの頃の“少年”へ戻っていた蛭魔であり、
「………妖一。」
小さな子供をなだめるように、大きな手のひらで背中をさすってやりつつ、名前ひとつ囁くのへも何とも切なそうな顔をする人。十文字も名前だけは聞いていた、葉柱ルイという男性との、これが4年振りの再会となったのであった。
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