Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
BMP7314.gif 昨日のボクから、明日のキミへ B BMP7314.gif
 


          




 マコモドリ・パイカルという不思議な薬。本来は肉体にしか効かない筈なのだが、よほど薬品が効きやすい体質なのか、その記憶までもが十歳分ほど封じられてるルフィらしい。彼の身を案じて覗き込んだ仲間たちを見回して"知らない大人たち"扱いの発言をしたことから、それは十分に伺えたことだが、
「だって、記憶っていうのは…。」
 チョッパーからの説明に、ナミがそんなのって訝
おかしいと言いつのりかかったものの、
「うん。確かに『記憶』っていうのは、自我、つまりは"心"っていう精神が統制管理してる部分ではあるけれどもね。格納しているのは"大脳"という"肉体"部位だから、薬の影響が出ないとは言い切れない。」
 例えば"記憶喪失"という症状。ドラマなどでは"精神的なショックから…"とか"強烈なプレッシャーから逃れようとして…"だとかいうのが定番のようではあるが、実際の話、頭を強く打って脳内に血栓などが出来て…という"物理的"なことが原因の場合も少なくはない。脳という部位には通常ならば果糖以外の余計な成分は運ばれないのだが、この薬ってのがまた、あんまりよく分かってない成分を含んでいるからね。DNAを解析しちゃうほどだから、それは微細な何かも含んでいるのかもしれない。それに、こんな風に記憶まで戻っちゃう例も、少ないながらも珍しいって訳ではない。チョッパーは"納得がいかないと感じるのも無理はない"と言いたげに"うんうん"と頷いて見せつつも、同時にそんな解説を付け足して、
「謎ばかりな秘薬だけれど、1日足らずで自然代謝されるっていう性質だけは分かってる。だから、記憶の方だってちゃんと戻るよ。安心してて。」
 効用の不思議さの解明は無理なれど、成分を知っているからこそ"大丈夫"と断言出来る。お医者としての自信があってのことだろうチョッパーのお言葉に、一同はとりあえず、憂慮するのは辞めることにした。


   ……………と、いいますか。




「海賊なのか? オレ。」
「そうよ。しかも、この船のキャプテンなのよ?」
「凄っげぇ〜〜〜っ!」
 キッチンのテーブルは、チョッパーよりも背丈が小さくなったルフィには少々高すぎるので。カトラリーやら台所雑貨の在庫を入れてある樽を椅子代わりに寄せてやり、丁度準備しかかっていたおやつ、イチゴやクランベリー、ブルーベリーをカラフルに載せたフルベリー・シフォンケーキと、はちみつ風味のレモンシャーベットを"どうぞ"と出してやると、
「わあぁっ、凄げぇっ!」
 いいトコのレストランのおやつみたいだと、それはそれは喜んで見せたところがやはり子供。日頃の喜びようの何倍も無邪気で、盛り付けの豪華さにも"おしゃれだなぁ、綺麗だなぁ"と、ひとしきり感嘆してくれたところが麗しきシェフ殿には一入
ひとしおに嬉しかったらしい。
「ほらほら、クリームが垂れてるぞ。」
「あやや。」
 傍らにくっついて、いつも以上に手をかけて世話を焼いてやったりするものだから。しかもルフィ坊やがまた、構われるのを喜んで、
「兄ちゃん、やさしいなぁ。」
 ふにゃりと眸を細めて"にぃっぱ〜っ♪"と全開のご機嫌モードで笑って見せたりなんかしたものだから、
「そか? お代わりあるぞ?」
 たいそうテンションが盛り上がった彼と引き換え、
「……………。」
 別の誰かさんが…微妙に機嫌を損ねたか、物も言わずにとっととキッチンから退場してしまったほどである。

  "…分かりやすい子たちよね。"

 そうですよね、うんうん。
(苦笑) それはともかく。小さくなったルフィは、やっぱりあまり物怖じしない子で。意識が戻ったその最初こそ、

  『此処はどこなんだ? フーシャ村じゃないのか?』
  『おっちゃんたちは誰なんだ? 俺、何でこんなトコにいるんだ?』

と、良く判らない状況を把握しようとしてだろう、しきりと色々聞きたがったものの、ここが海の上に浮かぶ航行中の船内であると知っても、さほどには不安そうでなく。そこで、自分たちは海賊で、ルフィがその頭目だということ。着々と体を鍛えて頑張って、村から海へと出たのだが、今は不思議な"魔法"で子供に戻ってしまったのだということも、ゾロが敢
えて全部を話した。理解するかどうかはルフィ本人が選ぶこと。信じないならそれも良い、そっちに合わせてやるさと、そうと判断した副長殿だったのだろうし、その点には皆も何となく同感だった。誤魔化すのが下手な面子揃いだったからというのもあるし、それ以上に何となく…ルフィを相手に、ルフィ自身のことで嘘をつくのは気が引けたのだ。そして…もう海賊になってたと聞いて喜んだ坊やであり、憂慮するには及ばなかったようである。



            ◇



 不思議な秘薬"マコモドリ・パイカル"の効き目が切れるのは遅くとも24時間後。代謝が早ければそれだけ切れるのも早いそうで、
『ルフィはサ、普段あんなに食べれて、でもすぐ消化しちゃう体だったろう?』
 チョッパーは本人以外の皆に囁いた。
『悪魔の実の能力者がみんなそうだとは言わないけれど、怪我の治りが異様に早いゴムゴムの体は、維持するのに沢山栄養が要るのかもしれない。ということは、ものすごく代謝が良いってことだから、案外と早く元に戻るかもしれない。』
 どんな風に戻るのか、までは、さすがにチョッパーにもロビンにも分からないそうなので、だから重々注意してやってくれなと、全員に言い置いた彼であり。

  "それにしても…。"

 普段から子供が乗ってはいない船だから、当然のことながら着るものの間に合わせがない。一番小柄なチョッパーの着ている服は、サイズはともかく…お尻に尻尾用の穴が空いているので、ちょっと不味かろうということで
(笑)、まあ1日だけのことだしと、寝間着代わりのように着せたゾロのシャツで通させることにしたのだが。それが丁度、肩幅が余りまくって、長さもまた、膝下くるぶし辺りまでの丈のワンピース風で…何とも言えずかわいらしい。屈託のない腕白な天使のような…というのは言い過ぎだろうか。(誰に訊いてる/笑) 皆の腰辺りという身長になり、そんな恰好でちょこまかと、寸の足らない手足を"とてとて・とたた…"と小刻みなリズムでもってばたつかせて駆け回ったり、相手の服の裾なぞを小さな手で掴んで"なあなあ"と愛らしいお声で他愛ないことを話しかけて来たり。ちょこっと突々くだけでも"にゃぱっvv"と弾けるように笑うあどけない様子は、どうしたって皆の眸を惹き、注意を集め、日頃は口うるさいナミに逆に煩うるさいほど構われ、いつもなら下ごしらえの邪魔だと蹴られているサンジからもわざわざ手招きされておやつを山ほど貰い、ウソップのほら話版"麦ワラ海賊団の冒険"を聞いてはしゃいで、チョッパーと鬼ごっこを楽しみ、ロビンのハナハナの手で遊んでもらって…後半のはいつものことか。(笑) 甲板と言わずキッチンと言わず船倉と言わず、どこもかしこもを遊び場にして。その日の後半は、無邪気なお声がきゃっきゃと響く、保育園船ゴーイングメリー号と化したのであったりした。




 そんなこんなで、当初は"そりゃあもう"という勢いで はしゃいでいたものが、だがだが、
「どしたよ、ルフィ。」
 早い目の夕食のテーブルにつく頃には、何だか"意気消沈"という体になっていて。特別にケチャップライスのお山(海賊旗付き)を作ったお皿を…彼とチョッパー、それぞれの前へと差し出しながら、不審に思ったサンジがそう訊くと、小さなお口を尖らせて見せて、
「ん〜〜〜。何か詰まんねぇ。」
 おやや、何にかご不満な様子。何だどしたとウソップが向かい側から、
「こんな小さな船の船長だってのは予想外か?」
 苦笑混じりに訊けば、
「ん〜ん、そんなことない。」
 ルフィ坊やは"ふりふり…"と、ふわふわの髪を揺すぶるようにして何度もかぶりを振って見せ、
「面白い船だし、おっちゃ…兄ちゃんたちも皆、面白い仲間だし。凄げぇ楽しいぞ?」
 一生懸命にそう言って、
「でもな、俺、先のこと、分かっちゃうのって、何か詰まんねぇ。」
 むい と。下唇をちょろっと突き出す、いかにも子供っぽい不満顔になったルフィ坊やへ、
「…ああ、そうね。それはちょっとショックかもしれないわね。」
 ロビンが、そしてナミが微笑ましげに柔らかく笑い、ゾロとサンジもこっそりと苦笑する。
「??? どういう意味だ?」
 キョトンとするチョッパーへは、ウソップが小声で説明してやった。
「俺たちからすれば、ちゃんと順を踏んで…何年とか何日とか かかって"此処"にいるルフィが、今だけちょっとばかり記憶が戻ってる…って格好だがな。本人の立場から見りゃあ…単に"まだ子供"なルフィだ。そんな奴からすればさ、これからどうなるのか、どんな展開が待ってるんだか見えない筈な"将来"が判っちゃうってのは詰まらないって、そういう感覚になるんだよ。」
 まだ"夢"は、その小さな胸の中で完全に"夢"のままだった筈なのに。沢山の可能性を選択出来て、どんななのかなとその輪郭をぼんやり思っていられた代物だったのに。こうなるんだよと勝手に"結果"を示されたのが何だかサ。運命とかいう奴から、決めつけられたみたいで何だかちょっと。
「ふみ…。」
 ちょっぴり愚図りたそうなお顔をする坊やに、周囲の大人たちは何とも言えぬ苦笑をこぼしたのであった。





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  *"マコモドリ・パイカル"だなんて、
   名探偵コナンのファンには"ははん"と来る名前ですが。
(笑)
   あんな強いお酒を、高い熱がある子供が飲んではいけませんてばさ。