Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 8
   
 Stray putit devil ?
 

 


          




 随分と高い位置に座った腰に、ぐっと引き締まった長い脚。それへと吸いつくような、細身のジーンズパンツのポケットへと、大振りの手を両方とも突っ込んで、

  「…で。なんで俺が、そ〜んな態度を取られなきゃならんのかな。」

 少々不平を鳴らすよに、遠慮なく言いたい放題している大人げないお人。吹きつける潮風へ長く伸ばした髪を躍らせてる彼は、自分の少し前を…ともすればムキになっての力強い足並みにて、ざかざか歩いてく小さな影へと声をかけてみている。横手に秋の海が打ち寄せて来る砂浜には、シーズンオフの今、自分たち以外に人影もない。もう少し波の荒いところだったなら、サーファーがいたりもするのだが、この辺りはファミリー向けの海水浴場なので、秋になっても波は至って穏やかなもの。そんな潮騒に乗せて、
「阿含の方が連絡して来たんだろうが。遊んでやるって。」
 きっぱりとした声が返って来たものだから、
「まあ、そうなんだがな。」
 ついつい言葉を濁したドレッドヘアの歯医者さん。秋の週末の昼下がり。時間が空いたんで どっかへドライブにでも出掛けようかと持ちかけたところ、こんなあっさり、いいよなんて言い出すとは、実のところ思ってなくって。
“相当ヤケになってやがる。”
 それをまた、自分で言うかなこの人も。
(苦笑) 歯医者が嫌いだからというだけの理由で、並み居る顔馴染みの大人たちの中、自分にだけ“嫌いだ”というお顔と態度をきっぱりと示してくれる、見かけの愛らしさに反比例して、実に実に小憎たらしい坊やだが。それでも時々、こんな風に…どういう気まぐれからかお誘いに乗って下さる時があって。態度は相変わらず、こんな具合に“つ〜んっ”と冷たいそれなのだけれど。そんなしてても良い相手だと。気を遣わないで良い、不機嫌なお顔のままでいても良い、そんな風に把握した上でのおデートへの“OK”なのなら、

  “これもまた、ややこしいながらの甘えって代物なんだろな。”

 ホントに素直じゃない坊やだと。こっそり苦笑を洩らした阿含であり。

  「最近、あいつとはどうなんだ?」
  「…知らねぇ。」
  「聞いたぞ。あいつら、どっかの“族”と喧嘩したんだってな。」
  「………。」

 さすがは抜け目がないというのか。デートの前に色々と、坊やの周辺の情報を集めてあった彼であるらしく。最近の坊やが随分とご執心になってる高校生に関してを、特に入念に調べておいたらしい阿含は、先の喧嘩騒ぎにも…それなりのルートにて確かな情報を得ていたらしい。
「相手が待ち伏せ張っての“闇討ち”もどきだったらしいじゃねぇか。乱闘があんまり長引いたんで、あの白ランのヘッドがタイマンでカタぁつけたって言う話だしよ。」
 阿含のあっさりとした言いようへ、知らん顔を続けて…その歩みを緩めないでいた坊やだったが、

  “………。”

 実のところは、ハッとして息を引いている。そんな細かいところまでは知らなかった。だって誰も話してはくれなかったし、そんな下らないこと、聞きたいとも思わなかったから。あれからずっと、葉柱に関しては、耳も眸も塞いだままでいたんだもの。でも、
“タイマンって…。”
 カッとしてたからあんまり注意して見回さなかったけれど。そういえば…ルイ、見えてた顔だけでもかなりの傷を負っていた。殴られた怪我には、時間が経って来るにつれて後から腫れ上がるのもある。携帯、角材で壊されたって言ってたし、そんな卑怯な相手だったんだ。
「さてはやっぱり、あいつと喧嘩したな?」
「そんなもんしてねぇもん。」
「こんな時に詰まんねぇ喧嘩なんかしてって、つい腹が立ったんだろうけど、言い過ぎたとも思ってんだろ?」
「そんなの思ってないっ。」
「嘘をつけ。」
「………。」
 立ち止まったその拍子、いつの間にか足元の砂へ波が迫って来ていて、
「ほら、何してる。」
 後ろから伸びて来た大きな手が、脇を掴んでひょいとばかり。小さな坊やを軽々と、そのまま宙へ放れそうな頼もしさで抱え上げている。くるりと向きを変えられて、それはあっさり、懐ろへと収められ、

軽々、ですねvv

 
 

  「こっちから奴に会いたいって思ってんだろによ。」
  「…思ってねぇもん。」
  「じゃあなんでそんな、携帯ばっか弄ってんだ?」
  「………。」

 後ろにいた阿含からは見えなかったろう身体の前で。無意識のうちにも携帯電話をずっと握ってた坊やであって。やっぱり むすうとむくれたお顔。でもね、こしこしって…お兄さんの着ているシャツ越しの胸板。その温みへと頬を擦りつけて来るなんてのは、これまでにはなかった判りやすい甘え方。どうにも昇華させられないでいるむず痒い想い。まだ何にも言ってないのに何で判るんだよぅと、そんな駄々を捏ねてるらしき彼であり、
「意地張ってんじゃねぇよ。」
 ずば抜けた長身だからスタンスも広い。そんな阿含が坊やを抱えたままですたすたと向かったのは、この浜へと乗りつけた彼の愛車のスポーツカー。天気が良いからとルーフを開いたオープンスタイルにしておいたので、座席が秋の陽光を吸ってじんわりと暖められている。ベンチシートのそこへと とさんと。小さな坊やを転がしてやり。真上に来ていたお陽様に眩しげに眸を瞑ったのへ、庇か傘の代わりにとその身を乗り出してやりつつ、
「しょうがない奴だなってことで、こっちから電話するなり顔出すなり してやんな。」
 こっちから折れてやるのも、言わば“余裕”ってもんじゃんよ。のしかからんという角度になったまま、間近になった愛らしいお顔に囁いてやると、
「…だってさ。」
 まだ何か煮え切らないのか、言葉を濁して視線を逸らす。

  「やっぱ、俺ってガキなんかな。」
  「んん?」

 シートの黒を背景に、ふわりと散らばった金の髪が陽を受けて光っている様やら、横を向いた白いお顔の細い線やら。何とも印象的な構図になったままにて、坊やは切々とした口調で呟いた。
「人は人だろって判ってんのにサ。今度のだけはそれが凄げぇイヤで。」
 葉柱は自分とは全然違う。年齢や、生まれや育ち、今 その身を置いてる環境が違うのは当たり前だとして。好みも違うし、得意も苦手も全然違う。でもさ、違うってこと、どう違うのかってこと、だせぇ〜っとか思いつつも納得出来てたし把握出来てたのにな。仲間思いだってこととか、だから時々は俺が後回しにされることがあっても“仕方ねぇよな”ってちゃんと納得出来たのに。

  「ルイがサ、アメフトの試合、没収されるかもしんないのにサ、
   喧嘩の方を取ったっていうのが、どうしても納得が行かねぇ。」

 そして。納得が行かない自分というのが、これまた不可解なのだ。時々 浅慮な奴だってのは判ってたろうに、そこんとこも結構好きだった筈なのに。今回ばかりは悲しくなるほどムカッとしちゃった。何でそんな事したんだようって、身を斬られるような想いがした。

  「いいじゃんか、ガキで。」
  「…無責任だよな。」

 呆れたように言っているのが本当に子供なこのやりとり。さしもの阿含でさえ、ついつい吹き出しそうになった問答だけれど、相手の真摯さを思うとそれも憚られて、
「何だよ、ちゃんと判ってるんじゃないか。」
「…何がだ。」
「大人は面子とかも子供よか重いからよ、そう簡単には謝れなかったりすんだよな。」
 だから、お前の側が折れてやれと続けかかったのを遮って。
「ルイはまだコーコーセーだもん。」
 すかさずの、このお言いよう。自分は子供じゃないけれど、向こうは大人じゃないってか? 阿含は口の端で苦笑をしてしまう。物凄い論理だ、うんうん。だから面白いんだよな、こいつってば。
「俺だってずっとガキだぜ?」
「だから?」
 ツンとしたお顔、こっちへと向けた綺麗な坊やへ、
「好みなんじゃねぇの?」
 うりうりと頬擦りしかかると、
「…ば〜か。」
 つれないお言葉と一緒に、ドレッドヘアをぎゅうと引っ張られてしまう。
「痛い痛い、判ったから離せっ。」
 相変わらずに容赦のない子。それでも、これって…だいぶ浮上して来たってことかもな。何で自分が恋敵への肩を持ってやらにゃあならんのだと、苦笑混じりに吐息をついて、

  「俺もさっきな、電話してみた。」
  「?」

 坊やの上から身を起こすと、そんな言いようをしてやった。
「自分トコのが終わってそのまま、第2試合だった奴らのゲームを見てた桜庭へな。言ってたぜ。奴ら、なんか様子が変だったって。」
「試合…。」
 そうだった、今日は準決勝だ。そんなことさえ忘れてた。シートに転がったまんまで大きな瞳を見張った坊やへ、
「怪我人が多かったんかな。結局は負けやがってよ。」
 阿含はけろりと言ってのけ、
「ま、来週にも3位決定戦のプレーオフがあるからよ。関東大会へはまだ何とか進める道もあるんかもしれんがな。」
 うっかりしていて見落としてた試合。さんざん阿含へ言い放ったみたいに、もうすっかりと関係ない人のこと。だったら…こっちだってせいせいしてればいいのにね。

  「………。」

 結果を聞いて、何だかとっても気落ちしてしまい。そんな素直な反応へ、ドレッドヘアの歯医者さん、

  “ちょっとばっかり悔しいねぇ。”

 苦笑を今度は隠しもせずに、坊やのそれはそれは切なげなお顔を、間近にて堪能させていただいていたのだった。









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  *こんな人にまで出てきてもらいましたですvv