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愛らしい容姿が武器になることをよ〜く知っており、大人を相手に何かと要領が良かったりし。持ち合わせてる知恵の方も子供離れしているその上、それぞれの道で一線級な大人たちとの浅からぬ交流もあったりし。そんな風に出来すぎなところが悪目立ちしてか、それとも警戒されてか、同世代の子供たちの中にあっては孤高なポジションに立つことの多い自分と違って、総長さんの身近にはたくさんの仲間がいて。しかもしかも、葉柱が一方的に恐怖でもって仕切っているとか、逆に恐持てな総長の存在や名前をただ笠に着ている、調子のいい“取り巻き”なだけっていうんじゃなくて。お互いを双方向で大切にし合ってる彼らだと知っている。群れを成してなきゃ落ち着けないとか、自分の格やポジションを常に意識してたいからとか、そんな薄っぺらな理由からつるんでいるのではないことくらい、とっくに判ってる。
“ルイはいざって時は誰の何だって本気で守るし。皆もルイのこと、怖いからじゃなくって慕ってて大事にしてるんだしな。”
自分が悪し様に言われるのは柳に風と受け流せても、仲間への侮蔑には黙ってられない。何を捨てても恥をかいても、大切な仲間とか彼らへの仁義(スジ)なんていう約束ごとだけは、どうあっても守ろうとする総長さんだし。
“アメフトよりもメンツって順番は、やっぱ理解したくはないけどサ。”
勝ち目の有る無しはともかくも、先々への計算抜きに…下衆な連中と同じ土俵へ降りてまでして泥まみれになるほど熱くなるなんて、今時には馬鹿なことかもしれなくても。仲間を腐されて黙ってる訳には行かないし、自分の手でこそ守りたいとする、何にも代え難い大切なものだからね。周囲へ威張り散らかしたり黙らせるためじゃなく、偉そうかもしれないけれど…守りたいものちゃんと守るために、そのために強くなろうとしている彼だと皆して知っている。だから、
“俺みたいなややこしいのに振り回されてるヘッドなのに、それも人望ってのか、愛想を尽かさない皆なんだろうし。”
自分で言いますか、それを。(苦笑) 互いの力バランスを油断なく把握して巧妙に利用し合って…なんていう、卑怯卑屈な関係なんかじゃないから。だからこそ、それぞれなりに侠気(おとこぎ)のある顔触れの皆がそりゃあたくさん、彼を慕ってついて来るのであって。
「そいや不思議だったんだけど。」
腹心クラスの幹部たちは、彼を“ルイ”と名前で呼ぶ。ルイとかルイさんとか、名前の方で呼び、そうでない下級生は“ヘッド”とか“キャプテン”とか、こちらもあまり“葉柱さん”とは呼んでないような。友達や目下(めした)を呼びやすいあだ名で親しみを込めて呼ぶということはあるのかもしれないが、崇拝尊敬していたり、対等でも一目置いてるよな相手だってのに、日本の男子高校生がそれってのは珍しかないか?
「葉柱ってのは呼びにくいのかな?」
そういう自分だって、初見の段階から“ルイ”って呼び捨てにしている坊やだが、
“だって俺は、葉柱のオバちゃんに連れられて、葉柱さんチでルイとは逢ったからさ。”
そうじゃない皆は、一体どうしてまた? 小首を傾げて訊いたのへ、
「ああ、それはサ。
ルイ本人が自分で“ルイ”としか名乗ってなかった時期があったからだよ。」
副将のツンさんに“野暮用”とかで呼ばれてった総長さんと入れ替わり、遅めのお昼なんだかおやつなんだか、ファストフードのベーグルサンドを坊やの分まで手にして部室へやって来たメグさんへ、そんなお話を振ったらば、彼女は事もなげに話してくれて。
「ルイのもともとの地元はここじゃないのは知ってるだろ?」
「うん。」
彼の実家があるのは、JRで3駅先になる隣町だ。メグさんが言うには、そこにある中学を卒業したと同時くらいに、ここいらの駅前繁華街を締めてた…賊学生が中心の高校生連中の中へと紛れ込み、さんざ“やんちゃ”をやらかして。あっと言う間の春休みだけを使って、三年生やまだ顔を出してて幅を利かせてたOBまでっていう五月蝿い辺りを、その身一つの腕っ節だけという、そりゃあもうもう判りやすいやり方にて伸しまくった。
「そうやって、自分がここいらの頂点に立つまでの間、苗字は名乗らず、素性も明かさず、ただ“ルイ”って通り名だけで過ごしてたんだって。」
メグさんはそんなことになってるなんて全然知らないままだったそうで、そうこうする内にも新学期が始まって。新一年生として賊徒学園へと登校して来た制服姿の彼が、教師からそう呼ばれるのを見て初めて。彼が“葉柱”という苗字なのだということやその素性が、やっと周囲へも広まったのだとか。
「別にルイが“葉柱”の家や名前を嫌ってるっていうんじゃないんだ。」
「うん。」
それは判る。父親が都議で、しかも二世だか三世議員。代々の家長が政治家という家系に生まれ、母親も数々の後援事業に忙しい身。とはいえ、それへと反発するでなし、家族も大事にしている節がある葉柱なのを、坊やもよくよく知っている。
“特に、おばちゃんと斗影の兄ちゃんには頭が上がらないんだもんな。”
葉柱が中学を卒業するまでは、遠くでの遊説だとかで不在でない限り、どんなに忙しくても必ず朝食は妻や子供らと一緒にとってたお父様だってこと、何かの折に聞いたことがあるし。料理長がいるような家だからキッチンに立ったことは数えるほどしかないお母様だが、彼や兄が風邪をひくと必ずお手製の鳥雑炊を作ってくれたって話も知ってる。兄は兄で、ちょいと年の差があったものだから寄ると触ると邪魔にされ、必ず最後には鉄拳制裁が容赦なく降って来てはさんざん泣かされたそうだけど。他の誰ぞに泣かされたの苛められたのという情報を、一体どこでどうやって知るやら、即日できっちり報復してくれた、どこか分かりにくい過保護な人でもあったらしいとか。忙しいはずの両親もまた、無理からでも暇を作っちゃあ うるさいくらいに構ってくれたそうなので。そんな具合で家族は大好きで………ただ、
「葉柱議員の息子って言われるのが、ヤだったんだろ?」
「ぴんぽ〜んvv」
お口の端についてたベーグルの欠片を細い指先で払ってくれながら、メグさんが“正解ですvv”と応じてくれた。その姿勢や政治活動とやらを、ほんの1カ月で良いからちゃんと見ていれば判ること。権力を笠に着るような偉そうな議員さんじゃあないのだけれど、それでもね。
――― 葉柱都議の息子
この肩書は、生真面目だろうとやんちゃだろうと関係なく、自立心の旺盛な年頃の青少年には、結構大きいし重い代物で。そんなつもりはなくたって、彼へもその余光が射してしまい、それを知ってしまった周囲からの目線も扱いも大きく変わる。若しくは、真の力を真っ当に評価してもらえなくなる。自力でどんなに踏ん張っても、何にも頼らぬ自分の努力や粘り強さで手に入れたものであっても、謂れのない色眼鏡が当然のように翳(かざ)される。
『父親が都議会議員じゃあな。』
『偉そうな大人が“坊っちゃん、坊っちゃん”って へいこらするんだもんな。』
『ちょっとした警察沙汰だって握り潰してもらえるし。』
『そんな奴に誰が逆らうかってんだよな。』
それほどに大きな“権力”の意味も重みもようよう知ってた上で。いつだって敢然と背を向けたままでいた彼だったし、だからこそ、名乗らないままに拳一つでの制覇を成し遂げ、追ってくる虚名に競り勝っての地位を得た。その余波で、
「中学からの仲間はともかく、高校からのダチもね。ルイへは名前の方をついつい呼んじゃうんだよ。」
勿論、彼の心情へと気を遣ってのことじゃなく。自分たちが大好きなのは…恐持ての三白眼をぎょろつかせ、賊の頭目でアメフトが大好きな。ついでに最近子供の面倒見もいいってことが判明し、自分でメンテまでこなすほどの宝物のカワサキ・ゼファーに白ランの長い裾をはためかせて乗ってる、総長さんのことだから。敬愛や親しみを込めて、ルイと呼ぶだけのこと。そんな風にネ? 自分たちはちゃんとホントを知ってるし、そこんところが誇らしいくらいなんだけれど。ルイには内緒だよと前置いてから、
「そういうの何にも知らないクセして。不良だの議員の子だの、聞きかじって来ただけのどーでもいい事をだけ並べて、知った風な言いようでこき下ろすような外道な奴にはサ、無性に腹が立っちゃうのが困りもんなんだけどもね。」
そうと付け足して、メグさんが小さく苦笑ったのは もしかして。坊やも同じこと、思ってるからじゃないかって、きっちり見抜いていたからのこと。そしてそして同類だからこそ、坊やの側にも…具体的に語られずとも言いたいこととやらはきっちり伝わって。
「ちぇ〜っ同んなじかぁ。」
わざとらしい恨めしげな振りで、上目遣いになってみたりするお茶目を見せたりなんかして。そんな場へ、
「おい、そろそろグラウンド出るぞ。」
噂の主が戻って来たから。あのね?
「おや、もうそんな時間かい。」
「は〜いvv」
クスクスとちょっぴり意味深に笑ってる綺麗どころのお二人さんが、やたらに自分をちらちらと見やるのへ、
「???」
自分の顔に何かついてでもいるのかなと。大きな手のひらで頬やら鼻やら擦ってるお兄さんへ、ますますくすくす笑いが止まらないまま、
「練習練習♪」
「そうそう。ほら早く、グラウンドへ行こうvv」
「お、おお?」
妙なテンションで御機嫌そうな二人に、背を押され、手を引かれ。傍目からは羨ましいかもな“モッテモテvv”態勢にて、いざ戦場へと足を運ぶ総長さんなのであった。
“明日あたり、また大雨にでもなんのかな?”
おいおい、その根拠は一体どこに?(苦笑)
◇
今日は晴れてこそいたので、フィールドを使った試合形式の練習メニューが組めたものの。あっと言う間に全員が汗だくになってしまった。地表近くに淀んでいたぬるい空気は、相当に湿度が高かったからで。それでも何とか、集中力をキープさせての練習を終え、プール用のシャワーをちょいと勝手に借用して涼んでから、さて。バイクで家まで送るその途中、坊やが買い物があると先に言ってた文具店へ寄ってから、街にも満ちてる温気のねっとり感に閉口し、カウンターバー式のコーヒーショップへちょこっと寄り道。総長さんにひょいっと抱えられて、高いスツールへと座った坊やは、そうそうと思い出したように、提げていたレッスンバッグから小さなスケジュール帳を取り出した。言わく、
「ルイんトコの期末テストは、いつ終わるんだ?」
坊やのスケジュール帳の新しいページは、まだ…夏休みの開始日とそこからの図書館の開放日しか記されてはいなくって。そこへと、総長さんたちの試験の日程を丸っこい字で書き足しているのを、何ということもなく眺めていた葉柱だったが、
「…この9日土曜の花丸は何なんだ?」
「あ、それはセナが勝手に書きやがったんだ。進の誕生日なんだと。」
「ほほぉ。」
そんな日だったんかいという感慨よりも。そんな勝手を許したまんま、修正ペンで消してもないところへ、あの“はにゃ〜んvv”と愛らしい坊やにはさしもの“トウガラシ坊や”も甘いんだねぇとの認識を新たにした総長さんだったようで。んん?と怪訝そうに見上げて来たのへ、おおう…とちょっとばかり たじろぎつつ、
「お前の方からの、何か、予定とかはねぇのか? 俺ら試験休みがあるからよ、7月中は平日でも身体空いてるぞ?」
訊いてみた。プールに行きたいとか、夏場はアーバンタイムも開園してる遊園地に連れてけだとか。海岸線を潮風に乗ってバイクで走りたいとか、山の中の公道を夜中に突っ走る“納涼ツーリング”…は、色んな意味からちょっとやばくて無理なお話だろうけど。(笑) 目的となるイベントをきっちりと立ててという“お出掛け(バカンス)”へのおねだりはないのかと、この時期の、それもスケジュール帳を挟んでの話題としては真っ当なところを訊く葉柱へ、だが、
「ん〜、特に思いつかねぇもん。」
どうせ毎日、練習だ何だでガッコの部室には来るんだろ? 無茶苦茶 猛烈に暑かったりしたら、その場で練習切り上げて、それからどっか連れてってくれればいいからよ。
「俺の方こそ、きっちり毎日ガッコはあるんだしさ。昼からの半日じゃあ、大した遊びも出来ないじゃんか。」
「ま、そりゃそうなんだがな。」
大きな手のひらが、今は頬杖の受け皿として顎の下にあり、長い指が頬へと添えられている。
「お前、ほんっとに子供らしい遊びってのには はしゃがねぇのな。」
「そっかなぁ。」
金茶の瞳、視線はこっちを見上げたまんま、ひょこりと小首を傾げる仕草とか。そんな所作を縁取るように、きれいな金の髪が揺れるところとか。それだけ見てると、掛け値なしの綺麗な綺麗な子供であり。無邪気にも鬼ごっことか隠れんぼとか、他愛ないお遊びへキャッキャvvとはしゃいで喜びそうにも見えるのにね。
“頭っから“下んねぇ”とか思ってるって訳でもねぇんだろけどよ。”
興に乗れば、いつの間にか掠め盗った他人の携帯とか振り回しての“鬼さんこちら”も大好きだし(おいおい)、総長さんの普段ばきの靴、練習中にどっかに隠しての“靴かくし”も得意みたいだし…って。それって天使みたいな坊やがおっとりとはしゃぐ遊びにしては、少々性(たち)が悪いのではなかろうか。………というか、
“気まぐれなワンコの悪戯と同レベルだってこと、ちゃんと気づいてやってんだろか。”
自分チの剽軽なシェルティくんが今よりずっと小さかった頃に、散々やらかした悪戯の数々と全く同じなもんだから。この野郎がと低い声になって追っかけ回すものの、実のところはホントに怒っているケースは少なくて。それよか、そうやっての鬼ごっこで見せてくれる屈託のないお顔の可愛さへ、何故だか無性に和んでしまう自分の心持ちの方をこそ。何とか引き締めねばなんて、我に返っては反省しちゃうよな自覚は…総長さんにも一応はあるらしい。躾けと“自分が良いなら ま・いっか”を混同するよな、なし崩しは嫌いなのね。(苦笑)
「ま、そんじゃ、プランはその時々で挙げるってことで。」
「おう。」
手帳を閉じてバッグへしまい、プラスチックの蓋付きカップ、小さな両手で抱え込んでストローを口にする。カウンターはやっぱり高いので、コップは手に持たなきゃ高さが合わず、ちゅくちゅくと何口か飲んでカウンターへ戻すと、そんな仕草をじっと眺めてたらしい視線に気づく。可愛いこったと和んでるお顔。他の奴から向けられたんなら、見てんじゃねぇよと凄んだところ。でもね? 総長さんからのは何とも思わなくなったよな、そういえば。えへへって笑い返す…トコまではさすがに行かないけど、こゆ時はね? 間近に立ってた彼の脚を、ぶらぶら揺らしてた爪先で軽くつつけば、
「…何だよ。」
訊いてくるのへ…ちょこっと視線を逸らしつつ、
「何でもねぇよ。」
そんな他愛ないやりとりくらいは、一応出来るようになったんだけど。
“…やっぱ、甘えた方が良かったのかなぁ?”
セナくんから面と向かって“変だ”なんて言われちゃったから、ちょっぴり気になっていたのかな。せっかくどっかに連れてってやるって言われたのに断ってしまったことへ、センシティヴというのか殊勝というのか、そんな風なこと思っちゃった妖一くんで。確かに、大好きな人を相手に、なのに可愛げのない態度ばかり見せてるのって変なことかも。口喧嘩とかして言い負かして“してやったりvv”なんて顔で喜んじゃうのって、
“どうよそれ…ってコトなのかな、やっぱ。”
初対面の場から途轍もない腕白ぶりを示して見せたのは、今だから言うと、ズバリ、総長さんが“お人よし”だと初見で見抜いたからに他ならない。実は二面性がある子供だってこととか、大人の前でだけ要領よくも猫をかぶってるんだってこととか、そういうとんでもなく強かな坊やの素の顔を知ったところで…可愛い坊やだと信じてるお母様が傷つくからと黙ってるんじゃないかって。事実、あれほどの騒動まで引き起こしたのに、こうやってそのお付き合いは続いているし、妖一くんが本当はどういう子供かに関しても、お母様に報告してはいないらしくって。
“でも、そっから後のは違う”
…と思う。自分と坊やとの間に一線引いた上で子供扱いするでなく、何にへもそれこそ“素”で応対してくれている。からかわれたり やり込められてムッとしても、即座に“子供相手に大人げない”というところへ立ち返って、はいはいと適当に流すでなく。総長さんからすれば、機嫌の傾きへのスイッチとか何やが色々ややこしくって、そういうところがそりゃあもう苦手なタイプだったろうにね? なのに、ちゃんと真っ向から構ってくれるルイだったのが、凄く凄く嬉しかった。大喧嘩もしたし、こっちからバイバイだっなんて啖呵切っておきながら、なのに割り切れないまま、ずっとずっと気になった人っていうのも初めてで。たった5日離れてたことが、なのに無性に寂しくなったりもして。それだけ、頭の中が、心の仕様が、誰かにばかり向いてるっていう、隠しようのない証拠なのかも?
“………これってもしかして、相当 重症なんじゃねぇ?////////”
もしかしなくとも、結構な病状だと思いますが。(くすすvv)
“でも………そういえば。”
はい? 何ざんしょ?
“俺、ルイに“好き”って言ったことあったかな?”
………………………………………えっと?
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*はいいぃ〜〜〜?
確か あんたたち“キス”まで進んでませんでしたっけか〜〜〜? |