上を下への (お侍 習作113)

        〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


        



 辺境の地なだけに組織立った捕り方らの目も届きにくいとあって。武装もなければ用心棒を雇うだけの金もない、非力なばかりな農民の住まう村や里を襲い、数や力に任せての、傍若無人を続けている野盗の輩は いまだに後を絶たなくて。細々と作るなけなしの作物や、心優しい自慢の家族やら。そんな小さな幸いまで毟り取ってく悪鬼らの理不尽な所業に、ただただ泣き寝入りするしかなかったものが、

  ―― そんな民らの苦衷の噂、聞いては駆けつけて下さる方々がいる。

 野伏せり崩れに、夜盗に落ち武者。悪虐非道な振る舞いをやめぬ、無法無頼の鬼畜外道な輩どもを。賞金が懸かっていようがいまいがお構いなし、彼らにしてみれば、行く先々にたまさか居合わせるのを打ち払うだけという順番で。片っ端から狩っては成敗して回る、凄腕の賞金稼ぎの二人連れ。元は軍人であられたらしいという方々で、その風貌の色味からだろか、誰が名付けたか“褐白金紅”。

  ――片やは、島田勘兵衛様といい

 深色の蓬髪を背中まで垂らしておいでの矍鑠としたお姿も、威風堂々となさっておいでの、古武士然とした壮年のお武家様。砂防服だろう、随分と丈の長い真白な衣紋を重ね着しておいでなせいで、実際はそうでもないのではと思わす格好、着痩せしてさえ見えるものの。ひとたび その得物である大太刀をすらりと抜き放ち、雄々しくも振りかぶられての薙ぎ払われたれば。堅い堅い鋼鉄の躯の頑丈さをこそ誇る、鋼筒
(ヤカン)や甲足軽(ミミズク)をも斬り刻める膂力もて、筋骨屈強、強靭な体躯の躍動を示すは隠しようもなく。また、その太刀の真芯へと、剛き意志をば念じての練り込めば。侍(もののふ)にのみ駆使出来るという伝説の大技、超振動という奇跡の秘技により。岩でも鋼でも、切っ先が触れたものは皆 粉砕してしまう恐ろしい御方でもあって。

 ―― その供連れの相方は、久蔵様といって

 北領のお生まれか、役者にだってそうは居なかろ玲瓏端麗、この世のものとは思われぬ、そりゃあ美しい風貌をした金髪痩躯の若者で。若木のようなその痩躯、なおも引きしめ鋭く見せるは、一風変わった深紅の衣紋。腕や胸元、背中へは、その身に吸いつくような細身の仕立て。なのに下肢へはその逆で、遠海に棲むという、優雅な姿と裏腹、それは凶暴果敢な“闘魚”のオビレのような広がりよう。くるぶしまでを覆うほどもの、そんな裳裾を軍旗のように舞わせのたなびかせ。宙空を高々 泳ぎのぼる双脚のバネも物凄く。冷たく冴えた顔容
(かんばせ)を無表情にも凍らせたまま、双手へ抜いた細身の双刀、死神の鎌に見立てての紅翅銀翼を打ち広げ。逃げ惑う賊らの群れに ざざんと深々飛び込めば、数刻待たずして屍の山が累々と出来上がるというから凄まじい。

 『…とうとう此処にも彼奴らが来やったか。』

 その噂を聞いただけでも、影の気配を嗅いだだけでも、途轍もない場数を踏んだ筈の悪党共が喩えではなくの身震いし。意気地のない奴らは論外で、もはや名を惜しむより命が大事と尻に帆かけて逃げ出すような。それはそれは凄腕の、野伏せり狩りこと賞金稼ぎの二人連れ。互いに背中合わせに並び立てば、なかなか絵になる二枚目同士。そんな“褐白金紅”の数々の活躍ぶりは、月刊『辺境奇譚』にて、好評連載中だとか。(…ちょっと待て)





  ◇  ◇  ◇



 そういう性分が もはや染みついてでもいるものか。あの長きに渡った大戦が呆気なくも終焉を迎えたその後も、在所をひとつ処に落ち着けぬまま、相変わらず広い大陸のあちこちを流浪なさっておいでな勘兵衛様と、その供連れの久蔵殿であり。勘兵衛との刀での決着を望んでその傍らにいる久蔵の側は、つまりは相方が旅を続けるから離れぬだけの話。壮年殿さえ動かねば彼もまた、定住生活に連れ添ってくれるに違いなく。

 『だっていうのに…。』

 人への深い関わりを厭うていたものが、憎からず想う対象を見いだした今となっては、もはや過去への贖罪の重石も何もなかろうに。早いとこ何処ぞかに落ち着いてほしい、出来れば我らがご近所、みそ汁の冷めぬというほどもの間近いところへ腰を据え、住まわってほしいところだのに…と。もしかせずとも思っておいでの、虹雅渓は蛍屋にて彼らのご帰還をお待ちの、おっ母様こと七郎次殿の案じの深さも何のその。風も香る緑豊かな田園風景の中、街道をとぽとぽ長閑に歩むこともあれば、砂嵐の吹き荒れる荒野を一両日かかって突っ切ることもあり。人や乗り物の行き来も賑やかな交易の街を訪れることもあれば、いかにも人跡未踏、どれほどの樹齢の木々だかが鬱蒼と茂った森を延々と進むこともあり。どうにも立ち止まれぬままに、彼らの旅はまだ続いており。そうしてそして、こたびの彼らが向かった先は、

 「これはまた、圧巻だの。」

 初夏も間近い青空の下、視界の終焉、どん突きに、乾いた岩山がでんと聳えているだけ。雑草による僅かな緑さえない土色ばかりで、いかにも無味乾燥という趣きの強い、寂寥感さえ漂わぬ荒野の果て。こちらから見通しがいいということは向こうからだって以下同文なのは当然で。大きく開けた荒野にかかろうという縁すれすれの岩場の物陰に身を寄せて、問題の岩山を眺めやるご一同は、褐白金紅のお二人とそれから もう一人。日頃の道中には見ない“連れ”があり。先着組だった彼が語るには、
「あれでもずんと昔は鉱山として賑わっており、一番間近い集落に採掘労夫とその家族が住まわっていたそうな。」
 雨もあまり降らない土地柄なその上に水脈も乏しく、土地も昔からのずっと痩せていて。その鉱山とやらが閉ざされた今、何の生業も成り立たぬと物流の販路からも外されて久しいような土地だのに。その近郊ぐるり一帯の里や村が襲われては、住人が頻繁に攫われているという。
「人が住まわっておらぬから、此処からの被害だけが出ていない…と、それもまた当然のことじゃあないかと思われておったらしいのだがの。」
 それにしては…被害の出た地域というのが、この岩山を中心にした同心円状に散らばっているらしく。もしやして、此処が相手の本拠であり、此処から出て来て此処へ引いている賊どもなのではなかろうかと、
「数を待たねば傾向が得られなかったと。まま、役人らしい言い訳をしておった訳で。」
 役人だからこそ想像力の限界も狭いものか、安穏とした立場・境遇にいる奴輩ほど、自分の身の痛さ以外へは鈍感になるのが困ったことじゃわいと。少々呆れたような苦笑をその口許へと浮かばせて、茶褐色のざんばらな髪をほりほりと掻いて見せたのは。時折 同じ仕事へあたることもある、賞金稼ぎの仲間うち、弦造殿という御仁。ちょっと見では判らないかも知れぬほど、生身の体へ機械の装備を足したという姿だと思われそうなほどの、精巧な造りと見目をなさっているが。そうまで手の込んだそれ…甲足軽のような戦時中の軍用規格、ではない格好の機巧躯は、勘兵衛らの知己、卓越した機巧技術を持つ林田平八と、闇医者・弘庵の手によるもので。元は巨大な雷電級の擬体に収められていた魂を移植され直し、今の姿に至ったという変わり種。(参照『
混沌驟雨』『魔森煌月鬼奇譚』)しかも、
「…。」
「ああ、すまんな坊。髪の手入れがなってないのは勘弁しておくれな。」
 無言のまま、久蔵がじぃっと見やって来るのへ、また別な苦笑混じりにこんな応対となっている彼なのは、元のお姿を知らぬこととてと零から起こしたその容貌の雛型となっているのが、久蔵にとってのおっ母様、七郎次の風貌体型だったりするためであり。ご当人におかれては“ヘイさんたらお茶目なことを“と笑っただけで済んでいるのだが、その彼を母にも似たる感覚で敬慕している久蔵にしてみれば…彼とは他人には違いないとの見分けもつくくせに、それでもこうまで似ているからには、その見目を乱さず汚さず、きちんとしていてほしいらしい。とはいえ、そこへ関しては、
『ご当人は結構ずぼらなお人なのにですか?』
 七郎次が不思議がってもいたりする。まま、そんなこんなな事情
(ワケ)ありなところも、今の今はともかくとして。(まったくだ・笑) こたびの少々奇妙な事態への探索を、ここいら一帯の治安維持を担う筋から依頼されていたらしい彼だったが、
「女性や子供と限ることなく、むしろ いい年をした男衆をと攫って行くからには、目的はそうそうなかろうて。」
 鉱山坑夫の住まわってた跡地に限らず、その周縁の村にしてもさして裕福な土地ではない。それでなのかどうなのか、身寄りや里へと身代金をと言うて来る気配もなく、連れ去ったそのままのナシのつぶて。ということは、掻っ攫った本人に用向きがあっての所業であり、
「そうまで大量に“口封じ”もなかろうし、そも、殺すことが目的ならば、わざわざ連れて行くのも平仄が合わぬ。」
 だっていうのに、非力で小柄な女子供以上に手間暇がかかろう仕儀もて、敢えて連れ出しての、しかも返さぬからには、

 「何がしかへの“労働力”とされていると見るのが妥当と?」
 「ああ。」

 これが統制の取れた国家の住民に起きたことなら、権勢者へ向けての楯にでもするつもりかという目論みを推量出来もするところだが、今のところのこの大陸には、そうまで大きな統制地や領はない。あの長い長い大戦の最中の方がまだ、そういった方向での統制は取れていたかも知れずで。だがまあ、そうやって巨大な塊にまとまることが最良というものでもなし、そういう論は今はさておくことにして。
「封鎖された鉱山…か。貴金属の鉱脈か、若しくは化石燃料でも採掘していやったか?」
「それが、最後の代の鉱夫らが離散したのが丁度 戦中のかなり前期のことゆえ、実態までは掴めておらぬのだ。」
 ただ、今また同じ作業を復活させるからには、どれを掘り出してのことであれ、それなりの設備や産出品を捌くだけのルートが必要。
「そこまでの頭はない素人が、それでも手をつけたがるものと言えば、貴金属のほうではないかと見越してはおるのだが。」
「成程の。」
 燃料のほうなら、戦時中も需要はあったので放り出されはしなかっただろうし、そこは弦造殿の見立てにほぼ間違いなさそう…なのではあるけれど、

 「して。我らが呼ばれたはどういう筋合いなのだ?」

 人にも物にも事象にも、好機や相性というか、向き不向きというか、得手不得手というか。専門用語でいうところの“適材適所”というものがある。結構な人数が攫われての監禁状態にあるものを無事に助け出す…という仕儀に、どちらかといや“切り伏せ御免”が得意技という、建設的穏健派というよりも破壊型の助っ人を呼んでどうするのかという含みもて。これまた敢えて自分から訊く勘兵衛へ、その泰然とした態度をこそ、頼もしいことと愛でるよに、

 「またまたご謙遜を。」

 形のいい口の端を引き上げて、弦造殿がくつくつと苦笑する。
「平八殿から聞いておりますぞ? 人質救出もまた、見事やってのけた知恵もの。腕っ節も度胸もそして知略も揃った、羨ましいことこの上ない御仁だと。」
 凄腕の機械屋と知り合った縁となったそれは大掛かりな事態の最中には、この壮年殿が単身で敵陣へと乗り込んでってひと暴れし、人質を奪還せんとした仕儀も含まれており。とはいえ、

 “あれは、どちらかと言えば出たとこ勝負らしかったが。”

 ぎりぎり寸前までを同行した身の久蔵が、ちりとも動かぬ無表情の下にて思い返したのが、当時のその仕儀そのものについて。緻密な策あってのものとは到底言えず、彼ほど老練で、機転の利いた対応を数々とこなせるだけの“袖斗
(ひきだし)”の多い将があたったからこそ可能だったそれ。単独行ならではの大胆さで、敵の腹へまずはと飛び込んでから隙を探した彼であり、結果、臨機応変な駆け引きだけで、権勢者の側に“恩赦”という逃げ口上を釣り出すを余儀なくさせたは、むしろ見事な顛末の内だったろに。若いに似ずムキにならなかった天主の腹の内の底知れぬ黒さを杞憂した勘兵衛と、衆目の中でのあの態はみっともないと憤然とするばかりであった、浅いところにしか目が行かなかったらしき誰かさんとの間に、ちょっとした齟齬があったことも、今となっては懐かしい限り。
「そのような知将に、だのに刀の技や身ごなしだけ求めるのもどうかと、むしろそちらを案じたくらいでしての。」
 内部へは昔の坑道図が手元にあるのみの不案内さだが、それによるなら出入り口は1つしかなく、また、潜入して情報を綿密に集めた上での作戦を練ったり、はたまた真っ向から投降せよとの呼びかけをしての面と向かって交渉を…といった、息の長い手立ては打てぬとの話。どうも地盤に問題が多い坑道でもあるらしく、きっちりと支柱や垂木を連ねて補強しつつ いじっている分には支障もなかろうが、
「先日、里への襲撃を仕掛けた逃げ損ね、役人が何とか捕らえた者ンの言うことには、ただ闇雲に掘り返しておるらしゅうてな。」
 これは後から判ったことだが、最初は単なる塒
(アジト)にしようともぐり込んだ鉱山だったらしく。坑道を寝床とするつもりが、あちこちから僅かばかり見つかった鉱脈跡に目が眩み、ここを掘り返せば一獲千金…なんていう、何とも陳腐な妙案を思いついた連中だったのだとか。燻し出そう誘い出そうと掛かったところで、警戒から頑なに籠城という構えを取られては危険が増すばかりとなるような、そんな無謀を既にやらかしていた坑道へ乗り込もうというからには、

 「攫われた人々を、一人も残さず無事に連れ出すことが最終目的で、
  しかも、彼らを楯にとかざされる暇も与えぬ、一気呵成に掛からにゃならぬ。」

 手をつけたが最後、即断・即効・即決で方をつけねばならぬという非常に厳しい現場であり、
「立ち止まれぬまま、息の長い一太刀にて全てをからげようということか。」
 何とも大胆な全体像をそうと評した勘兵衛へ、

 「だからこそ。お主らを頼りにし、お呼び申した訳だ。」

 そうと結んだ弦造殿。鋼の縁を鈍く光らせたゴーグルに覆われた目許だけは、手掛けた者も心残りの、表情を出すこと適わずな箇所であり。とはいえ、意志や自負の強さを乗せて堅く結ばれた口許の凛々しさは、元となった誰かさんが真実本当を口にする時の趣きと、寸分違わぬそれだったものだから、
“そんなものを物差しにするとは、それこそ無礼千万なのかもしれないが。”
 色んな方面、色んな各位への失礼と矛盾を重々承知した上で、それでも、

 「あい判った。」

 二言は無しの同意を示し、弦造殿が策に乗って協力すること、承知とした勘兵衛だったのである。





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  *あああ、書けば書くほど長くなってしまって。残りは明日にでも…。


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