Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
BMP7314.gif 昨日のボクから、明日のキミへ C BMP7314.gif
 


          




  十年前、いやいや七つか八つくらいの頃はといえば。クルーの皆にもそれぞれに、何となく…思い出すものがある。



  "………。"

 ちょっぴりしょげてた坊やは、そんなせいか夕飯はあまり食が進まなくって。夜中にお腹を空かすかもと、お夜食に得意のアップルパイを作っておいてやることにして、敷き詰めるリンゴをカードのように薄くスライスしていたサンジが思い出したのは、
『ジジィっ! 死ぬなっ!』
 海の伝説"オールブルー"を信じる子供。ただの寝言ではない、絶対にあると言い切った幼いサンジを、自分の身を守る最大の武器でもあった足を犠牲にしてまで、勝手に助けてくれたゼフと二人、ある意味"裸一貫"であの海上レストランを立ち上げたばかりという頃ではなかったか。飢えてこのまま死ぬかもしれないと、そんな恐怖を味わいながら、それでも生き延びた二人。オールブルーを忘れた訳ではなかったが、全然優しくはない爺さんだったが、
"………。"
 ばくんと開いたオーブンの、庫内温度は頬に当たる輻射熱で分かるから、そのままパイ皿を1ダース、次から次へと放り込む。
"…おっと。"
 ついついどこか上の空で機械的に作ってしまったが、こんなに作っても今のルフィは小さな子供。食べ切れはしないかもと苦笑する。まま、日保ちするものだし、いっかと扉を閉じて、
"あのまま………。"
 あのレストランで、あのまま過ごしているのも悪くはなかった。日に日に苛立ちを覚え、ゼフがまた、何かにつけて挑発気味に突っ掛かって来たりもし、自分なりの反抗期とやらで少々荒れてもいたけれど。見果てぬ夢はやはり"夢"だと封をして、あの爺さんと二人、面白おかしく過ごすのも悪くはないと思わないでもなかったのに、
"………。"
 唐突にやって来た麦ワラ帽子の船長さんに果敢なアタックを受け、海の男にとっての信念とは何ぞやという基本を、ドン・クリークとの壮絶な戦いの中で鮮烈に示されて、そして…今は此処にいる自分だ。

  「分っかんねぇもんだよな。」

 ついつい洩れた苦笑を誤魔化すように、シャツの胸ポケットから取り出した煙草を咥え、伏し目がちになって火を点ける。そうして…最初の紫煙と共に、くすぐったそうな溜息をついたサンジである。





 何となく機嫌が不安定になり、ぷいぷいと膨れてしまったルフィを何とか宥めようとしたが、子供のむずがりはなかなか収まりにくく、慣れていても手を焼くものだ。とうとうナミの手を払い、後甲板から主甲板へ駆け降りて。そしてそのまま…ちょっとばかり反っ繰り返りながら上甲板の方へと向かった ちびルフィであり、
「あ…。」
 これから陽も落ちるのにそっちは危ないと思ったが、
"あ・そっか。"
 いつもの"番人"がいたかと思い出し、そのまま見送ることにした。幼い顔立ちを一人前に"つ〜ん"と澄まして、そっぽを向いたお顔には何だかくすぐったい覚えがあって、
"小さい頃のノジコそっくりvv"
 彼女がいたなら、何言ってんの あんたにそっくりよと言い返されたかも知れないかなと、ついつい"くくっ"と吹き出してしまう。あのくらいの頃と言ったら、
"…まだベルメールさんがいた頃かなぁ。"
 辛くて苛酷な記憶が塗り潰した幸せの記憶。何の縁
ゆかりもない子供たちを二人も、未婚のままに育ててくれた、みかん畑の風景が似合う、それは元気なお姉さん。
"…ううん。"
 ナミにとっては、大好きだったお母さんだ。ちょっとばかり男勝りで、でもだから、とっても頼もしくって、

  "…あれ。"

 そういえば、
"………。"
 意志の強そうな、勝ち気なあの笑顔。いつの間にかちゃんと思い出せるようになったなと気がついた。これまでは…あのアーロンの支配下に身をおいていた頃は、唯一のか細い希望にすがりつき、懸命にその未来ばかりを睨みつけて脇目も振らず、過去を振り返ったことなぞなかったし、振り返ったとしても…残酷な死を選んだ義母の悲しい最期を、あの痛々しい場面をばかり、思い出してしまったから。

  "これもまた効用なのかしらね。"

 仲間という言葉。自分には一生縁がないと思っていた温かな言葉。散々なことを言い、自分に関わるなと追い払い、裏切りが十八番の悪女の演技までして見せた自分なのに。

  "いい男って、どうしてこうも馬鹿ばっかりなのかしら。"

 仲間という名の信頼。何の衒
てらいもなく、それを自分にくれた…頼もしい方のルフィに、早くもう一度会いたいなと、そんな風に思って小さく笑ったナミである。





 丸きり似てなんかないのに。ぱたぱたと甲板を駆けてゆく姿の小ささが、不思議なことに自分の子供の頃の姿と重なった。海賊という夢を捨て切れなかった父親。自分と母とを故郷の小さな島に残し、危険極まりない海へ戻って行った父を、だが、ウソップは一度も恨んだことはない。危険が待ち受けるばかりな大海原へ、単身で躍り込んだその勇気と夢多き生きざまには純粋に憧れたくらいだ。
"…でも、あん時だけはちょっとばかり恨んだかもな。"
 母が病に倒れた時はさすがに慌てたし、その病が不治のものと診断されて、子供の自分には何も出来ないことが不甲斐なく。せめて最後くらい、愛した夫が戻って来て枕元にいてやればどんなに心強いかと、そんなこと、ちょっとは思ったりもしたっけ。寂しいとか悲しいとか、良くないことを振り返らないように。空元気を振り回し、元気に振る舞ってた自分の目に、カヤの消沈ぶりはとっても痛々しいものに見えて。
"あれも、もしかしたら自分に重なってたのかもな。"
 病いで双親を一度に亡くしたカヤ。この世に一人きりにされたような顔でいた女の子。あまりの傷心に体を壊し、豪邸に住まいながらもそこから出て来られなくなった彼女は、ウソップには何だか"捕らわれの姫君"みたいに見えたものだ。だから。なあ笑ってよと、心から思った。寂しいとか悲しいとか、そんなものに捕まってちゃダメだ。お腹がよじれるほど笑ったら、気持ちだって軽くなるだろ? 明日が来るのが楽しみになるだろ? そうさ、このキャプテン・ウソップが、カヤのために毎日"明日"を連れて来てやるからさ。…そうして。あのキャプテン・クロの騒ぎを機に、カヤは強くなった。将来を考えるようにもなった。陽光あふれる外の世界へと、自分で踏み出せるようになった。じゃあ俺は…?

  『だって俺たち、仲間だろ?』

 あんなに強くて、あんなに肝が座ってて。あんなもんじゃあ まだまだ、底が見えないくらいに、得体の知れないデタラメ海賊。
"………ったくよう。"
 いざという修羅場では誰よりも頼りになるのに、何でまた日常ではこうも躓
つまづきまくる奴かねと。ややこしい秘薬を持ち込んだことは棚に上げ、まったく困った奴だぜと、たいそう大人ぶった顔になってルフィ坊やを見やったウソップであった。






「何だかうっとりして見ているのね。」
 ただ ぼんやりしていたつもりだったけど、すぐ傍らからロビンにそんな声をかけられて、
「ふえぇっ?」
 自分でも気づかないままに…じっと見やっていたらしいと気がついた。自分より小さな存在。屈託がなくって無邪気で真っ白な、無垢で純粋な子供。
「可愛いわよね。」
「うんっ♪」
 子供になってしまったルフィを見て、ああ良いなと思った。短いストライドでパタパタと。それはそれは元気に駆け回り、生き生きしていてよく笑う、眩しい子供。天真爛漫、単純無垢で、人懐っこい愛らしい坊や。
「でもさ、ルフィだって親がいなくて、お兄さんも早くに海へ出てっちゃってさ。」
 関心がないからと言って他人の昔を聞きたがらず、自分のことも同んなじくらい話さない奴で。だからウソップやサンジ、ナミから聞いた。あの小さなルフィには"これから"の話だけれど…悪魔の実を食べてしまって海に呪われてしまうし、あの麦ワラ帽子をルフィに預けた、それはそれは大好きだった海賊さんも、旅立ちの時を迎えて村から去って行って。あれでも辛いこととか沢山抱えてる。だからこそ…辛いとか寂しいとか、ちゃんと知ってるからこそ、思いやることだって出来るし、ホントの"正しい"を貫ける。
"凄いなって思った。"
 最初はワポルを吹っ飛ばした"海賊"として。海の男として"凄いな"って思った。海賊旗に込められた信念は、そう容易くは折れないって啖呵切ったルフィが本当に頼もしかった。でも、一緒に航海に出てみると、ちょっと間が抜けてもいて"…ついてって大丈夫だろうか"なんて後悔も少しはして。
(笑) でもさ、でもね。ビビの国へ着いてから、ルフィのホントの凄さを一杯見た。どんな夢でも叶えてしまう。どんな夢でも現実にしてしまう。

   ――― 心配は要らない。ルフィだからな。大丈夫。

 ゾロなんかは何も言わないまま"そうだ"ってこと知ってるみたいでサ。ああ俺、やっぱり凄い奴らについて来たんだなって、負けないように頑張ろうって、嬉しくなっちゃったもの♪
「ロビンだって。ルフィは凄いなって、そう思って、ついて来たんだろ?」
 良くは知らないけど、バロックワークスにいた人なのに、ルフィにちゃっかりついて来た人。さあどうかしらなんて言って、殊更にっこり笑ったロビンだったけれど。ただの足代わりにこの船へ乗ったんなら、その後、いくらでも降りる機会はあったのにね。このお船が、ルフィが好きだから、ここに居続けてるんだよね? あの、バレリーナのボンちゃんもそう。ルフィって敵でも仲間にしちゃうから凄い凄い♪


   ――― おいおい。




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