assailant... U(襲撃者) C
 

 

          




 あれって…実際に相対すことになったのはついこの間のことだったけど、心積もりは結構以前から固まってたからね。だったから、ボクにしてみれば。勿論ドキドキもしたけれど、ああやっとだなんていう確認出来たような安心感とか、奇妙な…不謹慎な種の高揚感とかもあったと思う。




 年が明けてからほんのしばらくほどは、蛭魔さんチにも…日頃は海外で活躍していらっしゃるご家族の方々が里帰りしてらしたがため、気安く逢うことも出来ないままになり。それも仕方のないことと、一応はお行儀良く、彼の側からのお誘いの声が掛かるのを待っていた桜庭くんで。
『だって、年に一度の大切な逢瀬なんだろうしさ。邪魔しちゃ悪いと思って。』
『…何だよ、それ。』
 メールのやりとりさえ憚
はばかってという徹底した"音沙汰なし"でいたものだから、てっきり携帯の機種替えでもしたのだろうかと思われたらしく。なんとわざわざ桜庭くんのお家まで、その足を運んでくれた妖一サマであり。正月休みの延長モードにて朝寝をしていて、チャイムの音にだらだらと反応したその直後、来訪した相手を知った途端に玄関ドアから飛び出した春人くんの俊敏さは…記録に残す必要があったかもしれないほどだったとかどうとか。(笑) それから、
「普通の家なんだな。」
 散らかってますがどうぞと通された明るいリビングを見回して、そんな一言をぽつりと呟いたお客様に、ムッとついつい口許を尖らせた桜庭くん。
「そりゃあ、妖一んチに比べたら一般的な小さい狭小住宅ですよ〜だ。」
 それへと"なに拗ねてんだよ"と苦笑をし、ファンやマスコミ対策に何か仕掛けているのかと思っただけだと、考えようによっては物騒なことを言ってのけて下さったので、
「最近は此処には寝に帰るだけみたいなもんだからね。」
 テレビ局とかスタジオの方がよほど捕まえやすいって皆知ってるから、滅多に此処にまで来る子はいない。でも、時々は見かけるから…覗かれないようにと、それから不審者に簡単に割られないようにって、窓には一応、防犯遮光用の特殊シートを貼っているんだよと説明してくれた彼へ、

  「…で、寝てたのか?」

 テーブルの上へ とりあえず淹れた煎茶の湯呑みをことりと置いてくれた…どう見てもパジャマという恰好のアイドルさんをちらりと見やった蛭魔さんがそうと訊いた。大柄な彼でも少しだけ幅やら丈やらの寸の余っているサイズのパジャマと、その上には…蛭魔には久々に見るものらしき"綿入れ半纏"を羽織っている桜庭であり、
「あ、えと…うん。///////
 とんだところを見られちゃったねと、苦笑をし、着替えて来るからと飛び出して行って。少し遠くで"がたがた、ごそごそ"にぎやかな音がしてから、割と早い目に…それでも抜かりなくきちんと、しわのないチェックのシャツに辛子色のコーデュロイのパンツ、淡い混色ニットのカーディガンという、優しい中にもキリリとした普段着姿になって戻って来たから、さすがは芸能人。大急ぎでの着替えには慣れているらしいことを偲ばせる。そんな彼だというのに、
「…。」
 何やら言いたいことがあったというよな、口許を引き絞る様子を、ちらりとして見せた蛭魔くんであり、
「? 妖一?」
 そこは見逃さなかった桜庭くん。柔らかな亜麻色の髪を揺らして“どうしたの?”と小首を傾げつつ、向かい側のソファーへ腰掛ける。
「うん。…だから、その…。」
 なぁに? 急かすことなく待ってやると、ちょこっとだけ視線を逸らした“俺様さん”は…ぽつりと一言。

  「もしかして具合が悪かったんじゃないかって。」
  「あ…。」

 パジャマ姿を見てそう思ったと。それで"寝てたのか?"と訊いた彼だったらしくって。大きな窓から差し込む冬の午前の陽光の中、相変わらずツンツンと尖らんほどに立たせている金の髪が温められて綺麗に光り、その下には繊細美麗な真っ白なお顔。視線を逸らした切れ長の目許や白い頬が仄かに朱を帯びたのへ、見ているこちらの胸中までがほこほこと暖かくなる。
"…心配してくれたんだ。"
 全く連絡はないわ、そんな恰好して出て来るわで、風邪でも引いて臥せっていたのかなと思ってくれたらしき彼であり、ほんの一瞬の感慨であれ 嬉しいことだなぁとお顔がほころぶ。

  「…ありがとね。////////
  「ん…。////////

 言葉のつながりとしてはちょっとばかり脈絡のない一言だったが、ちゃんと通じたらしくって。嬉しくてモジモジ、照れ臭くてモジモジと、双方ともに柄になく羞恥
はにかんでいたのだけれど、

  「…お。」

 ふと。足元を見やって、蛭魔が何か見つけたらしき声を放った。リビングの中ほどに、向かい合えるようにと並べられたソファーセットの中央部。小さなローテーブルのその下の、小物などを置いておく段のところに無造作に突っ込まれてあったのは、ページがビニールファイル式になったB4サイズのクリアブックであり、
「え? …あっ。」
 それを引き出し、パラリと開いた妖一へ、春人が慌てて立ち上がったが…もう遅い。

  「ふ〜ん。また写真集出すのか。」
  「あ、えと………うん。////////

 そう。その写真集へ掲載するところのスナップ写真を集めた代物であったらしく、決定稿というシールが表紙に貼ってあったから、これが…何十日だか何週間だか経ってから書店に並ぶそのままの中身であるらしい。
「えと…。/////
 今回のは、昨年の暮れから今現在まで全国ロードショーされているあの映画の撮影中に、並行して撮られていたものを中心に集めた代物であり。ちゃんとしたスチールやプロマイドも、抜き打ちに撮られてた休憩中などのスナップも、納得済みで本職の方に撮影されたものばかりなのだし、社長とカメラマンさんと出版社の担当の方と一緒に桜庭本人も何度もチェックした訳だから、さほど"困った種"の代物はない筈なのだが…なんだか落ち着けない。だって、
「………。」
 妖一さんたら、真顔というか…えらく無心なお顔になって、1枚1枚、ゆっくりと眺めているんだもの。本人が目の前にいるのにね。それより何より、何だか…人間ドッグを受けたその結果を判定されてるみたいな、胃の辺りが妙に落ち着かない気分になってしまった桜庭くんであり、
"…胃カメラなんか、まだ飲んだことないけどね。"
 だから、それは"物の例え"でしょうがってばさ。
(笑) 筆者とのMCでも紛れない動揺を押さえ切れなくて、それでとうとう、妖一さんの傍らまで足を運んで座り直した桜庭くん。妖一さんはちらっとこちらを見たけれど、さして気にせず、そのまま写真の方を眺めやる。映画の舞台になっていたのは香港風の無国籍地域という設定だったが、撮影は…極秘で進められていた関係もあって、当然のことながら全て国内で行われており。それでも、カンフー服のような道着っぽい筒袖の衣装だとか、打って変わって学校の制服らしきブレザー姿やアイビー調の普段着などなど、色んな恰好の春人がいる。こちらへ目線を向けているものもあれば、明後日の方を向いているものもあるし。ころころと楽しそうに笑っているものや、演技なのだろう、鋭く睨みつけて来るものもあれば、転寝しているものもあり、
「………。」
 それまでは仄かに微笑って眺めていた妖一の横顔が、ふっと堅くなったので、
「これは、嫌い?」
 その横顔の方をばかり眺めていた桜庭は、ロングコートを毛布の代わりにして、長椅子に体を沈めて転寝している自分の横顔の写真を指さして見せる。妖一は…こくりと無言のままに頷いて見せてから、
「この写真が"嫌い"なんじゃない。」
 そんな風に付け足した。
「これは…他の奴も見るんだろう?」
 無防備な寝顔。ちょっと疲れて、でも健やかに眠る無心な寝顔。写真自体は 嫌いじゃない。…でも、

  「……………。」

 何故だかむっつりと黙り込む横顔。いつものツンと澄ましたお顔ではなくって。むず痒そうなお顔なのへ、理由が分からないままにキョトンとしていた春人だったが、

  "…あ、そっか。"

 滅多には見られない、感情を滲ませたこんなお顔、他では見せてほしくないなって自分が思うようなのと同じなのかも。くうすうと無防備に眠る自分の寝顔を、他の人には見せてほしくないと思った妖一なのかも。そしてそれって…もしかして"独占欲"ってやつなのかも? お顔も声も、綺麗な手やすんなりした体、笑顔も髪も、視線も匂いも、全部全部ボクだけの妖一であってほしいみたいに、妖一の側からもそんなこと、思ってくれてるの?
「…なんだよ。」
 えへへ…なんて、ちょこっと緩んだお顔になっていたのを見とがめられて、妖一さんが綺麗な眉を吊り上げかけたので、
「何でもないよ。それよかお腹空いてない?」
 もうすぐお干だし何か作るねと、含み笑いを誤魔化すみたいにキッチンへ立った桜庭くんである。







 刻みレタスを仕上げに入れる"しゃきしゃきチャーハン"は意外と好評で。口が肥えてる妖一さんは、例え恋人の作ったものでも不味いものは不味いとはっきり言う人なので、全部綺麗に食べてくれたことが"決してお世辞ではない"という紛れもない証明であり。取材で行った中華街のコックさんに教えてもらったんだよ、美味しかった? 嬉しいなと、その笑顔の方もかなり美味しそうに甘く蕩かせたアイドルさん。それからの午後も、NFLのビデオを観たりして、のんびり過ごしていたものが…。

  「…あ。」

 何かの拍子、言ったな この野郎とか、冗談めかしたお軽いやり取りの弾みで…ぽそんと懐ろに凭れ込んで来た恰好になった痩躯を受け止めた桜庭くんの腕が、ついのこととて相手を抱きしめていて。途端に、

  「えと…。//////

 相手の体もまた…仄かに柔らかく馴染んで来るような、この人には警戒は要らないという反応を見せるのは、年末からこちらの急速に進展した間柄の反動だろうか。そんな愛しい人を そぉっとそぉっと引き寄せて、懐ろ深くに取り込みながら、柔らかな口唇へと唇を合わせる。ああ、キスなんて何日振りだろう。頼りないほど柔らかな感触を何度も啄
ついばむ。すっかりと凭れ掛かって来てくれる、嫋たおやかな重みと温もり。かすかに触れ合う頬の、なめらかな冷たさ。こちらの懐ろの深みにて、シャツをきゅううと掴みかかって、だが。途中で萎えかかってすべり落ちる、妖一の手の動きに…ギリギリ何とか気がついて、

  「…んと、ここまで。」

 もっと触れていたい、もっと先へとなだれ込みたい。そんなこんなで名残り惜しいのは山々なれど、何とか自分を叱咤して。桜庭は唇を離すと、その代わりのように…恋人さんの身体を胸元へぎゅううと抱きすくめるものだから、

  「?」

 妖一の側としては…優しい扱いに特に不満もないのだけれど。彼の側から"ここまで"なんて言い出すとは、さても珍しいと ついつい感じた。冷静な筈のこっちがあっさりと呑まれてしまうほど、いつだって熱情あふれる接し方をして来る彼だのに。それを思えば…こんな"取っ掛かり"で終しまいだなんて何か変かも。そんな怪訝さを感じている態度が届いたか、それとも自覚があったのか。
「だってサ。」
 どこか歯切れの悪い声を出した桜庭は、

  「これ以上のめり込んだら、きっと帰したくなくなるもん。」
  「…っ☆」

 子供が拗ねているかのような言い方だったが、ご本人には たいそう切実なことであるらしく、
「ホントなんだからね。」
 妖一が此処に…ボクんチに居るなんてところからして夢みたいなのに。逢えなくて つまんないなってフテ寝してたのに。
「これ以上嬉しすぎることになっちゃたら、感情が麻痺しちゃいそうで怖いんだ。」
 妖一のこと、帰すのが嫌になって、そのままボクの部屋に閉じ込めちゃうかも知れない。そんな物騒なことを言いつつも、子供同士のご挨拶みたく、こつんと額におでこをくっつけて来る彼であり。ちょっぴり困って眉を下げている優しいお顔を間近に見やり、
「…それは確かに怖いな。」
 くつくつと笑って…啄
ついばむような優しいキスをしてくれた妖一さんだった。






            ◇



 それからは。互いを感じ合うのにもうもう言葉なんか要らないとばかりに、ただしっとりと言葉少なく寄り添い合っていた彼らだったが。程なくして、そろそろ帰るわと言い出した妖一であり。じゃあ途中まで送ってくよと、そこはやっぱり少しでも長く一緒に居たくって、ちょっと待っててねと自分の部屋までコートを取りに行った桜庭で。何か、今日は凄く嬉しいな。何だよ、またそれかよ。くすくすと笑い合いつつ、ほのぼのと最寄りの駅までの道を辿る。タクシーを拾うよりも早いからと、妖一が言い出したことであり、今日は割と大人しいデザインの、黒っぽい焦げ茶というツィードのコートに包まれた痩躯に寄り添って、慣れた道を歩んでいた桜庭だったが、

  「………。」

 ふと。その痩躯が前触れなく唐突に立ち止まって。自分のコートの二の腕を、片手でスルリと…肩口辺りから肘まで撫で下ろして見せたのに気がついた。
「妖一?」
 寒いの? それとも何か擦ったの? 丁度、一台の車が彼らの傍らを、後方から来て追い抜くように通り過ぎたばかり。でも、車が通った側にはボクが立っていたから、触れてはいない筈だけど。静電気が起こってチクンと来たかな? あれって痛いんだよね…。他愛ない会話を続けかけた桜庭が、
「………っ。」
 ハッと表情を強ばらせる。妖一が、コートの肘辺りから何かを引っ張り出したからで、二の腕に添わせて内蔵されていたらしいそれは、細身ながらも撓
しない方の強靭そうな…スライド式の特殊警棒ではなかろうか。そのまま ぶんっと勢いよく足元へ振るうと、シャコンとスライドが伸び、50センチ弱くらいの長さに固定される。そんな物騒なものを手にした妖一は、

  「お前はこのまま家まで走れっ!」

 桜庭へとそう言い放ち、伸ばして来た何も持たない側の手で桜庭の肩を掴むと、そのまま凄まじい力で自分の後方へと引いて突き放す。
「あっ。」
 こちらが呆然としていたという、一種"不意打ち"なせいもあったが、それでも。体格差がある二人だというのに、妖一の体捌きは絶妙で。気がつけば…苦もなく立ち位置が入れ替わっており、
「妖一?」
 何が何やらと混乱しつつも、肩越しに振り返った桜庭の視野に。自分たちの傍らを通り過ぎたさっきの車から、数人の人影が降り立っているのが収まった。特に目立たぬ雰囲気の男性たちが数人、なかなか俊敏な動作で降り立ってこちらへやって来るのだが、

  "…え?"

 その"滑らかな動き"があまりに滑らかすぎて、何だかゾッとした。打ち合わせのあったことのように無駄のない、それは速やかな接近は、微妙に早回しになっている映像を見ているかのようだし、こちらに背中を向けている妖一が、ぐっと体の重心を低くして身構えたのが伝わって来た。

  "あ…まさか、これって…。"

 断っておくが、桜庭くんはそんなに鈍臭くはない。若いしスポーツ選手だし、あの王城ホワイトナイツでレギュラーを張っていたほどの人物であり、しかも芸能人という格好にて、機転を必要とされる"お仕事"もこなしている。この一連の展開を前に、ただただ愚鈍にもぼーっとしていた訳ではなく、それでも蛭魔がちらと振り返り、

  「早く、逃げないかっ!」

 もう一度、強い語調で急かしたのへ、

  「…うん。」

 ちゃんと頷いたのにも関わらず。桜庭くんの足は動かない。コートの襟から懐ろへ、その大きめの手がすべり込み、内ポケットから取り出されたるは…1台の携帯電話だ。二つ折のそれを素早く操作すると、手短に要件を相手に告げて。それから再びそのコンパクトな装置を折った状態に戻して手の中へ。そうこうする内にも、異様に速やかに接近して来た輩たちは、眼前に健気にも立ち塞がってくれた妖一に掴みかからんとしており、
「こんのっ!」
 こちらへ伸ばされた手を目がけ、引き伸ばした警棒にて右へ左へ、なかなかの効率と太刀捌きにて、蛭魔は鋭く薙ぎ払って見せている。そんな奮闘をこなしつつも、
「何してるっ!」
 この連中の目的は自分なのだと、彼にも察しはついているらしく、巻き添えを食わぬうち、早く逃げろと桜庭へ再三の声をかけた蛭魔だったのだが、


  「……………さ、くらば?」


 ぶんっと振った手が思わず宙で止まる、その手首を男の一人に捕まえられてしまったほど。彼がぎょっとしたのは、

  「こらこら。ボクの大事な人に気安く触ってるんじゃない。」

 その無粋な手をパシンと払いのけながら、妖一の薄い肩を抱き寄せるようにして自分の胸元へと引き寄せた桜庭が…何だか不思議な雰囲気を孕んでいたからで。気さくで当たりの柔らかな、妖一にはすっかりと馴染んだ普段の彼とは…面差しも声のトーンも少しばかり違う。しゃんと伸びた背中に、きゅうと締まった腰のバネも強かそうな、いかにも屈強精悍な…まるで正義のヒーローのような自信にあふれた佇まい。何せ、くどいようだがこれでも芸能人である。一応はボイストレーニングだって受けているし、俳優にその道を定めたことでそっち方面のお勉強にもかなり打ち込んで来た彼だから、

  【地元の皆様、お騒がせしております。
   いつもお世話になっております桜庭春人が、
   ただ今公開中の映画の、ミニ・キャンペーンにやって参りました。】

 さっきの携帯を口元にかざし、どういう機能からかマイクになったそれにてこんな口上を滔々とまくし立てたものだから、

    「…え?」
    「何なに?」
    「あら、春人ちゃんじゃないの。あけましておめでとう。」
    「その子が、共演してた風香ちゃんなの?」
    「あら、違うわよ、お母さん。よく見て、男の子よ?」
    「ええ? だって…凄く綺麗な子よ?」

 これまで全く人の気配がなかった筈の小道に面していた窓やら庭先へ、住民の方々がざわざわと出て来る出て来る。

    「春人、ミニキャンペーンって何するんだ?」
    「そいつらとアクションシーンを再現すんのか?」
    「お兄さん役をしてた○○さんはいないの?」
    「あんたじゃ、アクションなんて無理でしょうに。」

 ドッと沸いたのへ"ひどいなぁ〜"と笑い返した桜庭だったが、この展開には…。

  「……………。」
  「……………。」

 急襲を仕掛けて来た連中はもとより、桜庭の懐ろに顔を伏せるようにと逆に庇われてしまった妖一までもが…合点が行かずに困惑の模様。
「おい、これって一体何の真似…。」
 声を掛けかかった妖一の頭をぎゅむと伏せさせ、

  「さあ、どうするね。」

 春人は襲撃者たちを真っ直ぐに睨み据えた。

    「これだけのギャラリーが見てる前で、この人や僕を攫って行けるのかな?
     あの車もあんたらの顔も、ついさっきこの携帯のカメラで撮らせてもらって、
     すぐさま知り合いのところへ転送させていただいた。
     今日びの携帯の撮影機能はデジカメ並みだからね。
     引き伸ばしても画面は荒れない。
     バンパーの傷まで分かるほど、服のメーカーまで分かるほど、
     細かいところまで鮮明な写真が撮れてる筈だ。」

 マイクにしていた携帯を、どこぞのご隠居の印籠のようにかざし、

  「さあ、どうするのかな。
   ただの通りすがりの人たちならば特に問題はないけれど、
   それが誘拐犯の情報になるのだったら、
   この人たちの証言に加えて、
   さっきの写真はかなりの手掛かりになると思うけど?」

  「うう…っ。」

 堂に入った台詞回しが、いかに自信のある手筈なのかを裏打ちする。余裕綽々な態度といい、懐ろに美しき人を庇っての流れるような口上といい、周囲のギャラリーたちも声もなく見とれているほどで、

  「…くっ。」

 情況が停まり、睨めっこになってしまった段階で、疾風のように攫ってしまおう計画は既に不成就。こういうことは見切りが肝心と、相手も玄人だったのかそこの判断は素早かった。

  「引くぞ。」

 こそりと、リーダー格の一人が他の面々へだけ通る鋭い声を掛け、やはり素早く身を翻して車の方へと去ってゆく。

  「…あ。」
  「大丈夫。」

 このまま逃がすのは…と思ったらしき妖一へ、桜庭がこそりと囁いた。
「高階さんたちが周辺道路に駆けつけてくれてるし、あの車の情報も送った。」
 だから心配しなくともきっちり捕まえてしまうよ、そうでしょ? と。どっちの身内の話だか、自信満々に言い放った桜庭であり、

  「さあさ、この続きは劇場で。
   まだまだロングラン公開中ですよ、どうか観に来てくださいね?」

 周囲の地元の皆々様へ、それは爽やかな笑顔を振り撒き、口上を締めくくった春人くんだったのだった。


  ――― いよっ、千両役者っ!




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  *な、なんかお話の傾向が凄く様変わりしちゃってますが。
   皆様、ついて来れてますか?
   相変わらず落ち着きのないサイトで申し訳ありませんです。

ご感想は こちらへvv**