Summer-Garden G
 

 

          
その8



 たった1週間の合宿は、今日を含めてあと2日を残すばかりとなった。都内の高校同士でありながらも、大会では対戦出来なかったチームの主力の方々の、それぞれ特徴のある腕前のほどというのに直に接することで、色々なタイプの選手がいるんだなぁというのが肌身で分かったし、こっちはあんまり嬉しくないことだけれど…アイシールド21への早変わりの方も、なかなか要領よく上手になれた。
"高校生の間は仕方がないか。"
 ややこしい状況下にあることへ、自分でも気がつかないままに抱えていたらしい憤懣というか不安というか。見抜いていた進さんについついそのまま打ち明けたことで、何だか気持ちが整理されたなと思う。結局のところ、自分の気持ち次第。勇気を出して…というのは口で言うほど簡単なことではなく、まだ少々尻込みの気持ちがあるのなら、当分はアイシールド21でいてもいいんじゃないか。後ろめたい気持ちが芽生えたのを良い兆候だと考えて、アイシールド21が誰なのかという形ではなく、小早川瀬那という"新人選手"としてフィールドに立つという形だって取れようし。進さんがそこまで具体的な助言をくれた訳ではないのだが、

  『小早川は嘘なんてついてはいない。誰よりもこの俺が知っていることだ。』

 他でもないあの人から、こんな風に言い切ってもらえたから もう良いやと、この件に関しては完全に吹っ切れた瀬那くんである。

  「ん〜〜〜〜っ。気持ち良いなぁ。」

 小さな手を黎明の青が瑞々しく満ちた空へと突き上げる。早朝のグラウンドに一人で出て来て、思い切り深呼吸。合宿も6日目に入り、明日の午後にはもう解散。そこでの"総仕上げ"ということなのか、今日は1日通してのフォーメイション練習になるとかで。あくまでも"主務"の小早川瀬那である間は、簡単な準備運動以外には加われない。そんなままで"アイシールド21"に早変わりして、本格的なシフト練習にいきなり参加するというのは…いくらなんでも体がついてゆかず危ないかもしれないから。先に軽く体慣らしの運動をしておこうと思っての早起きだったのだが、
「………え?」
 宿舎の方から出て来た人影があって、しかもこちらへと近づいてくる。試合用のフィールドラインがセッティングされた真ん中から少しばかり脇へ外れた、芝草のクッションが元気よく伸びている辺り。直に座るにはちょっと擽ったいけれど、ストレッチとかするには柔らかさが丁度いい場所で、
"あやや、選手じゃないボクがトレーニングしてちゃあいけないかも…。"
と、まずは焦りかけたものの、
"あ、でも。朝早くに体を動かすのって、主務やマネージャーさんでも訝
おかしいことじゃないかも…。"
 ランニングやストレッチには付き合ってるんだし…と思い直し。そしてそして。その人がこっちへ真っ直ぐ向かって来るのへ、視線を据え直して。
「???」
 ひょこりと小首を傾げたのも束の間、

   ――― え?

 大柄なその体格には、過ぎるほどの見覚えがある。力技が主体の格闘技系の体作りをしてはいないから、無駄に筋肉が盛り上がってはいないけれど。長い腕や脚とのバランスが絶妙に取れているせいで着痩せして見えるから、一見しただけではそれほど威圧感のある体つきには見えないけれど。精悍な男臭い面立ちがそれはよく映える、厚みのある胸板に、頼もしい肩や二の腕。少ぉし伸びて来た前髪が眸の前にかかるのを、首を一振りしてぷるんと振り払うその仕草が、実は実はセナくん、内緒で大好きだったりするその人が、ざくざくと軽い駆け足で近づいて来た。締まった長い脚を軽快に運んで、どんどんと近づいて来たトレーニングウェア姿のその人は、

   「…進さん?」

 今回のこの一連のお話の中、何度か描写したことですが、彼らがそれぞれに割り振られたお部屋は間近い"お隣りさん同士"ではない。よって、物音がしたから気がついた…とかいうパターンはまず有り得ない。それこそ同室の先輩さんたちをも起こさないようにと気を遣って、こそりと出て来たセナなのに。なんでまた、この…大好きな人ではあれどわざわざ誘ってもない進さんが、こんなところにタイミングよく来合わせたのか。キョトンとしている童顔の、その真ん中に並んでこちらを見やる大きな瞳に、彼の側でも…何を問われているのかは察しがついたか。小さく苦笑をし、
「目が覚めた。」
 あっさりと一言。
「え?え? だってまだ5時前ですよ?」
「日頃からもこのくらいには起きている。」
「……………え?」

  ………ということは。

 今朝はセナくんの方が先に来ていたが、昨日までは。進さんの方こそが、ほぼ毎日のようにここで自主トレをしていたということか。
「ありゃりゃ。/////
 何かちょっとだけ自惚れちゃったなと、セナくん、恥ずかしそうに頬を赤らめた。自分の姿を見かけてとか、気配を感じてとか、そういう要素があってのことかもなんてロマンチックなこと、ちょっとだけ思ったからで。
「えと…えっと…。/////
 ほんのり頬を染めたまま、ちょこっと俯いてしまったセナを見下ろしていた進さんは、くすんと微笑うと…眼下のふかふかな髪を大きな手でポンポンと軽く撫でてくれる。
「ふにゃ?」
 思わずのこと、反射的に顔を上げると、するりと小さな顎の下に進さんの手がすべり込む。
「うつむかない。」
「あ、はい。/////
 含羞
はにかんですぐに俯うつむく癖、進さんに言わせると"顔が見えなくなるから"と、いつもいつもこうやって直されてる。少し乾いた大きな手。片手でひょいって、まるでアメフトのボールを操るみたいに、セナの小さなお顔をあっさりと持ち上げてしまえる温かい手。得意なことへは機能的にてきぱき動いて様になる、大人みたいな頼もしい手。
"えと…。/////"
 顔を上げると、凛と真っ直ぐな眼差しが、それでも穏やかな色合いで迎えてくれる。愛想というものを知らない人だから、その無表情が何だか怖いって最初は思ってたけど。何て言うのかな。何かを探るみたいに…。いや、そうじゃない。何かを探すみたいに、射通すように、関心が涌いたもの、じっと見る人なんだなって気がついた。
"ボクのことも、知りたかったから、そやって見に来てたって言ってたもの。"
 瀬那に関心が涌いた自分の気持ちを、その対象であるセナ本人の中に見つけようとした人。
「…あの。」
 小さな声を発すると、
「此処へ来たのは、小早川がいるのが見えたから、だがな。」
 そうと言って、深色の瞳が優しく和む。
"…わあっvv"
 目撃してしまったこと、誰かに"聞いて聞いてよvv"って思っちゃうくらいに素敵な瞬間。真剣勝負の最中には、感情といった無駄なものは一切含ませない、無機質で鋭利な眸しか見せない人なのに。実はね、こんなにも温かいんだよっていう、穏やかで綺麗な眼差し。セナ一人しか、自分しか知らない、途轍もない"特別"だ。
"幸せだよな…。/////"
 こんなにも凄くってこんなにも大好きな人。そして、そんな人の側からも大切にされている至福。最初は畏怖から始まったけど、でもね。ただの頭数合わせなんかなって思ってた、どこか中途半端だったアメフトへの関わり合いを、一部の隙もない鉄壁みたいなこの人を何とか凌駕したいっていう、こっちから向かってくっていう積極的な気持ちへ塗り替えてくれた存在だったから。そう。今から思うに、フィールドの上では最初の出会いからこっちのずっと。そう簡単なことではないけれど、それでも。この"最強"と呼ばれる人に勝ちたいって立ち向かうんだって、それこそ昂然と顔を上げて、そんな果敢なことを思ってたセナだった。
"…進さんの方からも関心を持ってもらったのは、ビックリだったけど。"
 そんな大会が終わってから、セナの顔を見にとわざわざ泥門まで通って来た人。愛らしいとか可愛いとかいうのは、彼にしてみれば随分と曖昧な感覚であり、これまでそういう対象への関心なぞ、一度も抱いたことがなかったそうで。

  『だって考えてもご覧なさい。あんな大雑把な乱暴者よ?
   繊細なものとかデリケートなものなんて、
   接した片っ端から踏み潰すか握り潰してしまうってもんだわよ。』

 無愛想だから怖いばっかりだし…と、さすがは身内で遠慮のない たまきお姉さんがそんな風に言ってたほどで、
"ホントはやさしい人、だのにね。"
 くふふvvと微笑って…でも、そう言えば。時々は、言葉足らずなところも…なくはないかな?なんて思ったり、余裕が出来た最近になってやっと、ああ あの時のあの素っ気なさはそれでだったのかな?なんて思い当たることが1つ2つ…4つ5つくらいはあったりするのだが。
(笑) 今でこそ、随分と敏感に気を遣ってくれるようになった、そんな進さんには、小さくて愛らしいものが気になってしようがないなどという感情、誰かに言われても理解の外だったし、自分が抱えるだなんてそれこそ生まれて初めての代物だったのだとか。

  『姉さんの言いようではないが、下手に触ると壊してしまうからな。』

 それでついつい、可憐なものには近寄らぬようにしていたのかもしれないと、今や懐ろに掻い込んだりお膝に抱っこ出来るようになった、小さな恋人さんへ話してくれたことがある進さんで。今はもう平気でしょう?と訊くと、

  『小早川よりも可愛いというもの、そうそう ありはしなかろうに。』
  『………っ。//////////

 ………こういう台詞を、何の他意もなく何も意識もしないで言ってのけてしまうお兄さんな辺り、

  "………進さんて、結構"天然"かも?"

 それを選りにも選ってセナくんから言われていては世話はない。
(笑)
「どうした?」
 何やら沈思黙考状態に入りかかっていたセナへと、優しい声をかける人。
「あ、えと、何でもないですっ。」
 あはは…と少々乾いた笑いを見せてから、
「あの、何から始めます?」
 せっかくのいい朝だもの。そしてせっかくの二人きりだもの。さっそくトレーニングを始めましょうよと、嬉しくてしようがないですという笑顔にてお誘いの声を振ったセナくんに、
"………まあ、誤魔化されてもいいかな。"
 おやおや、そんなことにまで察しがつくようになったんですか? 大きなのっぽのラインバッカーさん、大きな手でセナのやわらかな髪をくしゃりと掻き混ぜて、それじゃあまずはストレッチからと、いつもの基礎運動から入ることにした。






            ◇



 体をほぐし終えて、ジョギングへと移った彼らだと察し、どういうコース取りになるかを見定めてから、彼らに見つからないようにと宿舎の陰に身を寄せた見物人が…約2名。
「…仲が良いよね、相変わらず。」
 見かけそのまんまな進はともかくセナくんも結構タフだよねと、にこにこと爽やかに笑った誰かさんの声に、
「あいつらの勝手ではあるがな。場所をわきまえてほしい。」
 ったくバカみたいに早起きしやがってよと、こちらさんは不機嫌そうな、ちょっとばかり"もの申したい"という声音が応じた。
「学校の近所だの自宅周辺だの、どういう格の人間なのか正確な把握をされとらんままのテリトリーでなら、いちゃつこうが何しようが構わんが、奴らを名前も肩書きもしっかり知ってる面子ばかりが揃っとる場所で、人の目を気にせんのは問題があるっての。」
「…ふ〜ん。」
「何だよ。その"…ふ〜ん"ってのはよ。」
「お堅いことを言うんだなって。」
 あの二人の"お付き合い"を、安心してでも、若しくは…どうでも良いよ関係ないしという方向ででも、すっかりと手放しで容認しているもんだと思っていたから、この言いようには意外性を感じた桜庭であったらしいが、
「お前んトコの朴念仁だか"大魔神"だかが、誰ぞに何言われようと知ったこっちゃないがな。ウチの糞チビが巻き添えで"渦中の人"んなって、こっちの周囲までが喧しくなるのは かなわんのだ。」
 それでの"お目付役"にと、こんな朝っぱらからこそこそ出て来た主務さんの後を追って来た、金髪のお姑様…もとえ、主将様であるらしく、
「高見は適当に誤魔化せたが、そうそう同じ手で上手くいくとは限らんだろうが。」
「…まあね。」
 いくら"口八丁"でも、さすがに限度というものがあるらしい。
「でもまあ、ややこしいながらも何か楽しかったじゃないか♪」
 こんなややこしい合宿なんて、もう経験しようがないんじゃないのかな? そう言ってにっこり笑ったアイドルさんだ。あと二日を切ったお初の都代表合宿。恐らく昨年かそれよりも前に計画された名残りなのだろう。三年生の自分たちはこのまま引退する身だから、本来なら呼ばれるのは筋違いだったのであり、
「進学するにせよ就職にせよ、同じ顔触れ同士で"先輩・後輩"になるとは限らない。瀬那くんだってあれほど自信がついたんだから、高校を最初で最後にアイシールドはもう外しちゃうんだろうしさ。」
 次に来
きたるべき秋大会からは、すっかりとこちらからの手が離れてしまう後輩さん。やっぱり弱小寄せ集めチームに終わるのかと苛立ってた視野に飛び込んで来た、途轍もない韋駄天のいじめられっ子。及び腰で逃げ腰の根性なしは、だが。その性根の部分に、指導者の腕前と伸ばしよう如何で…実は幾らでも艱難辛苦に立ち向かえる"やる気"を山ほど蓄えていて。ほんの数週間もかからずに、蛭魔の無謀な野望を実現可能な展望ビジョンにしてしまった、正に救世主のような存在だった。それに加えて、

  『抜けそう かもしれないんです。もう少しで…。』

 何につけドライで執着薄く、その偏りを一気に寄せるほど唯一熱中しているアメフトへでさえ、ぎりぎりの譲歩をしつつもやはり計算高くかかっていて割り切っていたつもりだったのに。そんな自分がまんまと煽られようとはと、苦笑が絶えなかった頑張り屋で。
"こっちが引き摺り込んだつもりだったのにな。"
 それも"健脚"というパーツだけを見込んで。だのに、気がつけば。自分よりももっと深く突っ込んだ部分への熱をその身に孕んでいた小さな後輩さん。試合上(カウント)では負けたって、内容的なところで…あの高校最強に勝ちたいと、鉄壁の守りをこじ開けたいと。あんな間近にて意気軒昂なところ、見せてくれた相手なんて、今までそうはいなかったから。
"…ダセェっての。"
 ついつい苦笑がこぼれてしまい、
「???」
 傍らにいた背の高いアイドルさんから首を傾げられてしまったが。なんだ、と、キツい眼差しで見返すと、くすくすと穏やかそうに微笑い返されて、
「ねえ、僕らも加わらない?」
 あれにと、フィールド周りを駆けている二人へ指を差して見せる。それへと、やや乱暴に"ケッ"と息をつき、
「あいつらは常人とは運動容量が違うんだよ。」
 どうせ今日は一日中フォーメイションやシフト中心の練習になる。午後からはフィールド2面をフルに使って、試合形式で一度に4班全部を対戦させると聞いてもいる。だというのに余計な消耗をするつもりはねぇよと、わざとらしくも大欠伸。素っ気ない冷然とした態度、それこそが地の顔だと晒して臆さない青年だけれど、
"…でも、心配は心配だったと。"
 可愛い後輩さんがややこしい災難に巻き込まれないように。…彼に関わったことでもう既に色々と巻き込まれているのでは?という外野からの声はともかく
(笑)、せめて自分の目が届く範囲内では出来る限りの助力やフォローをしてやりたいからと、こんな早朝の自主トレにもきっちり付き合う過保護ぶり。
"言わなくても態度が物語ってるっての。"
 ホントは優しいくせにと、全国の何百万人という単位で妙齢のご婦人たちを魅了しているアイドルさんの端正なお顔が、それはそれは自然な笑みにほころんだ。一昨日、結局はマシンガンで追いかけられて、渡し損ねた白Tシャツ。食堂で会ったセナ経由で渡してもらったそれを、今、目の前の彼が着ているのが、ただそれだけのことが何だか ほわわんと嬉しい。警戒心の強い…ちょっとばかり引用がずれるが"油断も隙もない人"な筈が、自分には無防備な横顔とか見せてくれるようになったのも、これまた途轍もなく嬉しいし。絶対に人には慣れない気位の高い生き物をここまで懐かせたというような、自慢して回りたくなるような擽ったい喜びと、
"いやいやそんな勿体ないことを。"
 そんな誉れもどれほどものか。世界中の誰にも内緒と、そのくらい希少で特別な、大切な幸せなんだから。ただ一人、この胸の裡
うちでだけ、じんわり噛みしめてたい嬉しさと。これこそがホントの恋なんだろうななんて、こちらさんも何だかロマンチックなこと、思ってらっしゃる様子である。

  「それにしても。」

 見回したグラウンド。少しずつながら、次の利用者を受け入れる準備が進められているらしくて、
「次ってサッカーなんだ。」
 グラウンドの端、フェンス際へと寄せられてあったサッカー用のゴール。フィールドの両サイドへ設置しやすいようにだろう、カバーを取り払い、少しばかり内側へと寄せかけられてある。まだネットは張られていないが、早手回しだなと見やった桜庭であり、
「インターハイ直前だってのに合宿か?」
「調整を兼ねた合宿なんだよ、きっと。」
 ちなみに。サッカーの全国大会は、高校生のインターハイのほか、小学生のも中学生のも確か夏休み中の八月に開催される。野球のように攻守が入れ替わるからダッグアウトで多少は涼めるというようなスポーツでなし、こんな暑い時期になんでまたと気の毒に思ったもんである。(昔 はまってたジャンルだけに、妙に詳しい筆者だったりする。/笑) …閑話休題
それはさておき
「そろそろ呼び戻した方がよくないかな。」
 何だかんだと言いつつ眺めていたトレーニングも、小一時間を過ぎるとジョギングから簡単な"当たり"の稽古もどきに移っていて。お相撲の仕切りよろしく、若しくは陸上短距離走のクラウチングスタートのように、セットアップの態勢にて向かい合い、
「ハットっ!」
 先にロケットスタートで駆け出すセナが、左右のサイド、若しくはスピンを活かした至近を擦り抜けて行こうとするのを、進の側がとりあえず捕まえるという形の代物で、お互い…特にセナの側が防具をつけていないので危険なため、服を引いて足を留めたり、抱き込むように捕まえるのが原則で、力任せに掴み掛かるとか叩き伏せるというのは一切無し。早い話が、相手にタッチするのをタックルの代わりにする"タッチフット"のようなものだが、触れるだけなら"鬼神の槍
スピア・タックル"の名手には容易たやすすぎるので。せめて進軍不可能にするというのを限度にしたところ、やたらとがっちり抱きとめるばかりの"お熱い"練習になって…いるかと思いきや。おいおい ボールは使わないせいでか、セナの切り返しカットや躱し方・逃げ方が段々と尋常ではなくなっているらしく。
「あ、こら。」
 進が伸ばした腕を擦り抜け、フィールドに手をついて前方転回、トンボを切るに至っては、
「それはその位置でダウンしたと見なされるぞ。」
「あ、そうですね。/////
 いけない、いけないと苦笑する少年へ、

  「……………。」×2

 こちらのお二人さんも何だか唖然としてしまう。
「…セナくんて、運動神経いいんだねぇ。」
 出来るだけ遠慮して言った桜庭に、返す言葉も出なかった蛭魔が思ったのが、
"ホンっトに、他の部に先取りされんで良かったよなぁ。"
 まったくである。体操部とか野球部とかなら重宝がられたぞ、あの素質。ともあれ、そんなとんでもない練習風景を人目に晒すのは確かに不味かろう。
「お〜〜〜い。」
 軽い速足で駆け寄るようにグラウンドへと出て行きがてら、彼らに声を駆ける桜庭であり、こちらも…隠れているこたないかと遅ればせながらその後に続く。
「そろそろ上がりなよ。皆が起き出す時間だから…。」
 大きく手を振る大きな背中。手入れの良い髪がさらさらと朝の風になぶられている。どんなにすげなくあしらっても、人懐っこい笑顔を絶やさずに、やさしい眼差しを真っ直ぐ向けてくれる優しい青年。演技や愛想笑いが基本という"芸能界"なんてところで、如才なく盛り上がってるような奴なんだからと、何を言われても懐かれても鵜呑みにしちゃあいけないと、常人以上に警戒して来たつもりなのに。気がつけば、
『キングっていうんだ。可愛いなぁ。』
 嘘のない笑顔なんだって判って来て。何より…そうだったってことに安堵している自分がいて。
"やっぱ修行が足りないのかねぇ。"
 やれやれと溜息をつき、セットが不完全なのか、ちょいと勢いのない立ち方の髪をごしごしと掻き回す。そんな彼らの方へ、
「え? ………あ、蛭魔さんっ。」
 あやや、またまた黙ってお部屋を抜け出しちゃった、叱られるようとでも思ったか、小さなランニングバッカーさんが慌ててぱたぱたと駆けて来る。無理から引き摺り込んで、さんざん怖がらせて、言うこと聞くように引っ張り回した相手だというのに、
"…あんなに嬉しそうな顔して駆けて来んだもんな。"
 まったく、人の良い奴らばっかだよなと、小さく苦笑をした自分の傍らまであっと言う間に駆けて来て、
「あ、あのあの…。」
 幼いお顔が少しばかり逼迫しながら、何か言い訳しかかったその間合い。

   ――― ………っ!?

 何かが。物凄く圧迫感のある何物かが、有無をも言わせぬ勢いで一直線にこちらへと突っ込んで来る気配がした。直接的に身に迫る危機への鋭敏な感覚が、久々にざわりと立ち上がる。一瞬、その気配のやって来る方へと肩越しに視線を投げてから、

  「っ! セナっ!」

 すぐ前に立った小さな体に掴みかかり、試合中のタックルよろしく、その場に突き飛ばしてすっ転がした。
「………え?」
 一体何が起こったのだろうかと、日頃からも大きな瞳をますます大きく見開いた後輩さん。
「ごめんな。」
 懐ろに抱えて………あれ? 俺、なんでこいつに謝ってんだろ。そうと思った次の瞬間。


   ――― がつんっ・と。


 そのまま頭ごと意識を持ってかれるような衝撃が、まさに不意打ちというタイミングで襲って来て………………。



   「………さんっ? 蛭魔さんっ!」


 聞き馴れてたはずの声、妙にたわんで聞こえて…途切れた。





 


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 *最後の最後に事件発生でございます。
  こんなやましい事を構えていたせいでしょうか、
  夏風邪を拾ってしまった筆者ではございますが、
  何とか頑張って仕上げますので、どうか少々お待ちのほどを…。