Summer-Garden  FとGの間
 

 

          
幕間



 最近の携帯電話に"カメラ機能"がついているのはもはや当たり前の装備であり、今や動画を転送出来る"ムービー・メール"なんて標準装備、写真だって何万画素というデジカメ並みの高度解析画質で撮れるという。山間の合宿所は中継所やアンテナが近辺になかなかないがため、都市に向けての通話にはなかなか厳しいものがあるものの、写真撮影やらその記録やらというお遊び機能には支障もなく。………という訳で、

    「お、これってあの子か?」
    「そ。」
    「わわっ。何だよ、これ。シャツ脱ぎかけてんじゃん。」
    「着替えてたトコをちらっとね。も一歩ってトコでマシンガンに襲われたが。」
    「俺、昼寝の寝顔撮ったぜvv」
    「おおお。」
    「それ、コピーさせてくれよ。」

 大窓から…ポプラだろうか豊かな緑の茂った梢を揺らす大樹を望める食堂の隅にて。どこか こそこそと。額を寄せ合いながら、それぞれの携帯の画面を突き合わせている妙な一団があったりする。今は丁度、昼下がりの休憩タイム。気温も陽射しも最高のレベルに達する猛暑の時間帯を"食休み"とし、選手たちは談笑したり昼寝をしたりそれぞれ好きに過ごしている訳なのだが、
「おや?」
 本当に時々という間合いで"ちらり"とこっちに視線が飛んでくるが故に、割と のんびり屋さんの栗田さんでさえ気がついたらしく、
「………あれって、まさか。」
 その一団から栗田先輩が視線を転じた先、同じ長テーブルの斜めお向かいで、小さな肩を縮めて見せる小さなランニングバッカーさん…今は"主務"さんのお隣りから、
「うん。セナくんの隠し撮りらしいよ。」
 王城のアイドルさんが苦笑して見せ、当のご本人はというと、
「………。/////
 困惑顔で頬を真っ赤に染めている。自分に対する一部の方々からの関心というもの、いくら何でも合宿4日目ともなると、誰に言われずとも自分の体感にて気がついたセナであるらしく………他人には気を回すくせに自分のことへは案外と無頓着な子であることよ。
(笑) 小柄で愛らしい童顔という容姿であるのは確かだが、大人ばりに男臭くて体格もいい十代の少年たちがザラにいるのと同じ度合いで、まるで女の子のように頬も手足も するんとしていて骨張らない、優しげで小綺麗な男の子もまた、今時には特に珍しいものではなく。それだのに、あんなにもお熱を上げていようとは…よほどのこと"娯楽"や"憩い"のタネがほしい人たちであるらしく。
「不毛な奴らだ。」
 まったくである。どうやら連中へもマシンガンを繰り出したらしき蛭魔先輩が、半ば呆れて毒づいたのに重なって、

   ――― ばきっ☆

 ………なんか今、変な音がしませんでした?
「進、ボールペンへし折ったろ、今。」
 おおう。プラスチック軸のでも結構頑丈なものなのに、それを片手で握り折るかね、君は。
(苦笑) インクで手が汚れますようと、慌ててポケットティッシュを取り出したセナの甲斐甲斐しさに、こちらは柔らかく微笑って見せて、
「遠いとはいえ"従兄弟"みたいなもんですものね。」
 あああ、そう言えば。高見さんには"そういう"説明をしたんだっけ。無言のままに怒って見せた進の態度へ、
「ここは守ってあげなきゃいけないというところですか?」
 穏便な解釈のまま、そんな風に言う彼であり。それへと…桜庭くんが焦ったように相槌を打つ。
「そ、そうなんだよな。な? 進。」
「………。」
 こらこら、進さん。お返事は?
(笑)  ………冗談はともかく。泥門デビルバッツの皆さんと、王城ホワイトナイツの皆さんと。アイシールド21をそれとなく庇うよなお役目を果たしていたことや、例の迷子騒動やらの、余燼というのか何というのか。気がつけば…食事や休憩なんぞの時間、一緒にいることが多くなっていたりする。栗田と高見は微妙に認知度が違うままなのが、何とも"びみょー"な集まりであり会話になるのだが、まあそれは仕方がないとして。

  「ホント、あれって取り締まれないのかな。」

 芸能人だということで、しょっちゅう突きつけられてる桜庭くんが、肩をすくめて見せた。無作法にも鼻先に突きつけられて撮られるのだって気分のいいものではないのに、隠し撮りとはまた根の暗いことをと、他人事ながら不愉快でしようがない彼なのだろう。だが、
「残念ながら、犯罪じゃないそうだ。」
 溜息混じりに蛭魔が応じる。たとえ"カメラ"を向けられたのだとしても、個人で楽しむ分には、その行為を刑法では取り締まれないのだそうです。ただ、あまりにも無遠慮なことをされて途轍もない不快感を感じたということで、精神的な苦痛への賠償を"民事裁判"として告訴するのは可能かと。また、勝手に売買されたり、その素材を使って名誉を傷つけるような、若しくは不利益をこうむらせるようなことをされたなら、あるいは摘発&取り締まりの対象ともなり得るかも…ということだそうです。デジカメを持っていて…なら、そんな不躾なこと、誰も彼もがそうそうやんないかも知れないのでしょうが、携帯電話だとどうしてだか気安く撮ってしまうから不思議。(デジタル万引きというのもあるんですってね。立ち読み中の雑誌の情報を、携帯のカメラ機能で撮って、本自体は買わないという手合い。これも"情報の不法奪取"にあたるんですけどもね。)先進の機器にて誕生した新しい形の犯罪なので、法律の方が追いつけないのでしょうね。何たって、この今時に大正時代に作った法令を"それが法規だから"と通用させてるような案配ですからねぇ。しっかりして下さい、司法関係の方々。

   ………閑話休題
それはともかく

「しょうがねぇ奴らだな。」
 不快そうに目許を眇めたのは、長身痩躯にして金髪もド派手な、デビルバッツの主将さん。日頃から何につけ自信満々で、鋭利な迫力を帯びた細面
ほそおもての美麗なお顔をした人だが、ふと…そのお顔に随分と凶悪そうな色を載せて"くくっ"と笑うと、

   「ま。任せときな。」

 そうと言った蛭魔がテーブルの下から取り出したのは、そのまま…少し大きめの携帯電話のような、はたまたテレビかクーラーのリモコンのような大きさ・形の、小さなボタンが沢山並んだツールであり、
「お前らも携帯やらノートパソコンやらを今持ってんなら、こっちの袋に入れときな。」
 既に自分のを放り込んだ、重い生地のビジネスバッグをひょいと彼らの前へかざして見せる。…どっから出したんでしょうか、こんなもの。
「???」
 何が何やら、事情はよく分からないものの、言われるままに従った皆が電話を収め終えると、袋の口のファスナーを閉じて…。

   「そんじゃ行くかな。」

 鼻歌混じり、リモコンもどきのスイッチをパチパチっと幾つか入れた途端に。

  「…えっ!」「わわっ。」「何、なにっ?!」

 学校の設備で言うなら、一般教室よりは広くて講堂よりは狭いというところか。…却って分かりにくいですかね。
(笑) 大窓からふんだんに取り込まれた光が満ちていて明るい、結構大きな合宿所の食堂の。その高い天井に据えられた、施設用の長い蛍光灯たちが端から順に勢いよく"ぱぱん・ぱん…っ"とガラス管の部分を弾けさせてゆき、そこここで休憩していた選手たちがこの突発時にびっくりしたのは言うまでもなかったが、

  「えっ!」「おおっ?」「何だなんだ?」

 向こうの隅にて携帯電話の液晶画面をこそこそと覗き込んでいた面々からも、奇妙な声が上がり出す。
「…な、何をしたんです?」
 咄嗟に進さんがジャージの上着を頭からかぶせてくれたことで、細かいガラスの雨からは守られたセナくんが訊くと、
「ちょいと"ジャマー"を流してな。」
 飄々と応じる蛭魔さんだが、それって…。
「ジャミング(電波障害)させる電波?」
「…の、改良版だ。」
 波動を受けた蛍光管が吹っ飛ぶとは、ちょっとしたCBなどが発する違法電波なんぞとは規模や桁が違う、かなりの強力版であったらしい。人体への影響は出ないのだろうか。
う〜ん そして、
「おおおっ、メモリーがリセットされちまったっ!」
「あうう、アドレスが真っ白にっ!」
 なんだか…セナくんの隠し撮り画像もろとも、他のメモリーデータまでもが力技で抹消されてしまったらしく、

   ――― それって。

「…それって犯罪じゃないんでしょうか。」
 恐る恐る訊いたセナくんへ、
「生計が立たなくなるって程のもんじゃなかろう。」
 勝手はお互い様だ、気にしてんじゃねぇよと、カカカ…と笑って、席から立ち上がりがてら、こちらの携帯をそれぞれへ ぽぽいと返してくれた蛭魔である。

   「……………。」×@

 彼ほど豪気なことを言ってのけることが出来ない小市民たちとしては、

「今のは、内緒にしてよう。」
「…そですね。」
「僕たちは何にも見ませんでした。」
「うんうん。」

 まま、そういうところでしょうか。

  「???」

 一人だけ、この展開やら彼らの"見なかったことに"発言の意味が分かりかねてるお兄さんがいらしたが、
「心配要らないからね、セナくん。こいつには俺たちがゆっくりと説明しといてやるから。」
「そうですよ。進が機械に弱いのには、僕たちも慣れてますからね。」
「あ…はい。」

 それぞれなりの意味で"桁外れな人"がいる点が、特に似ている有力チームさんたちであることよ。これもまた、一種の"ハンデキャップ"なんでしょうかね?
(笑)






            ◇



 こういう合宿ともなると、タオルや下着、靴下の類の替え、1週間分をどっさり持って来る人はまずいまい。3日以上の逗留、ましてや若人たちの夏のスポーツ合宿だけに、汗だってたっぷりかくというもの。日に数枚は着替えて当然で、それを全部"持ち込み"で補うのは無理な相談。となると、途中で洗濯すればいいと思うのが普通の感覚だろう。さて、この合宿所では、個人、若しくは部屋毎にメッシュの洗濯袋が渡されてあり、そこに洗濯物を入れて指定の集荷場へ出しておけば、大型の洗濯機で袋ごとまとめて洗って乾燥させたものを、夕方には各部屋まで持って来てくれるという、なかなか気の利いたお世話つき。おしゃれな仕立てのものや特殊な機能を持った衣類ならともかくも、下着やTシャツ、タオルくらいならこういう扱いで十分なので、ほぼ全員がお世話になっているのだが、

  「…ありゃ?」

 帰って来た大袋、ベッドの上に開けて個人別の山に仕分けしていた、王城班、今日のお洗濯当番の桜庭くん。見覚えはあるがこの部屋の住人のものではないシャツが紛れ込んでいるのに気がついた。大方、袋のファスナーの隙間からこぼれ出たのを、適当に突っ込まれ直されたその結果が間違ってた…という手合いなのだろう。白地をベースに、浅い青のグラデーションになったムラ染めが、袖と身頃の裾に数センチほど入っているという、一見地味なのに凝った仕立ての木綿のTシャツ。
"………。"
 顔の前へと掲げるようにし、両肩の端を摘まんでピンと張ってみると、夏向きだからか自分でも着られそうなサイズだが、
"そんでもブカブカで泳いでたよな。"
 ホントの持ち主がこれを着ていた姿を思い出す。肩や胴回りへの数々の防具をフル装備していても、後ろ姿なぞはすっきりと細身で。あんなに痩せてて、だのにこんな激しいスポーツ続けてて、
"よくも怪我とかしないよな。"
 …というのを、本人に以前訊いたら、
『フィールドに立ってなくても、病院送りの怪我をするよな器用な奴には言われたかねぇな。』
 そんな手痛いことを容赦なく言い返されたっけ。さすがにグッサリ来たけど、
"…当時はね、まだまだ馴染んでくれてなかったから。"
 いかにも傲慢そうで威嚇的な態度のその裏返し、何だか妙に警戒心の強い人。生まれや育ちのせいではなくて、どうやら…先々での独り立ちを構えているがための予行演習。身軽に自由に気がねなく動くための土台作りとやらで、人とのしがらみをあんまり作らぬようにと、そんな風を装ってるらしき人。
"ホントは優しいくせにね。"
 とことん合理主義な振りをして…小さな後輩さんの懸命な頑張りに、幾らでも手を貸してやってる人なくせに。彼なりの計算でぎりぎりまで粘ってみて、それでも負けの決まった試合。それ以上の力を尽くす必要はなかろうとあっさり見切りかかってたその時に、

  『まだもう少し頑張ってみたいですって言ったら、
   帰りかかってたのやめて、戻って来てくれたんです。』

 昨年の春大会、王城との2回戦にて。時間も押しててもう勝てまいと見切った彼に、進との対峙があと少しで何とか出来そうだって おずおずとすがったら、もう勝てないゲームだけれど まあ良いか、踏ん張ってやろうかいと思い直してくれた人。瀬那くんからその話を聞いた時、ああやっぱりと、見込んでた通りな人だったのへ嬉しくなった反面、
"ちょっと妬けたよな、あれは。"
 夜中に迷子騒ぎを起こした翌日。二度と迷わないようにと、廊下に蛍光プレートを貼ってくれたのだとか。素っ気ない振りをしてホントは優しい人なんですよと、いつだって幸せそうなお顔になって、彼のこと話してくれるセナくんで。ちりっと苦い想いもしたの、思い出して"くふふvv"と苦笑していると、
「どうかしましたか?」
 そんな声が掛けられて。はっと我に返った彼を…シャツと向かい合って困ったり笑ったり、何を百面相しているのだろうかと、窓辺でノートパソコンと向かい合っていた高見くんが怪訝そうに見やっていたりする。
「あ、いや、あの。…あ、そうだ。このシャツ間違ってるんだ、うん。返してくるよ。」
 誰に対して言い訳してるやら。ややもすると不自然に言い立てながら立ち上がりかけ、二段ベッドの上段の縁でゴツンと頭をぶつけつつも…焦った様子のままにて、部屋からあたふたと出て行った長身のアイドルさんである。
「………。」
 不審な挙動の等身大見本のような様子でいたチームメイトを見送って、
「…疲れているんですかね。」
 そろそろ受験を考えねばならない時期だし、彼は芸能活動なんてものにも就いてる身。普通一般の学生以上に、複雑なところで何かと思うところもあるのだろうなと、銀縁メガネをちょいと直しつつ、高見くんは感慨深げな顔をしたのであった。………いやぁ、そんな殊勝なことで様子が訝
おかしい彼ではないと思いますけど。(笑)







「? なんだ?」
 その素性が特別極秘待遇になっているアイシールド21への配慮からか、他の代表たちと離れた部屋割りになっている泥門デビルバッツ班。その彼らのいる区画へとやって来た桜庭の向かっていた進行方向から、丁度蛭魔がやって来ていて。相手に気づいて怪訝そうに…それでもこの彼にしては珍しいくらいに"やんわり"という度合いにて、その細い眉を寄せて見せる。
「糞チビなら、トレーニングルームだぞ。」
「知ってるよ♪」
 今日は早めに終わった総合練習。だのに何かしら物足りなかったか、王城のラインバッカーさんが目配せ一つにて小さな彼を連れ出したのは、こちらもすぐ傍らで見ていた桜庭だったし。そんな"阿吽"のやりとりを、彼もまた傍らで見ていた蛭魔は、何をか思い出したらしくって。
「???」
 怪訝そうな顔になった桜庭へ、ダーク・プラチナの金色に脱色させた髪を派手に立たせたクォーターバックさんは、
「栗田が心配していてな。」
 くつくつと可笑しげに笑って見せる。選りにも選ってとっても怖がってた相手なのに。試合では真っ向からぶつかり合うポジションで、さんざん掴み掛かられ、投げ飛ばされてるセナなのにと。
「進に正体がバレたら苛められやしないかって、何だか落ち着かなくってな。」
 そんな心持ちの小さい男じゃないだろうと言ってはおいたが、あの威容で睨まれたら怖いだろうにと、栗田も彼なりに色々心配しているらしくって。そんなことはまずあり得ないと、彼ら二人の間柄を知っている者には、むしろ笑える杞憂だが………そうだね、今や彼こそが、一番中途半端な形にて事情を知っているが故、一番やきもきしちゃってる人なんだろね。そして、
"………vv"
 特別の秘密を共有している者同士だからだとはいえ、そんな他愛のないことを、屈託なく笑って話してくれる彼なのが…何だか嬉しい桜庭くんだったりする。この彼は本当に"強い人"だと思う。日頃から無茶苦茶で傲慢で強引で。その煽りからか、誰にも打ち解けないでいる。それでも平気だと高笑いする彼なのは、卑屈だったり頑なだったりするからではなく。そんなでいられる、そんな傲岸さを支えて余りある、強靭な自信を持っていて。それによって裏打ちされた、これもまたある意味で"堅実"な代物。周囲に逆らい、背を向けている訳でなく、むしろ果敢で挑発的でさえあるその強かさは、時に他者との迎合を求められ、本意からではないのに愛想笑いを張り付けなきゃならない"演技"を余儀なくされる場の多い自分には、羨ましいくらいな目映さや奔放さでもあって。
"傷つくどころか、笑い飛ばせるくらいだもんな。"
 たった一人でいる姿が、悄然とした"孤独"ではなく、悠然とした"孤高"である人。これまでにも"進清十郎"という、精悍にして剛の気に満ちた絶対の威容を持つが故の"孤高"な存在を間近に見て来たが、そんな彼とは全くタイプの違う、柔軟で強かな"撓やかな"強さを持つ存在。それがこの彼だと思えてやまない桜庭なのだ。
"じゃあ。この気持ちは…憧れなのかな。"
 自分でもまだ、その正体を分析し切れてはいないけれど、特別だと思った人の、そんな相手の側からも"特別視"されるのは素直に嬉しい。それでとますます関心は傾き、少しずつ物慣れてくれるのへ一喜一憂している自分を顧みては、可愛い奴だよなと苦笑する日々。今も、恐慌状態らしき栗田への苦笑という感情の共有に、何となくほこほこと浮かれてしまっていた桜庭だったが、

  「キングがな、お前に逢いたがっとったぞ。」

 不意にそんな話を振られて…さぁてと。いつぞやのお話を思い出してくださるとありがたい。この桜庭くんがお散歩を仰せつかっていた、小さなシェットランドシープドッグくん。赤い首輪のプレートには、どういうお名前が刻印されていたかしら?(…白々しいですかね/笑) それはともかく、
「?」
 相手は仔犬。いくら飼い主であれ、思うこと、そうまで限定的に分かるもんなんだろか。そんな思いから怪訝そうな顔をした桜庭だったのが通じたか、
「こないだお前が置いてったストラップがあっただろうが。」
「…ああ、あれね。」
 若手のアイドル系芸能人としてもぐんぐんと知名度を上げつつある桜庭であり、彼のネームロゴ入りのオリジナルグッズは、事務所が作っているオフィシャルものでさえ相当なプレミアがつくほど。そんな中の最新グッズであり、しかも試作モデルタイプなので非売品。ロゴの最後、ドットのところに小さなクリスタルを埋め込んだ代物で、
"置いてったんじゃなく、あげたのにな。"
 だというのにこんな反応。相変わらずのひねくれ者。それとも、もしかしたら鈍感なのかしら。まま、つれない人なのは今に始まったことでなし。負けてたまるかと頑張っての少しずつの接近へ、彼の側でもあまり警戒しなくなったればこそ、飼い犬の話なぞ振ってくれるようにもなったのだしと、あまり露骨にしょげたりはせずに聞いていると、
「あれを気に入ったらしくてな。離せの返せのと引っ張っても絶対に離さん。」
 楽しそうに"くくっ"と笑った端正な顔に、
「あ…。」
 ついつい見とれた。ちょいと見はキツい面立ちの彼だが、それは細部にわたって鋭利に整い過ぎているからだ。切れ長の目許は光彩が薄く、真っ直ぐ通った細い鼻梁や、肉薄の口唇に色白な肌…という、流麗繊細な造作の面差しに何と映えていることか。もともとからして色素が薄いらしき人物で、ダークプラチナっぽい髪の色も"もしかすると地のものかも…"なんて思ったほどだし、小顔なことや長い腕脚のバランスもどうかすると西欧人ぽくって。
"…でも。"
 ハーフでもクォーターでもないと、本人から聞いて知っているしvv
「ん?」
 急に ぽやんと反応がなくなった相手に、眉を顰めて怪訝そうな顔になる彼へ、
「あっとっ、その…。」
 慌てて我に返って、
「何だったらまた持ってくよ。」
 悪戯小僧に横取りされたストラップ。
「いいよ。そんな、幾つもあったってしょうがないんだし。」
 キングにあてがう分という言いようをする彼へ、
「違うって。今度のは、君の分。」
 にこにこと、全開の笑顔で言ってのける。

    「だってさ、返せって言って取り上げようとしたんでしょ?」
    「……………っ、あ。」

 いや、だから。…そうそう、あんな小さいもん、間違えて飲み込んじまったら危ないだろうがとか何とか。明らかに後から思いついたらしき弁解を並べる彼の、柄にない狼狽ぶりがまた嬉しくて、ついつい にこにこ笑顔にも加速がつく。我儘勝手で悪魔みたいで、我を通すためなら手段を選ばないとまで言われている彼だけど、強靭でパワフルなのは何も悪いことじゃない。それに、やりたい放題のその陰で、結構優しいのも判る人には判ってて。
「…てめ、何が可笑しいんだよっ!」
「あわわっ!」
 どこから出したか、いきなり構えられたマシンガンに、後ずさり半分、その場から逃げ出す。図に乗ってあんまり馴れ馴れしくも踏み込み過ぎてはダメなんだっけ。いけない、いけない、失敗したなと思いつつ。だが、その口許には愉しそうな笑みがこぼれている、アイドルさんだったりするのである。





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 *実は実は。
  この夏休み企画で書きたかったのが、こちらのお二人の進展振りでして。
  まだちょっとばかり、内緒になってる経緯があるこたあるんですが、
  そっちの方はまたおいおいと、ネ?
(笑)