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天高く晴れ渡った秋空もそれは清さやかに、小さな小学校の運動会は盛況なままそのプログラムを消化してゆく。体力の差や集中力を考慮してのことか、午前の部は低学年生たちの競技を中心に進められていて。下級生たちではまだあまり体力がないからと、徒競走やリレーだけでなく、大きなボールを体をねじって後ろの人へと渡してゆくというような、どこか“お遊戯”感覚の競技も多々あって。これもそんな中の一つなのか、トラックの内側で向かい合った2班に分かれ、児童用のカラフルな竹馬で対岸までを歩んで行ってはバトンの代わりに渡し合う、竹馬リレーが華々しくも始まった。
「竹馬かぁ。一輪車だったら覚えてるけど、あれには乗ったことないなぁ。」
桜庭くんや進さんの世代では仕方がないことなのかもですね。一時は、バランス感覚を育むからって、それこそ一輪車のノリで全国的に流行ったんですけれど。そんな桜庭くんの何げない呟きを耳にし、
「一輪車って…。」
怪訝そうなお顔になった阿含さんであり、
「どうかしましたか?」
「いや。お前や、百歩譲ってこっちのバイク乗りのお兄さんまでは納得も行くが。」
歯医者さんが見やった先には、腕組みしたままグラウンドを眺めやる、お不動様こと進さんがおり、
「…結構上手でしたよ?」
なにせ、何にでも練習の鬼と化す奴でしたから。そっか、それなら上達も早かろうよな〜。いや、俺が言ってるのはああいうもんがこいつには相当にミスマッチだと。それは言っちゃあいけませんて。そうだぞ、あんた誰にでもデリカシーないんだな。失敬だな、俺は可愛いもんにしか気を遣わん主義なだけだ…と。てんでに好き勝手言うとりますが、それはともかく。(笑)用意・ドンっというスタートの合図は、担当の先生のお声でスピーカーから放たれて。そこから…てことこと、爪先立ちのバレリーナみたいにどこか覚束無い足取りにて、小さな勇士たちがコースを進む。竹馬を少しだけ前へ倒し気味にして、小刻みに焦らないでというコツもばっちり身についた、練習は十分に積んでいる、いずれもなかなかの巧者たちだけに、どの組がずば抜けて早いという格差もさしてなかったものが、
「よしっ! 後は任せろっ!」
アンカーの番になって い〜き〜なりの格差が出たから、父兄の皆様もこれにはビックリ。まるきり危なげないままに、普通の徒競走のノリにてたかたかと。群を抜く早さで突き進むのは、先程の50m走にて場内の注目を集めてた、あの金髪の美少年だったものだから。
「あ・ほら。あの子よ、あの子vv」
「凄いわねぇ〜vv」
「さっきの駆けっこも、2位以下の子たちを凄っごく引き離しての一等賞だったし。」
「可愛いだけじゃないってトコが憎いわよねぇvv」
何だか今日だけで“私設ファンクラブ”が立ち上がりそうな勢いでの注目のされようですが。(苦笑)
「確かにな〜。可愛いもんな〜vv」
診療車の横っ腹に大きくアップのお顔が映し出されているのを、それはしみじみと眺めるは、妖一くんフリーク度では誰にも負けない蓄積のある、ドレッドヘアの歯医者さん。この位置からの望遠撮影だけでは飽き足らず、実を言うと…あちこちのポールやテントの支柱なんかにもこっそりと、超小型高感度カメラなんてものを仕掛けている周到さであり。今日の一部始終は帰ってから綺麗に編集されて、妖一くんのお父さんつながりの知己全てへ、隈なく配布される予定になっているのだとか。
“勿論のこと、強引な押しつけなんかじゃなく、予約が入っていてのことですよ?”
ここ数カ月の最近じゃあ、いつも一緒にいるふわふわ頭の無邪気な男の子のカットも入れてほしいなんてリクがあるものの、
“それはちょっとねぇ。”
進のスピアタックルの餌食には、まだまだ なりたかないですからねぇと。極力小さなカットだけを入れて、これで満足して下さいと対処しているそうですが。(笑)
“…いいお顔、してるよねぇ。”
竹馬に乗っている分、背丈が上がって、骨張らず角張らないすんなりした脚が、尚のこと露になっている。赤い側の表にしてかぶっているお帽子の裾からはみ出して、加速風になびいて揺れる、質の細い金の髪。ちょっぴりと汗をかいているのか、白い頬の縁、横鬢に張りついて擽ったそう。それさえ気にならないらしき集中の下、無心なお顔のまんま、進行方向をだけ向いて かつかつと駆けて駆けて、ダントツの一等賞でゴールイン。わぁっと上がった歓声の中、ご本人もまた嬉しそうなお顔を隠さずにいて、溌剌とした年齢相応な笑顔がすこぶるつきに愛らしい。
「やたっ!」
「またまた赤組リードですねぇvv」
秘蔵っ子の坊やの大活躍あっての輝かしい戦歴なだけに、嬉しさもひとしおな皆さんであるらしく。だがだが、
「……………。」
おやおや? 歯医者さんが“不公平して苛めたらヨウちゃんに叱られるしね”なんて言って出してくれた簡易のパイプ椅子に、どっかと腰掛けてた総長さん。せっかく坊やが勝ったのに、何だか少々浮かないお顔。あんまり活躍し過ぎると、それでまた図に乗ってしまうとでも危惧しておいでなのでしょうか。だとすれば、ますますのこと、最近妙にお父さんのように構えつつある彼であることに、それこそ拍車が掛かったことになりますよね。
「まったくだぜ。」
おおうっ、びっくりした。いきなり背後に立つんじゃないっての。一等賞の印、体操服の胸元にマジックテープにて赤いリボンをつけてもらったのを、わざわざ見せに来たらしい坊やご本人のご登場。2つに増えた戦果を示して“どーだvv”と誇らしげに胸を張るかと思いきや、
「何を小難しい顔になってやがるかな。」
「あんな遠くから見えたってのかよ。」
おう、俺は遠視気味なほどに眸が良いからな。妙なことへと胸を張った金髪の小悪魔くんへ、
「へぇ、奇遇だな。俺も目には自信があるぜ?」
葉柱のお兄さん、何だか怒っているかのような、静かな口調でそうと言い、
「…さっきの竹馬で、左の肘だか手首だか捻ったろう。」
「………。」
竹馬捌きの途中、一瞬だけ、ちらっと目許に険が立ったから、おやや?と気になったお兄さんであったらしく、反射的にそっちの手をくっと握りかけたところを見ると図星でもあったらしい模様。これでも団体球技のキャプテンだからね。敵味方の別なく、そして油断なく、見据え・見守るのは基本中の基本。ましてや今日はたった一人をだけ観ている彼なのだから、そんな大切なことを見落とす筈がなく。
「ほれ。ヨウちゃん、こっち来な。」
湿布を貼ってあげるからと歯医者さんが手招きをするのへ、
「平気だってば。」
肩をいからせ声を荒げて、まだ強情を張る彼だったものの、
「次は玉入れなんでしょうが。確かリレーだってあるんでしょ? バトン、落としても良いのかな?」
「う…。」
すかさずのご指摘には言葉が詰まる。その通りなのも悔しいと、そっちを向いて“むむうっ”と口許を尖らせかけた坊やだったけど。すぐ傍らのお兄さんが、大きな手のひらで頭をぽんぽんって撫でてくれたから。何にも言わないまま、それでも目顔で手当てしてもらえって促したから。しゃあねぇなってわざとらしくも溜息混じり、ここはお兄さんたちの顔を立てて、手当てをしてもらうことにしたそうです。
◇
その玉入れでは、ちゃっかりとお手玉集めの方に駆け回り、コントロールのいい蛭魔くんへの“弾丸補充係”をこなしたセナくんの働きも大いに貢献して、赤組がまたしてもの勝利を収め。午前の部最後のプログラム、クラス対抗もかねた紅白50mリレーでは、帽子を跳ね飛ばすほどの俊脚を見せたやはり妖一くんの活躍で、赤組が余裕の大リードを保ったまま、午後の部のお兄さんお姉さんたちへと勝敗の鍵は移りゆき。ただ今はゆるやかなBGMが流れる中にて、ほのぼのと家族も混じえてのお昼ご飯タイム。ある時期は、ご家族が来られない家庭も多々あるからと、不公平の無いように生徒は教室へ引き上げて揃って給食を食べるなんて味気無いことになってたそうですが、今時はまた、家族席でお弁当という構図が増えつつあるとか。…一斉給食は子供のためじゃ無かったんですかね? 親がごねればあっさり動くあたり、結局 子供の意志だの立場だのは後回しなんだなと、思わんでもない風潮・傾向の変遷ではありますが。
「…そっか、そんな事情で。」
「はいです。」
実はセナくんチも、間が悪いことには“この日じゃなきゃダメだ”っていう、お父さんのお仕事の打ち合わせが勃発しちゃって。しかもそれってお家に連なってる事務所へ顧客の方が来てのものなので、お母さんもお家からは離れられなくて。それで今年は二人ともども観戦に来れないらしく、
「でもでも、お弁当は美味しいの作ってもらいましたvv」
進さんと桜庭さんの分もたっくさんありますよと、今ちょうど届けてもらったらしいのを受け取って。にっこにこで校門の方から、お重箱持ちの進を従えて小さなセナくんが戻って来た診療車の傍らでは、ドレッドヘアの歯医者さんが鼻歌混じりにテーブル・セッティングの真っ最中。キャンプ用の広々としたテーブルを、あまりこれみよがしにはならないフェンス寄りの角度に開いての準備もまた、なかなか堂に入ったそれだったが、
「あれ? 阿含さんて料理出来ましたっけ。」
こちらは近所のコンビニまで、ペットボトルのお茶を買い足しに出ていた桜庭が、そんな様子へ不思議そうな声をかけたところが、
「まさか。」
自分でも“あり得ないって”と苦笑って見せる阿含さんだったりし。ただネ? お料理教室を自宅で開いてるっていう奥さんが掛かり付けの患者さんにいて。そう、シロガネーゼの間でもちょっと有名な、◇◇◇さんっていう元大使夫人でね。タッパウエアを幾つも取り出しながらのお言葉へ、
「…そんな人に作らせたんですか?」
「いやいや、メニューを考えてもらってレシピを作っていただいただけ。」
作ったのは兄貴だよんと、それだとてあんまり彼が威張れたもんじゃないんだろうに、嬉しそうに言うもんだから、
「洒落めかした食い物が、女たらしならではの“切り札”だってかよ。」
しかも最後の肝心な“詰め”の部分をお兄さんに任せるとは、
「中途半端もはなはだしいよな。」
斟酌なしに言ってのけた白ランの総長さんは、こちらも一旦姿を消してから、セナくんたちとは反対側、教職員用駐車場の方から戻って来ており。その手にはやはり大きめの、家紋の入った深藍も渋い、いかにも風格ありそな風呂敷包みを提げていたから、
「あ、そか。ご実家の…。」
そういえばこの人、都議の坊っちゃんでしたよね。日頃があんまりやんちゃなもんだから、筆者なんかすぐに忘れてちゃいますが。(こらこら)政治関係のお家が、必ずしも裕福だったり名家だったりするってことはないのですが、彼のお家は代々の当主が都の政治を担うようなポジションに居続けた、間違いなく由緒のあるお家柄。お金が無くとも政治は担える、そこまでの人格を広く皆様に認めてもらえていられたならば、人心収束力にだって破綻はないが、無いよりは あった方が機動力も微妙に上がるかな?という関係のなせる技にて。財界関係者にもそこそこに伝手も多いしお顔も広く、また、そういった方々との特別な交流の場として足を運ぶ“お食事処”にも、ともすればグレードが求められるお立ち場だからして。そっち方面へもお顔の広いお家柄であるがゆえ、お抱えシェフなんていうしゃれた御方も抱えていらっしゃり、
「久丸さんの“海鮮御膳”は、国賓級のお持て成しが要りような時に、外務大臣がわざわざ黒塗りベンツで迎えに来るほどの絶品だっていうもんな。」
なんていうご説明をくださったのが…これまた校舎の方からやって来た、金髪の坊やだったりし、
「けれど、まあ。
どんな豪華なもんを持って来られようと、ウチのお弁当には敵うまいっ!」
歯医者さんも総長さんも、どっちも豪勢なお弁当の競い合い。そこへ、いつの間にか何処ぞに姿をくらましていた、そもそもの鞘当ての対象さん。どっから出したものなのやら、結構大きめの台車を押しつつ戻って来ており、そこに乗ってたクーラーバッグと大きな大きな五段重ねのお重箱を、さあ見なと大公開っ!
「うっ!」
「これはっ!」
まずはのお総菜の段には、カリッとクリスピーな揚がり具合も上々な、白身魚のフリッターに、ふかふかでジューシーな若鶏の空揚げ。少し大振りのエビを素揚げして、刻み白ネギのアクセントもお忘れなくのとろみ優雅なチリソースでからめた干焼蝦仁は坊やの大好物で。タケノコに里芋、レンコンにニンジン、鶏肉にコンニャクと、キヌサヤの緑もきれいな、秋の旬野菜がいっぱいのお煮染めと、しっかり味の染みた焼豚のスライスへ、何重にも溶き玉子をからめては焼き付けたふわふわピカタ。高野豆腐とフキの煮びたしに、ナポリタンスパゲティは小学生のお弁当にはやっぱり欠かせない。ホイルカップに小分けしたミニグラタンからホタテが覗き、キャベツとニンジン、キュウリの千切りを塩で揉んで水出しし、ロースハムの千切りをくわえてマスタードの利いたオーロラソースで和えた、コールスローもどきのサラダはお口をさっぱり洗うのに丁度よく。照り焼き煮込みハンバーグに、分厚いハムとレタスのハムカツサンド。ご飯は稲荷ずしと切り口がお花だったりパンダだったりする細工巻き寿司で、仕上げにはさっぱり後味のカシスのムースケーキまで揃えての、さあお食べと見事なラインナップが広げられ、
「ヨウちゃんのお母さんも、今日はお仕事じゃなかったの?」
「仕事だぞ? でも弁当くらいはってウチも頑張ってくれたvv」
家庭科室の冷蔵庫に置いといたんだと言う彼だけれど、ちょぉっと待って下さいな。朝方の登校シーンに、こんな大きな荷物なんてありましたっけ?
「リレーの前の集合ん時にな。校門トコに母ちゃんが来ててよ。」
今年もまた、会計事務所が忙しく、臨時出勤なんだそうだが、それでもお弁当くらいはねと昨夜のうちに下ごしらえをし、やっぱり頑張って下さったらしい。さあ食えと勧められ、
「美味いだろ?」
「…ああ。」
「相変わらず上手だねぇ、ヨウちゃんのお母さん。」
今日はたっくさん食うだろ大きい奴が来るからって言っといたんだ。だから皆で食い尽くせよ? 重箱、空にしないと持って帰らすからな。それは嬉しそうに言う彼であり、
「これはどうやら…。」
「うむ。」
お弁当競争は、小ヒル魔くんのお母さんに軍配が上がった模様でございます。
“何か…どっかで、
筋合いってのか方向性ってのかが違うような気もするんだけどもね。”
あははのはvv そだねぇ、最初はどこぞのお二人さんたちによる対決の図になる筈だったのにねぇ。なんで妖一くんまでもが参戦しちゃったんだかねぇ。(笑)
「あ、セナ、玉子焼きくれ。」
「うん、どーぞvv」
「セナんチのおばちゃん、玉子焼きの天才だもんなvv」
「ひゆ魔くんチのおばちゃんも、お店屋さんのみたいなケーキの天才さんですようvv」
まま、ご飯はほのぼのと食べるのが一番ですんで。どちら様も要らない矛先は収めて収めて。時々ひぃ〜んっとハウリングを起こすスピーカーからは、罪のない“オクラホマ・ミキサー”が流れていたりし、のどかなお昼の一時は、うららかな陽光の中、ゆったりと過ぎてゆくようでございました。
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*風邪でヘロヘロと与太っておりますが、
頑張って書き進めますのでどかもうちっとお待ちをです(笑) |