Summer-Garden E
 

 

          
その6



 夜更けの迷子騒動から一夜が明けて。
「へぇ〜〜〜。そんなことがあったんだ。」
 騒ぎの最中はもとより、朝までぐっすりと眠り続けていた栗田さんが心からびっくりというお顔になったのへ、
「あったんだよっ!」
 呑気な奴だとプチっとばかり、切れかかった蛭魔だったが、まま、それはいつものこと。
(笑)  お騒がせした王城組の方々へ、セナくんがあらためてのお詫びをしてから、さて。

  「A班から40ヤード走の計測をする。
   終わり次第、サーキットトレーニングの"外回りセット"、
   それから"ラン&ダッシュ"へ進むように。」

 昨日のフォーメイション練習で組まれた班分けのままに、午前はまたまた基礎トレで過ごすらしい。いくら午前の涼しい時間帯だとはいえ、練習前のストレッチや軽いランニングにて体をほぐした時点で既に、最初の汗が…額や髪の中や、胸元、背中などなどに滲み出している。

  「今日も暑っつくなりそうだよな。」
  「ただ暑いだけじゃねぇさ。こうも野郎ばっかだと、暑苦しくて堪らん。」
  「言えてるな。女子マネくらい参加させて欲しかったよな。」
  「不祥事とか起きたら不味いからじゃねぇーの?」
  「信用ねぇのな、俺ら。」

 あっはっはっは…と軽く笑った彼らには、だが、さして逼迫した空気はない。そこはおサスガな"選ばれたスポーツマン"たちで、どんなに暑かろうと不快指数が少々高かろうと、動作は軽快だし言動にもだらだらとしたところはないし。それにそれに。何につけ、ムキになったり熱く語ったりするのは"ダサくてカッコ悪い"というのが、このくらいのお年頃には有りがちな"カッコつけ"であり、関心があることへも距離を置き、軽くあしらって余裕を見せるのが基本。アメフトにこの青春を投じて燃え尽きるぞ…とまで思っているような、今時にはアナクロな熱血少年たちではないんだよと、そんな素振りを見せ合って、そちらの話題こそ本意ではない"女の子"の話なぞ取り上げてみた"トレーニングに入るぞ"第一陣のA班の何人かさんたちだったのだが、

  「あの…。」

 あははと沸いたところへ、横手からのお声がかかった。あん?とそちらへ目をやれば、
「JさんとIさん、タイヤ飛びやスラロームの後はお膝のアイシングを忘れないようにって、Sコーチが仰有ってました。」
 随分と小柄な少年がそんな伝言を告げに来た。昨日の練習で少しばかりぶつけたのと、もう一人の方はどうやら古傷があるのらしくて、それで冷やすようにという指示をコーチさんから受けてわざわざ運んで来たのだろう。ご指名を受けた二人が、
「ああ。」
「分かった。ありがとな。」
 了解したよという軽い会釈を見せると、
「はいっ。」
 にこぉっと微笑って、計測班の集まっているところへと駆けてゆく。ふかふかの髪を撥ねさせて、たかたか軽快に戻ってゆく小さな後ろ姿が…何となく。

  「なんか、可愛くね?」
  「1年か? あれ。」
  「いや、2年だ。泥門デビルバッツの主務。」
  「あんだよ、お前。チェック入れてんのか?」
  「だってよ、デビルバッツつったら"アイシールド21"だしよ。」

 だからつい、注目していたらしきS君は、

    「でもさ、あの子…なんか可愛いんだよな。」

 ついつい………ポソッと。そんなことを呟いたものだから、途端に周囲がちょこっと引いた。
「おいおいおいおい。」
「しっかりしろや。ありゃ男だぞ?」
「お前、危ねくねぇ?」
 裏手で叩く真似をしての突っ込みを入れる者、芝居がかって"うわっ"と身を避けるポーズを取る者。果ては"ガッコに残して来た彼女が泣くぞ"と言い出す者も出て、いつから此処は出稼ぎ先になったのやら。
(笑) さすがにそこまで言われると、S君も"ば〜か、誤解すんなって"なんて笑い返したが、

  「だからよ。殺風景じゃないんだよ。あの子、見てっと。」

 話題の"その子"は、丁度今、すれ違いかかったホワイトナイツのアイドルさんに、ふわふわの髪をくしゃりなんて撫でてもらって。びっくりしたよに肩を窄
すぼめてから、顔を上げて"えへへ"と眩しげに微笑って見せたところ。上背もあってそれなりにしっかりした体つきではあるものの、どちらかと言えば"男臭さ"という要素の薄い、やさしい容姿をした桜庭春人と同じフレーム内に収まって、何ら遜色なく"愛らしいオーラ"を放っているその少年に、

  「………うん。」
  「殺風景、ではないな。」
  「っていうか、あそこだけ見てっと、背景にマーガレットとか浮かんで来そうだ。」
  「おお、さすがはK、花屋の息子。」
  「間違っても彼岸花とか鶏頭
ケイトウとか きんせんかとかじゃないよな。」こらこら
  「癒し系ってやつだよな。」

 何だか妙に納得したらしき困った人たちは…実は彼らだけではないらしい。





 そんな彼らの視線の先では。
「………進。」
「何だ。」
 軽い目礼という会釈をし合ってから、それぞれの目的地へと分かれたセナと桜庭たちだったのだが、
「何か不穏な空気を感じるんだがな。」
「気のせいだ。」
 人によっては涼しくなるか凍りつく系の視線なのだろうけれど、そんなもんで萎縮するようでは全国レベルのアイドルなんてやってられない。…とはいっても、何も感じない訳でなく。ちょろっとセナに構って見せただけで、無言のままに抗議の籠もった鋭い目線を、豪気にも"お徳用パック"にて送りまくる大人げない男に肩をすくめ、
"ホントはこういう奴だってこと、どのくらい認知されているやら。"
 面立ち、眼差し、機敏な動作、どこを取っても鋭角的で、尚且つ、寡黙なままにその毅然とした態度でもって孤高を保っていて。高校生離れした立派な体格と冷静さによって、荘厳な風格さえある青年であり、正に騎士のような…と評されている高校最強のラインバッカーさんは。此処でも相変わらず、誰からも…真面目でストイックで堅物で、融通が利かなさすぎて、いっそ恐持てのするイメージを抱
いだかれているのだが、
"一皮剥いたら、単なる"恋する青少年"なんだもんな。"
 それも、今時には珍しいくらいに純情で不器用で。これほど大人びた、いかにも余裕ある偉丈夫然とした外見を大きく裏切って、愛しい人の一挙手一投足から眸が離せなかったり、身動きが止まったり、ちょこっと大胆な発言へ頬を染めたりするものだから、
"今時、中学生でももっと発展してるっての。"
 お相手のセナの側が、可憐で大人しくて奥ゆかしくて…という、そういう子なのは判らんでもないけれど、お前までそんな純情でどうすんだと、最初のうちは面白がっていたものが、このところは歯痒い場合もあったりして。
"…まったく。"
 今回のこの合宿だって例外ではない。内弁慶にも身内である自分にばかり、八つ当たりだか焼きもちだか、こんな風な"敵意"の気配を向けて来ている彼だけれど、
「そういうことを心配するんなら、ボクより他にも気を回した方がいいと思うよ。」
 何につけ当事者の問題であって余計なお節介だと分かってはいるが、それでも…この大鈍の朴念仁はともかく、あの愛らしい少年には手助けしてやりたいものだからと、ついつい察しがよくて気づいてたこと、こちらのお兄さんへと忠告してやる。
「なに?」
 ああやっぱり気づいてなかったな、この鈍感男が…と、わざとらしく肩を落としてため息をつきつつ、
「だってさ、そういえば今の状況って、女人禁制、全寮制の男子校さながらなんだもの。あんな可愛い子、その気がない奴にだってオーラをまとって見えるのかもしんない。」
 そう。先程セナくんがトレーニングコーチからの伝言を持っていった先の一団のみならず。昨日辺りから、ちょこまかと駆け回る姿が何だか可愛らしい主務くんへ、知らず関心を寄せているらしき気配が幾たりか。
「…それは本当か。」
「ああ。ってか、ちゃんと気づけよ。」
 それでなくたって"アイシールド21"への伝言係だってことになってる子だし。ボクなんぞのちょっかいでもムカムカするほど、大事な大事なセナくんなんだろが、と。耳元にボソッと言い置いて、計測のスタート地点へと先に向かったアイドルさんを見送って。
「………。」
 何となく。セナが去って行った方を見やれば、

  「お〜い。ホイッスル、持って来たか?」
  「あ、此処にあります!」

 サーキットトレーニングのセットに組み込まれた運動への、色々な道具を準備していたマネージャーたちの中、呼ばれたセナがたかたかと向こうの方へ駆けてゆく小さな後ろ姿が視野の中、遠ざかって行くところ。そして、そんな彼の行方を追っている顔触れが、自分以外にも確かにいるのを確認し、
"………。"
 むうとばかり、唇を曲げてしまった、高校最強のラインバッカーさんである。







            ◇



 午後の練習は、一番暑い盛りを食休みに充てたその後となる。こういう合宿では体調管理もまた、必須であり優先されている項目だ。根気や集中力は確かに大切だが、何時間もぎゅうぎゅうと根性だけで頑張ったところで過重な負荷が乳酸となって溜まるだけ。それに"熱中症"という怖いものも近年のスポーツ世界ではきっちりと把握されているため、水分補給や休憩というインターバルも、キチンキチンとフォローされている。選手の皆さんが休んでいる間も、主務やマネージャー、トレーナー候補の面々には、事務処理や整体や何かの講習などがあったりするのだが、今日のところはそれもお休みで。その代わり、
「えと、じゃあボクは買い出しに行って来ます。」
 主務=雑用という訳では決してないのだが、消耗品の点検や補充というお仕事もチームのバックアップ担当である彼らには基本の努め。データ管理用のパソコンを扱うのが苦手だからと補習を受ける者、応急処置を教わった救護室の大掃除&晒布やバンテージ用包帯の洗濯を受け持つ者、そしてセナは…コンビニまでの消耗品の買い出しを仰せつかったらしくって。
「小早川、一人じゃあ無理だろう。」
 コンビニは結構遠いし、荷物も重いぞという、メモを渡しながらのコーチのお言葉が、たまたま事務室付近の廊下にいた、他の選手の皆様のお耳にも届いたらしく、

    「あ、そんじゃ、俺、ついてこうか?」
    「力仕事だったら任せときな、手伝うぜ?」
    「お前、コンビニまでの道、知ってんのかよ。」
    「自転車借りてきゃ、あっと言う間だ。さあ行こうぜっ。」
    「ここの自転車は1台しかねぇよ。」
    「あ、さては"二人乗り"狙ってやがるな。」

 何故だか…熱烈なまでの志願者続出で、わいのわいのとにぎやかしい。…皆さん、よほど"心のオアシス"が欲しいんだねぇ。一方で、

  「あ、あの…。」

 さあ、この中から誰をお供に選ぶ? という成り行きらしいとは判るものの、何でこういう運びになっているんだか、さっぱり判らず。詰め寄られ、圧倒された当のご本人が、薄い肩を窄
すぼめて後ずさるほどの勢いだったが、

  「行くぞ。」

 響きの良いお声ともに彼らの狭間を吹き抜けた一陣の疾風。そして、

  「…あれ?」
  「小早川くん?」

 気がつけば。彼らの前から、小さな少年の姿が見事なほどに掻き消えていたそうな。高雄のお山にはこんな不思議も多くてのう。
(おいおい/笑)




            ◇



 小さな主務くんをその頼もしき腕にひょいっとばかり、文字通り"小脇に抱えて"掻っ攫い、宿舎の奥向きの廊下から玄関口まで一気に駆け抜け、エントランス・ホールに辿り着いてからようやっと降ろしてくれたその人は、

  「進さん?」

 わざわざ言わんでも皆様にはお判りでしたよね?
(笑) 最愛の長身ラインバッカーさんは、けれど、目に見えての笑顔、こういう…人の目のあるところではあまり見せてはくれなくて。だから、少しばかり堅い、無表情なお顔なのにも不審はなかったけれど。
「休憩しなくても良いんですか?」
 先程“行くぞ”と声をかけたくらいだから、買出しに付き合ってくれるつもりの彼なのだろうが。インターバルや休憩もまた、身体を着実に練り上げる上で大切な"練習"の内だということくらい、進ほどのキャリアと理解をもつ者には重々分かっている筈なのに。こんな理屈に合わないこと、それも自分の体に響くことをわざわざやろうとするなんて、堅実な彼らしくない。それを案じての言葉をかけると、
「ああ。」
 お返事はたいそう短くて。
"………?"
 こんな愛想のないやりとりも、今のセナくんにとっては慣れちゃった部類の"いつものこと"である筈なのに。何でだろうか、素っ気ないというのとは違う感触の、ちょこっとばかり違和感がちらり。
"怒って…るっていうんじゃないみたいだけど。"
 むしろ、何かに安心したような気配でいるように感じることが出来る辺り、進さんの無表情を読ませればお母さんにも負けないぞというランクにまで達している、先々で恐るべき"お嫁様"だ。
こらこら 片や、
「???」
 何だか何だか訝
おかしいなと、小首を傾げている小さな恋人さんに構わぬ素振りで、
「これを。」
 自分が頑丈な進さんにしては気の利いたことに、前にだけ陽除け
バイザーのついたスポーツ用の帽子を持って来ていて。それを、有無をも言わせずという手早さで、セナくんの頭へとポソッとかぶせてやる。途端に、ふわっと匂ったのはお花の香り。
"あ、これって桜庭さんのだな。"
 変装用にと持ち歩いているのだろう。何かしら、整髪料だろうか甘い香りがしたことでその持ち主が判るだなんて。………あんた、いつぞや出て来たキングちゃんじゃないんだから。
(笑)
「………。」
 少しばかり大きめな帽子だったものだから、柔らかな猫っ毛がすっぽりと隠れてしまって。お顔の方も半分ほどつばの下へと隠れてしまって。
「あやや。」
 そんな深めのかぶり方を自分で直したセナくんの、案外とお帽子の似合う幼いお顔に、
「…。」
 進さん、不意を突かれたように見とれてから………小さく小さく笑って見せた。
「え? あのあの、どうしましたか?」
 何だか妙なかぶり方をしちゃったのだろうかと、帽子ごと頭を押さえて見せるセナに、
「いや…何でもないさ。」
 いつもの…二人きりの時にだけ見せる、ほこりとした笑い方。それだけ気持ちが落ち着いたということか。

  "…我を忘れるなんてな。"

 よその連中に取り囲まれていたセナを、助けるというよりも独占したくなって。気がついたら足を速めていて、我に返ったら…もうこのホールに辿り着いていた。後先のことも考えられず、大人げなくも強引な扱いをしてしまった自分。ついのこととはいえ、こんな突発的な行動は、全くもって自分らしくないし、現にセナ自身も戸惑っていた。感情に衝
き動かされての行動。誰にだってあることで、ある意味"自然な行動"でもある筈なのに、
"こんなことも起こり得るとはな。"
 セナを想うあまりに取りのぼせてしまい、無意識にこんな行動に走ってしまったとは…と、自然な行為だと理屈では判っていつつも、それが自分に起きたのが自分でも何だか可笑しく思えてしまって。
「???」
 依然として小首を傾げている愛らしい少年。鍛錬の成果か、多少は強か撓やかな身体になりつつあるものの、それでも。小さな身体の芯たる骨格は細く、幼
いとけない印象の体躯は、淡雪や質のいいスポンジケーキのように…抱きしめすぎると消えてしまうやもと思われるほど、どこまでもやわらかてく頼りなく。気遣いに慣れのない自分には、触れることさえ覚悟が要る存在だったのに…。誰にも何にも替え難い、切なくなるほど愛しい人。彼を想うという気持ちは、もはやここまで自分を就縛しているらしいと、甘い苦さに苦笑が止まらない進である。




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 *大変なのはセナくんだけにあらず。
  どうやら進さんもおかしかったようです。
  そりゃまあね。日頃は余裕でセナくんのこと独り占めできてますのに、
  こういう環境ではそうもいかない。
  可愛い恋人さんが、客観的に見ても可愛いのだということ、
  やっと自覚したようです、はいvv