Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
アリスSOS? 
 


        



 裏手の入り江からは少々距離があった、港町のメインストリート。祭りの中心地となっている石畳の広場はなかなかにぎやかで、しかも雰囲気も明るい。海賊や賞金首といった胡亂(うろん)な連中ばかりではなく、むしろ一般人の金持ちな観光客の方が多いせいだろう。大道芸人やら出店やらもあちこちに見受けられ、文字通りのお祭り騒ぎだ。
「わぁ〜。ほら、あのゲート、風船で出来てるぜ。凄げぇなぁ〜、大きいなぁ〜。」
 いくらなんでも肩の上の"猿回し抱え"は異様だからと、両足をまとめて抱え込んだ上で、その腕に腰掛けるような形の、所謂"子供抱き"という格好に抱え直されて、愛らしいアリスはキョロキョロとあちこちを見回すのに忙しい。華やかな出し物や美しい飾りつけ、ついつい目を奪われるものが街角のあちこちにあふれている。そして、そんなアリスもまた…メイクさんたちの腕がよほど良かったか、それともルフィの側に意外なまでの素地があったのか、向日葵のような愛らしさが結構な注目を集めていて、自分たちへの注目には無頓着なお兄さん二人も、
「…まずくねぇか。」
「まぁな。」
 少々眉をひそめ合った。仮装をしていることは、そういう祭りだ、咎められたりはしなかろうが、正体が誰なのかが詮索されてはまずい。
「仕方がねぇな。先に仕入れを済ましちまおう。ルフィ、見物は後だ。良いな?」
 そのために同行したサンジが先導して、肉や野菜、パスタや乾物などのグロッサリー、調味料といった商品を扱う店々を先に回ることとなった。用事さえ済ませてあれば、いざとなったら逃げるだけで済むからだ。さすがは補給基地としても名を馳せている街だけあって、店々の品揃えは素晴らしく、
「う〜ん、もうちっとポーに深みのあるのが良いんだが。」
「兄さん、結構良い舌してんじゃねぇか。じゃあ、こっちのなんかはどうでぇ。」
 担当者と専門的なやり取りをしているサンジはともかく、付き添いはしばらくは暇だ。倉庫の隅っこの方で腰を下ろしてぽけらっと待っていると、
「おや、お嬢ちゃん。あっちの兄さんの連れかい?」
「え? あ、うん。」
 職人さんだろう、作業着のオジさんに声をかけられたルフィで、
“お嬢ちゃんで返事をするかい。”
 サングラスの陰でゾロが呆れたのはともかくも、
「ほ〜ら、手ぇ出してごらん。」
「んん?」
 言われた通りにすると、ざらざらっとあめ玉やチョコレートなどくれたりする。おかげさんで、
「待たせたなぁ…って、何やっとんじゃ、てめぇら。」
 サンジが戻って来た頃には、
「オジさんたちがくれた♪」
「ああ。退屈だろうからって、お菓子やら飲み物やら。」
 どっから調達したやら手提げのついた白い藤カゴまであって、そこへお菓子だの小ビンに入ったジュースだのを山ほど詰め込まれている。よほど、ルフィのかわいい格好がオジさまたちに受けているのだろう。すぐ隣りに恐持てのするグラサンのゾロがいるから尚更に愛らしさが強調されてもいるようで、
「ゾロもオバちゃんたちに酒とか煙草とか貰ってたぞ。」
「煙草は吸わねぇから後でやるな。」
 こちらもケロッとしているらしいゾロからの言葉に、
「…ありがとよ。」
 ついつい礼を言ってしまうサンジだったりする。ここにナミやウソップがいれば、おいおい違うだろう…という"突っ込み"を入れてくれたろうにね。ボケ役が二人というのは、ユニットとしてはなかなか大変だ。
こらこら


 それ以降のどこの店や問屋でも同じ調子で、
〈可愛いねぇ。そうだお菓子があったんだ、手をお出し〉
と、キャンディやらチョコレートやらクッキーやらマシュマロやらが黙ってたって降ってくる。お菓子の類いを扱っている店もあったから、たちまちボストンバッグ1個分くらいはありそうな量となった。
「地蔵盆かよ。」
「んん? なんだ? それ。」

《地蔵盆;ジゾウ−ボン》
 辻ごとに立つお地蔵様を祀る町内会が主催する晩夏の祭りの一種で、子供たちがお参りをし、そのご褒美にとお菓子を貰える。お地蔵様は沢山あるから、数だけ沢山回ればお菓子も沢山貰えるという次第。ハロウィンの日本版というところか。(ちょっと違うぞ。)筆者が子供の頃に住んでいた小さな田舎町ではかろうじて残っていた祭事だが、今時は町内会自体が消えつつあるからねぇ。

 中には、
〈大きな子がいるんだねぇ。〉
〈若いパパさんだねぇ。〉
という誤解もあって、
「パパってゾロのことか?」
「………っ!」
 大笑いな展開も有りの仕入れ巡りは、一通りの注文を終えたことで2時間弱ほどで無事終了。船までの配達を頼んでから、さていよいよルフィがお待ち兼ねの街の見物へと繰り出した。
「あっち、あっちには何があるんだ?」
 抱えているゾロの肩から腕を回して背中を掴んでいる格好になっているルフィで、顔と顔とはすぐ間近。こうまで至近距離になっても女の子の扮装に何ら違和感のない愛らしい顔は、
「………え? あ、と、何だって?」
 時折ゾロからさえ言葉を失わさせるほどで、
「おいおい、しっかりしろよ?」
 サンジが面白そうににやにやと笑う。(くれぐれも『虹のあとさき』と混同なさらぬように。
おいおい)美しい花々やコンテストで選ばれた美女たちで飾られた"フロート"と呼ばれる山車が、大きな通りを何台も並んでゆっくりと進んで行き、街路沿いの建物の窓からは盛大に紙吹雪が振り撒かれている。
「うわぁ〜、でっかい花だなぁ〜。」
「ばぁ〜か。ありゃあ造花だ。」
「作り物なのか? けど、凄げぇ綺麗だぞ?」
 何とも異様な3人連れへは、やっぱり注目が集まってしまう。片やは撫でつけずにさらりと流した金髪に色白の痩躯
シャープな男。片やは緑の短髪で刀を腰に差した逞しい偉丈夫。妙に目立つ気魄を帯びた伊達な男の二人連れ。それだけでも充分人目を引いているのに、黒いサングラスにダークスーツでビシッと決めた彼らが、二人して守る可憐な美少女…という図になっているらしく、遠目からはそんな外観から注目を集めていて、はたまた近場にいる人たちへは、その耳へと届く会話が外見にそぐわないキテレツさなので、一体どういう間柄の人たちなのかしらという関心まで招いているらしい。注目されるのはもう別に構わない。自分たちが誰なのかがバレない限りは、ややこしい悶着にも巻き込まれまい。そうと高をくくっていた。………が、
「…何か妙だな。」
「ああ。ただの視線じゃねぇぜ。」
 どうにも気になる気配がする。真っ直ぐに見据える誰かと誰か。複数の視線が彼らに取りつき、じわじわと取り囲んでいる気配がある。人込みの中、明らかにこちらを見やっている顔や目線とぶつかるが、単なる好奇心からの一般人の目線とは違い、一癖も二癖もありそうな輩たちが多い。海軍が介入してくるから騒ぎは困ると言っていた自警団のオジさんの言い分を鵜呑みにするなら、人の多いところにいた方が安全かも。だが、こっちを3千万ベリーの賞金首だと判っていての照準合わせなら、多少の騒ぎや海軍の介入も屁とも思わぬ輩たちかも知れない。
「そろそろ戻るか?」
「そうだな。」
 さりげなく、その場から離れて海岸の方へと回れ右。
「んや? もう帰るのか?」
「まぁな。」
 ルフィとしても、美味しいお菓子は山ほどもらったし、綺麗な祭りは堪能したしと、まあまあ満足はしたらしい。さして不服そうでもなく、おとなしく抱えられたままでいる。ふと…、
「ルフィ。」
 ゾロが声を掛けて来た。顎の線も動かさない短い声で、こうまで近くなければそれと気がつかなかったろう。
「ん?」
「今、口に入れた飴。飲み込めるか?」
「うん。」
 かりかりとかみ砕いて飲み込むと、
「よし、しばらく口を閉じてろよ? 舌を咬むからな。」
「うん。」
 頷いた途端、勢い良く駆け出す。勿論、呼吸は飲み込めていて、そのタイミングに合わせてルフィの方もしっかりと首回りと肩にしがみついている。すぐ後ろから、一定の距離を離れずにやはり駆けているサンジのそのまた後方、
"…あ。"
 フロート見物にと街路に沿って集まっていた人垣から、ばらばらっと飛び出して来た何人か。こっちの急な動きに釣られて、正体を現したというところか。
「こうなると人のいるトコはまずいな。」
 相手もなりふり構わないだろうから、余計な被害が出かねない。
「ああ。そっから裏道へ入るぜっ!」
「入るぜって…お前、道、判んのかよっ!」
 ルフィと一、二を争う方向音痴が、何を自信満々に言い放つかねぇと、サンジとしては呆れるしかない。だがまあ、この場から…一般市民の皆さんがひしめき合う街路からは離れた方が良いには違いなく、建物と塀との隙間を曲がったゾロの後へと自分も続いた。いくら仮装パレードが当たり前の毎日催されている土地柄だとはいえ、ダークスーツに身を固めた足の長い偉丈夫二人が、猛スピードで掛けてゆくという姿は結構圧巻。そんなせいで注目を集めてしまったこともあり、しばらくは人通りもあって幅にも余裕のある普通の街路ばかりが続いたが、そんな道は出来るだけ避けて選んで進んだ結果、
「…おおう。」
 何とも寂れた一角へ飛び出していた3人である。元は古い公民館やらアパートメントだったらしき建物たちが、今にも傾きそうな細い肩を寄せ合い、浪板屋根の抜けたバラックの傍ら、何かの代用に使われていたらしい、蓋を刳り貫いたドラム缶が、真っ赤に錆びて転がっている。雑然と積み上げられていたらしい廃材があちこちで崩れかけていて、足場は最悪。周囲は中途半端に高い石の塀に囲まれていて、ひとっ飛びで飛び出すという風には運べそうにない。………と、
「うまく逃げたつもりだろうが、ここいらの土地勘はこっちの方が上なんだよ。」
 そんな声がして、見回すといつの間にやら周囲を取り囲まれている。こ〜れはもしかすると少々やばいかも。そんな彼らに改めての声がかけられた。
「これで年貢の納めどきだ。覚悟は良いか? 怪盗リリーさんよ。」


 …………………………………………………………。


「………はい?」
 誰ですって?



           ◇



 居残り組の3人は、とりあえずはのんびりと羽を伸ばしての骨休め。サンジが出掛ける前に用意して行ってくれた昼食をとって、上甲板で食休みとばかりにデッキチェアに寝転んでいるナミへ、
「それにしてもどうしてルフィに女装なんかさせたんだ?」
 ウソップが訊いた。確かに…3千万ベリーという賞金の懸かっている身だと暴露されたくなければ、一番遠い姿に変えるのが一番ではあろうが、何も性別を越えさせて不自然さという爆弾を抱えさせなくても良かったろうにと、そう思ったのだろう。ナミからの返事は短くて、
「面白いから。」
「おいおい。」
 ウソップが漫才芸人のような突っ込みを入れる。ナミもさすがにそこは"あはは"と笑って、
「勿論それだけじゃないわよ。あいつ、気合いを入れて"ダメ"って言ったことは結構頑なに守るでしょ? 服を汚すな、破くなって言われたからには、必要以上には暴れない。そうであってくれれば、多少は枷の代わりになってくれるんじゃないかって思ったのよ。」
 成程ねぇ。さすがは"ルフィ海賊団"でナンバーワンの知将。一応、考えがあってのことだったのね。だが、しかし。いくら知将でも、知らないことへの対処は取れない。
「…ナミさん!」
 下の主甲板から、平生の彼女には珍しく大声を出して駆けて来たビビで、
「どうしたの? そんな素っ頓狂な声出して。」
「これ、これ見て下さいっ!」
 どこか慌てた様子でビビが広げたのは今日の新聞だ。いつもの海鳥がついさっき配達に来たのだが、
「なになに? 希代の女怪盗、プリティ・リリーに懸賞金倍増、とうとう1千万ベリーに…? 泥棒で1千万ベリーだなんて凄い怪盗じゃない。でも、これがどうかし…。」
 どうかしたかは、添えられてあった手配書の写真で判明した。
「何よ、これっ! どうして仮装したルフィにそっくりなのよ、この手配書!」
 アリス調の衣装に亜麻色の長い髪の美少女と注意書があって、おおお、わざわざお尋ね者に仮装させてしまったってか?
「1千万ベリーですってぇ? そんな安く買い叩かれちゃあ堪んないわよ。」
「じゃねぇだろがっ!」
 ナミさん、とても動転しているようには見えないボケをかましております。
「どうしよう、これってここの新聞じゃないのよね?」
「ええ。でも、賞金稼ぎは情報集めを惜しみませんから…。」
 まあ大変。
おいおい
    

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