浴 衣 C
 

 
          



 参道を上り詰めようかというほど上まで来たものの、花火がそろそろ始まるのか、人の流れがゆるゆると止まってしまった。見晴らしの良い穴場は既に埋まっているのだろうし、それに近い辺りへ我も我もと殺到しないよう、世話役のリボンをつけたお揃いの浴衣やハッピを着た大人の人があちこちに立って、団扇を降ったり、光の出る警棒で引き留めたりして、参拝客たちの流れを制御している。そんな状況に気づいて、
"これはしまったな。"
 進は少々目許を眇めた。上背のある自分は良いが、小さなセナにこの雑踏は窮屈で息苦しいだろう。それに肝心な花火が見えないかも。とはいえ、こんな場でいつぞやのように子供抱きに抱き上げるのは、回りにも迷惑かもしれないし、本人も恥ずかしがるに違いなく。慣れない者には判りにくいが、そんなような心情を乗せた“困った”という顔になった進だと気づいてか、
「…?」
 傍らに寄っていた愛しい人は、何とも愛らしく小首を傾げて見せるばかり。
"う〜ん。"
 どうしたものかと辺りを見回していると、そんな彼の浴衣の袖を引く者がある。んん?とそちらを見やれば、この混雑の中でよくぞ見つけた…そういえば“歩くランドマーク”だったわね。
(笑) 姉のたまきがすぐ傍らへと寄っていて、
「こっち。いらっしゃいな。」
 既に先にセナの手を取っていて、ごめんなさい、すみませんと言いながら…それでも出来るだけ無理しないで通れそうな隙間をついて、人の流れの中を大きく横切って行く彼女であり、
「あ、痛っ。」
 時々、慣れない下駄でつまづきかかるらしく、声を上げかかるセナの、癖のある髪が撥ねた頭を見失わないように。後から追従した進は、やがてポカリと抜け出た場所が、社務所脇に植えられた木立ちの縁であることに気がついた。木と木の間に滑り込む格好で人込みからスポンと抜け出した彼らであり、
「ほら、こっちいらっしゃい。」
 そのまま、社務所に沿って足を運ぶ彼女に、
"ああ、そうか。"
 進もようやっと彼女が向かう先がどこなのかへ察しがいった。人込みを抜けたからと、たまきに手を離してもらったらしいセナが、時折奇妙な足取りになるのに気がついて、
「え? あ。」
 ひょいっと。背中から回された腕が細い胴を抱き込んで、続けて浴衣の裾ごと、こちらは易々と膝をまとめて抱えられ。あっと言う間に…頼もしい胸板の前へと抱えられてしまったセナである。
「あらまあ。」
 タックル成功ってトコかしらねと、肩越しに見ていた たまきが"くすすvv"と笑い、
「もうすぐよ。世話役の身内ならではの特権の"特等席"vv」
 ちょっと意外ながら…こちらさんも清十郎さんと同様、和装には慣れているらしき軽快な足さばきにて、月明かりが椿の葉を照らして目映い小道、彼ら二人を先導してくれたお姉様なのだった。






 ほどなくして辿り着いたのは、所謂"関係者以外は立ち入り禁止"地域。社務所の奥向き、神社の祭事に使うものを収めておく倉庫の傍らの、石垣になった土手の縁。もっと奥まればそれなりに聳える石垣らしいが、ここは取っ掛かりだからさして高さはなくて、短い石段を数段ほど登って、
「ほら。」
 進さんに軽々と抱えられたそのまま、ひょいっとその縁に載せられると丁度ベンチの代わりになる。辺りには人影もなく、縁日のざわめきが遠くに聞こえるのが却って静かで、しかもしかも、


  「向こうだ。」

  「あ…。」


 進さんが指差した先、いよいよ揚がり始めた隣り町の花火が真正面に大きく望める、正に穴場中の穴場であろう場所だった。
「ホントだったら、こんな晩じゃなくても入って来ちゃいけないところなんだけれどもね。」
 たまきは"くすす"と楽しそうに笑って見せ、
「小さい頃にお爺ちゃんを迎えに来がてら、此処でよく遊んだの。」
 だから知ってた場所であり、見とがめられたとしても"まあ師匠の家の子だからな"と、木々やら道やら荒らすこともなかろうからと、大目に見てもらえる肩書きを持つ身の姉弟であるのだとかで。
「はい、これ。」
 二人それぞれへ冷たい麦茶のペットボトルを差し出すと、
「あたしは社務所にいるからね。」
 何かあったら呼びに来なさいと、保護者ぶって言い置いてから、くるりと背を向け、去ってゆく。
「え?」
 短めのポニーテイルに結った髪を撥ねさせながら、足早に遠ざかってゆく細い背中を見送って。お姉さんはここで観てかないのかなぁ。そんな風に感じたセナだと気づいたのだろう。
「社務所からでも同じくらいによく見える。」
 自分は片手を掛けただけで、あっと言う間にその重々しい体を浮かせてしまい、お隣りへと易々と乗り上がって来た進がそうと告げ、
「しかも、畳の上だし、薮蚊も此処よりはマシだからな。」
「………☆」
 ああ、成程。納得したところで、再びの音。最初のはこれから始まるよという"時告げ"の花火だったらしく、今度のからは立て続けに"ぽぽん・ぽん…"と連続して、赤や青、黄色の、綺羅々々しい火線の華たちが空高く咲き乱れる。
「わぁ…。」
 肌を叩くような打ち上げと炸裂の音、そして頭上に広く開けた漆黒の夜空に、鮮やかに開いては消える、様々な光のイリュージョン。一般的なスターマインの他にも、しゅるしゅると昇っていった光の尾が、パンと弾けて分かれた後に、今度は放物線を描いて幾条も下へとしだれるようなものや、土星とそれへ掛かる輪のように、種類の違う輪が重なって弾けるもの。夜空に広くキラキラと、金粉を蒔いたような光の散り方をするもの。その光粉が消えかかったと思ったら、別の色へさぁっと塗りかわるものなど、様々な種類のものが取り揃えられている。ここより離れたところで見物している人々の歓声も聞こえて、新しいものが揚がるごとに"おお〜"と新たに立ち上がる声が揃っているのが、それもまた何だか楽しいBGM。
「綺麗だな〜。」
 ずっとずっと上を向いたまま、薄く開いた口許をほころばせ、柔らかな頬に満面の笑みを浮かべて、心から嬉しそうにはしゃぐセナを見ていると、相変わらずの無表情なので…ちょっと見にはそうとは分かりにくいかもしれないが、こちらまでもが嬉しくなる進であり。この何年かはただの風物詩。揚がる物音や花火自体を見たとても、
『ああ、今夜がそうだったな』
 せいぜいそんな感慨しか沸かなかったものが、今は随分と心が浮き立っているのが自分でも判る。この子をこんなにも喜ばせている花火に、招いて良かったなと、心から思う。花火そのものよりも、誰かと一緒に観ること、誰かと一緒に楽しく過ごす時間だから楽しい。
「あや…。」
 花火に気を取られて注意がおろそかになっていたか、セナの手元からペットボトルが落ち掛かる。それを受け止めてくれた進と視線が合って、
「あ…。」
 何かに気づいて大きな瞳が小さく瞬いた。どうした?と目顔で訊くと、
「進さんの眸にも花火が映ってます。」
 こまやかな光がではなくて、色合いが一瞬映り込むのをこんなにも間近で目撃したのが嬉しかったらしくって。ふわっと微笑って見せた笑みが…それは幼
いとけなくも愛らしかったものだから。

  「あ…。」

 懐ろへと引き寄せた小さな肩。こちらからの視線に射貫かれたように、少しばかり見開かれていたセナの瞳にも、青から緑へ光の色が変わった瞬間の華火線が映って見えて…。

  「ん…。」

 次に見上げた夜空には、全く別な色と形の光の華が、大きく大きく開いていたのを。…ぽそんと、力なく凭れて来た小さな温みを懐ろに、おとがいの線もあらわになるほど顔を上げて眺めやった進であったりした。………………やりましたね、あんたたち。
(笑)







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 *コメント書くの忘れてたりして。
  まあね、この展開だったんで、敢えて何か言う事もなかったということで。
  …おいおい。
(苦笑)