Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
BMP7314.gif 昨日のボクから、明日のキミへ A BMP7314.gif
 


          




「そういえば、子供に戻っちゃう唄を歌う海賊がいたわよね。」
 あああ、お懐かしいっ。このサイトの開設第一作目にあたるお話、あの『子戻り唄』ですね。頭目の唄を聴いて全員が子供に戻ってしまったけれど、確か、クシャミをすれば解ける魔力だったと聞いて、サンジさんが頑張ってくれたんだったような。
「ああ、そいつなら私も知ってるわ。確かとっくに海軍に捕まったって聞いているけれど。」
 ロビンが言うには、あまり人が立ち入らないような土地に万全の防音対策をとって設けたところの、歌う気力さえ涌かない、海楼石まるけな監獄に隔離状態で放り込まれているそうである。
「奴の敵討ちなんかじゃあないってのは分かってるんだけど…。」
 こんな不可思議なこと、そうそう信じられないし、参考になる事例も思い浮かばない。それで"そういえば…"と思い出したナミだったらしく、こんな緊急事態にそんな暢気なものを持ち出したのは、
「ホンットに害はないの? ねえ、チョッパー。ロビン。」
 医務室のベッド脇、自分と同じくらいのおチビさんになったルフィの容体を診ていた船医さんと、傍らの壁に凭れている考古学者さんが、二人揃って問題の薬品に覚えがあると言い出したからだ。
「ええ。マコモドリ・パイカルって言ってね、随分と古い錬金術法の中で生まれた薬なんだけれど、効果が鮮やかに出る割に余りにお粗末な代物だったものだから、あっと言う間に製造禁止、取引もご法度となった、その筋では有名なインチキ薬なの。」
 それが紛れもない真実事実であるのではあろうが。
「…インチキ薬ねぇ。」
「うう"う"…。」
 そんなものに手を出した人間がすぐ傍らにいるのに…相変わらず情け容赦のないお言いよう。項垂れてしまったウソップだったが、大事に至らないなら重畳だろうがと、その肩をポンポンと叩いてやって、
「で。一体どういう薬なんだ、そりゃあ。」
 サンジが訊いたのへは、チョッパーが答える。
「見ての通り、飲んだ人が若返ってしまう薬だよ。10年くらいかな、体組織に直接染み込んで、今風に言えばDNA、細胞の中の記憶のログを"後辿り"して若い頃のその人の体に構造ごと作り変えてしまうんだ。」
 ぶかぶかになってしまった服は用を足さないからと、ゾロの白シャツの替えを寝間着代わりに着替えさせられ、依然として"くうくう"と眠り続けているルフィ。もともとからして童顔だったが、それがますます幼くなったものだから、

  "………可愛いvv"

 クルーたちのほぼ全員が…堅実どころ二人からの"案ずることはない"という太鼓判のせいもあってだが…そんなお暢気な感慨を浮かべるほどに、愛らしい存在と変わり果ててしまっている。
"…いやいや、それはともかくだ。"
 そういう"場の空気"を、だが、頑張って力任せに"ぐぐっ"と脇へ押しやって、
「安全だってのは専門家のチョッパーが言うんだからまあ信じるとして、じゃあ、この後だ。」
 そうと訊いたのは、戸口近くの壁に凭れて、胸高に腕を組んでいたゾロである。一番言葉少なになって、一番衝撃を受けていたくせに、今は一番冷静な彼であり、

  「こいつはこのままなのか?」

 一番肝心なポイントを訊いてくる。確かに…これまでだって子供のように無邪気で破茶目茶、どんぶり勘定のいい加減だったり、なるようになるサという楽観的なところが過ぎたりした船長さんではあったけれど、ここ一番というところは意外なほどにしっかりしていた。海に生きる男として、野望を追い求める海賊として、締めるべきるところは重々分かっていたし、信念は揺るぎなく、覚悟の据えどころもそれは頼もしかった。そしてそれらは、十七歳だったルフィがその生涯の中で様々な体験をして積み上げて来たもの。
「そうね。頬の傷が消えてるくらいだから、もしかしてゴムゴムの力だって消えているのかもしれないし…。」
 機能や体力、そして身につけた筈の格闘のセンスなどなど。この見かけの年齢に見合う時点まで戻っているとしたならば、それは彼にとって、そしてそんな彼をキャプテンと見做
みなしてここまでやって来た仲間たちにとって、抜き差しならない事態なのではなかろうか。
「ちょっと待てよ。体は子供に戻っても、記憶は元のままなんじゃないのか?」
 場の空気が何となく陰りかけたのへ、それを吹き払おうとウソップが言い立てた。
「あの"子戻り唄"の海賊の術を受けた時だってよ、記憶はそのまま残ってたじゃねぇか。」
 そう。幼くなったのは姿だけ。だったればこそ、知恵を生かして急場を乗り切り、無事に元に戻れた彼らでもあった。だが、
「それは何とも言えないな。」
 チョッパーは、これもまたあっさりと応じた。いやに簡単に転がり出した、だが、重大な発言へ、

  「え?」

 皆が息を飲んだ気配が室内の空気を凍らせたが、
「あ、と。大丈夫だって。皆、落ち着いてっ。」
 どうか落ち込まないでと、特に…真正面のドアに凭れた雄々しいお兄さんへ、両手を振り回して懸命に声をかける小さな船医さんであり、
「そうよ。この薬はほんの1日ほどで代謝してしまう代物なの。最初に言ったでしょ? インチキな薬だって。」
 それって"即席 男溺泉"みたいなもんでしょうか、ロビンさん。
"またそういう分かりにくいネタを持ち出す。"
 いえ何、丁度、テレビ大阪で再放送してますもんで。
(笑)
「1日で代謝?」
「そう。確かにこうまで鮮やかな効果を見せる薬だけれど、その効力はほんの1日だけ。しかも体に抗性が出来るから、同じ人に二度とは効かない。」
「抗性?」
「抵抗力っていうのかしら。その突飛な性質を身体の方で覚えちゃって、二度と再び、そんな不自然な変化をする物質の跳梁…好き勝手を許すもんかっていう抵抗しちゃう力がついちゃうの。」
 それで? と先を促され、
「たった1日だけ若返ってもしようがないでしょう? お金持ちの我儘な願いとかじゃなくたって、例えば…何かしらの重い病気の因子を取り込む前にまで戻って、その時点で治療を施せば?なんていう研究もなされたけれど、結果から言えば無駄だったの。」
 話が何だか…夢物語っぽくない、現実的なものなので、
「それって…。」
 ナミやサンジがついつい息を呑み、ゾロさえも難しそうな顔をする。そんな彼らが見守るロビンは、だが、相変わらずあくまでも淡々としたもので、
「一旦その身に呑んだものを消すことは出来なかったの。だって、既に通った道を…ログを後辿りして戻った過去ですもの。妙に律義な薬でリセットする作用はないらしくて、元の"現在"に戻る時に、どういう作用かやっぱり同じ道を戻るらしくてね。どんなに防いでもダメ。病は拾うし、傷跡も戻る。だから…却って惨
むごいからってことで、この薬は製造も流通も禁じられたの。」
 今更な言いようながら"神様の領域に手出しした罪"に問われたらしい。そんな経緯はチョッパーも、ドクトリーヌくれはから聞いたことがあったらしく、
「研究も禁じられたからね。だから、もしかしてっていう可能性も何も、全部闇に葬られた筈なんだけれど…。」
 どういう奇遇か運命か、そんなとんでもない薬がウソップの手元へ転がり込み、ルフィが不用意に飲んでしまったと。
「よくもまあ、そういう災難やトラブルが集まる船だわよね。」
 呆れ半分に言い放ったのはナミさんだったが…それを言っちゃあ終しまいだってば。
こらこら
「ちなみに、お前はあれで何を作る気だったんだ。」
 聞けば聞くほど怪しい薬。そんなものを手に入れて、一体何をしようと企んでいたのかと、目許を眇めて訊くサンジへ、
「作るも何も。俺はあれを"元戻りの薬"って聞いて買ったんだ。壊れた機械や道具を元に戻せるそうだって聞いたからさ、このゴーイングメリー号にかければ、壊れた所が元に戻るかと思って…な。」
 最後の方はどこかもごもごと口ごもるウソップに、
「ウソップ…。」
 その場にいた全員が何とも言えない苦笑を見せる。チョッパーやロビンでさえ知っている話。彼にとっては殊更に、大事な大事なこのゴーイングメリー号であるということ。心優しい幼なじみの少女から、冒険の旅への餞
はなむけにと贈られた船だ。皆にだって大好きなよりどころ、まるで"お家"のような船ではあるものの、親しんでいればこその無茶も沢山やらかしたし、激しい戦いや破天荒な航海であちこち傷んで限界に近い箇所だってある。何とかすっきり直せないものかと、そう思って…それこそワラにもすがる想いで見つけたアイテムだったに違いない。


  ――― ………と。


 皆がお話に夢中になっていたその背後。ごさがさという堅い木綿を擦るよな衣擦れの音がして、

  「う………。」

 声がした。はっとして皆が身を起こすように覗き込んだり見やったりしたのは、問題の船長さんが横たえられたベッドである。一際小さく、幼くなった船長さんは、その…肘やら膝やらという途中の関節の必要はないんじゃないかというほどに、ちょっぴり寸の足りなくなった四肢を、まるで浅瀬で泳いででもいるかのように…ぱたんぱたりと愛らしく動かしてから、
「はにゃ…。」
 そんなに擦ったら痛くはないかと思うほど、目許をごしごしと"ぐう"に握った拳の甲で擦り、全身思い切りぴーんっと伸ばして…、
「ふにゃ。」
 ぱふっと力を抜いたから、やっと落ち着いた模様。以前にも増して対比が大きくなり、お顔からこぼれ落ちないかと思うほどに大きな瞳をきょととと開けて、自分を覗き込む皆を見回したから。

  「……………。」

 何と言いましょうか。そこはやはり、緊張の一瞬である。面影は濃いし、何と言っても目の前で変化したのだから、この彼こそは自分たちの愛すべき船長さんだと、間違いのない事実として把握してはいるものの、

  「うと…。」

 むくっと身を起こしたのは、やはり…どこから見ても。十歳にも満たない幼い子供だ。それがきょとんと、どうとでも転がりそうな、無表情のままでいるものだから。泣くのかな、それとも驚いて騒ぐのかなと、爆発前の間欠泉よろしく、周囲の緊張、ドキドキの度合いも結構なもの。彼から見れば随分と大きく縮尺が変わってしまった周囲の全部であったが、果たして…自分の方が変わったのだという事実を、彼はちゃんと把握出来るのだろうかと、息を呑んで見守る皆へ、



   「誰だ? おっちゃんたち。」



 いつにもましての舌っ足らずな幼い声にて。そんなとんでもない一言を容赦なく放ってくれた、ルフィだったりしたのである。





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