ES細胞
  「全能性」か「多能性」か、再生医療が私たちに問いかけるもの

4. ES細胞とは

 ES細胞というのは、Embryonic Stem Cell−日本語で胚性幹細胞と呼ばれています。
 ES細胞はどのようにできるかというと、精子と卵子は、受精後まもなく融合して受精卵となり、卵割と呼ばれる段階に入ります。
二分割、四分割、と次第に増えていく。この状態が胚です。人では受精後五日から七日程度で百四十以上に分割され、「桑実胚」という段階を経て、中心部が空洞である「胚盤胞」という状態にまで変化する。胚盤胞のなかには「内部細胞塊」という細胞のかたまりができている。そのままほっておけば、いくつかの段階を経て胎児へと成長していきます。
 

 ES細胞をつくるには、この内部細胞塊の段階で手を加える。内部細胞塊を取り出して、特殊な条件で培養・増殖させると、ES細胞ができあがるのです。煎じ詰めれば、ES細胞は受精卵を材料として、本来なら完全な人となるべき細胞を、初期の段階でストップさせたもの。だからその後あらゆる臓器をつくりだす「全能性」をもっているのです。
 

 この問題に関する審議が始まった頃の文書である「ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方」(二〇〇〇年三月略して「基本的考え方」)では、ES細胞の特徴を「全能性」と呼んでいました。ところが一年ぐらい経って「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針案」(略して「指針案」)になると、全能性から「多能性」という言葉に変わったのです。基本的な考えと指針案との間に、言葉のずれがあるのです。私は、そういうところ拘りました。多能性というのは、様々な種類の臓器・組織・細胞に分化する能力のことですが、全能性というのは、全きいのちにかなり近いものということです。科学者の方のセンスでいうと、「一度シャーレに取ったものは、モノとしてどんなふうにも扱う」と言われるが、ES細胞はモノではない。皮膚とか髪の毛とかとは違う、受精卵と同じように、人になる可能性を秘めた、いのちに近い不思議な細胞なのです。それを人為的に壊して、操作するわけですから、「畏れや慎みの念」をもたなければならない。それを喚起する言葉が「全能性」という言葉で、多能性ではないと思うのです。 
 

 そこで、問題になるのはES細胞の樹立と使用ということです。人のいのちになるものを破壊して、そこから内部細胞塊を取り出しES細胞をつくる。これが許されるかどうか。更にそのES細胞をどんなことにも使っていいのか、どうか。大きい問題です。

 

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