3
間口が狭かったのへわざわざ合わせているかのように。壁沿いの三方だけでは飽き足りないか、通路を2本ほど作るようにと並んだ天井近くまである棚にもどっさりと。作品のDVDや声優さんのキャラクターソングのCDに、人気キャラクターのフィギュア。ポスターに文具各種にタオルや巾着袋、トレーディングカードから人気作家の同人誌までという幅広いアイテムが居並ぶ、ごちゃごちゃした店内が…されど妙に静かなアニメショップでは。まだ昼間なのに“本日閉店”の札がドアの内側から掛けられてあり。ただ商品が多いからごちゃごちゃした印象がするのではなく、よ〜く見回せばあちこちが乱雑に荒らされてもいる。そんな中、荷崩れしたらしいニャンコキャラTシャツの下敷きになっていた人物がいて、
「大丈夫ですか?」
カラフルな1枚1枚を個別にパッケージングされた薄い商品。その海に溺れかけていた青年へ、手を貸して助け起こしている人物もいる。引き起こされた青年は、賢そうな広いおでこに擦り傷を作っており、他にも何カ所か、殴られるか壁などへ突き飛ばされるかしたらしい跡があちこちに。痛々しい姿なところへ持って来て、今の今まで意識もなかったというから尋常ではない。助け起こされ、軽く揺すられて、やっとのこと ぼんやりと眸を開いた彼は、
「…あっ。」
はっと我に返ると周囲を見回し、それから改めて自分の正面にいる人へ視線を戻した。
「先生。」
白衣姿でこそないが、成程そう呼ばれても違和感はない、いかにも知的で折り目正しい、加えて清潔そうな几帳面そうな人物であり。雪光から呼ばれて、
「はい。こんにちは。」
そんな悠長なお返事を、にっこりと笑って返すところが………成程、マイペースな人であるらしく。
「棚卸し中だったですか?」
一人で大変ですねと、やはり悠長に世間話を始めかけた銀縁メガネの男性へ、
「違いますってっ!」
さすがに今回ばかりは同じペースで流せない事態だと、やっきになった雪光が大きな声を出したそのタイミングへ、
――― pi pi pi pi …。
一瞬鳴ったものの、故障していたがためにすぐに途切れた電話の呼び出し音。カウンターの上の携帯電話を見やっていた“先生”は、かっちりしたスーツの内ポケットへ手を差し入れると、小さな機器を取り出しながらそちらへと向かう。
「わざと壊されてますね。」
派手にクラッシュしている機体を痛々しげに見つめつつ、取り出した機器を接続し、掛けて来た相手を調べているらしくて、
「妖一くんからですね。もしかして彼の方にも手が回ってるのかも。」
「先生…。」
心当たりがあるからここへ来たのらしき この“先生”は、先程、妖一坊やと雪光青年がやはり“センセー”と呼んでいた人、高見という人物であるらしい。随分な目に遭っていた雪光へ、すまなさそうに目許を伏せて、
「私のラボにも何者かが押し入ったらしい跡がありました。研究員の一人が倒れていて、何かを出せと迫られていたとか。どうやらそれは、あの子から設計図を渡されて作った、あの可愛らしい玩具のことだと判ったんで、まずは電話をしたんですがね。」
固定電話の方は、壁に這わせた電話線を引き千切られてある周到さ。
「妖一くんからも此処への連絡があったということは、彼もまた“あれ”が原因だと気づいたってことになりますね。」
相変わらず 頭の回転の早い子だと感心してみせるから…こんな時に結構呑気な人でもあって。そんなセンセーへ、
「確か、お連れが来たら“電器館へ回る”と言ってました。」
雪光青年がそうと告げると、
「連れ? ああ、阿含や雲水が言っていた“彼”ですね。」
おや、こちらさんにも情報は回っているんですね。高見センセーは“うんうん”と何度か頷いてから、おもむろに出口の方へと足元の向きを変え、
「今から行ってみますよ。ああ。君は警察をお呼びなさい。ここの荒れようとその怪我をさして、強盗にあったと正直に言えばいい。知り合いの子が所持品ごと狙われているという、こっちの状況も忘れずにね。」
◇
携帯でアニメショップに電話をかけてみるがつながらず、雪光自身の携帯へ掛けても応答はない。
「雪光にも何かあったってことか。」
これはややこしいことになりそうだなと溜息を一つ。そんな坊やへ、
「一つ訊いていいか?」
「なに?」
妙に深刻そうになってしまった坊やのムードに、だが、葉柱としてはまだ少々乗り遅れていて、
「そんな玩具をあんなおっさんたちが本気で欲しがってるとは思えねぇ。お前だって何かが判っててあんな演技をしたんだろ?」
人見知りして泣き出すだなんて、あまりにいきなりの彼らしくなさすぎる反応であり。それでも何とか…態度を合わせてやれたけれど、腑に落ちない度合いは普段の数倍分もマックスな葉柱で。
「結構 手間掛けて作ってもらった代物だからな。そこらで売ってるもんじゃないから…。」
「ほほお…。」
自分にまで白々しい言い逃れをするのかよと、子供相手に大人げなくも(笑)目許を眇めた総長さんへ、それこそ子供らしくもなく苦笑をして見せ、
「判った、言うよ。」
坊やがそう言って…自分の手に装着された手ぶくろの左手、肉球部分を片やの手ぶくろの爪で引っかけて蓋のように開けたらば。
「…何だこりゃ。」
そこには、ドーム状になった透明プラスチックの半球カプセルで覆われた、基盤とバッテリー電池とががセットされてあり、開いた側、分厚いゴムだか樹脂だかの肉球部分の配線の隙間に…2センチ×1センチ程の足のついたチップが1つ、張り付いていた。
「それも部品か?」
「正式な部品じゃないサ。こんなところに置いたって意味がないし、他の配線へ触れたらショートしちゃうし。」
尖った爪の先でちょいと摘まんで持ち上げられたそれ。葉柱が広げた大きな手のひらの真ん中に置くと、
「連中が狙ってんのは恐らくこれだ。カタカタ妙な音がするんでさっき覗いたら入ってた。」
「…ってことは。」
「うん。ただの部品じゃない。これは記憶用のメモリーROMだから、何かの情報が入ってるんだと思う。」
――― それって、サ。
ちゃんと、間近で、間違いなく。話を聞いてた葉柱が…何の反応も示さない。
「………ルイ。」
「俺はあんまりコンピューターには詳しくないんだが。」
ただ。こういう基盤というかチップというかは、例えばゲームセンターのアーケード版と呼ばれてるゲーム機の中とか、パチスロの中なんかにも入ってて、ゲームのプログラムやプレイしていてアトランダムに展開される“イベント”へ対応させる乱数表みたいなののデータが記憶されてるってことは知っている。特にパチスロなんかへのそれには、不正遊戯者なんかが出玉率を操作した自前のをすり替えてしまうという犯罪の手口が、いつだったかニュースショーにて紹介されたのを覚えていて、
「それって大人が狙って差し支えないもんだよな。」
「うん。」
珍しいことに理屈は分かるのだが、何かがどこかで引っ掛かってる。少なくとも自分の身の上に降ってくるなんてあり得ないことだという、言ってみれば“齟齬”のようなものがあって。それで…現実のものとして飲み込めないでいる葉柱で。だが、
“…んん?”
そんな彼が…周囲の空気の変化に気づいて顔をしかめた。
「?」
どうしたの?と坊やが目顔で問えば、
「絶妙に威嚇してだろな、随分と人払いされてるぜ。」
上の階に比べればずっと一般向けのフロアなのに、けっこうにぎやかだった筈の客たちが減っており、逆に頭数の増えた例の男たちに囲まれている気配がびんびんと伝わってくるのだそうで。
“成程。”
往生際悪くも“信じたくない”とか何とか腰の引けたことを言ってる場合ではないらしい。そうと分かったことで覚悟という芯が背条に入って…腹を決めた葉柱であるらしく、
「それを素直に渡すってのも手ではあるが?」
「やだ。」
だろうよなと。さっき開けて見せてくれたネコ手の肉球内の配線を、取り急ぎ ちょいちょいといじっている坊やへ苦笑をする。いくら非力な子供だからっても、屈服とか服従とか恭順とか、納得出来る理由もないままに…誰かや情況の言いなりになることは大嫌いな坊やだと重々知ってる。現状の打破は自分の言動でやるもんだと、こんな小さいのにそれをモットーにしてはばからない、ホンマに末恐ろしいボーイだから、
「結構頭数がいるみたいだ。囲まれるのは不利だかんな。振り切ってここから離れるが、それはいいな。」
「うん。」
立ち向かうのは出来るだけ避けたいと、それは坊やにも分かっているらしい。叩きのめす必要はないのだし、何の準備もないのにこっちから躍り込むなんて無謀もいいとこ。葉柱からの提案へ素直に頷いて見せてから、
「隙を作る。」
そうと言った坊やが肉球の蓋を閉め、その手を顔近くまで持ち上げると、親指だけを立て、手首ごと小さな猫の手をクリッと横へ傾ける。すると、
――― っ!!!!
いきなり…男らの背後のオーディオ機器がどんっと凄まじいボリュームで重低音を響かせたから、
「どわっ!」
それがお約束だったかのように、動作を揃えた背広男たちが慌てて飛び上がったほど。そして…坊やの方は別なことへ瞳を真ん丸くしていて、
「ありゃ、桜庭のCDだ。」
ホントにセットされてたか。それにしても音痴だなぁ、相変わらずと。こんな場合でも失礼なことを言う坊やを小脇に抱えて、葉柱は駆け出し、さてさて…ややこしい騒動はこうして幕を開けたのであった。
←BACK/TOP/NEXT→***
|