Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
其の六 “日々是好日”A


          




 段落を変えて、ちょっと落ち着きましょうよと運んだものの、これはなかなか…とんでもない事態である。年の頃は5歳になるかならないかといったところだろうか。それぞれがあまり慌てふためかない様子を見ると、自分たちが子供返りしたという実感はないらしい。体だけでなく中身、つまりは"記憶"も一緒に、子供の頃のそれへと戻ったということだろうか? そんな中、
「…まさか、さっきの粉かよ。」
 だが、それにしては…と呟く人物の傍ら、
「私とあなたには何の影響も出ていないみたいね。」
 随分と落ち着いた声がして。はっと我に返ると、
「どういう共通項で分けられちゃったのかしら。」
 この事態に、やはり全く動じてはいないらしいロビン嬢が淡々とした声音でそんなことを言い出す。
「…共通項?」
 小首を傾げたのはサンジであり、彼もまた彼女と同じく、元のままの姿でいる。
「ええ。あの"賢者の石のかけら"とやらの粉は、私もあなたも吸い込んでいるわ。だから、その直後にこんなことが起こってしまった以上、外せない条件には違いないけれど、いかにも怪しい要素ながら"それだけ"が理由なのではない。」
 くるりと返して手のひらが上を向いた右手の、撓やかな指先を、きょとんとしている幼子たちへと軽くかざす。
「彼らと私たちを分ける何か。それがもう一つの理由じゃないのかしら。…まあ、それが分かったからって、どうすることも出来ないのかもしれないけれど。」
 ふふ…と微笑って、ふと、間近に寄って来たナミとチョッパーに気がついた。ナミは体に合わないほど大きくなったブラウスが、だが丁度ワンピース状態になっていて、露骨な"裸んぼう"になるのを免れていて。どうかしたの?と、問うているように小首を傾げて見せるロビンに、
「………。」
 随分低くなった目線が二対、じっと見上げて来ていたが、やがて"にこぉっ"と笑うと、こちらへと両手を伸ばしてくる。
「お姉ちゃん、ご本読んでvv」
「うん。ご本読んでほしい。」
 愛らしい女の子と、ますます縫いぐるみっぽさが増した小さなトナカイくんにねだられて、ロビン嬢はこちらからも"にこぉっ"と微笑んだ。
「そう。判ったわ。じゃあ、ご本のあるお部屋へ行きましょうね?」
「え? あ、ちょっと待って。」
「なぁに?」
 振り返った彼女からの視線へ、
「いや、あの…。」
 何か言いたいことが具体的にあった訳ではない。強いて言えば、この状況下で一人きりに(?)されるのが少々心許なかったというところか。言い淀んだサンジのそんな心情までもを読んでだろう、ロビン女史はくすっと笑って見せて、
「私たちはあいにく、この子のような"お医者"じゃないわ。」
 ひょいと抱き上げたミニ・チョッパーに頬擦りして見せる。あ、良いなぁという声を上げた、小さなナミのやわらかな髪をやはり愛惜しむようにそっと撫でてやり、
「ただ額を寄せ合っていたって何が解決するものでなし。一時的なものなら待っていれば良いのだし。とりあえず、今出来ることにでも手を出して、待つだけ待ってみましょうよ。」
 こんな事態へも相変わらず動揺のない様子なのは、余裕があるのか、淡泊だからか、それとも…もしかして"いい加減"というやつなのか。少なくとも逼迫はしていないらしい彼女の言いようへ、
「まあ…そうですね。」
 理屈は通っているだけに、ここは頷くしかない。フェミニストだからとかいうよりも説得力のあった言いようへ、唯々諾々、納得承知の気配を示したサンジだったのだが、
「そうそう。おやつの準備、早く進めた方が良いわよ? 皆して子供に戻った以上、いつもより一人ほど多く、食べ盛りが増えてるって事だから。」
 そうと付け足された一言にはキョトンとした。にこっと会釈の笑みを残して、二人の子らを連れ、女部屋の方へと向かう彼女を見送って、
"食べ盛りが一人増えてる?"
 どういう意味かな?と、見回した自分の足元。残りの男の子たち3人が集まっていて、じっと自分を見上げて来ている。全員が見事に"腰から下"という背丈になっていて、ルフィやゾロは、先程のナミのようにシャツがワンピースか寝間着のような状態になっているし、ウソップに至ってはオーバーオールが肩からずり落ちて、ぶかぶかのパンツ一丁という格好。それへと、窓辺のベンチに畳んで常備されてあるブランケットを持って来てやり、胴回りにぐるぐると巻き付けてやって、
「…着るもんを何とかしねぇとな。」
 子供に戻っても性格はどこか残るらしい。いやいや、この頃に既に持っていたものが、今の彼らに残ったという方が順序としては正しいだろうのか。何が楽しいのか、にこにこと元気な笑顔でいるルフィと、サンジが誰なのかが判っていないらしい顔付きでいるウソップ。そして…三本の刀を、彼には抱えるのがやっとな太さの丸太のように腕に掻い込んだままなゾロ。………と、
「おい、坊主。」
 相変わらず可愛げのない三白眼を見据え返しつつ、視線を合わせるために屈み込んでやったサンジへ、
「なんだ、おっさん。」
 ………言葉遣いまで可愛くない模様。
(笑)う…っと、むかっと、込み上げたものがありはしたが、今はぐぐっと飲み込み、
「それ、危ねぇから壁にでも立て掛けときな。」
 そう言ってサンジが指差したのは、彼が懸命に抱えている三本の刀たちだ。鯉口がきちっと嵌まっていれば、ちょっとやそっとのことでは飛び出したりしなかろうが、それにしたって凶器には違いなく、規格が体に合っていないお子様がそうそう触って良いものではなかろう。恐らくは、ゾロ本人だって同じようなことを言い出したに違いない一言だったのだが、
「よけいなおせわだ。これ、ぜんぶオレんだからな。だからもってなきゃいけねぇんだよ。ばぁ〜か。」
 そんなような一端
いっぱしの台詞を、でっかいあかんべのオマケつきで言われたものだから、
"かっわいくねぇ〜〜〜っ!"
 シェフ殿の口の端が、それと判るほど"ふるふるっ"と震えた。………と、
「うわっ、すっげぇ〜〜〜。」
 そんな声がして、え…っ?とそちらを見やったサンジは、その光景へギョッとした。
「こ、こらっ! 何してるっ!」
 小さなルフィが力任せにこじ開けたのは壁にはめ込みになっていた冷凍庫で、一杯に詰められてあった氷の中へと踏み込んでキャッキャとはしゃいでいるから、慌てたの何のって。
「土足で入る奴があるかっ!」
 襟首を掴んで引っ張り出し、つい大声で怒鳴りつけてしまったところが、
「…………ふえ、ひぃっく。」
 あ、やばいかも。じわじわと目許口許がふるふるふる波線状態に滲み始め、
「おれ、なんか、こおり、おもしろそで、…おじさん、おこった………。」
「あ、いやいや。だからだな。氷さんは冷たいから、あそこには入っちゃダメなんだよってだな。」
 しどろもどろで言い訳をし、どこか引き吊った笑顔を見せつつ、泣くなよ〜っと念じたサンジである。こういう場面では、一人が泣き出すと残りにも連鎖反応が働くもの。3人の小坊主の大泣きの合唱なんざ聞きたくはない。
「うぐ…。」
 ぎりぎり堪
こらえて、何とか涙を瞳の縁で留めているチビ・ルフィへ、
「なくなよ。こんなおっさんに、なかされてどーすんだ、おまえよ。」
 さっきは逆らったくせに、やはり動きにくいと悟ったか、部屋の隅、実はいつも彼自身が直に床へと腰を下ろしていた辺りの壁へ、例の腹巻きで器用に束ねた刀を立て掛けて来たチビ・ゾロが、ぽんぽんと肩を叩いてやったところが、
「う、うん。」
 こくりと頷き、ごしごしと手の甲で目許を拭う。さっきから連呼されてる"おっさん"は気に入らないが、背に腹は代えられない。
「そだぞ〜。泣いちゃおかしいぞ〜? 今、とぉっても美味しいケーキ焼いてやるからな。あっちのテーブルの方へ行って、大人しく遊んでな、いや…遊んでてくんないかなぁ?」
 これまでの人生で一度たりとも使ったことのない筋肉を、一杯一杯使っているんだろうなと思わせるほど、どこか引き吊った笑みを浮かべつつ、
"こいつらはよぉ〜〜〜。"
 無事に元に戻れた暁には覚えてろよ〜〜〜と、内心で叫んでいたシェフ殿である。…お気の毒様。



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