雪華迷走乱舞 
(お侍 習作 217)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



春がドタバタと訪れ、夏が酷暑だったその続きということか、
秋は秋でやはり何とも落ち着きがなく。
いきなり深まったかと思えばそれを忘れさせるほど引き返したりという、
正しく乱調な気候だったように思う。
一つ所に落ち着いていてもそうだったと、土地土地の住人らが口をそろえるくらいなので、
いっそ半月とおかずに移動する旅に身を置く方が
心地いい気候を追うもよしで快適に過ごせたかも知れぬなぞと、
羨ましがられたりもするのだが、

 『お二人の場合は、行楽目当ての旅ではありませんしな。』

羨ましいと言われるのも痛し痒しかもしれませぬなと、
辺境地に配置された自治警邏組織の面々、州廻りの役人らから、
そんな風に同情されもするのが、賞金稼ぎという肩書から。
人殺しだのごろつきだのと取り違えられ、
要らぬ警戒なぞされていては仕事にならぬような土地の場合、
紹介状のような書面を申請しもするが、
そもそもは就業義務があるよなお堅い免許制ではなく。
それなりに名だたる存在であれば 関係各位へも自然と顔が差すという順番なので、
名前の馳せ方がどうにも惨い手合いや、
逆に手段を選ばぬというよな狡猾な手合いだったりすると、
役人衆からも一線引かれがちだったりするのだが。
そこが人柄というものか、
“褐白金紅”という別名でも知られておいでのお二人の場合、
とりわけ朗らかだの、豪放磊落で気さくだのと言うでもなし、
勘兵衛の方は壮年の落ち着きたたえた人性だし、
久蔵に至っては、凍ったように無表情でいるのが常と来て、
どうかすると取っつきにくい存在に分けられてしまおう筈が、
気がつけば…役人衆らには、最も頼りになる顔として広まり定着してもいて。

 『賞金首らを畳む手際の鮮やかさは言うまでもないのだが。』
 『ただお強いというだけではないお方々だからの。』

どんな凶悪狡猾な対象でも問題なかろう、
刀捌きや体術の面での辣腕さや秀逸なところへのみならず。
様々に複雑繊細な条件が付くよな面倒な事案へも
あらゆる意味合いからの最善の対処を構えてくれるに違いない、と。
そんな抽斗の多さや懐ろ深い寛容の心持ちが
役人衆らからの心服を得る結果となっているようで。

 今回の事案も、そういう気遣いが必要とされよう、
 単ある腕自慢なだけでは荷が重いかもしれない騒動だったりし。




この大陸と限ってももはや知らぬ者はないほどに名を馳せておいでの
凄腕の賞金稼ぎのこの二人、
冬が近づくと 何かしらの依頼が入るまでもなく、
北嶺近くに待機するかのようにその移動の旅程を北上させる。
雪に閉じ込められてしまう山奥の里を狙い、
さして蓄えもないというに、そこが小物の浅はかさか、
抵抗が薄かろうということにだけ目をつけて、
片っ端から襲撃するという惨い悪事を働く輩が出没しかねぬためであり。
他の大陸では知らないが
こちらの北嶺ではそんな無体は通じやしない、
鬼のように手ごわい見廻りがいるからのというのを周知させたいらしくって。
州廻りの役人衆とは別口、
思いがけない地雷のようにその身を伏せさせるという、
身を削っての酔狂を毎年恒例で敢行しておいでの壮年なのであり。
この冬もまたそうする所存か、
秋がそろそろ終わりを告げんとするのを感じ取り、
その足を北へと向けたのへ、
連れの久蔵もまた、特に感慨もないまま当たり前のこととして同行してきた次第であって。
一口に北嶺と言っても、広い大陸の北限に位置する山岳地帯は結構な範囲であり。

 『西寄りのずんと険しい山岳地帯は
  あの雪御寮様の銀龍様と 相方の弦造殿とでほぼ網羅してくださっておるのですが。』

二人にも縁深い、やはり元軍人の練達二人。
身ごなしの軽やかなところと、強靭さ、
そして、双方ともに実は結構な熟練の士でもあるが故の蓄積の深さから、
雪深く高峻な土地でも難なく活躍できているようで。
そこまで凄まじい難地ではないからこそ、
人もある程度住んでおれば それを狙う狼も後を絶たない寒村での難儀へは、
相も変わらず、こちらの二人がどうかお助けをと頼りにされ。

 「娘を、どうか娘をお助け下さいませっ!」

村全部が冬の間はふもとへ降りての雪越しをするのが通例となっていたらしい人々が、
さあお引っ越しというのがぼちぼち始まっていたその移動の列へと、
どこで食い詰めた無頼の輩か、乱暴にも突っ込んで来るという無体を働かれ。
籠手に脛当て、胴巻きという武装もどきに身を固めた連中が、
移動にと通過中だった山間の切通しでの襲撃を仕掛けて来。
皆で曳いていた荷を破壊され、こちらの産である織物のつづらを幾つかと、
その傍に居た村長(むらおさ)の孫、まだまだ幼い娘ごを掻っ攫われた。

 「こちらはご婦人たちが質の良い織物を織る村で、
  男衆はそれを遠くまで行脚して売りに行くのが生業で。」

何も男衆の全部が全部、行商に出るわけでなし、
常日頃は守りも万全だし、
ふもとの里との交流も頻繁なので決して寒村というほどでもなく。
ただ、冬場の豪雪にはそんな交易も閉ざされるため、
ならばと毎年、冬を過ごすための集落へ移り住むのが習い。
それがこなせるほどには豊かであるところを狙われたようで、

 「娘さんは、七五三に着た晴れ着を気に入っていて
  お出掛けならばと ねだって着せてもらっていたらしくて。」

他の荷と一緒に荷車の端っこにちょこんと座っていたものを、
それもまた織物の塊のようにでも間違えたか、
それとも 愛らしい子だったのでと目をつけており、
行きがけの駄賃にと攫ったそのままどこぞへか売り飛ばしてしまうつもりか。
どちらにしてもその身の無事が案じられるというもので、
幸いにも ほんの目と鼻の先という近場にいた“褐白金紅”にお声がかかり、
どうか早急に、尚且つ的確に対処してほしいと懇願されてしまったという次第。
一分一秒でも惜しいと、そういったここまでの流れというものも、
急ぎ足で現場へ向かいつつ訊いた格好となった一同。
さすがは現役のもののふたちで、
事件が出来してから動き出したとは思えぬほど迅速に、
逃走中の輩たちの尻尾へ食いついたままだった先行隊ともじきに合流できたものの、

 「これがなかなかに難物でして。」

麓へ間近いところまで降り来たっていたので、足場となる大地の傾斜はまだなだらか。
街道ほどではないけれど、荷車を曳いていられたほどの幅のある道もあるくらいだ、
周囲に生い茂る木々もさほど迫ってはなくて見通しもいい。
だからこそ、住人たちや後から追いついた役人らも
彼らに何とか食いついたまま追いすがれたのではあるが、
もっと大きな要因がこれ在りて。

 「雪、か。」

勘兵衛が顎へと蓄えた髭を撫でて一言こぼす。
だからこそ村人らが麓へ降りて来た一番の事情、
この辺りを真っ白に塗り潰し、人の往来を堰き止めてしまう積雪が
既に辺りを白く埋めての染め上げている。
まだ大した深さではないけれど、
それでも慣れぬ者では足を取られてしまおう降り積もりようだったし、
それより何より、物陰さえ薄める勢いで明るく塗り潰しており、
お互いの姿存在をすっかりと露わにしてくれている忌々しさでもあって。
だからこそ気づいていたのだろう、
延々と追ってくるこちらへ業を煮やしたらしい賊の連中も、

 「いつまでも追ってくるものではないわっ!」
 「大人しく引き下がらぬと、この童がどうなっても知らぬぞっ!」

攫いはしたが足止めにしかならぬなら、いっそ捨て置いてもこちらは構わぬということか、
あまりの怖さにもはや泣き声も立てられないでいる小さな童女を、
力だけはあるのだろ太々とした腕を上げ、ほれと高々と振りかざすような真似をする。
そのたびに、こちらの陣営が“わぁっ”と身をすくめるのが伝わるのだろう、
どちらが優位なのかもそのまま伝わるものか、
追われている身の向こうの方こそ落ち着き始めてさえいるようで。

 「なるほどの、一刻も早よう埒をあけねばな。」

小さな和子があのような恐ろしい目に遭っているなぞ痛々しくてならぬと。
様々な艱難を潜り抜け、そのたびに苦虫を散々咬まれての錯綜がそうまで彫を深くしたものか、
冴えた双眸を収めた精悍な相好を 尚鋭くぎりりと引き絞った白い長衣紋の壮年殿、
傍らに無言で立つ連れの若いのへ一瞥を向ければ、

 「……。」

けぶるような金の髪を乗っけた細おもては凍るような無表情だったが、
それでも細い顎をかすかに引いたそのまんま、
次の瞬間には、今の今までそこにおわしたのが幻だったかのように
その姿をあっさりとかき消しており。

 「…え?」

まだまだ新参の捕り方が呆気にとられて立ち尽くしているものを、

 「ほれ、我らはお邪魔だ少し下がろう。」

先輩格のお仲間に肩を引かれてやっと動けたくらい。
まだそこまで寒うはないからということか、
そちらも 常の真紅の長衣紋という姿でおられた紅胡蝶殿。
この白と黒でのみ構成されたような視野の中では、
ずんと目立ってしょうがないいでたちでもあるはずが、
やはりどこにも姿がない。
それは相手方にも同様であったらしく、
目に見えての接近を仕掛けてくるでもないものへは危機感も沸かないものか、
捕り方装束の顔ぶれとは別枠の存在らしい壮年のお武家だけが居残って、
あとは少しずつ下がりつつあるの、
何だどうしたと訝しげに眉を寄せ、首を伸ばして見やる物も出る中で。

  ひょおぉ、と

その一瞬の隙をついて、としか言いようがない文字通りの瞬きの間に、
実に信じられぬことが生じて、生じたそのままあっさりと失せた。
この冬 お初の雪がまぶされた狭苦しい道を、
追っ手から逃がれんと上へ上へ向かっていた賊ども、
一応はその身を晒さぬようにという心情もあってか
木立に添うようにして立っていたところ、
その木立の梢がざざんと大きく波打ったので。
何だ何だと真下に立ってた一人が 顔を上げたそのまままずは蹴り倒され、
そ奴が倒れ掛かったのへ呼ばれたと錯覚した隣の手合いが
こんな逼迫した折に何だよと尖った顔を邪険に向けたところ、
思っていた仲間とは違うご面相が視野に飛び込んできて。
ぎょっとする間もあらばこそ、
とんっと顎先を小突かれて

 「な…、わぁっ。」

顎というのはある意味 急所に近い場所でもあり、
不意打ちで小突かれればそのまま頭全体へ伝わり結構な衝撃ともなる。
思い切りの力もこもらぬ、だが、それは素早い一撃は
何が起きたかを断じようとして注意力が掻き回されるため、
結果、その腕へ抱えていた人質への拘束も緩んだその隙を衝き、

 「あ…。」

もはやお人形のように固まりかけていた小さなお嬢さんは、
あっという間に突如現れた存在に奪われていての
次の刹那にはもう、
その場から大きく離れて宙を翔っており。

 「な、何を呆けてやがったっ!」
 「早く取っ掴まえろっ!」

まだ間に合うと思うた判断こそ愚かなことよと、
それが判るような聡明な顔ぶれがいれば苦労はなくて。
銃器という飛び道具は持ってはなかったか、
それでも物騒な刀だの鉈だのをそれぞれ振りかざし、
雪がまぶされて危なっかしい道を 風のように去ってゆく細い背中を追う一同。
どんどんと距離が離されていたが、
白い背景ではそれも判りにくかったか、

 『久蔵殿の場合、ほぼ宙を飛んでるような滑走ですもの、
  何かに躓きようがないってもんでしょう。』

判っているのかいないのか、相変わらず微妙な褒めようをした中司の言はともかく、
本人こそが疾風のように駆けて来た久蔵が、その傍らを通り抜けたのを合図とするかのように

 「…っ。」

やや腰を落として大太刀の柄に手を掛けていた勘兵衛。
その長々とした髪が 久蔵が駆け去って生じた疾風に巻き上げられたことをも厭わずに、
何を測ってか じりとも動かぬ視線を前方へと向けていたが、
白い手套におおわれた持ち重りのしそうな頼もしい手で刀の柄を掴み締めると、

 「哈っ!」

それはさながら、
雄々しい猛禽が今にも羽ばたいて飛び立ってく姿を思わせるような
白い砂防服の上着と袴の裾を双方ともばさりとひるがえしての、
大きく勇壮な所作ごとのご披露。
重々しい意匠の柄を思いきり抜き放ち、
溜めに溜めた闘気を込めた一閃を 押し寄せてくる賊ども目がけて投げつける。
彼ほどの練達ならば、
一気に連中の群れの中を駆け抜けざま、鋭い一閃を浴びせかけ、
一人残らず叩き斬ってお終いと幕を下ろせもしたろうにと思う面々もいたらしかったが、

 『戦さ場ではないからの。』

役人らが取っ捕まえて引き回し、
さんざん恥をかかせてやった方が、他の賊への見せしめにもなろうし、
今回の関わり合いとなった村の人々に残忍陰惨な影を植え付けずにも済む。
それと、

 「うわっ!」
 「何だどした?」
 「わわっ、こっちは崖っぷちだ。押すなよおいっ!」

勘兵衛が渾身の力を込めて放った一閃は、
優れた軍人だった武家のみが習得出来た“超振動”の変形といった代物で。
直接触れたものへと送り込める分子崩壊級の振動は、だが、
極めれば中の分子にも働きかけられるものか。

 『大したお方だ、雪を蒸散させてしまうとは。』

一斉に沸騰した雪はそのまま濃い霧となり、
人質だった幼子を取り戻した村人たちが それっと駆けだしたの、
どちらの方角へ逃げたかも判らぬようにと包み隠したし。
賊らの側とて、これまでかと逃げ出そうにも
どこに何があるのやら不明という煙幕の中へと封じられたようなもの。
こちらは人の気配くらいあっさり読める練達なれば、
不慮の事態に慌てふためく面々の気配くらい、
苦笑交じりに把握も出来ていて。
捕りこぼしが出ぬようにと見張っていての半時後、
団子のように固まっていた一同を、
捕り方がぐるりと取り囲んだそのままお縄にしてしまった鮮やかさ。

 『我らを笑いものにしようというのか、何と卑劣な。』

いっそ刀の露にでも錆にでもすれば良し、
それが出来ぬとは噂の“褐白金紅”も大したことはない腰抜けよと、
それこそ破れかぶれにうそぶく輩もおったものの、

 『そも、あの幼女をあっさり奪われた時点で
  大したことはない手合いと思われたのだよ、お主らは。』

役人らを束ねる長殿が、苦笑交じり、それでも穏やかに言い諭した。

 『あの、赤い衣紋のお侍はの、
  勘兵衛殿ほど寛容ではないと聞く。
  なので、もしもあの一瞬では攫えぬと
  わずかなりとも抵抗がかかると断じておれば、
  容赦なくその両腕を切り落としていたかもしれぬ。』

それもまた、此処がもしも戦さ場であったればの話だがのと、
ふふと短く笑った長殿だったが、

 『ああ、それはあったかもですね。
  きっと しばらくは何が起きたか判らなかっただろうほど鮮やかに。』

中司と呼ばれていた役人がはははーと笑って付け足して。
縛りあげられていた大半の賊どもの大半には
即座には意味合いが伝わらなかったようだったが、
そのもしもに揚げられた賊はたまったものではなかったようで、
不自由に縛られた自分の腕を見回してあらためて青くなっておったとか。
相も変らぬ、一閃にして見事な解決をもたらした
鮮烈で且つ 行き届いた仕儀であったこと、
関わった皆して褒めそやしたひと騒動も、
知ったことかとそれは静かに、再び降り始めた雪が覆い隠して
今度こそ寂寥に包まれる冬がしずしずと到り来たった北嶺の里だった。






   〜Fine〜  15.12.01.〜12.06.


 *なんか、流行のネトゲのタイトルにかぶっちゃったかな?(笑)
  勘兵衛様の殺陣回りはなかなかに難しいです。
  誰よりも私自身が、格好良くなくちゃヤダと思ってしまうからで。
  どなたか書いてくれないかなぁ…。

  ちなみに、作中に名前だけ出て来たオリキャラの二人
  どういうお人かはこちらをどうぞ。

   雲居銀龍(参照『
奇縁邂逅』)

   弦造(参照『
混沌驟雨』『魔森煌月鬼奇譚』)

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