assailant... U(襲撃者) B
 

 

          




 瀬那の決意のほどとやらまでは、どうかすると桜庭には話す必要のないことだったのかもしれない。とはいえ、随分と尽力してくれた彼であるのだし、今回の一件のみならず、その最初からのずっとずっとの長い間、不器用な二人を…陰になり陽なたになりと、気を回しては支えたり見守ったりして来てくれた人だから。公けにも身内的にも、そして…自分たち二人の間でも、こんな風に落ち着きましたと、きっちりご報告した進であり、

  「…ふ〜ん。」

 静かな声音で綴られた、一種の内緒話みたいなものだったせいか。膝に肘を載っける格好で少しほど前屈みになった姿勢のまま。どこか呆気に取られたような、そんな雰囲気にて深色の瞳をやや見開いていたアイドルさんは、
「セナくんてホント強くなったよねぇ。」
 しみじみとした柔らかな吐息をつきつつ、そんなことを言ってから…ほこりと微苦笑して見せた。
「とことん前向きだしサ。冗談抜きに、このままどんどん強くなっちゃうんだろうね。」
 あんなに小さいのにね、臆病そうに見えるのにね、なんて大きな子なんだろうか。人を傷つけないでいるのって言うほど簡単なことじゃあない。その場しのぎならともかくも、随分と大変なことなのにね。闇雲におもねる訳でもないままに、それをこなしているんだもの。ホントの優しさってああいうのを言うのかな。お前には勿体ないかもだぞ…と、最後にはからかうようなオチまでつけてくれた優しいお友達へ、

  「すまなかったな。」
  「…え?」

 進は静かに謝意を伝えた。誰にも彼にも謝らずにはおれないほど…そんなにも気落ちが続いているとも思えぬ、しっかりとした表情・眼差しの戻っていた彼は、されど、

  「蛭魔の言い分も痛いほど分かるからな。」

 ほのかに声を低めて そんな言いようをする。蛭魔にとっての可愛い後輩でもあった瀬那。自分の夢を現実に変える大きな原動力になってくれた、チームを支えて一緒に走ってくれた大切な存在であり、その延長ということもなかろうが、フィールドを離れた場所ではその懸命な一途さを大切にしてやりたいと心砕いてもいたことだろう。あの男がそうと思うのは よくせきのことであろうし、そんな対象をあんな目に遭わせた元凶だと、臓腑が煮えるほどこの自分を憎いと思った彼だったろうにと理解を寄せて、そして。

  「そんな蛭魔と、俺との板挟みになったんじゃないのか?」

 いつだって優しい幼なじみの桜庭くん。どんなに忙しくても、それはそれは不器用な進への気遣いを忘れないでいてくれて。人の輪から浮きがちな彼を一人にしないでいてくれたし、セナとのまろやかな間柄へも沢山のエールを送ってくれてた彼だったから。今回もまた、邪険になんか出来ないと、やっぱり気を回してくれたのだけれども。その不器用くんという存在へと、真っ向から牙を剥いて食ってかかった人の方も、いや、そちらの彼をこそ。今は一番に大切にしたいのだろうし、自分自身よりも何よりも優先したいと思う桜庭なのだろうに。気の利かない自分では計り知れないような無理をさせたのではなかろうかと、この義理堅い青年へもあらためて礼を言いたい進であるらしい。だが、

  「ふ〜ん、進からそんな言葉を掛けてもらおうとはね。」

 当の桜庭は、どこかおどけたように大きめなその瞳を見張って見せてから"ふふんvv"と笑って、
「妖一がお前に何を言ったのかは、あいにくと僕は聞いてなかったから判らない。でも、気にしなくっていいと思うよ。」
 ほら、妖一ってガンマニアだし護身術とかにも詳しいし。自分で自分の身が守れる人だから、他の人がそうじゃないのが時々信じられないらしいんだよねと、困ったもんだという苦笑をし、
「ボクもほら、ストーカー対策っていうのか、一応は用心深くしてるじゃない。進が合気道に長けてることも知ってたからさ、どうしてセナくんに何か教えてなかったんだろうってのが意外だったんだよ、うん。」
 だからサ、あんまり気に病まないでよと、微笑って言う。
「妖一はさ、計算高い合理主義者ですって事を物凄いほめ言葉だと思ってるような人だからね。今回ちょっと感情に走ってしまったけど、それってたいそう珍しいことでサ。だから、それ自体を忘れたがってるかもしんないし。」
 彼のためを思うなら尚のこと、いつまでも引き摺って気にかけてたりしないでやってねと、明るく構えて見せる桜庭へ、
「だが…。」
 それでもな、と。進は感慨深げな顔になる。

  「大切なら死ぬ気で守れというのは、さすがに効いた。」
  「…っ。」

 さっき彼にも言ったように、蛭魔が進へ具体的に何を言ったのかはまるきり知らないままな桜庭だったが。そんな一言へは思わず…息を呑んでいた。

  "…妖一。"

 そんなことを言ったのかと、これはさすがに衝撃的だった。
"だって…。"
 普通一般の人が気負って言うのとは重みが違うと、桜庭には判るから。
"…それでなくたって、妖一はああいう事態には過敏だから。"
 だからこそ。日頃は過ぎるほどに冷静で、アメフト以外へは極めて淡白な彼が、あんなとんでもない対処を取ったのだし、ああまでもの激しい憤怒を示して見せたのだしと、納得はいくし理解も出来るのだが。

  "………でもさ。"


  『守ってもらってとか、庇ってもらってとか、
   そんな形で気遣われて居させてもらうんじゃなくて、
   自分の意志と力で進さんの傍に居たいんです。』


 セナが進へと宣言したという この意志表明には、大いに共感する桜庭だったりもするのである。









            ◇



 昨日は…と言うか、前日からシチュエーション的に随分と変則的な過ごし方をしたものだから。進のお迎えで病院から帰って行った瀬那くんを陰ながら見送って。特に予定もないしと、そのままその脚でご近所にある蛭魔のマンションへと向かった二人であり、

  「…ん。」

 完全に吹っ切れたとは見え難い、まだちょっとばかり何にか蟠
わだかまりのありそうだった妖一さんの薄い肩を…やや強引に抱きすくめ。昨夜は予定外にもあんなトコに泊まったからと、ねぇねぇとねだる格好にて甘えて説き伏せて。真っ昼間っから………いたして、さて。
「…おい。」
 明るいうちからというのは、珍しいが初めてではないこと。それでもさすがに"このまま眠る"という運びにはならず。事後の気怠さをまとった しなやかな体を擦り寄せて来た愛しい人は、
「お前、跡つけんなっていつも言ってるだろうが。」
 絹モスリンの肌触りも柔らかな上掛けの下、こちらの懐ろ深くへ当然顔でもぐり込んで来ながらも、やや目許を眇めた憤慨のお顔をして見せる。性懲りもなく"おいた"をしてからにと、咎めるような言いようをするのへ、
「着替えとかで周りに見えるようなトコには付けてないでしょ?」
 同性のしかも同じスポーツに関わっている同士だからね、着替える時に露出するゾーンは心得てる。情事の痕跡をそんな場所へは絶対に残さないって原則くらい、言われるまでもなく守って来た桜庭だったからと、そこはきっちりと言い返したが、
「見えないって言っても…。」
 言いつのりかけた蛭魔が、されど…言葉に詰まったのは、
「そんなとこ、誰にも見えないだろから良いじゃない。」
 というような微妙な場所であり。とはいえ、

  「…風呂に浸かる時なんかに、俺にはいちいち見えんだよ。////////

 そして…そんな痕跡が目に入るにつけ、何だか落ち着けないから困るのだ。陽灼けに最も縁のない"秘処"にも間近い、大腿部の内側の深み。そんな場所の真白き肌に、鮮やかなまでに浮かび上がる深紅の痣。それが眸につくたびに、つい。相手の唇が触れた感触や熱さも生々しく、それがそこへと刻まれた瞬間のちりちりとした微かな痛みまで思い出し、ついつい顔に血が昇るのが…口惜しいような切ないような。その場にいない人のこと、そんな風に思い出すのが何だか癪な彼であるらしく、
「今度からは気ぃつけろよな。」
 ふんっと不貞腐れたように口許を尖らせて、こちらのはだけられた胸元へと顔を伏せてしまう。そんな彼の…しっとりと汗を含んでセットが柔らかく崩れた金の髪を手櫛で梳きながら、はいはいと生返事を返しつつ、

  "そういう場所につけなきゃ意味ないでしょvv"

 ほのかに ほくそ笑むところが。さすがは芸能界なんていう おませな世界に在籍して長い、ある意味、耳年増な上級者である桜庭くん。どうやらやっぱり、確信犯的にやらかしたことであるらしく。この大切な人の"意識"を、傍らに居られない時まで自分へと繋ぎ留めてる思惑通りの効力に、擽ったい達成感をこっそりと噛みしめている彼らしい。
"だって油断は禁物だもんな。"
 見目のみならず中身まで、そりゃあ素敵な自分の魅力に気づかないまま、誰からも嫌われてるポジションに故意に居続けようとしていた人。だもんだから…こっちの方面ではまだまだどこか、危なっかしいほど無垢で可愛い人でもあって。
"…ボクにだけ、なのかな?"
 だったら安心なんだけど。いつ、どこで、どんな奴に見初められるか判ったもんじゃないんだからと、時々思い出したように怖くもなる心配症さん。だってそれだけ奥深くて素敵な人なんだものvv それに…ホントはとっても優しくて、そしてそして…傷つきやすい人。どんなに強い向かい風にあっても悠然と胸を張っていられるほど、靱
しなやかで強い人には違いないのだけれど。時には他者を蹴倒してでも、手段を選ばず毅然と前進出来る、腰の強い人でもあるのだけれど。どうしてだろうか、何かの拍子に他人の痛みにも敏感に気づいてしまうような、それは懐ろの深い人だから。色んな意味で…本当に油断も隙もないったら。
"誰にでも…って訳ではなさそうだけどもね。"
 でもでも、それっていうことは。彼が我がことみたいに気を揉む相手って、それだけ思い入れが深い人だって事でしょう?
"………。"
 やっぱりそれだけセナくんのこと、大切だって思ってる妖一なんだなぁって。ほんの少しだけ、ちりって胸のどこかが痛んだけれど。

  「…ん?」

 髪を撫でてあげてた手が いつの間にやら止まったのへ。無言のまま"どうしたの?"と、間近い懐ろから白いお顔を上げて来た可愛い人だったから、

  「…ん〜ん。」

 見上げて来た淡いグレーの瞳へ、何でもないよと小さく微笑いかけて。再び そぉっと髪やうなじを撫で始める。ほんのさっきまで不機嫌だったのに、もう…無意識ながら甘えてくれてる。こんなにも凭れてくれてるんだもん。この至福は本物なんだし、何よりも大切にしなくちゃいけないんだと。穏やかな午後の静けさへ、甘く秘やかな溜息をこっそりとついた桜庭くんだった。


  "大好きなんだもん、ね?"




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  *何だか段落の区切り方が、ちょこっと妙なことになってますが。
   いっそ続き物らしくって良いかも?
おいおい
   こんなとこで終わってるなんて、もう。
   ねぇねぇ、次は?って 思ってもらえてたらいいのになvv
こらこら

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