Summer-Garden C
 

 

          
その4



 ミーティングでは、今日の午後のゲーム方式の練習で取り入れた、様々なフォーメイションの解説や、それらの長所・短所、攻略&克服法、応用などが説明された。アメリカン・フットボールというのは、体力や脚力・腕力、反射といった運動能力だけでなく、フィールド上でのゲーム展開の把握や先読み、相手の思惑への洞察などという"頭脳戦"も必要とされる、総合的なスポーツであるが、
「頼りになる監督や司令塔がいて、彼への信頼が厚いなら、作戦に盲従するも良しとされてはいるけれどな。」
 体力&能力、共に豊かで、判断力や機転に優れ、何でもこなせればそれに越したことはないけれど。一人の身に何でもかんでも備わっていなくても良い。専門能力が何か1つ、飛び抜けて長けていれば、それだけで十分頼れる戦力になる。ポジションの役割がしっかり分担されている、それがアメフトだと、
"蛭魔さんや栗田さんが言ってたんだっけ。"
 自分もこの脚を買われたのだし、ひょんなことから仲良くなった、気のいい"モン太"こと雷門太郎も、そのずば抜けたキャッチング能力を買われ、ワイドレシーバーとして大活躍しているレギュラーメンバー。戦歴を重ねる内、正式部員もどんどん増えて。それぞれに個性的な彼らと、チームワークは…培われているのかどうだか、今はまだ ちょこっと疑問だが。
(笑) それでもね、それぞれの能力が結集することで、一人一人では辿り着けないような高みへと、間違いなく到達出来るようになったのはやっぱり凄いことだと思う。そして最終目標は、
"クリスマスボウル…。"
 何と言っても全国大会の決勝戦だ。先々で実業団チームに入ろうとか、一生の仕事にしたいとか考えているような人が、その長い選手人生の中で見る分には、高校生という学生スポーツ時代に於ける単なる通過点…に過ぎないのかも知れないけれど。それにしたって、だからこそ…限られた期間にしか行けない、栄光のゴール。
"…頑張ろう。"
 うんうんとくっきり頷いてから、コーチのお話に聞き入るセナくんで。網戸越しの窓の外では、昼間の熱気を冷ますよに、高原の宵の夜陰の中を涼やかな風が吹き渡る。そんな涼しげな月夜へも…集中力を逸らさずに、青年たちは静かに静かに、内なる向上心のボルテージを上げているようであった。





            



 なかなかタメになるお勉強会が済んで、さて。片田舎の宿舎には、合宿という目的に必要なものは何でも揃っているのだが、合宿に必要のないものは…あれこれボコボコと足りてなかったりする。例えばテレビは、プレイの解析研究用のビデオにつないだモニター用のがミーティングルームにあるのみで、アンテナにちゃんと配線がつながっているものは、教官室や職員さんたちのお部屋にしかない。電話も型の古い公衆電話が2つほどロビーにあるだけで、携帯電話は…かける場所によってはしっかり圏外になってしまう山の中。
『あのメール、良く届きましたよね。』
『ああ、イントラ系みたいなもんだったからな。』
 トランシーバーのように間近な者同士ではつながるよう、特殊なアンテナキットを持って来ていた蛭魔であったらしい。
"…ボクのってPHSじゃなかった筈なんだけどな。"
 うんうん、不思議だねぇ。Morlin.にも詳しい理屈は良く分からないや。
こらこら 話を戻そう。コンビニには距離があるし、夜間の外出は当然不許可。施設内の自動販売機はスポーツドリンクだけ。という訳で、

  「病院じゃあるまいし、10時消灯って、信じられねぇって思ってたけど。」
  「することがないんじゃあなぁ。」

 諦めて翌日に備えた青年たちだったそうな。健全な合宿なんだねぇ。
(笑) それでも中には、コンビニのある辺りまで脱走し、やっと電波がつながったからと、彼女や友達とのダベリに精を出した強者つわものも何人か居たらしいが、まま、それはともかく。






  "…あやや。"


 今日は練習にも加わったので、結構身体も動かしたし、適度に疲れていた筈なのに。真夜中にポカリと目が覚めてしまったセナくんで。窓の外、きれいな月夜であることと、使われている棟の傍の常夜灯が点灯されているせいで、室内にはカーテンを透かしてのほのかな光が青く満ちている。高い天井の蛍光灯の脇には、小さな予備灯が灯っていて、それをぼんやりと見上げつつ、
"何で起きちゃったんだろう。"
 寝間着代わりのTシャツとトレパン。寝具はちょっとだけごわごわと堅くて、しんと静かな室内には、あとの二人の寝息がかすかに響くだけ。別に暑くて寝苦しいということもなく、妙に堅苦しい緊張とかいうプレッシャーも…アイシールド21にならなきゃなんないことへだけちょっとドキドキしてたけど、試合でもないのに進さんと本気でぶつかれたりして何か得したななんて思ってるくらいで、特にこだわってる何かとかはないのにね。
"合宿って初めてだけれど…。"
 修学旅行に似てるよなって、そう思った。朝起きたその時点でもう、友達がすぐ傍らにいる。家で起きて少しずつテンションを上げてくのと、ちょっとばかりペースの違う環境は、だけど何だか"楽しい"が根底にあるみたいでワクワクする。例えば、御馳走が出る訳じゃないけど皆で食べるご飯って何か楽しいし、大好きなアメフト三昧だし、それにそれに…。

  "………。/////"

 ちょっと探して見回せば、視野の中にあの人がいつもいる。自分は"主務"だからフィールドには入れないし、アイシールドをつけてユニフォームを着ても…同じグループではないから傍らには寄れず。シフト練習にて間近に向かい合えば、何者の突進をも防ぐ構えの騎士殿と…そんな彼からのタックルから逃れるために疾走する"光速の疾風"にならねばならない二人であって。そんな距離を空けて見やるお顔は、二人きりの時みたいな和んだ表情では さすがにないけれど、王城の学校ではああなのかなって思うと、それもまた新鮮で嬉しい発見だし。
"…うっと。"
 ふるる…と身が震えて、どうして目が覚めたのかがようやく分かった。
"トイレ…。"
 二段ベッドの下段。ベッドから浮かせた脚をくるっと回して床へと降ろし、よいしょっと立ち上がって、
"あ…と。"
 思い出したのが、

  『トイレでも用事でも、夜中に出歩く時は、俺か栗田に声かけな。いいな?』

 蛭魔さんが最初の日に言ってた一言。何かが出るから…なんて言い方してた蛭魔さんで、どこまでが本気なのかなって思っちゃった言いようだったけれど、
"でもなぁ。"
 トイレには消灯前にも何度か足を運んでる。ちょっとだけ距離があるけれど、部屋の前の廊下を真っ直ぐ行って、突き当たりを曲がったらすぐの分かりやすい場所なのだし、
"小学生じゃあるまいし。"
 このくらいのことで先輩さんたちをわざわざ起こすのも忍びない。蛭魔の言はきっと冗談だったのだろうと解釈し、少しぶかぶかなスリッパをぺたたんと履いて、そぉっとそぉっと出来るだけ静かに、廊下に出たセナであった。










 ………それからどのくらい経ったのか。

  "………ん。"

 何で目が覚めたのやら、こちらさんもすぐにはピンと来ず。二段ベッドの上段からは結構間近に灯された、予備灯の光をぼんやりと眺め、次にその視線を下へと降ろす。向かい側のベッドの下段はもぬけの空で、

  "…トイレか?"

 起こせって言ったのによと小さく舌打ち。だがまあ、今日の練習でもさほど奇矯な関心を持たれた"アイシールド21"ではなかったようだし、いつ部屋から出て来るのかも分からないタイミングを待っての"待ち伏せ"をわざわざ仕掛けるような物好きもいまいと、それほど逼迫したものは感じないまま、待つともなく帰還を待っていたのだが。

  "………遅い。"

 再びの睡魔が忍び寄る前に、それに気がついた。自分が起きてからにしても10分近く経っており、それでも戻って来ないというのは…訝しくはないか?

  "あんの糞チビが…。"




            



 トイレまで行ってみて、それから…素っ気なくも殺風景な、薄暗くて長いばかりな廊下の左右を見渡す。だが、そのどこにも目当ての少年の姿はなく。
"………。"
 額の端に長い指の先をちょいと当て、何かしら考えていたのも数刻。ザッと踵を返して、薄暗い廊下を一気に駆け抜ける。どういうコツがあるのか、スリッパ履きなのに足音は気配ほども立たず、やがて彼が辿り着いたのは元の部屋ではなくて…。
「おいっ。」
 ノックもなしの力任せにドアを開け、自分たちが使っているのと同じような間取りの室内へずかずかと踏み込むと、左右の二段ベッドをざっと見回した。
「…なに?」
 最初に掛けた声が遠慮のない大きさのそれだったせいでか、手前の下段に横になってた一人が目を覚まし、
「蛭魔?」
 薄暗い中、仁王立ちになっている青年の顔を見定めて、キョトンとして見せる。
「どしたの? こんな夜中に…。」
 こしこしと目許を擦る彼の向かい、もう一方のベッドのやはり下段でも、合宿中の仮の主が目を覚ましていて。

  「………。」

 そちらの彼と視線を合わせて、しばし睨み合っていた蛭魔だったのだが、何を読んだか悟ったか、
「邪魔したな。」
 これまた唐突に、踵を返して出て行くものだから、
「ちょ…待てって。」
 何だか様子が訝しいと、それぞれの寝床から身を起こして彼を追ったのが…桜庭と進である。



 こちらさん方もトレーニングウェアをパジャマ代わりにしていたらしく、起きたそのまま部屋から出て来ると、足早に戻りかけていた蛭魔の背に追いつき、
「どうしたんだよ、こんな時間に。」
 あらためて訊いてみる。消灯だなんだという堅苦しい決まり事、きっちり守らない彼であっても、それを"らしくない"とは思わないが
おいおい、棘々とした様子がどうにも取り留めなさ過ぎて。
「何かあったのか?」
 そうと訊いた桜庭の声に、廊下を急いでいた足を止め、
「何でもねぇよ。騒がせて悪かった。」
 振り向きもしないで言い放つ金髪頭へ、

   「小早川に何かあったのか?」

 こちらは…寝起きと思えないほどくっきりした低音が訊く。
「進?」
 どういうことサと眉を顰める桜庭だが、その向こう、そっぽを向いたままな背中は…。
「………。」
「何かあったのだな。」
 桜庭のように"何の話?"と問い返さず、何も言い返さないということが、そのまま肯定していることになろうと、進が言葉を重ねるのへ、
「…ああ。」
 気丈に張っていた肩をわずかに落として、蛭魔は小さな吐息をついた。
「いねぇんだよ。トイレに行ったかとも思ったが、戻って来ないしトイレにもいない。」
「それで、僕らのところへ来るとはね。」
 確かに知己ではあるものの、どういう"信頼"をされているやらと、やや呆れたようにこちらは肩を竦めた桜庭だったものの、

  「それって、迷子になっているのかも知れませんよ。」

 覚えのない"第4の声"が会話に挟まって来たため、その場にいた3人が揃ってギョッとした。声がした方を振り返れば、
「あ、すみません。僕も起こされてしまったものですから。」
 すらりと細身の青年、高見伊知郎が彼らの背後に立っていた。王城から選ばれた3人であり、部屋だって当然のことながら同じ。それで、先程の蛭魔の唐突な襲撃の勢いに、彼もまた叩き起こされてしまったのだろう。そんな彼が先程言いかけた一言、
「迷子って?」
 どこやらの樹海や魔界の廃屋じゃあるまいに。さすがに一般家屋よりは広かろうけれど、それでも高は知れている、こんな施設のその中で。高校生がそうそう"迷子"になるものだろうかと、怪訝そうな顔をして桜庭が訊き返すと、
「この宿舎の、特にデビルバッツの皆さんが割り当てられた一角は、改築に改築を重ねたややこしい作りになっているんですよ。」
 一番最初の一番古い基礎部分に、後から後から付け足された中での最も外側。そういう位置にあたるのだと、高見はさしてムキにもならず、淡々と説明してくれた。
「どこへ導くということを丸きり計算されてない迷宮も同然…ってことですからね。曲がり角を1本間違えただけで、とんでもないところに出かねない。しかも、使っていない古い通路や部屋なんかは老朽化が進んでいると聞きますから、床がデコボコになってたり扉が外れやすくなってたりと、相当に危険だと…。」
 明るい昼間なら自然光に満たされてますから、そういうところに迷い込んでもすぐに判って引き返せますが、ここいらは田舎ですからね。街灯がありませんから、陽が落ちれば漆を流したように暗くなる。そんな風に付け足した彼の言葉が消えぬうち、

  ――― ………っ!!

 一体何の気配を聞いたやら。最強最速のラインバッカーさんが、何かしらへの鋭い反応。顔を上げて宙空を見やったかと思ったその次の刹那には、それは唐突に床を蹴り、凄まじいまでのダッシュにて、暗い廊下を一気に駆け出している。
「あ、進っ。」
 一人での行動は二重遭難を招くからとか何とか。声を掛ける間もあらばこそという勢いのダッシュだったのへ呆気に取られ。それから、
「…海とか雪山での遭難救助とか、そういう仕事が天職なのかも知れんな、あいつ。」
 途方もない反応だったことへ感心したか呆れたか、ぽつりと呟いた蛭魔の傍ら、
「ダメだと思うよ。対象が一人限定の感度の高さだから。」
 桜庭が肩を竦めながら言い返し、それもそうかと揃って苦笑い。そして、
「で。何でまた、こういう顔触れでこういう話になっているんですか?」
 この場に残った中では唯一、事情というのか背景というのかが全く判っていない高見の素朴な質問へ、

  「あ、えと…。」
  「………。」

 二人は顔を見合わせると、何とも困ったというお顔になってしまったのであった。さあ頑張れ、口八丁っ。
こらこら



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 *こういうアクシデントもありだと思ったのですが。
  な、なんかいかにもというベタベタなネタでしょうかしらね。
  でもでも、セナくんて、方向音痴かもしれないと思ったです。
  だって、最初の試合にて、
  ゴールの方向、きっちり間違えてたじゃありませんか。(だから?)