Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “アルティメッド・バトル in 運動会”F
 



          




 外見はといえば、今時の発育のいい子が多い中にあっては逆の意味から目立つほど、小柄で細身の小さな坊やで。しかもしかも、面立ちやらスタイルやらがハッとするほど美麗で可憐。逢う人ごとに必ず“ハーフか、クォーターか?”と間違えられてしまう、軽やかなクセのついた金髪と、宝石のような透明度が印象的な金茶の双眸。小さな小鼻やするんとした頬、野ばらの蕾を思わせる輪郭の少したった品のいい唇と来て、女性ならまずは“かわいいvv”とついつい声が出てしまうような、文句なしの美少年であり。抜けるように白い肌に包まれた肢体はといえば、ただただ細いだけなのではなく。骨張らず、かといってぷやぷやと柔らかすぎることもない、健やかな張りがあって、しかも動作も軽快機敏。愛らしく微笑いながら、たかたかと はしっこく駆け回る姿は、仔鹿のようなどこか儚い稚(いとけな)さに満ちていて。今日本日の運動会での活躍だけで、特別ファンクラブが幾つか創設されたに違いないという勢いの注目度でもあったのだけれど。

  ――― ただ愛らしいだけのお子様だと思っていたけりゃ、
       ここから先への深入りは、どうか自主的にご法度と願いたく。

 確かに、まだ小学二年生というお子様で、愛くるしい容姿に見合ってのこととて、腕力も標準そこそこしかない。趣味はパソコンや携帯で遊ぶこと、好きなものはアメフトとチキンとエビで、お気に入りのファッションは特にないけど、時々モデルのバイトをしている関係で、結構流行の服を着ている方。非力で子供で、でもだけど。お友達の顔触れには、ご近所の幹線道路や沿線沿いの繁華街やを喧嘩と組織力というバリバリの実力でシメてる族の総長さんだとか、高校生アメフト界の最強最速戦士さんだとか、某宗教法人主宰の拳法道場の本山が百年に一人の天才と認める“人間凶器”の歯科医師さんとか。歌って踊れるアイドルタレントさんに、工学世界のディープインパクトなどという、褒められているのか警戒されているのかも定かではないが一目だけは置かれているらしき科学者センセーやら、ブルジョア筋から彼の手掛ける家に住むことがステイタスとまで言われているほどの一級ブランド扱いされてる伝説の“巧”として、まだまだ若い身で有名工務店を切り盛りしている大工さんなどなどと、そりゃあもうもう多彩で途轍もない厚さの人脈を持ち。また、ご本人の裁量で集めた関係筋には、何と…ここいらを管轄とする各署選り抜きのミニパト勤務の婦警さんたちやら、やはりここいら沿線の歓楽街を絶妙に網羅する、各種各ジャンルのおミズ系のお姉様がたといった華やかな世界の方々まで、チャーミングな存在感プラス実力も半端じゃないぞな女性陣を、頼もしい親衛隊として抱えているというから恐ろしく。冗談抜きに…恐持てのするそっちの筋のお兄さんが、坊やの大好きなお兄さんのお仲間へ言い掛かりをつけて来たと聞いて。一体どんな手配を打ったやら、そのやんちゃなお兄さん、次の晩にはもう ここいらには居られなくなってしまうような悲惨な立場へ追いやられてしまったという、それはそれは恐ろしい報復伝説があったりするほどの小悪魔坊や。ご本人は見るからに幼くて非力なお子様だけれど、その中身はと言ったらば。半端な大人じゃ顔負けの、広くて深き様々なジャンルの知恵や知識をぎゅぎゅうっと詰め込んだ、最新鋭・高性能のPCもかくやという“スゴ技”ボーイ。味方にすれば頼もしい事この上もないが、敵に回せば…そりゃあもうもう恐ろしい。ご本人の手によって、某研究所謹製の、開発中の秘密グッズで直接攻撃されるのはまだまだ可愛らしい方で、情報操作を駆使したサイバー関係の攻勢(ex,世界中からR指定系統のお誘いメールが、携帯へ24時間のべつまくなし、何度メアドを変えようと引っ切りなしに送信されてくるとか)を仕掛けたり。はたまた、族のお兄さんたちから婦警さんまでという、恐ろしいやら頼もしいやらな伝手にさりげない格好で頼っての人海戦術にものを言わせて。全方位&全天候型の報復が容赦なく君を狙い撃ちだぞという“いつでもあなたを見ているよvv恐持てVer.”なんていう、恐ろしいガンつけ攻撃を仕掛けたり。
(おいおい)その他、こんな場では到底口に出来ないような、恐ろしいにも程があるぞというような、様々に色々な“奥の手”を際限無く繰り出せてしまえる恐ろしい“彼氏”なのだけれども。


  ――― そんな小悪魔坊やにも、弱点や盲点はやっぱりあったりするようで。


 それは清々しい秋晴れの下、賑々しくも催されたる小学校の運動会にて。何もこんな日のこんな舞台で、何でまたこの子の手の届く範囲に転がっていたんだか。そしてそしてこの子もこの子で、わざわざ目ざとくも見つけるこたなかろうという余計な代物、所謂“犯罪の匂い”ぷんぷんの、怪しき警備員服と6千万クラスのイエローダイヤと。しかも間近に、それを奪還せんと迫ってた窃盗犯一味の気配まで嗅ぎ取った上で、鬼さんこちらと鬼ごっこをおっ始めたまでは良かったものの。危険なことに手を出しても怖じけぬままに、いつもの調子で“こっちのもんだvv”と余裕綽々で居たはずが、

  【 あ〜〜〜〜っ、しまった〜〜〜っ!!】

 彼には珍しいまでの、焦りの怒号を張り上げて下さり、
【 どうしよ、ルイ。携帯を置いて来ちまってるよう。】
 何しろ“お着替え”をする競技であったため、何かの弾みで落としたり壊したりしては不味いからと、
【 失くさないようにって桜庭に預けて来ちまった。】
 だってセナくんも出場していたし、午後からのずっとは、クラスの待機場所じゃなく、阿含さんが乗りつけていた診療車近くにいた彼らなもんだから。手が空いてたらしきアイドルさんへ預かっててもらったの。いつもあまりに当たり前に持ち歩いているアイテムだから、今持ってないってこと、そりゃあ気持ちいいほどすっかりと忘れ去ってた坊やであり。思い出した今は、背条が凍るほどのインパクトを招いてる状態に陥っているらしい。というのが、
【 ミニパトのお姉さんたちの携帯番号もメアドも、全部あれに入ってるのにっ!】
 それこそが坊やの最終兵器。警察関係の誰ぞを呼ぶとか、おミズのお姉さんをご贔屓筋の怖いお兄さんごと召喚するとか。情報戦を選んだとして…スピード違反の取り締まり用コンピューターへとアクセスし、別に違反なんぞしちゃあいない車を“指名手配中の凶悪犯搭乗の厳重注意車両です”なんて設定でチェックさせ、合成声での無線通報を各署に配布し…などなどという、恐るべき手段だって取れちゃうというから、こんな恐ろしい子を野放しにしていて良いんでしょうかという、そのとばぐち。魔法のバトンが手元にないと来ては、
「110番じゃ不味いのか?」
 それなら自分の携帯も使えようと言い出した葉柱へ、見えはしないのにぶんぶんと首を横に振ってしまい、
【 それじゃあダメだ。どっか遠い管轄に繋がっちまって、一番近い署への番号を言うからかけ直せって言われるのがオチだ。】
 消防署への通報もそうだそうですね。何て勝手の悪いことか。
【 それに、普通にパトが駆けつけるんじゃ、まずはルイが職務質問されちまうぞ?】
「…まあ、そうだろな。」
 ノーヘルでの二人乗り。しかも、もしかすると…原付き免許で大型に乗ってる違反ってのも計上されかねませんものね。
【 まさか…ルイの携帯に、桜庭や進やセナの携帯番号は入ってないよな。】
「ま〜な。」
 固定電話の番号ならば調べようもあろうけど、携帯の番号だけは…すぐさま調べるなんて、いくらこういうことへの天才坊やであれ、
“小一時間以上はかかっちまうよな。”
 ルイさんの携帯しかない状況下だってのに“出来なくはない”ってだけで結構驚きなんですが。
(う〜ん)それにしたって、間に合わなければ意味はなく。こんなことなら、せめてセナ坊の番号くらいは控えておくんだったと、今から言っても後の祭りだし。
「最寄りの交番って言ってもなぁ。」
 日曜の昼下がりでは警邏に出ている可能性もあり、行ってみたところで誰も居ませんでしたとなっては意味がない。それにそれに、いくらお巡りさんがいらしたとしても、何でも出来るスーパーマンかと言えば…腕っ節だけを見たなら葉柱の方が頼りになるよな、生真面目さが売りのまだまだ新米で〜す、なんて人である場合だって大いにある訳で。
【 こうなったら最寄りの警察署に駆け込むしかないか。】
「こっからだと泥門署だな。」
 ちょうど問題の事件の管轄でもあろうから、話せば事情はすぐにも通るだろうが、
【 …距離が ちとあるかな。】
「そればっかは、しょうがあんめぇよ。」
 もう一つの問題がすぐ鼻先にぶら下がっていたのだが、よほどに気が動転している坊やであるらしく、それには全く気がついていない模様。故に…総長さんとしては、
“こんな状態のこいつを連れ回してていいものか。”
 自分の免停とか補導されっかもとかいう心配よりも何よりも、それが一番に気掛かりだったのだけれども。だからと言って、この子を途中で降ろすのは本末転倒になりかねない。何せ、相手はこの子をこそ狙っている。正確には、この子が羽織っている上っ張りとイエローダイアを。そして…何事かに気づいたらしいからこそこんな行動に走った自分たちだということにも不審を感じているに違いなく、出来ることなら口封じしたいと、そんな物騒なことをまで、思っているのかも知れなくて。
“何たって6千万だしな。”
 人の命はお金には代えられないとか、もっとベタな言い方を持ってくるなら…窃盗だけなら何とか逃げ果せたかも知れないところ、人を殺せば証拠も増えるし時効だって長引いて、まずは捕まってしまう公算も高くなるっていうのにね。どうして“ここでこいつを殺せばバレない”という判断が出て来るのか、とっても不思議なところだけれど…そうと発展するケースの何と多いことだろか。
“…ま、そっちは奴らに捕まらなけりゃあ良いだけのこったしな。”
 警察になら捕まった方がむしろ都合も良いのだと、そうまで思ったその矢先、

  【 白バイは避けろ。
    それと、カメレオンズのメンツが寄って来ないように注意しろ。】

 さすがはさっき“パトが駆けつけたらまずはルイが職務質問されちまう”なんてこと、真っ先に心配したくれただけはあって、
【 週末には準決勝だ。それは絶対に反故
ほごになんて出来ねぇからな。】
 警察沙汰は立派な不祥事。しかもキャプテンが手を染めてましたでは洒落にならない。いかにも暴走族然としていて、盛り場で群れなしてツルんでいても、さほど悪質な暴走行為などはしていないからと、大目に見てもらえて来たこれまでだったが。見逃し切れない格好での職務質問やスピード違反等などの取り締まりにあってしまえば…向こうさんにしたっても、わざとに取りこぼしするなんてことまでは出来ないお立場だろからね? 法規
(きまり)だから従ってよねとばかり、違反切符を切られねばならなくなるだろし。それが顔なじみのお巡りさんでなかったならば、色々と勘ぐりを入れられた揚げ句、下手をすれば…これまで見つからずに済んでた埃の方も、徹底的に叩かれて、多かれ少なかれ明るみになるやも知れなくて。道路交通法違反のみならず、喧嘩や飲酒なんてな古い悪事までもが出て来たら? 未成年の分際でと関係筋に通達が飛び交って、あっと言う間に公式大会への参加は禁止…と運んでしまうに違いなく、
「クリスマスボウルが終わってからなら、ルイが時々寝酒飲んでたことがバレて少年院に送致されようが、他の奴らが芸能人デビューしようが知ったこっちゃねぇけどな。」
 あと4カ月はどうしても、どんなに無理があっても表向き“品行方正です”って素振りをし続けててくれないと、と。そんな風に言いつのる坊やであり、

  “…何でそんなにもムキになるんだかね。”

 だって、この大会って、坊やには何の栄誉も残らないのにね。坊やはこれから、基礎体力をバリバリとつけて、近代アメフトの何たるか、先進の戦術テクを研究し、自分たちがその足で同じレベルのフィールドへと立つこととなる、8年後に備えていれば良いのにね。何でこうまでムキになるやら、今になってそれがちょっぴり奇妙なことだなと感じた総長さんであり、
「俺んことは気にすんな。」
 そうそうヘマはしないがな、そんでもパクられちまってよ、高校がダメんなったなら…まあ大学があるしよと、冗談めかして言ったれば、

  【 ルイの馬鹿っっ!!】

 ハンドルを切り損ないそうになったほどの大声が返って来て、
【 今出来ることを、やる前から見切るような奴は、俺、大嫌いだっっ!!】
 何もかんもかなぐり捨てて、なりふり構わずのめり込まなきゃダメだろが。あの進だってそうなんだかんな。昔の阿含だって雲水だって、父ちゃんと弱小チームを叩き上げた武蔵だって、実力はS級って折り紙ついてても絶対手ぇ抜かなくて、他は何でも犠牲にしまくって、1チームにしか取れない一等賞だけ目指してた。
【 これと決めて目指してる以上は、負けた時の予防線なんか張ってんじゃねぇよ。】
 負けることなんて想定に入れんな、そんな余裕がオツムにあるんなら、次ん当たる敵チームの、QBが得意のパスコースのバリエーションでも暗記してな。ポンポンポンッと、いつものペースでの啖呵が威勢よく飛び出したところで、

  「そんだけ元気なら、でーじょーぶだな。」
  【 ………あ?】

 くすすと、それこそ余裕のお声を返した葉柱だったりし、
「泥門署へ行こうってんなら、方向が逆だかんな。今からターンして追っ手と真っ向から鉢合わせるが、こっちの面が相手へ割れちまっても文句はなしだ。」
 え?え?と、状況が飲み込み切れてないらしき覚束無い声がヘッドフォンから聞こえたけれど、そんなのそれこそ聞こえない振り。あまり交通量がないままながら、それでも駅前まで2車線で続いてる市道の中央寄り。一応は前後を確認してからだったが、
「舌ぁ咬むから気ぃつけなっ!」
【 ………っ!】
 クラッチ操作も軽快に、荷重の大きいだろう唐突な急ブレーキを一呼吸ほどかけることで、重い車体を一度も停めることのないままに、180度という真後ろへの大きな方向転換を仕掛けたゼファーだったりし。
【 ひゃあ…っ!】
 人呼んで、ジャックナイフターンというテクニック。思いもしない方向への、遠心力だろう大きなGがかかったもんだから。振り飛ばされそうな気がして思わず、反射的に葉柱のお兄さんの大きな背中へ力いっぱいしがみつき、その真ん中へお顔をばすっと埋めてしまった坊やであって。時間にしたらば一瞬のことだったんだろうけど、ぎゅぎゅきゅっと軋んだタイヤの音と、アスファルトにタイヤが擦れたからだろう、焦げた匂いが届いたし。それからそれから、
「…っ!」
 今しも追いつかんとしていたらしき国産のバンが…正確には運転席にいた、妙にアクの強い眼光をした中年のおじさんが、ハッとしてギョッとしてこっちを呆然と見送ってたのが、スローモーションフィルムでも見るかのように、向こうの細部まではっきりと確認出来て。
【 …凄げぇ。】
 まるでアクション映画のスタントみたいだと、そうと感じるまでに、珍しくも数刻かかった妖一坊や。風にもみくちゃにされちゃった、ふわふわの金の髪の乱れようにも構わぬままに、あらためてぽそりとお兄さんの背中へともたれ掛かる。学ランを羽織ってるいつもの背中。決して薄着ではないのにね、くっついてるとそりゃあ暖かいし、かいがら骨の窪みが尖ってないほどにも雄々しい、隆とした肉づきが、一通りのハンドル操作だけでは押さえ込めない暴れ馬のゼファーをねじ伏せあやすため、時折むいっと盛り上がったりうねったりするのが何とも頼もしく。
【 ………。】
 後ろに乗ってる自分を包み込むように、学ランの長い裾がはためいて舞い上がり、周囲の風景が驚くほどのスピードで流れてってるのにちっとも怖くないあたり。本当に頼もしい、まるで騎士みたいなルイだなと、思った途端に…苦笑がこぼれる。
“騎士っつったら進だろうにな。”
 大事にしているものへの融通さえ利かないほどの生真面目な男で、それでも最近はセナへの甘やかしが堂にいってきたという、朴念仁のお兄さん。そんな彼に比べれば、世に言うところの立派な“不良”で、授業はサボるわノーヘルでバイク飛ばすわ、時折、理屈より先に拳が出る単細胞だわ。まずは相手を睨
めつけるほどに、行儀も悪けりゃ柄も悪くて。なのに…どうしてかな。そういえばいつだって守ってもらってるよなと思い出す。子供相手に大人げなくも、本気で口喧嘩を振って来るし、困っても自分からは素直にSOSを出さない、救いようがない意地っ張りなのにね。行きたいところへ猛ダッシュで運んでくれるし、自分の御用は二の次にして何でも言うこと聞いてくれるし。寂しいなんて思う暇が無いくらい、いつだって傍にいてくれるし。寂しいなんて言ったことがないくらい…言わなくても良いようにって、暖かい懐ろにいつだって入れてくれるし。
“………。////////
 それってやっぱり、ルイってば。俺んコト、最優先にしてくれてるってことだよな。泣く子も黙る賊学の、一年坊の初めからっていう掟破りの下克上決めた、カメレオンズの総長が、こんなチビを特別扱いで大切にしてくれてるんだなんてな。今更のこと、今更しみじみと小さなお胸で反芻していたら、

  「…あっ。」

 何だか…ちょこっと不吉な声がした。どしたと聞く前、ちょっとばかり身を乗り出して前方を見やれば、
【 あ…。】
 何て間が悪いのか、泥門署への最短コースが、工事中という看板で封鎖されているではありませんか。一旦止まって関係者の皆様相手に悶着出来るよな立場や場合じゃ無いからね、そのまま警備員のお兄さんから指示された“迂回路”とやらへ進むしかなくて。
「しまったなぁ。このコースってったら、町外れの工場跡地が広がってる更地を突っ切ることんなるぞ。」
 先々で“総合開発”が予定されてるらしき更地が幾つか、金網フェンスで持ち主別に区切られている、結構広くて殺風景な土地があり、元は中規模の工場群だったせいでか、郊外型店舗なんていう洒落たものにも縁がない幹線道路が荒野の一本道のように通っているだけ。…ということは。人目がないから悪事には持って来いということでもあり、
【 …ルイ、警察に連絡しろ。】
 坊やがそんな声をかける。
「ああ? そんなしたって無駄じゃあねぇのか?」
 今から駆けつけてもらったところで、掛かる時間はさして変わらない。そうと思って言い返せば、
【 だから。このままUターンして、駅前へ戻ろう。】
 人目があった方がまだマシかも。向こうが車から降りて何か仕掛けて来たとても、最悪人込みに紛れて躱すことが出来るからと言いかかったその手前、
「まさか。今更、他の人間、盾にしようなんて思ってんじゃなかろうな。」
【 …っ。】
「ガッコから離れたのはどうしてだ? 先生へ届け出りゃいいもんを、それじゃあ騒ぎになっからって、それで離れたんじゃなかったんか?」
 スピードを緩める気配は一向になく、バイクはどんどんと人気のない、寂れた方へと進路を取ったままにて突き進んでおり、
「それにだ。町へ戻ってうろうろしてたら、他のメンバーに見つかりかねんぞ?」
 総長命という、義理に厚い連中だからね。それこそ、アメフトなんか二の次と解釈し、葉柱の身の安全とか面子とかを優先しかねない。そんなことを指摘する葉柱の声はあくまでも淡々としており、
「だから、良いな? 遠回りでも厄介でも、こっちを行くぞ?」
 ダメと言っても聞かないだろう、そんな口調のお兄さんだったからね。
【 …うん。】
 渋々ながら、了解と応じる坊やであり。元はと言えば自分が蒔いた種なのにね。それがこんな、お兄さんを危険に晒すことになろうとは。そして…それが“合理的”でなくたって、坊やの初志をあくまでも大切にしてあげようと、構えるのが当たり前なお兄さんだったりするの、ついうっかりと忘れてた。
“そういうのって、機転が利かないって言うんだぞ?”
 まったくよ、融通が利かないトコまで進に似てどうするよと、思いはしたけど口には出せず。衝立
ついたてみたいに大きくて頼もしい背中へと、頬をぱふりと伏せた坊やだったりするのであった。







            ◇



 ほんの10分も経たぬうち、本当に都内かと疑いたくなるような、金網フェンスと、ところどころに資材が積まれた小山があるだけの、何にもない乾いた印象の更地が道沿いに延々と続く一角に出る。振り向かずとも後方には、しっかりついて来ているらしき国産バンの走行音が追従しており、だが、
“このペースで行けば何事もなく抜けられるかもだな。”
 相手とは加速が違うから、いざとなったら振り切れはするだろうし、追いつかれたとしても果たしてどんなちょっかいをかけて来るつもりやら。ギャングじゃないんだから、まさかに銃撃ってことはなかろう。モデルガンでのそれはあるかもしれないが、並ばれなければ不可能なこと。となれば、やはり…せいぜい後方からの追突で転倒を誘って取っ捕まえるという辺りが関の山だろと、そんなところと踏んでいた坊やだったのだけれども、
「…何か妙なのが前から来たぜ。」
【 …え?】
 ヘッドフォンからのお兄さんの声。体を脇へと傾けて前方を見やれば…一車線ずつの対面となった進行方向から来るボックスカーがあったのだけれど、
「ナンバープレートが真っ二つに折れてるだろ。」
【 うん…。】
 怪しさ満載だなと葉柱が笑い、坊やは逆に息を飲む。そうだ、向こうだって携帯で走りながらの連絡をつけることは出来る訳で、どうやら仲間を呼んだらしい。
「挟み撃ちでコケさせられんのは厄介だからな。適当な更地へ入るぜ?」
【 入ってどうすんだよ。】
 2台掛かりで追われることに変わりはない。むしろ、袋のネズミにされるかも。それを恐れて訊いたらば、
「まあ、見てな。」
 妙に落ち着いた声が返って来たから…あのね? まあいっかって思ったの。こうなってはもはやお兄さんに任せるしかないのだし。窃盗犯たちに捕まったとしても、それは自分のせいであり、お兄さんにはただただ済まないと思う坊やであり。そう簡単に諦めるなとお兄さんへ言った割に、アメフト絡みでないことへは案外と諦めのいい坊やな様子。ただ黙って成り行きを見ていれば、オートバイは幾つか目の更地へと乗り入れており。それを追うように、正面から来たボックスカーも、そして後からついて来ていた方のバンも、同じ敷地へと続いて入った。結構広々とした敷地には、ところどころに材木やらドラム缶やらという資材が、撤去されないでなのか、それとも次の計画に使うのか、あちこちに散らばって置かれており、一見するとスラロームコースがあるサーキットフィールドにもどこか似ていて。敷地一面に敷かれていた細かい砂利に、ゼファーはたちまち足元を搦め捕られそうになっていて、
“…ルイ。”
 細かい砂利を敷き詰めた悪路は、もしかしてバイクの方のハンドル操作には圧倒的に不利だったのかもしれないけれど。そんなことは微塵も匂わせないままに、葉柱は鮮やかに車体を制御し、自由自在、更地の中を縦横無尽に駆け回っている。伊達に腕力をつけているバイク乗りではないという、面目躍如というところか。そうなると、小回りの利くバイクの方が、カーブの描く円径が小さくて済む分だけ、巧みに逃げ切れるよなコース取りをこなせもし。2台がかりとなったとはいえ、相手にはあまり利点はないまま、むしろただただ振り回されてばかりいる。そんな状況に業を煮やしたか、後から来た方のボックスカーが、バイクを追うのを止めて、周回して来るコース上への先回りを敢行して来た。二手に分かれての挟み撃ち。今頃思い立つあたり、あんまり機転の利かない連中であるらしく、それが証拠に、
「…やっとかよ。」
 待ってましたという感じのお兄さんの言いようが、聞かせるつもりはなかったらしい独り言トーンにて、ヘッドホンから聞こえて来た。そうして…資材の間隙を縫う、同じコースを進んだものの、待ち受けてるのが見え見えな、最後の通路の突き当たり…の手前にて。ほんの僅かな隙間ながらも通れないことはない幅を、カーブの円径、あまり膨らませないままという唐突さで、かくりと右へ折れたもんだから。
「…っっ!!」
 後をついて来ていたバンが、通路の突き当たりで横っ腹をさらして止まっていた仲間の車にギョッとする。本来ならば、まずは葉柱がぎょっとして停車したところを後方から追突でもし、伸したところへ掴み掛かる予定でもいたのだろうが、その“間合い担当”が不意に消えた分、ならばという場合の停車のタイミングが読めなかったらしくって。
「ワァッ!」
 洒落じゃあないが、そのままバンっと衝突し、バンの側は運転席と助手席にエアバックが大きく膨れ上がっているのが見える。あれって結構衝撃が来るんだよな。ああ、シートベルトを忘れてっと、あれのせいで脳震盪起こす奴もいるらしいぜ。全くの他人事としてそんな言葉を交わし合う坊やとお兄さんが細い路地を切り抜けて、一旦停止した先は、あいにくと周囲を金網で囲われた、広場の奥向きであったので。このまま道路へ戻るには、残った1台の相手もしないといけないらしいが、それにしたって、
“ほんっとに機転が利かねぇ奴らだよな。”
 だから、高校生や小学生に出し抜かれんだぞと、可笑しいのを通り越し、気の毒になって来たほどであり。動かない仲間のバンはこの際見切ったらしいボックスカーが、まるで咳き込むみたいにエンジンをふかし、再び発進して来るのを見やって、
「降りてこねぇのはある意味で助かるな。」
【 …まあな。】
 相手が車やバイクに乗らない身だったなら、そこへと突っ込む度胸はさすがにないから。こっちがバイクという戦車に乗ってることへ脅威なり引け目なりを感じて、そのままでいてくれたことには、一応の感謝をして、さて。
「手が痺れて来たんじゃねぇのか?」
 一応の気遣いを振ってくれた総長さんへ、
【 まだ平気だ。】
 小さなお手々へ力を込めて、大きな背中へぎゅぎゅうとしがみつき直せば、
「…なら良いが。」
 こんだけ振り回したからには、捕まったならただじゃあ済むまい。尚更に逃げ果
おおせないと不味い状況になってきて。再び敷地内を周回しだしたお兄さん。相手も必死であるからか、ピンボールのジャマーよろしく、左右に動いているだけだというのに微妙なところで追いつかれるので、出口へと向かい掛かるたび行く手を巧妙に遮られており、
“何十周かしたなら、間隙も徐々に空いて楽々スルー出来そうだけれど。”
 そんな悠長な計算が通れば苦労はなくて。そんなことをしている間にも、今は動けないバンが立ち直るかもしれないし、捨て身で飛び出して来られたならば、こっちはブレーキを踏まざるを得ない。
“しゃあねぇか。”
 あんまり坊やを怖がらせたくはないのだが、手っ取り早く振り切った方が精神衛生上は良いのかも。そうと決めると、何を思ってのことなのか。不意に…バイクを止めたお兄さんであり。
“…え?”
 ギョッとした坊やが息を飲む。加速風に晒され続けて頬や耳が痛かったところ、急に止まったせいだろうか、血の気が戻って来て今度は熱い。どうしたんだろう、どうするんだろう。ドキドキしながら葉柱の背中に掴まっていると、脇までしか回し切れてない坊やの手の片方へ、お兄さんの大きな手が重なった。温かい手だ。頼もしくって力持ちで。坊やが一番好きな手だ。それが、坊やの小さな手を…ぐっと握ってからポンポンと叩いて。それで、何をか伝えたつもりか。その手が再びハンドルへと戻ると、アイドリングのままだったエンジンが再びの咆哮を上げ、狭い目の通路をぐるりとUターンして更地の奥へと再び戻る。さっき停まったのはやはり相手への挑発を兼ねてたらしく、入り口傍の一辺を行ったり来たりで封じていたボックスカーが、バイクの後を追って来ており、Uターンに時間を取られた分だけ少々あおられながらも総長さんは軽快に逃げを打つ。その途中で…車幅の差があってのことだろか、こっちは難無く通れた隙間、追っ手のボックスカーはその足回りに何かを引っかけ、資材を蹴散らす。かんからがらがら、乾いた資材が転げる耳障りな音がして…何故だか口元をほころばせた総長さん。再びの鬼ごっこが繰り返されて、もう一回同じ資材の狭間へ突っ込んだゼファーが…途中で大きく車体を揺らした。ああとうとう握力に限界が来た総長さんなのかな。ハンドルを組み敷くことが出来なくて、バイクの失速に振り回されているのだろうか。そんなこんなと思っていたらば、

  「しっかり掴まってなっ!」

 あらためてのお声が掛かり、ハッとしたその反射のまま、制服の脇のところ、ぎゅぎゅうっと握り締めたらば、あのね? 重たくて大きな鋼鉄の塊りな筈のゼファーがさ。斜めになって資材に倒れかけてた角材の橋を、ズオオオ…ッて一気に登ってね。そのまま宙へと飛び出したから。
【 うわっ!】
 だってこんなのあり得ないじゃん。特撮もののスタント撮影じゃあるまいし。普通の高校生のお兄さんな総長さんが、ぶっつけ本番でバイクごと宙へと飛んじゃってさ。飛んだというよか、正確には撥ねたって程度だったらしいけど。資材の裏手、金網フェンスとの狭い幅の空間で、ぎゃりんぎゅぎゅぎゅうって着地と同時にハンドルを切ってそこから抜け出したのと。後を追ってたボックスカーが、勢いを急には止められなくって。角材が斜めに掛かってたその資材の小山へと、真っ向からドッカンて衝突しちゃってたのがほぼ同時。さっきのバンと同様に、エアバックが膨らんでいて、運転席から後部の席まで、白い風船がぎゅうぎゅうに詰まってて苦しそうで。

  「これでやっと、のんびり走行に戻れそうかね。」

 少しばかり離れての停止。バンの方もまだ何も動き出す気配はないままだったしと、ついつい肩から力を抜いて。此のままこいつら捨て置いといて、当初の目的地だった泥門署を目指しますかと、あらためての相談をまとめていたらばね。
「…お。」
【 …あ。】
 どこからともなく、ファンファンファンファンっていうパトカーのサイレンの音がして。こんな何にもないところ。監視カメラもなければ人通りだってないのにね。誰を目当ての急行かしらと、少々疲れていたせいもあって、ついつい…その場に立ち尽くして経過を見やれば。駆けつけた数台のパトカーとミニパトとがここの更地の出入り口を塞ぎ、
「ヨウちゃんっ!」
「妖一くんっ!」
 ミニパトからは馴染みのある婦警さんたちが降り立って来た。そして、
「こっちの車2台、照会した通り、盗難車だな。」
 そっちはパトカーから降り立ったお巡りさんたちが検分を始めていて。どっちもエアバックが膨らんでいる悲惨な状況にあった車両であり、ただこの場に来合わせただけだったなら、唯一無傷のオートバイと、それに跨がってる…いかにもないで立ちの高校生が真っ先に疑われたところだろうが、
「あーっと。君が葉柱ルイくん、だね?」
「はい。」
 問われるままに応じていれば、
「署の方へ通報があってね。変質者に車で追われているらしい子がいると。」
 それって、君のことだろう? そんな風に訊かれて…確かにその通りではあったので、はいと素直に頷いて見せれば、

  「ヨウちゃ〜〜〜んっ!」
  「ヒユ魔く〜んっ!」

 廃墟に降り立った白衣の天使…というには少々いかつい団体さん。医療用の特別車にて駆けつけた、歯医者さんとその助手(+マスコットくん)の皆様というご一同が到着し。くたびれ切ってた二人へ向けて、内の数人が晴れやかに手を振って下さって。

  「…そっか。阿含が通報してくれたんだ。」

 やっとの決着に、ヘッドフォンを外した坊や。はぁあと大きな溜息をつくと、全身から思い切り力を抜いて。顔から思い切り、正面の大きな背中へと凭れかかって見せたのでありました。








←BACKTOPNEXT→***


  *そうなんです、ここのアクションもどきが書きたくて、
   それで始めた“運動会”話だったんですよ。
(苦笑)