月夜に、もしも逢えたなら… C
 



          




 日本の肝試しというのは結構歴史が古く、小屋に通路を組んでそのところどころに怪談の化け物やら幽霊やらの人形や役者を配してある中を通り抜け、出口まで無事に出て来れたら賞品に反物を差し上げましょうなんていう形式のものが、江戸時代から既にあったらしい。地獄絵図やら怪談話に沿ったクライマックスの場面を作り上げ、生き人形などといっう、いかにもリアルな屍の腐敗ぶりも生々しい人形なんかが並べられ、それはそれは怖い出し物だったというから、そういうことへ興じる心理って、人間には根本的にあるのかなぁ。今回、モン太くんたちが構えたような形式の"肝試し"は、修学旅行というよりは夏場の林間学校などへのイベントとしてお馴染みなものであり、暗くて見通しの悪そうな小径などを、ロウソク1本という乏しい明かりで少人数にて歩いて行き、チェックポイントである一番奥の祠や神社などへ、ちゃんと着きましたという目印を残して戻ってくる。足元が平坦かどうかや順路の広さなどという、場所の安全さえ確認しておけば、屋外の夜陰がそれなりの効果を醸し出してくれるから。特に仕掛けの準備という必要がなく、お手軽な"イベント"として必ず出て来るものではあるが、

  "何であんなのが好きなのかなぁ。"

 得体の知れない怖いことへわざわざ足を運んで向かってくなんて、やっぱり気が知れないようと。薄っぺらいお布団の上、薄手の掛け布団にくるまってこそいるが眠れぬまま、煌々と明るいお月様を窓の向こうに眺めやっているセナであり。8畳ほどの室内はシンと静かで、薄い壁越しに隣の部屋でのこそこそとした内緒話が、その輪郭の響きだけを届けてくる。今夜は二日目ということもあってか、修学旅行の中のイベントという形のレクリエーションも一応はあった。クラス対抗のカラオケ合戦というやつで、採点機能つきのカラオケで、我こそはという面子たちが宴会場の舞台まで進み出て自慢の喉を披露し、得点を競い合うというもので。勝ったクラスから順番に、企画執行部が用意したお土産物をもらったり、下位クラスには罰ゲームということで、担任の先生と歌った人とが苦い苦い薬湯の一気飲みをさせられて。最初は白けるかとも思われた企画だったが、普段は澄ましているような先生方の飛び入りが結構面白くて、なかなか沸いた企画だった。

  "……………のにね。"

 消灯前に点呼があって、それまでは居た同室の二人が、ついさっき窓からこそりと出て行ったばかり。ここは1階で、こういう"修学旅行"専門と思われるよな旅館では、そんな位置には普通あまり客室を構えないものだが、たまたま別の学校と予約の日程が重なっていたらしくって。それで色々と考慮する余裕がなかったのだろう。
"夜中の見回りって言っても…。"
 昨夜も結構遅くまで、モン太くんや小結くんとこそこそお喋りしていたけれど、見回りなんて来たかしら。未明にはさすがに寝入っていたから、そんなになってから来たのかな? だったら、余裕で大丈夫だよね? だってそんなに遅くはならないって、晩ご飯食べてた時に十文字くんも念押ししてくれた。問題の祠
ほこらっていうのは、ここからも見えてるほど近場の、ほとんど潮もない浅瀬を伝って行った先の小さめの島みたいな岩場にあるらしくって。昼間の内に入り口だけ見に行ったけど、夏場なんかはアベックが潜り込んでいちゃいちゃしたりすることもあるよな適当な広さのあるらしい、ガランとした ただの岩屋なのだとか。
"それでも…祠はあるんだよね。"
 鈴音ちゃんから聞いた悲恋の伝承。それに重なるお話だったし、黒木くんは地元の人の話を聞いたって言っていた。もっともそれは、龍神様の祠がある神聖な場所なのに、無神経な観光客が散らかして困るという順番のお話だったのだけれども。
"何か出たらどうするんだろう。"
 幽霊といえば栗田さんチはお寺だったよな。小結くんは栗田さんから魔除けの方法とか何とか聞いてないのかな。あ、でも、小結くんは幽霊なんかいないって言い切ってたって話だったしな。それこそ、栗田さんから信心さえあればそうそう迷って出る筈はないとか、行いが正しい人には近寄って来ないとか、そういうお話を聞いていたからなのかも。でもでも、伝説になってるってことは、その根拠になる何かはあったってことだよね。昔、行方不明になったお姫様がホントにいたのかも知れない。海辺でしくしくっていう泣き声がホントに聞こえたのかもしれない。火の玉の話もしてたよね。漁火ってどこででも見えるのかな。この辺りって昔は漁とかしてたのかな。だったら嵐で遭難した人とかもいたかもしれないし………。

  "うう〜〜〜。"

 誰も居残ってないっていうのも怖いなぁ。窓の鍵は開けてあるし、何だったら先に寝てななんてモン太くんは言ってたけれど、何でだか目が冴えて全然眠くならない。こんな格好で起きてると、ロクなことを考えないもんな。どうしよどうしよ。

  "うう〜〜〜〜〜〜。"

 困った困ったとひとしきり唸っていたが、
"あ、そうだ。"
 ごそごそと布団から這い出しながら、セナが思い出したのが携帯電話。実は消灯直後、進さんへのメールを送ったばかり。マナーモードにしてるから、着信があっても気がつかなかったかもで。慌てて枕元に立ててた充電器のところへと飛びつくようにダイビングする。こんなご近所にいらっしゃるとは思わなかったから、昨夜はやっぱりお天気の話と、何だか怖い交通事故があったそうですね、気をつけなきゃいけませんねなんて話しかしなかったんだけど。間近い空の下にいる同士なんだなって思ったら、途端に…無難ではあっても他所様の話なんてどうでも良くなっちゃったセナくんで、
『ボクらは明日の昼にはもう東京へ帰るんです。進さんはまだ、練習とかおありなんですか?』
 そんな風に直接的なことを訊いたんだった。もしかしてお返事が来ているかもと、ぱかりと開けたが…。
"…うう。"
 残念でした。まだお返事は送られていませんでした。液晶画面には22時を少しほど過ぎた時間が記されており、
"ミーティングとかはもう済んでるんだろうにな。"
 なんたって大学生だから、門限が遅いのかな。進さんのことだから、もしかしたら海岸通りをランニングとかしているのかもしれないし。愛しい人を思い出したので、形のない怖い妄想はどこかへ吹っ飛んだが、その代わりのように寂しいなという切ない想いが心の中へとすべり込む。久し振りにお会い出来たから尚のこと。遠慮なんかしないでもっと色々と話して甘えてほしいなんて言われたから尚更に。温かくて大人のいい匂いがした懐ろに掻い込まれたりしたから…ああもう思い出しちゃったじゃないかと。今は寂しい小さな肩を、自分でそっと抱いてみる。大好きな進さん。遠慮なんかじゃなくてね、ボクも早く進さんと試合の会場で逢いたいから。早く同じフィールドに立ちたいから。そのためにと頑張って、甘えてちゃいけないって格好で我慢もしているのにな。でも、うん。寂しかったのもホント。やっぱり本物の進さんの温みや何やにはドキドキが止まらなくなるし、
"ずっとずっとそのまま張りついてたいなって思ってしまったものvv"
 これこれ、小判ザメじゃないんだから。第一、水族館には行ってないでしょうが、君は。
おいおい
"ふに…vv ///////"
 もう一度、携帯を充電用のスタンドへと置き直して、うつ伏せのまんまで甘いため息を一つ。もしかしてすぐにもメールが届くかも知れないからと、まだかなまだかなと胸の下へ枕を抱え込んで小さなモバイルを眺め続ける。お互いに学校行事の中なんていう、まずは重ならないだろうそれぞれの生活が、物凄い偶然から接した巡り合わせで。進さん自身も感慨深げに言ってたけれど、こんな出来事、そうそう忘れられないだろうねと、柔らかな笑みが口許や頬についつい浮かぶ。そんな甘い想いで頭が一杯になっていたから。

  ――― こつこつ…、こつこつ…。

 窓ガラスを微かにこづくその音は、なかなかセナくんの耳まで到達しなかったのだけれど。
「………はや?」
 頬杖に疲れて横向きにパタリと寝返りを打ったのと、窓に拳だけ伸ばして合図を送っていた人が、業を煮やして立ち上がったのとがほぼ同時。月光を背にした誰かのシルエットが、窓のすぐ傍にぬうっと現れたものだから、

  「ひ…っ?」

 悲鳴を上げる段階よりももっと怖い状態へ一気に追いやられて、その身がカチンと固まった。せっかく吹き飛んでいたお化けや幽霊の存在が、団子になって突撃して来て、さあさ最初からお浚いしましょうねと頭の中にお店を広げようとしている。
「あ、あ…あ…。///////
 ガバチョと身を起こしたそのまま、ブルブル震え出しかかっていたセナだったが、
「…あ。」
 肩から上という所謂"バストショット"だけが見えているその陰が、自分の顔近くに掲げたものに気がついた。くの字型に中折れになってる平たいもの。上半分が長四角の窓をに淡い灯火を光らせたから、
"携帯…?"
 お化けがそんなものを持っているとも思えなくて。
"まさか、充電していれば旅館や警察に連絡出来て死ななくてすんだのにっていう、最近亡くなった人の…。"
 いないいない、そんな細かいところを心残りにするなんて幽霊は。
(苦笑)そんな細かいところを想像したのが気持ちの余裕となったか、じ〜っと相手を見つめたセナくん。あっとお口を丸ぁく開けると、立ち上がって自分からパタパタと窓に近づいた。やっと気がついたその人は、

  「…十文字くん。」
  「遅せぇんだよ。」

 ここで改めて蚊に食われたぞと、からからと開いた窓の桟越し、小さなお留守番班の隊員さんのおでこを、こつりと軽くこづいてお仕置きをする。何せ周囲には気づかす訳にもいかなかったので、じりじりと根気よく合図を送り続けた彼であるらしく。
"窓の錠が開いてたとはな。"
 聞いてりゃ苦労はなかったけれど、それどころじゃなかったしと、こちらさんも本来の用向きを思い出す十文字であり、


  「留守番してなって言ったけど、悪い。緊急事態になっちまってな。」
  「……………へ?」


 緊急事態って…一体 何でしょうか? 一瞬、思考がつながらなくて、けどでも…口の端がひくくと無意識のうちに引きつった辺り、嫌な予感への様々なリアクションがセナくんの頭の中に先行予約されてしまったようである。








            ◇



  "ふえぇ〜ん…。///////"


 物凄く苦手で心から怖がっているセナだと判っているだけに、夜道の途上、小さな手を引いてやっている十文字の側としても心境は複雑で。だが、強引に"来い"と言った訳ではない。

  『二人一組でって始めたんだがな。
   2番手で洞穴に入ってった黒木とチビザルが戻って来ねぇんだ。』

 こっちに戻って来てねぇか? まさかとは思うが迷子になってるとして、メールとか届いてねぇか? と。それを確かめに来た彼であるらしく、
『戻って来てないし、メールとかも…。』
 なかったよと、かぶりを振ったセナだ。洞窟の中だったら電波が届かないのかも知れないしねと付け足して、
『そんなに深い洞窟なの?』
 こそりと訊けば、
『いや、1番手の戸叶とクソチビは30分強で戻って来れた。』
 片道15分。暗いし、足元不如意だしで、慎重に構えたからそんなタイムだったのだろうから、視界さえ良ければもっと早くに往復出来るだろう短い距離なはず。
『戻ってねぇなら仕方ねぇ。』
 俺が入って探してくるわと、素早く見切って踵を返しかかった十文字の、今にも離れていかんとしかかった肩へと咄嗟に手を伸ばし、

  『…ボクも行くよ。』

 セナは自分からそうと言ったのだからして。とはいえ、
「ふぇ………。」
 ただの夜道でさえ怖いらしくて、あれほどの脚力を誇るはずのセナが…十文字から励まされるようにして何とか走ってついてくる状態。街灯やコンビニなんぞの看板照明などなどが格段に少ない田舎の夜道は、言われてみれば妙に侘しくて うら寂しいかも。こんな緊急事態でなかったなら、そして…その手の中に頼りないながらも温かくて小さなこの手がなかったならば、十文字にだってあまり気の進む"散歩"にはならなかったに違いない。コンクリートの堤防に一旦上り、黒く光る鉄の手摺りに掴まりながら細い石段を降りてゆくと、堤防の内側の渚に降りられる。幅の狭い浜が細く連なった先に問題の岩屋があるらしいのだが、
「なんか、潮が満ちてるみたいじゃない?」
「…そういえば。」
 昼の間に見やった浅瀬は、瀬というより波打ち際という感のあった幅の短い浜辺だったのに。今はひたひたと潮が上がっていて二人のスニーカーの足を濡らしており、波が随分と迫って来ているのが判る。
「しまったな。そんなもん調べてなかった。」
 大潮だったら完全に没してしまうのかも知れず、これは急がないとと潮を蹴立てて先を急ぐ。先を行く浅い色合いのシャツの大きな背中を見ていて、ふと。今頃になって思い出したことがあり、
「そういえば、十文字くんは…。」
「ああ?」
 ばちゃばちゃと蹴上げる潮の水音に邪魔されて聞こえにくかったのでと、少々険のある声で訊き返せば、手のひらの中、小さな手が強ばった。あ、しまったなと思い返し、

  「悪りぃ。なんだ?」

 立ち止まってわざわざ振り返り、聞き直してやる。昔さんざん怖がらせた小さなセナ。今更"罪滅ぼし"というつもりはない。彼の側からだって、親しげに笑いかけてくれるし頼ってもくれる。ただ、彼は自分と同じ"荒物"ではないから、むやみに萎縮させぬよう、扱い方に注意するようになっただけのこと。そうすると、
「あの、あのね。」
 何とか再び、口を開いてくれるから。普通に接してくれるから、これはむしろ自分のための気遣いだ。
「あのね、十文字くん。わざわざ駆けつけないで、メールくれれば良かったのにって思ったんだけど。」
 この時点で既に、時間を大きくロスしている。さっき振って見せたくらいで、彼だって持っているのに、なんで?と。その方が早かったろうし余計な往復しないですんだのにと、そうと思いついたセナであったらしく。電波状態が悪かったの?と、ちょこりと首を傾げたセナだったが、

  「お前のメルアド、知らねぇしな。」

 返って来た短いお返事にハッとする。あれあれ? そうだっけ? 連絡事項は家の電話へが基本で、だけどまだ学校にいる相手への緊急の連絡用にって…あ、そか。
"携帯の番号しか…。"
 教え合ってなかったことを、たった今、思い出す。
「ご、ごめんなさい。」
 自分の側の落ち度だった。それも、ずっと気づいてないままに放置されてたこと。随分仲良くなれた筈なのに、それってないよねと、焦ったように謝ったセナへ、
「いや。」
 謝られるようなことじゃねぇしなと、ほりほりと頭を掻いて、
「教えてくれんなら東京に帰ってからで良いから。」
 今はそんな場合じゃないし、と。結構冷静な言いようをしたところが、やっぱり"長男坊"な、十文字くんだったりしたのだった。
こらこら





 途中で何だか妙な問答を挟みつつ、問題の岩屋の入り口へと戻ってみれば。中からの応答を待っていたらしい戸叶くんと小結くんが、困ったというお顔で立っており、その様子から察するに、依然として二人からの応答はないままならしく。
「携帯かけてみたんだがな。岩ん中だからか圏外になってる。」
 自分の携帯を出してそうと告げた戸叶が、
「なあ、気がついたか。」
 言いながら足元を見やる彼もまた、潮が満ちて来つつあることに気づいていたらしい。それへと頷いて見せ、
「お前ら二人は先に帰ってろ。見回りを誤魔化してこい。」
 十文字がきっぱりとした声を出す。
「けど…。」
 そうは言われても心配だし、自分たちだけ安全なところへ戻る訳には行かないというお顔をする二人だが、
「人海戦術使いたきゃ、最初から先公叩き起こして、もっと人を呼んで来てる。」
 大騒ぎして大したことじゃなかったら、奴らだって気まずいだろし、これからの面目も立たねぇだろうしな。どうにもならなくなったら、そん時は携帯でSOS出すからよと、そんな言い方をして…潮風で体が冷えているだろう二人を宿へと返した辺り、闇雲ではないところが頼もしい十文字くんで。そんな彼とこの場に残り、捜索隊の相棒を組むこととなったからには、
"うんっ。頑張って見つけなきゃ。"
 怖いなんて言ってられないと、セナも奮起して。さぁて、一体どうなりますことやら。





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  *ちょこっと長くなって来ましたので、ここで一旦区切りますね。
   こういう騒ぎを起こした時って、
   ホントは早い目に大人に知らせるのが基本なのは言うまでもありません。
   (先生では土地勘の問題から当てにならんので、地元の人がベストでしょう。)
   取り返しがつかなくなってからどんなに悔やんだって遅いのです。
   面子がどうのと思うなら、
   最初から自分たちの甲羅の大きさをわきまえて、
   図に乗った行動を取らないことです。

   ………何だか偉そうですいません。