「こっちから奴に会いたいって思ってんだろによ。」
「…思ってねぇもん。」
「じゃあなんでそんな、携帯ばっか弄ってんだ?」
「………。」
後ろにいた阿含からは見えなかったろう身体の前で。無意識のうちにも携帯電話をずっと握ってた坊やであって。やっぱり むすうとむくれたお顔。でもね、こしこしって…お兄さんの着ているシャツ越しの胸板。その温みへと頬を擦りつけて来るなんてのは、これまでにはなかった判りやすい甘え方。どうにも昇華させられないでいるむず痒い想い。まだ何にも言ってないのに何で判るんだよぅと、そんな駄々を捏ねてるらしき彼であり、
「意地張ってんじゃねぇよ。」
ずば抜けた長身だからスタンスも広い。そんな阿含が坊やを抱えたままですたすたと向かったのは、この浜へと乗りつけた彼の愛車のスポーツカー。天気が良いからとルーフを開いたオープンスタイルにしておいたので、座席が秋の陽光を吸ってじんわりと暖められている。ベンチシートのそこへと とさんと。小さな坊やを転がしてやり。真上に来ていたお陽様に眩しげに眸を瞑ったのへ、庇か傘の代わりにとその身を乗り出してやりつつ、
「しょうがない奴だなってことで、こっちから電話するなり顔出すなり してやんな。」
こっちから折れてやるのも、言わば“余裕”ってもんじゃんよ。のしかからんという角度になったまま、間近になった愛らしいお顔に囁いてやると、
「…だってさ。」
まだ何か煮え切らないのか、言葉を濁して視線を逸らす。
「やっぱ、俺ってガキなんかな。」
「んん?」
シートの黒を背景に、ふわりと散らばった金の髪が陽を受けて光っている様やら、横を向いた白いお顔の細い線やら。何とも印象的な構図になったままにて、坊やは切々とした口調で呟いた。
「人は人だろって判ってんのにサ。今度のだけはそれが凄げぇイヤで。」
葉柱は自分とは全然違う。年齢や、生まれや育ち、今 その身を置いてる環境が違うのは当たり前だとして。好みも違うし、得意も苦手も全然違う。でもさ、違うってこと、どう違うのかってこと、だせぇ〜っとか思いつつも納得出来てたし把握出来てたのにな。仲間思いだってこととか、だから時々は俺が後回しにされることがあっても“仕方ねぇよな”ってちゃんと納得出来たのに。
「ルイがサ、アメフトの試合、没収されるかもしんないのにサ、
喧嘩の方を取ったっていうのが、どうしても納得が行かねぇ。」
そして。納得が行かない自分というのが、これまた不可解なのだ。時々 浅慮な奴だってのは判ってたろうに、そこんとこも結構好きだった筈なのに。今回ばかりは悲しくなるほどムカッとしちゃった。何でそんな事したんだようって、身を斬られるような想いがした。
「いいじゃんか、ガキで。」
「…無責任だよな。」
呆れたように言っているのが本当に子供なこのやりとり。さしもの阿含でさえ、ついつい吹き出しそうになった問答だけれど、相手の真摯さを思うとそれも憚られて、
「何だよ、ちゃんと判ってるんじゃないか。」
「…何がだ。」
「大人は面子とかも子供よか重いからよ、そう簡単には謝れなかったりすんだよな。」
だから、お前の側が折れてやれと続けかかったのを遮って。
「ルイはまだコーコーセーだもん。」
すかさずの、このお言いよう。自分は子供じゃないけれど、向こうは大人じゃないってか? 阿含は口の端で苦笑をしてしまう。物凄い論理だ、うんうん。だから面白いんだよな、こいつってば。
「俺だってずっとガキだぜ?」
「だから?」
ツンとしたお顔、こっちへと向けた綺麗な坊やへ、
「好みなんじゃねぇの?」
うりうりと頬擦りしかかると、
「…ば〜か。」
つれないお言葉と一緒に、ドレッドヘアをぎゅうと引っ張られてしまう。
「痛い痛い、判ったから離せっ。」
相変わらずに容赦のない子。それでも、これって…だいぶ浮上して来たってことかもな。何で自分が恋敵への肩を持ってやらにゃあならんのだと、苦笑混じりに吐息をついて、
「俺もさっきな、電話してみた。」
「?」
坊やの上から身を起こすと、そんな言いようをしてやった。
「自分トコのが終わってそのまま、第2試合だった奴らのゲームを見てた桜庭へな。言ってたぜ。奴ら、なんか様子が変だったって。」
「試合…。」
そうだった、今日は準決勝だ。そんなことさえ忘れてた。シートに転がったまんまで大きな瞳を見張った坊やへ、
「怪我人が多かったんかな。結局は負けやがってよ。」
阿含はけろりと言ってのけ、
「ま、来週にも3位決定戦のプレーオフがあるからよ。関東大会へはまだ何とか進める道もあるんかもしれんがな。」
うっかりしていて見落としてた試合。さんざん阿含へ言い放ったみたいに、もうすっかりと関係ない人のこと。だったら…こっちだってせいせいしてればいいのにね。
「………。」
結果を聞いて、何だかとっても気落ちしてしまい。そんな素直な反応へ、ドレッドヘアの歯医者さん、
“ちょっとばっかり悔しいねぇ。”
苦笑を今度は隠しもせずに、坊やのそれはそれは切なげなお顔を、間近にて堪能させていただいていたのだった。
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*こんな人にまで出てきてもらいましたですvv |