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東京書籍版「新しい国語3」より引用しています。

       レモン哀歌     高村 光太郎

あなたはそんなにもレモンを待っていた

かなしく白くあかるい死の床で

わたしの手からとった一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりとかんだ

トパアズいろの香気が立つ

その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱっとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑う

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるが

こういう命のせとぎわに

智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時

昔山巓でしたような深呼吸を一つして

あなたの機関はそれなり止まった

写真の前に挿した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置こう


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